閉架な君はアルゼレアという‐冷淡な司書との出会いが不遇の渦を作る。政治陰謀・革命・純愛にも男が奮励する物語です‐【長編・完結済み】

草壁なつ帆

文字の大きさ
上 下
131 / 136
lll.二人の未来のために

エシュ神都‐親友の助け‐

しおりを挟む
 夜でもリサの家には灯りが付いていた。アルゼレアとリサが随分と打ち解けていることにも驚いたけど、少し傷付いたのが二人で話をするから僕はひとり外で待っていろと言われたこと。
 僕だけはリサの家の敷地から出ていて、涼しい夜風に吹かれつつ何でもない道の上に立っていた。
 閑静な住宅街で不審な男がひとり。食事から帰ってきた家族たちが僕を見て、快く挨拶をしてくれながら通り過ぎていく。だけど子供は素直だから僕のことが怪しい奴だって言っている。
 エシュでも警察沙汰になりたくないなぁ、なんてぼんやり思うことしかできない時間だった。
 するとガチャリと扉が開く。電気の灯りが僕の立ち位置にまで届いた。出かける準備ができたリサとアルゼレアが戸締りをしてから僕の方へ歩いてくる。
「ごめんなさいね。待たせちゃって」
「いや、別に良いけど。その荷物は?」
 まさか夜逃げでもしようっていうんじゃないよな。そう心配になる大きさのバックをアルゼレアが持たされている。
「これはね、夫の荷物。ちょうど季節も変わったところだし、そろそろ渡しに行かなくちゃと思っていたところだったの。でもひとりでは運べなくて。逆に助かったわ」
「そうなんだ」
 よくは分からないけどそう答えておいた。あんまり僕から家庭内の事情に口を挟まないのは職業柄というところもある。
 それよりもリサの家の戸締りをアルゼレアが走り回って済ませて、鍵をリサに返したらカバンを持ち上げようとしているのが気になった。自分の家なんだから自分で戸締りをすればいいし、自分のカバンだって自分で持つべきなんじゃないのか?
「そのカバン、僕が持っても良いものなの?」
 僕はリサに問いかける。アルゼレアが体の軸を傾けてまで玄関から持って来るのを見ながら。
「ええ。中身は結構重いんだけど」
「だったら尚更僕が持つべきだ」
 アルゼレアから受け取ると、確かに僕でもずっしり重かった。中身は旦那さんの衣服がパンパンに入っているんだそう。
「では、行きましょうか」
 リサがそう言って、ゆっくりの歩みでエシュ城へと向かう。暗闇は足元が危なくて転ばないように慎重になるのは分かるけど、それにしたって亀並みの歩みだった。重いカバンを持つ僕にとってはもうちょっと早足で行きたい気持ちも少しは……。

 エシュ城の入り口で警備員とリサがやり取りをしている。
「この方たちは?」
「彼らは私の親友です。ひとりでは危ないと付き添って下さいました」
 警備員の目がギロッと僕の方に向けられるから、当たり障りのない微笑みと会釈で返した。
「そうですか。では、ご懐妊おめでとうございます。どうぞ中へ」
 その時の言葉で僕は初めて知った。アルゼレアは前から知っていたみたい。きっと僕には内緒でってことで話していたんだと思う。
 扉が開いて僕たちは中へと通された。エントランスには最小限の灯りが灯っているだけで、二階への大階段は薄暗く、せっかくのステンドグラスも何の模様が描かれているのか分からないくらい。
 パーティションを設けられていて、不必要な場所へは行けないようにされていた。エントランスからはすぐに左手に歩いて行って、個室の間が用意されている。神棚と言うには小さいけど、ちょっとしたお祈りスペースが設けられていた。
 こんな場所から本当にエシュの元に報告が届くんだろうか……。そんな罰当たりなことを考えているのはきっと僕だけだろうな。もしも届いていたなら、即刻僕はたたりにでも遭ってしまいそう。
「ううっ……」
 先を歩いていたリサが突然に呻くような声をあげた。パーティションを掴んだから倒れなかったものの、一筋の冷や汗が額から流れ落ちている。
「大丈夫? もしかして君、安静期なんじゃないの?」
 支える僕をそっと突き放してリサは苦笑を浮かべていた。
「だ、大丈夫よ。少し動いた方が良いもの」
「医者が冷え込む時間帯に長時間も歩けって言ったの?」
 するとリサが口を閉じた。
「いくら僕が精神専門で、しかも免停中だからって、何も知らないと勘違いされるのは不服だ」
「か、勘違いなんてしてないわ」
「ふーん」
 僕が試験のために内科系を勉強しているって言ったらリサは喜ぶだろうな。でも今はそんな話をしている場合じゃない。
 お城の中にも警備員がいる。彼らにもリサの状態は目に入っていて、手を貸してくれるみたいだ。ちょっと椅子を出したり水を用意したりと少しバタバタとし出した。
「アルゼレア、行くよ」
 手伝っていたのはアルゼレアもだ。だけど僕たちのするべき事は、リサのためにもちゃんと遂行しなくちゃならないだろう。
 アルゼレアの手を引きつつ顔を上げると、リサの視線も僕に合図を出しているかのようだった。僕はしかと受け取って暗闇へと入っていく。

