上 下
127 / 136
lll.二人の未来のために

これから2

しおりを挟む
 呆れてしまった。とりあえず堂々と僕を見下ろすのはなんだか嫌なので、ベッドのところに座ってよと促す。ジャッジは足を組んでそこに座った。
「でもよ。そのオヤジが変なことを言ってたぜ?」
 座った途端に気になることを言い出した。
「変なこと? オヤジって質屋の店主が?」
「ああ。なんでも俺が売ってやったライターが、オヤジの趣味に合ってたもんで自分のものにするつもりだったんだと。しかしそこに買い手の男が現れた。『売る気は無い』って言ったら、なんと十倍の値段で買い取られたんだそうだ。十倍って言ったら相当だぜ?」
 ジャッジはその十倍の金額で何人の女性と遊べるかと計算をしている。この話をアルゼレアが聞く必要はないから、僕は彼女の方を向いた。
「ゼノバ教皇だって証拠にはならないけど、確かに普通の人じゃなさそうだね」
「そうですね。あの、実は私からもゼノバ教皇のことで問題が」
 アルゼレアは自分のカバンからしっかりと本の形をしたものを取り出した。皮の表紙が新しくて、新品の爽やかな香りが僕のところまで届いてきた。それを見せて「オソードです」と紹介するけど元気がない。
「ページが足りないんです」
 深刻な話に違いはないけど僕は首を傾げてしまった。
「図書館の火事の時に消えてしまったってこと?」
「違うんです。私がセルジオ城から持ってきた資料集の中に、重要な……エシュ城の内部を書いたところだけが、誰かに破られていたんです。なのでオソードはその部分だけ修復できなかったので……」
 未完全であることをアルゼレアは悲しんでいる。新品の本を抱き抱えてちょっぴり泣きそうでもある。
「エシュ城の内部……。それをゼノバ教皇が持って行ったって?」
 ゼノバ教皇が関連しているんだとしたら、そういうことだと想像した。アルゼレアはうんと頷いた。
「ラファエルさんがきっとそうに違いないと仰っていました。その昔にゼノバ教皇の言葉を小耳に挟んだみたいです。『これでエシュ城に謎はなくなった』とか」
「えっ、ちょっと待って。ラファエルさんに会ったの?」
「はい」
 ナヴェール神殿地下で僕らを目的の場所へ案内してくれたラファエルさんだ。久しぶりにその名前を聞いたけど、忘れることはできなかった。彼との最後の別れは、突然の銃声で途切れていたからだ。
 生きていたんだ……とは、あまり口にしない方が良いだろうと思って黙っておいた。でも良かった。本当に良かった。
「アルゼレアは色んな人と繋がっているんだね」
「はい?」
 彼女が抱いている本。新しいオソードも、トリスさんの研究論書だった時も。アルゼレアの周りには色んな人が現れて彼女に協力している。
 僕も医院長に、周りを頼るのが必要だと言われた。僕に出来ていないことが、アルゼレアには自然に出来てしまうんだな。ちょっと羨ましい気持ちもあるけど、でも僕はアルゼレアの尊敬できるところをまたひとつ見つけたわけだ。
 輝く彼女を眺めていたら、その可愛い子は何かハッとしたらしい。
「ち、違いますよ!?」
 顔を赤くして突然否定してきた。
「ん? 何が?」
「別にそういう気持ちは何もありません!」
「え? ……うん? 何のこと?」
 懸命に訴えているけども。
 よく分からないからとアルゼレアに説明を求めている。でもそうすると彼女は顔を真っ赤にして俯くばっかりで言葉を詰まらせていた。何か恥ずかしいエピソードでも思い出したのかな? と、考えているとジャッジから声が飛ぶ。
「イチャイチャしたいなら帰るからな」
 僕はジャッジに首を振った。
「違うよ。アルゼレアには良い友人がいて心強いなってことを言っているだけ」
 人の話を真剣に聞かずに、飛び上がるみたいにして立ち上がったジャッジ。僕の言葉は「はいはい」と片手を振って払いのけ、本当に扉を開けて出て行ってしまった。
「おい、帰るってどこにだよ!」
 閉まりかけの扉に僕が叫んでもアイツは振り返りもしないで去った。またどこかで恨みを買って誘拐されるかもしれないのに。
「……まあいいや」
 アルゼレアの方をなんとかしないとだよね。
「ゼノバ教皇の大事なものは、きっとあの時入った地下の図書室にあるはずだ。もしかしたら鍵も同じ場所にあるかもしれない。ささっと回収してしまおう」
 これまで色々あった僕は、犯罪的な行動にも果敢だった。良くも悪くも。
「聞こえた? アルゼレア?」
 問いかけると、こくりと頷く。果敢さで言うと僕よりもアルゼレアの方が何十倍も上だから異論はないみたいだ。
 しかしそれとは別にアルゼレアは顔を両手で覆っていた。いつもの恥ずかしがり屋さんが何故か発動している。……何故かっていうか、実は僕には彼女の失態が分かっていた。
 だから彼女が見ていないのを良いことに、ほくそ笑んでしまう。でも声だけはいつもと変わらないように装って。
「何か勘違いでもした?」
「……いいえ」
「そっか」
 視界を封じているアルゼレアは、僕が立ち上がった音だけで肩に力が入っていた。別に意地悪をするつもりはないんだけど、僕は彼女にちょっかいをかけずに横をすり抜けていく。
 クローゼットへと手を伸ばす。セルジオ大使館が用意したジャケットを一枚取った。袖を通すと違和感がない。
 僕のサイズを測られたこともないのに大きさはピッタリだった。カジュアルでもフォーマルでもあるジャケットで、腕を動かすのにも十分な余白だってあるじゃないか。
 偶然だったのか。他のも同じサイズなのか。あと数着かかっているものを着たり脱いだりと確かめていたら、ギュッと腰の辺りに何かが巻き付いた。背中はじんわり暖かかった。
 このままでも十分幸せなんだけど僕には物足りなく、悪いと思いながらもアルゼレアの横腹をつんと指で突く。彼女が「ひゃっ!」と笛を吹いたような声を出してよろけている間に僕のターンが決まる。
 さっきまで無音でほくそ笑んでいた僕だったけど、ちゃんと正面からアルゼレアを抱きしめられると「ふふっ」と、緩んだ声がこぼれてしまった。
「君が気にしている程ではないけど。ちょっとだけなら嫉妬したよ」
 石鹸のような香りを感じつつ、心の中では、ジャッジに取られてしまうなんて微塵も心配していないはずなんだけどね。なんて言っている。
「ちょっとだけですか?」
「うん。ちょっとだけ」
 僕の背中に回してくれている腕に少し力が抜けていく。「ちょっとだけ」という点にアルゼレアが残念がっていると分かった。
 やっぱり「良い大人のくせにわりと嫉妬してしまった」と素直に言うべきか。僕は少しだけ悩んでしまった。



(((次話は明日17時に投稿します

Threads → kusakabe_natsuho
Instagram → kusakabe_natsuho
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...