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lll.二人の未来のために
怪盗の心地で潜入だ
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時刻は夕暮れで、こんな時間にこそこそ動いているなんてどうかしている。それも闇夜に紛れて「こっちだ」だなんて指示を送ったり受け取ったりしながら。
「フォルクスさん、楽しそうですね」
「ええっ?」
自分でも無自覚だったけど。悪いことをするってスリルが意外と楽しいもんだと知ってしまった。
「怪盗にでもなった気分だよ」
僕は悪びれもせずにアルゼレアに笑顔を向けていた。それがどれほど、あどけない笑顔だったかは後になってから恥ずかしくなりそうだ。しかし今は、ほんわかと怪盗ごっこを楽しんでいるんじゃない。
ナヴェール神殿の関係者入り口からそっと中に入って、そう多くない人の目を潜りながら奥へと潜入した。あの時はお祭りだったし初めてだったのもあって緊張したけど、今回は落ち着いていた。
それもあって、楽しんじゃっているってわけなんだけど。
地下への階段を降りて覚えのある直線の通路になる。図書室の扉はアルゼレアがよく覚えていた。扉の鍵は朽ちていて彼女の手でも簡単に開けられたみたいだ。
「オソードのページを見つけるのは難しいかもしれないけど」
天井近くまで積み上がった書類の棚を見回して僕はつぶやく。国立図書館よりもずっと小さなスペースだから探し出せると思っていた。けど、ここに到着すると思っていたよりも物で溢れているから、つい本音が出てしまった。
「はい。エリシュの鍵だけでも見つけましょう」
「そうだね」
アルゼレアが怒らなかったってことは同じ気持ちになったってことだと思っておく。とはいえ彼女の本への熱意は、誰にも負けないものがあるけど。
片っ端からという言葉の通り、アルゼレアは本棚の端から端までの本を全て開けていくみたいだ。本といってもほとんどが古いもの。留め具が朽ちてバラバラになっていることも多い。
僕が引き出した本もまさにそうだ。紙自体もどういう素材なのか知らないけど、指で擦ると溶けていくように薄くなっていくものだった。
こんな貴重なものを僕のような素人が扱えないと早めに気付き、こっちは鍵を探すのに切り替えている。書斎机の引き出しや小箱を開けて、ちょっとした昆虫や小動物が飛び出しては震え上がっていた。
その度にアルゼレアを邪魔しているんじゃないかと振り返ってみるんだけど。
「……」
彼女はもう僕の存在なんて忘れている。
少しの寂しさも抱きつつ、自分の使命を全うしようと思った。僕は目先のキャビネットに向き合う。引き出しが付いているけど開けるのにはちょっと覚悟しなくちゃならない。
心の中で「よし」と唱えてから、金色の取っ手を掴んで引いた。よかった。尻餅をつかされるようなサプライズはなかったみたい。でも、箱が入っている。
手のひらにおさまりそうな小箱だ。子供のおもちゃのような、くすみがかった銀色をしている。光を跳ね返せないほどに廃れていた。
「宝石箱かな?」
大きさ的には結婚指輪でも入っていそうだと思った。ここに鍵は入っていないかもしれないけど興味本位で持ち上げようとした。
「う、うわっ! 重い!?」
それは一度、手を離してしまうほど。鉄分が溶け出してキャビネットと一体化しているのかと思ったほど。アルミ製かと思ったらずっしりと重量感がある。というか、ただの鉄の塊だったんじゃないかと思うくらい。びっくりした。
でも一応鉄の塊ではなく、箱らしくちゃんと上下に開くように分かれている。力を込めると蓋だって開けられた。ドラマで良く見るような男性が片膝を付いてプロポーズするリングボックスのように見事にパカっと。
……でも肝心の中身は……なんだろう?
