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lll.二人の未来のために
アルゴ船の羅針盤
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変化に気づいたとすれば、アルゼレアが「変です」と言うからだ。
「波の音。聞こえませんか?」
「そんなわけがないよ。ここは地下だよ?」
こんなやり取りをした矢先、僕の耳に波の打ち付ける音が本当に届いて来たから驚きだ。いくらなんでもオルゴールから自然音が流れるなんて聞いたことがない。さらに不思議なことは起こる。
歌のようなメロディーは聞いたことのない音楽で、自然と耳を傾けていると、まるで僕自身がゆらゆらと揺れているような感覚を起こした。
おかしなことになっていると自覚する頃には、僕とアルゼレアは二人で船に乗っている。もちろん船なんてあるはずがなかった。狭くて物だらけの図書室にいたことは覚えているけど、完全に足元は木製ボートの床だ。
ちゃぷんちゃぷんと波が揺れて、だんだん景色が暗くなっていく。そういえば本棚はどこに行っただろう。入り口や壁という仕切りはもう真っ暗な闇だ。
「フォルクスさん、見てください! 星です!」
アルゼレアだけは居なくならないでと手だけ繋いでいた。そんな彼女が頭上を指差している。見上げると本当に満点の星空が広がっているじゃないか。
「なに……これ……」
「アルゴ船の羅針盤じゃないでしょうか」
「羅針盤……」
確かに方位磁石っぽいって話だったよね。オルゴールでもあったけど。
「さ、最近の方位磁石って船に乗れるの?」
「違いますよ。おそらくここは夢です」
夢……。
ファンタジーを嗜んでいない僕には何も理解が追いつかない。試しに船の底に手を伸ばして海の水を触ってみた。確かに冷たさは感じなかった。それに海だったなら潮の香りがあるはずだけど、それもない。
「夢かぁ……」
ぼんやりとする中、こんな夜中にも関わらず真っ白なハトが飛んでいった。気になった僕はそのハトを目で追った。僕は夢の中にいるからそのハトについて行って空を飛んでいる。悪いけど僕にはそれ以上の状態が説明できない。
空を飛ぶと夜の中に大きなお城が現れていた。
「わっ、わっ、わあああっ!!」
このままではぶつかってしまうと慌てふためいたのが恥ずかしい。壁を難なくすり抜けてお城の中に入れたというのに。そういえばアルゼレアとはどこで別れたのか。とにかく彼女がさっきのを見ていなくてよかった。
お城の中を早いスピードで飛び回り、幾つもの壁をすり抜けた。貴族の部屋を覗き見て楽しい夢だった。しかしそこにひとりの男を見つける。
男は銃を突き立てている。真っ白な白髪頭で少し歳を取った人物だと分かった。言葉も聞こえた。
「三千年の歴史に終止符を打つ時が来たようだ」
銃を突きつけられているのもまた人のようだけど、そっちは暗闇に透けていてよく分からない。
「気分はどうだろう」
「……」
「神が消えたなら世界は間違いなくゼロからやり直せる」
僕は聴きながら彼らが誰だか分かっていた。三千年の歴史を持った人物はひとりしか居なくて、世界をゼロからというスローガンを掲げているのもだいたい絞れてしまう。
破裂音に似た銃声が轟いた。何が起こったのかは高波に飲まれて見えていない。見えなくてもよかったとは思うけど、それよりも本当に溺れているかのように水中を苦しくもがく僕だった。
沈んでいく一方の体と苦しい呼吸。最後にアルゼレアの顔が浮かんだ時、ハッと僕は気がついた。
* * *
目を開けるとまずは床が揺れていないと感じた。ナヴェール地下図書室の絨毯の上に僕は横たわっている。冴えた頭で身を起こし、横にアルゼレアも倒れて目を閉じているのを発見した。
「アルゼレア! 大丈夫!?」
少し揺さぶるとアルゼレアはハッと目を開けた。よく眠れたというよりも、僕同様に頭は冴えているみたい。だからすぐに起き上がって情報を共有できる。
「夢を見ました! ゼノバ教皇です!」
「うん。僕も見たよ。多分そうなんじゃないかって僕も思った。それにきっと相手はエシュだよね」
アルゼレアも頷いている。そしてアルゼレアと僕は、床に転がっていた小箱をまじまじと見つめる。
「予知夢を見るって噂です」
そっとアルゼレアがそう言い出すのが、つまり僕たちがたった今、このアルゴ船の羅針盤によって夢を見させられたということを指している。
「今、何時ですか?」
「えっと。そろそろ夕飯の時間帯になるよ」
僕が置き時計で確認をしたらアルゼレアは慌てていた。
「急がないと! あの鐘は朝鐘です!」
「え? 鐘なんて鳴っていたっけ?」
僕は夢の中で不思議な心地に驚くばかりだったけど、アルゼレアはずいぶんと沢山の情報を得ていたみたいで。
朝の礼拝堂が開く鐘の音を聴いたんだそう。それを鳴らすのはエシュ神都だけだって言っている。そしてゼノバ教皇が居た間には、いくつもの伝説的な品物が置いてあったって。あそこはエシュの間で間違いない。そうも熱く語った。
「急ぎましょう!」
僕とアルゼレアは地上へと出る。しかし外はまだ明るい。おそらく地下にあった置き時計が壊れていたんだと思う。それでも僕たちは歩幅を遅くしたりはせずに、エシュ神都へと最速で向かった。