 僕とアルゼレアは人目を盗んでエントランスに戻り、暗闇の大階段から二階へ登る。絨毯だったから走って行けた。電気というものがなくて、燭台の蝋燭はあるけど火なんて付いていない。まるでお化け屋敷のようなお城だ。
「エシュの間は最上階、五階奥にあります」
 月明かりがさす廊下を歩きながらアルゼレアが言う。
「それっていつの情報?」
「およそ1000年前です。最新情報ですよ」
「……うん。でも内部は変わっているかもしれないんだよね?」
「……はい」
 外から見れば確かに三階建ての小さな館だった。それがどうだろう。僕とアルゼレアをピタリと動かせなくし、そして絶句させたものが、この場所からすでにいくつもある。
 二階のロビーから左右と奥に向かって三方向に伸びる渡り廊下。建物が一軒なのに渡り廊下なんてあるはずがない。窓からは見事な月夜の広大な庭が広がっていた。街の中に埋もれたエシュ城ではあり得ない光景が広がっているんだ。
 それとロビーの上は巨大な時計塔の内部になっていた。大きな振り子がゆったりと動いている。螺旋階段がおよそ十階層もぐるぐると上へ伸びている。そんな馬鹿なことがあるはずない。時計塔なんて外からは何にもなかったはずだ。
「どうなっているんでしょう?」
「さすが、君は冷静だね……」
「全然です。倒れそうですよ……」
 警備員もメイドさんもいないお城。エシュとエリシュ以外は住んでいないお城なんだそうだ。
 たくさんの部屋はずっと使われていないのか埃まみれだった。長い時代を感じさせる絵画や骨董品も相当傷んでいた。
 そんな些細な情報はもう気にするに値しない。



(((次話は明日17時に投稿します

Threads → kusakabe_natsuho
Instagram → kusakabe_natsuho
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王宮書庫のご意見番・番外編

安芸
ファンタジー
『瞬間記憶能力』を持つ平民の少女、カグミ。ある事情により、司書見習いとして王宮書庫に出仕することになった彼女は、毒殺事件に関わる羽目に。またこれを機に見た目だけ麗しく、中身は黒魔王な第三王子に『色々』と協力を求められることになってしまう。  新刊書籍『王宮書庫のご意見番』の番外編小話です。  基本的に本作品を読了された読者様向けの物語のため、ネタバレを一切考慮していません。また時系列も前後する可能性があります。他視点あり。本編に登場していない(Web限定特別番外編に登場)人物も出てきます。不定期連載。これらを考慮の上、ご一読ください。ネタバレは一切気にしないよ、という方も歓迎です。*尚、書籍の著者名は安芸とわこです。

聖女の妹は無能ですが、幸せなので今更代われと言われても困ります!

ユウ
ファンタジー
侯爵令嬢のサーシャは平凡な令嬢だった。 姉は国一番の美女で、才色兼備で聖女と謡われる存在。 対する妹のサーシャは姉とは月スッポンだった。 能力も乏しく、学問の才能もない無能。 侯爵家の出来損ないで社交界でも馬鹿にされ憐れみの視線を向けられ完璧を望む姉にも叱られる日々だった。 人は皆何の才能もない哀れな令嬢と言われるのだが、領地で自由に育ち優しい婚約者とも仲睦まじく過ごしていた。 姉や他人が勝手に憐れんでいるだけでサーシャは実に自由だった。 そんな折姉のジャネットがサーシャを妬むようになり、聖女を変われと言い出すのだが――。

