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lll.二人の未来のために
エシュ神都‐親友の助け‐
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夜でもリサの家には灯りが付いていた。アルゼレアとリサが随分と打ち解けていることにも驚いたけど、少し傷付いたのが二人で話をするから僕はひとり外で待っていろと言われたこと。
僕だけはリサの家の敷地から出ていて、涼しい夜風に吹かれつつ何でもない道の上に立っていた。
閑静な住宅街で不審な男がひとり。食事から帰ってきた家族たちが僕を見て、快く挨拶をしてくれながら通り過ぎていく。だけど子供は素直だから僕のことが怪しい奴だって言っている。
エシュでも警察沙汰になりたくないなぁ、なんてぼんやり思うことしかできない時間だった。
するとガチャリと扉が開く。電気の灯りが僕の立ち位置にまで届いた。出かける準備ができたリサとアルゼレアが戸締りをしてから僕の方へ歩いてくる。
「ごめんなさいね。待たせちゃって」
「いや、別に良いけど。その荷物は?」
まさか夜逃げでもしようっていうんじゃないよな。そう心配になる大きさのバックをアルゼレアが持たされている。
「これはね、夫の荷物。ちょうど季節も変わったところだし、そろそろ渡しに行かなくちゃと思っていたところだったの。でもひとりでは運べなくて。逆に助かったわ」
「そうなんだ」
よくは分からないけどそう答えておいた。あんまり僕から家庭内の事情に口を挟まないのは職業柄というところもある。
それよりもリサの家の戸締りをアルゼレアが走り回って済ませて、鍵をリサに返したらカバンを持ち上げようとしているのが気になった。自分の家なんだから自分で戸締りをすればいいし、自分のカバンだって自分で持つべきなんじゃないのか?
「そのカバン、僕が持っても良いものなの?」
僕はリサに問いかける。アルゼレアが体の軸を傾けてまで玄関から持って来るのを見ながら。
「ええ。中身は結構重いんだけど」
「だったら尚更僕が持つべきだ」
アルゼレアから受け取ると、確かに僕でもずっしり重かった。中身は旦那さんの衣服がパンパンに入っているんだそう。
「では、行きましょうか」
リサがそう言って、ゆっくりの歩みでエシュ城へと向かう。暗闇は足元が危なくて転ばないように慎重になるのは分かるけど、それにしたって亀並みの歩みだった。重いカバンを持つ僕にとってはもうちょっと早足で行きたい気持ちも少しは……。
エシュ城の入り口で警備員とリサがやり取りをしている。
「この方たちは?」
「彼らは私の親友です。ひとりでは危ないと付き添って下さいました」
警備員の目がギロッと僕の方に向けられるから、当たり障りのない微笑みと会釈で返した。
「そうですか。では、ご懐妊おめでとうございます。どうぞ中へ」
その時の言葉で僕は初めて知った。アルゼレアは前から知っていたみたい。きっと僕には内緒でってことで話していたんだと思う。
扉が開いて僕たちは中へと通された。エントランスには最小限の灯りが灯っているだけで、二階への大階段は薄暗く、せっかくのステンドグラスも何の模様が描かれているのか分からないくらい。
パーティションを設けられていて、不必要な場所へは行けないようにされていた。エントランスからはすぐに左手に歩いて行って、個室の間が用意されている。神棚と言うには小さいけど、ちょっとしたお祈りスペースが設けられていた。
こんな場所から本当にエシュの元に報告が届くんだろうか……。そんな罰当たりなことを考えているのはきっと僕だけだろうな。もしも届いていたなら、即刻僕はたたりにでも遭ってしまいそう。
「ううっ……」
先を歩いていたリサが突然に呻くような声をあげた。パーティションを掴んだから倒れなかったものの、一筋の冷や汗が額から流れ落ちている。
「大丈夫? もしかして君、安静期なんじゃないの?」
支える僕をそっと突き放してリサは苦笑を浮かべていた。
「だ、大丈夫よ。少し動いた方が良いもの」