「ねえ、アルゼレア。これ、何だと思う?」
指輪がありそうな中身には、金色の丸い円盤が埋め込まれている。クッション素材で守られているということもなくって、どうやら箱と一体型だ。
円盤は時計のようだけど数字は書かれていない。青色の宝石が幾何学に散りばめられて飾られているけど。どう見たって意味はなさそう。ただの飾りかな。
アルゼレアが全然寄って来てくれないから、そうだ僕を忘れているんだったと思い出した。だから小箱を持ったまま僕から歩み寄っていく。
「アルゼレア?」
言葉を掛けただけではダメで、肩を叩いてもちょっと揺れるだけだった。本を取り上げるのもしたくないからなと僕は思う。
赤髪を耳にかけているから真剣そのもので本に落とす目がよく見える。そこから滑り落ちて、すべすべもちもちの白いほっぺたは相変わらず美味しそう。軽い気持ちでキスをしてもバレないだろうと思ったら、その通りだった。
「どうしたんですか?」
「うん。ちょっと見て欲しいものがあってさ」
アルゼレアが本を置いて僕の方を向いてくれた。彼女はちょっと自分の頬に片手を当てただけでキョトンとしていた。それから僕の持っている小箱を見てくれる。
「えっ……」
彼女はとても驚いた様子だった。理由は、僕が意表を突かれたようにアルゼレアにも見た目と重さのギャップを感じて欲しくて、小箱を閉めた状態で差し出したせい。
小さな黒い手のひらに乗せると「わわっ!」とアルゼレアは慌てて、反対の手も添えて両手で持たなくちゃならなかった。
「不自然に重いでしょ?」
「は、はい。何ですかこれ?」
僕からの婚約指輪じゃなかったことを嘆く隙もなかったみたい。
アルゼレアの手の上で蓋を開けてあげる。金色の円盤を見るとその綺麗さに感動しているみたいに見えた。でもやっぱりこれが何なのかは言い当てたりはしなかった。
「時計ですか?」
「僕も最初そう思ったんだけど数字も針も無いんだ」
「針……。方位磁石ですか?」
ああ、方位磁針か。それなら少しあるかもしれない。円盤の文字が老朽化して消えてしまったのかもしれないとアルゼレアが言及した。
円盤の細工や蓋裏の模様から見ても骨董品で間違いなかった。この重さだって明らかに機能性を邪魔している。昔の文明品って感じだ。
「フォルクスさん。ゼンマイが付いてますよ」
「え、どこ?」
僕が円盤を覗き見ている時、アルゼレアからは底が見えたらしい。小箱でゼンマイが付いているってことは、二人に浮かんだものはひとつ。
「オルゴールか!」
「オルゴールですね!」
息がぴったり合うと嬉しいな。
「回してみても良いですか」
「うん。お願い」
僕が小箱を持ち上げておいて、アルゼレアが底のゼンマイを回した。カチカチという音が鳴って問題なく回っているよう。そしてアルゼレアが手を離すと、本当に明るい曲調が流れ始めた。
(((次話は明日17時に投稿します
Threads → kusakabe_natsuho
Instagram → kusakabe_natsuho
「フォルクスさん、楽しそうですね」
「ええっ?」
自分でも無自覚だったけど。悪いことをするってスリルが意外と楽しいもんだと知ってしまった。
「怪盗にでもなった気分だよ」
僕は悪びれもせずにアルゼレアに笑顔を向けていた。それがどれほど、あどけない笑顔だったかは後になってから恥ずかしくなりそうだ。しかし今は、ほんわかと怪盗ごっこを楽しんでいるんじゃない。
ナヴェール神殿の関係者入り口からそっと中に入って、そう多くない人の目を潜りながら奥へと潜入した。あの時はお祭りだったし初めてだったのもあって緊張したけど、今回は落ち着いていた。
それもあって、楽しんじゃっているってわけなんだけど。
地下への階段を降りて覚えのある直線の通路になる。図書室の扉はアルゼレアがよく覚えていた。扉の鍵は朽ちていて彼女の手でも簡単に開けられたみたいだ。
「オソードのページを見つけるのは難しいかもしれないけど」
天井近くまで積み上がった書類の棚を見回して僕はつぶやく。国立図書館よりもずっと小さなスペースだから探し出せると思っていた。けど、ここに到着すると思っていたよりも物で溢れているから、つい本音が出てしまった。
「はい。エリシュの鍵だけでも見つけましょう」
「そうだね」
アルゼレアが怒らなかったってことは同じ気持ちになったってことだと思っておく。とはいえ彼女の本への熱意は、誰にも負けないものがあるけど。
片っ端からという言葉の通り、アルゼレアは本棚の端から端までの本を全て開けていくみたいだ。本といってもほとんどが古いもの。留め具が朽ちてバラバラになっていることも多い。