不忘探偵4 〜純粋悪〜

あらんすみし
ミステリー
新宿の片隅で、しがない探偵業を営む男。彼は、どんな些細なことも忘れることができない難病を患っていた。 それが、どれほど辛い記憶であっても、決して忘れることも癒えることもない、そんな現実から逃げるように、探偵は世捨て人のように生きてきた。 しかし、そんな生活も悪くはない。騒がしい俗世と隔絶された世界が、探偵にとっては心の安寧を約束してくれるものだったから。 しかし、そんな平穏な生活を打ち破るような事件に探偵は巻き込まれることとなる。 腐れ縁の小川から、小川の遠い親戚筋の烏丸家で、居なくなった犬を探して欲しいという依頼だった。 2人が現地に赴くと、ちょうど烏丸家では待望の男子が誕生したところだった。 待望の男子の誕生で、烏丸家は沸きに沸いていた。代々家督を男子が受け継いできた烏丸家であったが、当主の妻にも愛人にも男子は産まれず、ようやく新しい愛人との間に男子を授かっただけに、当主の喜びも格別のものがあった。 しかし事件は起きた。 生まれたばかりの赤ん坊が何者かの手によって殺されたのだ。 こうして探偵は、烏丸家の人々の思惑が交錯する諍いの渦に巻き込まれていく。

ただのFランク探索者さん、うっかりSランク魔物をぶっとばして大バズりしてしまう~今まで住んでいた自宅は、最強種が住む規格外ダンジョンでした~

むらくも航
ファンタジー
Fランク探索者の『彦根ホシ』は、幼馴染のダンジョン配信に助っ人として参加する。 配信は順調に進むが、二人はトラップによって誰も討伐したことのないSランク魔物がいる階層へ飛ばされてしまう。 誰もが生還を諦めたその時、Fランク探索者のはずのホシが立ち上がり、撮れ高を気にしながら余裕でSランク魔物をボコボコにしてしまう。 そんなホシは、ぼそっと一言。 「うちのペット達の方が手応えあるかな」 それからホシが配信を始めると、彼の自宅に映る最強の魔物たち・超希少アイテムに世間はひっくり返り、バズりにバズっていく──。 ☆10/25からは、毎日18時に更新予定!

遺棄令嬢いけしゃあしゃあと幸せになる☆婚約破棄されたけど私は悪くないので侯爵さまに嫁ぎます!

天田れおぽん
ファンタジー
婚約破棄されましたが私は悪くないので反省しません。いけしゃあしゃあと侯爵家に嫁いで幸せになっちゃいます。  魔法省に勤めるトレーシー・ダウジャン伯爵令嬢は、婿養子の父と義母、義妹と暮らしていたが婚約者を義妹に取られた上に家から追い出されてしまう。  でも優秀な彼女は王城に住み、個性的な人たちに囲まれて楽しく仕事に取り組む。  一方、ダウジャン伯爵家にはトレーシーの親戚が乗り込み、父たち家族は追い出されてしまう。  トレーシーは先輩であるアルバス・メイデン侯爵令息と王族から依頼された仕事をしながら仲を深める。  互いの気持ちに気付いた二人は、幸せを手に入れていく。 。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.  他サイトにも連載中 2023/09/06 少し修正したバージョンと入れ替えながら更新を再開します。  よろしくお願いいたします。m(_ _)m

私の妹は確かに聖女ですけど、私は女神本人ですわよ?

みおな
ファンタジー
 私の妹は、聖女と呼ばれている。  妖精たちから魔法を授けられた者たちと違い、女神から魔法を授けられた者、それが聖女だ。  聖女は一世代にひとりしか現れない。  だから、私の婚約者である第二王子は声高らかに宣言する。 「ここに、ユースティティアとの婚約を破棄し、聖女フロラリアとの婚約を宣言する!」  あらあら。私はかまいませんけど、私が何者かご存知なのかしら? それに妹フロラリアはシスコンですわよ?  この国、滅びないとよろしいわね?  

人生負け組のスローライフ

雪那 由多
青春
バアちゃんが体調を悪くした! 俺は長男だからバアちゃんの面倒みなくては!! ある日オヤジの叫びと共に突如引越しが決まって隣の家まで車で十分以上、ライフラインはあれどメインは湧水、ぼっとん便所に鍵のない家。 じゃあバアちゃんを頼むなと言って一人単身赴任で東京に帰るオヤジと新しいパート見つけたから実家から通うけど高校受験をすててまで来た俺に高校生なら一人でも大丈夫よね?と言って育児拒否をするオフクロ。  ほぼ病院生活となったバアちゃんが他界してから築百年以上の古民家で一人引きこもる俺の日常。 ―――――――――――――――――――――― 第12回ドリーム小説大賞 読者賞を頂きました! 皆様の応援ありがとうございます! ――――――――――――――――――――――

婚約破棄されるのらしいで、今まで黙っていた事を伝えてあげたら、婚約破棄をやめたいと言われました

新野乃花(大舟)
恋愛
ロベルト第一王子は、婚約者であるルミアに対して婚約破棄を告げた。しかしその時、ルミアはそれまで黙っていた事をロベルトに告げることとした。それを聞いたロベルトは慌てふためき、婚約破棄をやめたいと言い始めるのだったが…。

処理中です...