「医者が冷え込む時間帯に長時間も歩けって言ったの?」
するとリサが口を閉じた。
「いくら僕が精神専門で、しかも免停中だからって、何も知らないと勘違いされるのは不服だ」
「か、勘違いなんてしてないわ」
「ふーん」
僕が試験のために内科系を勉強しているって言ったらリサは喜ぶだろうな。でも今はそんな話をしている場合じゃない。
お城の中にも警備員がいる。彼らにもリサの状態は目に入っていて、手を貸してくれるみたいだ。ちょっと椅子を出したり水を用意したりと少しバタバタとし出した。
「アルゼレア、行くよ」
手伝っていたのはアルゼレアもだ。だけど僕たちのするべき事は、リサのためにもちゃんと遂行しなくちゃならないだろう。
アルゼレアの手を引きつつ顔を上げると、リサの視線も僕に合図を出しているかのようだった。僕はしかと受け取って暗闇へと入っていく。
僕とアルゼレアは人目を盗んでエントランスに戻り、暗闇の大階段から二階へ登る。絨毯だったから走って行けた。電気というものがなくて、燭台の蝋燭はあるけど火なんて付いていない。まるでお化け屋敷のようなお城だ。
「エシュの間は最上階、五階奥にあります」
月明かりがさす廊下を歩きながらアルゼレアが言う。
「それっていつの情報?」
「およそ1000年前です。最新情報ですよ」
「……うん。でも内部は変わっているかもしれないんだよね?」
「……はい」
外から見れば確かに三階建ての小さな館だった。それがどうだろう。僕とアルゼレアをピタリと動かせなくし、そして絶句させたものが、この場所からすでにいくつもある。
二階のロビーから左右と奥に向かって三方向に伸びる渡り廊下。建物が一軒なのに渡り廊下なんてあるはずがない。窓からは見事な月夜の広大な庭が広がっていた。街の中に埋もれたエシュ城ではあり得ない光景が広がっているんだ。
それとロビーの上は巨大な時計塔の内部になっていた。大きな振り子がゆったりと動いている。螺旋階段がおよそ十階層もぐるぐると上へ伸びている。そんな馬鹿なことがあるはずない。時計塔なんて外からは何にもなかったはずだ。
「どうなっているんでしょう?」
「さすが、君は冷静だね……」
「全然です。倒れそうですよ……」
警備員もメイドさんもいないお城。エシュとエリシュ以外は住んでいないお城なんだそうだ。
たくさんの部屋はずっと使われていないのか埃まみれだった。長い時代を感じさせる絵画や骨董品も相当傷んでいた。
そんな些細な情報はもう気にするに値しない。
(((次話は明日17時に投稿します
Threads → kusakabe_natsuho
Instagram → kusakabe_natsuho
僕だけはリサの家の敷地から出ていて、涼しい夜風に吹かれつつ何でもない道の上に立っていた。
閑静な住宅街で不審な男がひとり。食事から帰ってきた家族たちが僕を見て、快く挨拶をしてくれながら通り過ぎていく。だけど子供は素直だから僕のことが怪しい奴だって言っている。
エシュでも警察沙汰になりたくないなぁ、なんてぼんやり思うことしかできない時間だった。
するとガチャリと扉が開く。電気の灯りが僕の立ち位置にまで届いた。出かける準備ができたリサとアルゼレアが戸締りをしてから僕の方へ歩いてくる。
「ごめんなさいね。待たせちゃって」
「いや、別に良いけど。その荷物は?」
まさか夜逃げでもしようっていうんじゃないよな。そう心配になる大きさのバックをアルゼレアが持たされている。
「これはね、夫の荷物。ちょうど季節も変わったところだし、そろそろ渡しに行かなくちゃと思っていたところだったの。でもひとりでは運べなくて。逆に助かったわ」
「そうなんだ」
よくは分からないけどそう答えておいた。あんまり僕から家庭内の事情に口を挟まないのは職業柄というところもある。
それよりもリサの家の戸締りをアルゼレアが走り回って済ませて、鍵をリサに返したらカバンを持ち上げようとしているのが気になった。自分の家なんだから自分で戸締りをすればいいし、自分のカバンだって自分で持つべきなんじゃないのか?