(((次話は明日17時に投稿します
Threads → kusakabe_natsuho
Instagram → kusakabe_natsuho
「波の音。聞こえませんか?」
「そんなわけがないよ。ここは地下だよ?」
こんなやり取りをした矢先、僕の耳に波の打ち付ける音が本当に届いて来たから驚きだ。いくらなんでもオルゴールから自然音が流れるなんて聞いたことがない。さらに不思議なことは起こる。
歌のようなメロディーは聞いたことのない音楽で、自然と耳を傾けていると、まるで僕自身がゆらゆらと揺れているような感覚を起こした。
おかしなことになっていると自覚する頃には、僕とアルゼレアは二人で船に乗っている。もちろん船なんてあるはずがなかった。狭くて物だらけの図書室にいたことは覚えているけど、完全に足元は木製ボートの床だ。
ちゃぷんちゃぷんと波が揺れて、だんだん景色が暗くなっていく。そういえば本棚はどこに行っただろう。入り口や壁という仕切りはもう真っ暗な闇だ。
「フォルクスさん、見てください! 星です!」
アルゼレアだけは居なくならないでと手だけ繋いでいた。そんな彼女が頭上を指差している。見上げると本当に満点の星空が広がっているじゃないか。
「なに……これ……」
「アルゴ船の羅針盤じゃないでしょうか」
「羅針盤……」
確かに方位磁石っぽいって話だったよね。オルゴールでもあったけど。
「さ、最近の方位磁石って船に乗れるの?」
「違いますよ。おそらくここは夢です」
夢……。
ファンタジーを嗜んでいない僕には何も理解が追いつかない。試しに船の底に手を伸ばして海の水を触ってみた。確かに冷たさは感じなかった。それに海だったなら潮の香りがあるはずだけど、それもない。
「夢かぁ……」
ぼんやりとする中、こんな夜中にも関わらず真っ白なハトが飛んでいった。気になった僕はそのハトを目で追った。僕は夢の中にいるからそのハトについて行って空を飛んでいる。悪いけど僕にはそれ以上の状態が説明できない。
空を飛ぶと夜の中に大きなお城が現れていた。
「わっ、わっ、わあああっ!!」
このままではぶつかってしまうと慌てふためいたのが恥ずかしい。壁を難なくすり抜けてお城の中に入れたというのに。そういえばアルゼレアとはどこで別れたのか。とにかく彼女がさっきのを見ていなくてよかった。
お城の中を早いスピードで飛び回り、幾つもの壁をすり抜けた。貴族の部屋を覗き見て楽しい夢だった。しかしそこにひとりの男を見つける。
男は銃を突き立てている。真っ白な白髪頭で少し歳を取った人物だと分かった。言葉も聞こえた。
「三千年の歴史に終止符を打つ時が来たようだ」
銃を突きつけられているのもまた人のようだけど、そっちは暗闇に透けていてよく分からない。
「気分はどうだろう」
「……」
「神が消えたなら世界は間違いなくゼロからやり直せる」
僕は聴きながら彼らが誰だか分かっていた。三千年の歴史を持った人物はひとりしか居なくて、世界をゼロからというスローガンを掲げているのもだいたい絞れてしまう。
破裂音に似た銃声が轟いた。何が起こったのかは高波に飲まれて見えていない。見えなくてもよかったとは思うけど、それよりも本当に溺れているかのように水中を苦しくもがく僕だった。
沈んでいく一方の体と苦しい呼吸。最後にアルゼレアの顔が浮かんだ時、ハッと僕は気がついた。
* * *
目を開けるとまずは床が揺れていないと感じた。ナヴェール地下図書室の絨毯の上に僕は横たわっている。冴えた頭で身を起こし、横にアルゼレアも倒れて目を閉じているのを発見した。
「アルゼレア! 大丈夫!?」
少し揺さぶるとアルゼレアはハッと目を開けた。よく眠れたというよりも、僕同様に頭は冴えているみたい。だからすぐに起き上がって情報を共有できる。
「夢を見ました! ゼノバ教皇です!」
「うん。僕も見たよ。多分そうなんじゃないかって僕も思った。それにきっと相手はエシュだよね」
アルゼレアも頷いている。そしてアルゼレアと僕は、床に転がっていた小箱をまじまじと見つめる。
「予知夢を見るって噂です」
そっとアルゼレアがそう言い出すのが、つまり僕たちがたった今、このアルゴ船の羅針盤によって夢を見させられたということを指している。
「今、何時ですか?」
「えっと。そろそろ夕飯の時間帯になるよ」
僕が置き時計で確認をしたらアルゼレアは慌てていた。
「急がないと! あの鐘は朝鐘です!」
「え? 鐘なんて鳴っていたっけ?」
僕は夢の中で不思議な心地に驚くばかりだったけど、アルゼレアはずいぶんと沢山の情報を得ていたみたいで。
朝の礼拝堂が開く鐘の音を聴いたんだそう。それを鳴らすのはエシュ神都だけだって言っている。そしてゼノバ教皇が居た間には、いくつもの伝説的な品物が置いてあったって。あそこはエシュの間で間違いない。そうも熱く語った。
「急ぎましょう!」
僕とアルゼレアは地上へと出る。しかし外はまだ明るい。おそらく地下にあった置き時計が壊れていたんだと思う。それでも僕たちは歩幅を遅くしたりはせずに、エシュ神都へと最速で向かった。
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