僕が引き出した本もまさにそうだ。紙自体もどういう素材なのか知らないけど、指で擦ると溶けていくように薄くなっていくものだった。
こんな貴重なものを僕のような素人が扱えないと早めに気付き、こっちは鍵を探すのに切り替えている。書斎机の引き出しや小箱を開けて、ちょっとした昆虫や小動物が飛び出しては震え上がっていた。
その度にアルゼレアを邪魔しているんじゃないかと振り返ってみるんだけど。
「……」
彼女はもう僕の存在なんて忘れている。
少しの寂しさも抱きつつ、自分の使命を全うしようと思った。僕は目先のキャビネットに向き合う。引き出しが付いているけど開けるのにはちょっと覚悟しなくちゃならない。
心の中で「よし」と唱えてから、金色の取っ手を掴んで引いた。よかった。尻餅をつかされるようなサプライズはなかったみたい。でも、箱が入っている。
手のひらにおさまりそうな小箱だ。子供のおもちゃのような、くすみがかった銀色をしている。光を跳ね返せないほどに廃れていた。
「宝石箱かな?」
大きさ的には結婚指輪でも入っていそうだと思った。ここに鍵は入っていないかもしれないけど興味本位で持ち上げようとした。
「う、うわっ! 重い!?」
それは一度、手を離してしまうほど。鉄分が溶け出してキャビネットと一体化しているのかと思ったほど。アルミ製かと思ったらずっしりと重量感がある。というか、ただの鉄の塊だったんじゃないかと思うくらい。びっくりした。
でも一応鉄の塊ではなく、箱らしくちゃんと上下に開くように分かれている。力を込めると蓋だって開けられた。ドラマで良く見るような男性が片膝を付いてプロポーズするリングボックスのように見事にパカっと。
……でも肝心の中身は……なんだろう?
「ねえ、アルゼレア。これ、何だと思う?」
指輪がありそうな中身には、金色の丸い円盤が埋め込まれている。クッション素材で守られているということもなくって、どうやら箱と一体型だ。
円盤は時計のようだけど数字は書かれていない。青色の宝石が幾何学に散りばめられて飾られているけど。どう見たって意味はなさそう。ただの飾りかな。
アルゼレアが全然寄って来てくれないから、そうだ僕を忘れているんだったと思い出した。だから小箱を持ったまま僕から歩み寄っていく。
「アルゼレア?」
言葉を掛けただけではダメで、肩を叩いてもちょっと揺れるだけだった。本を取り上げるのもしたくないからなと僕は思う。
赤髪を耳にかけているから真剣そのもので本に落とす目がよく見える。そこから滑り落ちて、すべすべもちもちの白いほっぺたは相変わらず美味しそう。軽い気持ちでキスをしてもバレないだろうと思ったら、その通りだった。
「どうしたんですか?」
「うん。ちょっと見て欲しいものがあってさ」
アルゼレアが本を置いて僕の方を向いてくれた。彼女はちょっと自分の頬に片手を当てただけでキョトンとしていた。それから僕の持っている小箱を見てくれる。
「えっ……」
彼女はとても驚いた様子だった。理由は、僕が意表を突かれたようにアルゼレアにも見た目と重さのギャップを感じて欲しくて、小箱を閉めた状態で差し出したせい。
小さな黒い手のひらに乗せると「わわっ!」とアルゼレアは慌てて、反対の手も添えて両手で持たなくちゃならなかった。
「不自然に重いでしょ?」
「は、はい。何ですかこれ?」
僕からの婚約指輪じゃなかったことを嘆く隙もなかったみたい。
アルゼレアの手の上で蓋を開けてあげる。金色の円盤を見るとその綺麗さに感動しているみたいに見えた。でもやっぱりこれが何なのかは言い当てたりはしなかった。
「時計ですか?」
「僕も最初そう思ったんだけど数字も針も無いんだ」
「針……。方位磁石ですか?」
ああ、方位磁針か。それなら少しあるかもしれない。円盤の文字が老朽化して消えてしまったのかもしれないとアルゼレアが言及した。
円盤の細工や蓋裏の模様から見ても骨董品で間違いなかった。この重さだって明らかに機能性を邪魔している。昔の文明品って感じだ。
「フォルクスさん。ゼンマイが付いてますよ」
「え、どこ?」
僕が円盤を覗き見ている時、アルゼレアからは底が見えたらしい。小箱でゼンマイが付いているってことは、二人に浮かんだものはひとつ。
「オルゴールか!」
「オルゴールですね!」
息がぴったり合うと嬉しいな。
「回してみても良いですか」
「うん。お願い」
僕が小箱を持ち上げておいて、アルゼレアが底のゼンマイを回した。カチカチという音が鳴って問題なく回っているよう。そしてアルゼレアが手を離すと、本当に明るい曲調が流れ始めた。
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