「そのカバン、僕が持っても良いものなの?」
僕はリサに問いかける。アルゼレアが体の軸を傾けてまで玄関から持って来るのを見ながら。
「ええ。中身は結構重いんだけど」
「だったら尚更僕が持つべきだ」
アルゼレアから受け取ると、確かに僕でもずっしり重かった。中身は旦那さんの衣服がパンパンに入っているんだそう。
「では、行きましょうか」
リサがそう言って、ゆっくりの歩みでエシュ城へと向かう。暗闇は足元が危なくて転ばないように慎重になるのは分かるけど、それにしたって亀並みの歩みだった。重いカバンを持つ僕にとってはもうちょっと早足で行きたい気持ちも少しは……。
エシュ城の入り口で警備員とリサがやり取りをしている。
「この方たちは?」
「彼らは私の親友です。ひとりでは危ないと付き添って下さいました」
警備員の目がギロッと僕の方に向けられるから、当たり障りのない微笑みと会釈で返した。
「そうですか。では、ご懐妊おめでとうございます。どうぞ中へ」
その時の言葉で僕は初めて知った。アルゼレアは前から知っていたみたい。きっと僕には内緒でってことで話していたんだと思う。
扉が開いて僕たちは中へと通された。エントランスには最小限の灯りが灯っているだけで、二階への大階段は薄暗く、せっかくのステンドグラスも何の模様が描かれているのか分からないくらい。
パーティションを設けられていて、不必要な場所へは行けないようにされていた。エントランスからはすぐに左手に歩いて行って、個室の間が用意されている。神棚と言うには小さいけど、ちょっとしたお祈りスペースが設けられていた。
こんな場所から本当にエシュの元に報告が届くんだろうか……。そんな罰当たりなことを考えているのはきっと僕だけだろうな。もしも届いていたなら、即刻僕はたたりにでも遭ってしまいそう。
「ううっ……」
先を歩いていたリサが突然に呻くような声をあげた。パーティションを掴んだから倒れなかったものの、一筋の冷や汗が額から流れ落ちている。
「大丈夫? もしかして君、安静期なんじゃないの?」
支える僕をそっと突き放してリサは苦笑を浮かべていた。
「だ、大丈夫よ。少し動いた方が良いもの」
「医者が冷え込む時間帯に長時間も歩けって言ったの?」
するとリサが口を閉じた。
「いくら僕が精神専門で、しかも免停中だからって、何も知らないと勘違いされるのは不服だ」
「か、勘違いなんてしてないわ」
「ふーん」
僕が試験のために内科系を勉強しているって言ったらリサは喜ぶだろうな。でも今はそんな話をしている場合じゃない。
お城の中にも警備員がいる。彼らにもリサの状態は目に入っていて、手を貸してくれるみたいだ。ちょっと椅子を出したり水を用意したりと少しバタバタとし出した。
「アルゼレア、行くよ」
手伝っていたのはアルゼレアもだ。だけど僕たちのするべき事は、リサのためにもちゃんと遂行しなくちゃならないだろう。
アルゼレアの手を引きつつ顔を上げると、リサの視線も僕に合図を出しているかのようだった。僕はしかと受け取って暗闇へと入っていく。
僕とアルゼレアは人目を盗んでエントランスに戻り、暗闇の大階段から二階へ登る。絨毯だったから走って行けた。電気というものがなくて、燭台の蝋燭はあるけど火なんて付いていない。まるでお化け屋敷のようなお城だ。
「エシュの間は最上階、五階奥にあります」
月明かりがさす廊下を歩きながらアルゼレアが言う。
「それっていつの情報?」
「およそ1000年前です。最新情報ですよ」
「……うん。でも内部は変わっているかもしれないんだよね?」
「……はい」
外から見れば確かに三階建ての小さな館だった。それがどうだろう。僕とアルゼレアをピタリと動かせなくし、そして絶句させたものが、この場所からすでにいくつもある。
二階のロビーから左右と奥に向かって三方向に伸びる渡り廊下。建物が一軒なのに渡り廊下なんてあるはずがない。窓からは見事な月夜の広大な庭が広がっていた。街の中に埋もれたエシュ城ではあり得ない光景が広がっているんだ。
それとロビーの上は巨大な時計塔の内部になっていた。大きな振り子がゆったりと動いている。螺旋階段がおよそ十階層もぐるぐると上へ伸びている。そんな馬鹿なことがあるはずない。時計塔なんて外からは何にもなかったはずだ。
「どうなっているんでしょう?」
「さすが、君は冷静だね……」
「全然です。倒れそうですよ……」
警備員もメイドさんもいないお城。エシュとエリシュ以外は住んでいないお城なんだそうだ。
たくさんの部屋はずっと使われていないのか埃まみれだった。長い時代を感じさせる絵画や骨董品も相当傷んでいた。
そんな些細な情報はもう気にするに値しない。
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