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lll.二人の未来のために
これから2
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呆れてしまった。とりあえず堂々と僕を見下ろすのはなんだか嫌なので、ベッドのところに座ってよと促す。ジャッジは足を組んでそこに座った。
「でもよ。そのオヤジが変なことを言ってたぜ?」
座った途端に気になることを言い出した。
「変なこと? オヤジって質屋の店主が?」
「ああ。なんでも俺が売ってやったライターが、オヤジの趣味に合ってたもんで自分のものにするつもりだったんだと。しかしそこに買い手の男が現れた。『売る気は無い』って言ったら、なんと十倍の値段で買い取られたんだそうだ。十倍って言ったら相当だぜ?」
ジャッジはその十倍の金額で何人の女性と遊べるかと計算をしている。この話をアルゼレアが聞く必要はないから、僕は彼女の方を向いた。
「ゼノバ教皇だって証拠にはならないけど、確かに普通の人じゃなさそうだね」
「そうですね。あの、実は私からもゼノバ教皇のことで問題が」
アルゼレアは自分のカバンからしっかりと本の形をしたものを取り出した。皮の表紙が新しくて、新品の爽やかな香りが僕のところまで届いてきた。それを見せて「オソードです」と紹介するけど元気がない。
「ページが足りないんです」
深刻な話に違いはないけど僕は首を傾げてしまった。
「図書館の火事の時に消えてしまったってこと?」
「違うんです。私がセルジオ城から持ってきた資料集の中に、重要な……エシュ城の内部を書いたところだけが、誰かに破られていたんです。なのでオソードはその部分だけ修復できなかったので……」
未完全であることをアルゼレアは悲しんでいる。新品の本を抱き抱えてちょっぴり泣きそうでもある。
「エシュ城の内部……。それをゼノバ教皇が持って行ったって?」
ゼノバ教皇が関連しているんだとしたら、そういうことだと想像した。アルゼレアはうんと頷いた。
「ラファエルさんがきっとそうに違いないと仰っていました。その昔にゼノバ教皇の言葉を小耳に挟んだみたいです。『これでエシュ城に謎はなくなった』とか」
「えっ、ちょっと待って。ラファエルさんに会ったの?」
「はい」
ナヴェール神殿地下で僕らを目的の場所へ案内してくれたラファエルさんだ。久しぶりにその名前を聞いたけど、忘れることはできなかった。彼との最後の別れは、突然の銃声で途切れていたからだ。
生きていたんだ……とは、あまり口にしない方が良いだろうと思って黙っておいた。でも良かった。本当に良かった。
「アルゼレアは色んな人と繋がっているんだね」
「はい?」
彼女が抱いている本。新しいオソードも、トリスさんの研究論書だった時も。アルゼレアの周りには色んな人が現れて彼女に協力している。
僕も医院長に、周りを頼るのが必要だと言われた。僕に出来ていないことが、アルゼレアには自然に出来てしまうんだな。ちょっと羨ましい気持ちもあるけど、でも僕はアルゼレアの尊敬できるところをまたひとつ見つけたわけだ。
輝く彼女を眺めていたら、その可愛い子は何かハッとしたらしい。
「ち、違いますよ!?」
顔を赤くして突然否定してきた。
「ん? 何が?」
「別にそういう気持ちは何もありません!」
「え? ……うん? 何のこと?」
懸命に訴えているけども。
よく分からないからとアルゼレアに説明を求めている。でもそうすると彼女は顔を真っ赤にして俯くばっかりで言葉を詰まらせていた。何か恥ずかしいエピソードでも思い出したのかな? と、考えているとジャッジから声が飛ぶ。
「イチャイチャしたいなら帰るからな」
僕はジャッジに首を振った。
「違うよ。アルゼレアには良い友人がいて心強いなってことを言っているだけ」
人の話を真剣に聞かずに、飛び上がるみたいにして立ち上がったジャッジ。僕の言葉は「はいはい」と片手を振って払いのけ、本当に扉を開けて出て行ってしまった。
「おい、帰るってどこにだよ!」
閉まりかけの扉に僕が叫んでもアイツは振り返りもしないで去った。またどこかで恨みを買って誘拐されるかもしれないのに。
「……まあいいや」
アルゼレアの方をなんとかしないとだよね。
「ゼノバ教皇の大事なものは、きっとあの時入った地下の図書室にあるはずだ。もしかしたら鍵も同じ場所にあるかもしれない。ささっと回収してしまおう」
これまで色々あった僕は、犯罪的な行動にも果敢だった。良くも悪くも。
「聞こえた? アルゼレア?」
問いかけると、こくりと頷く。果敢さで言うと僕よりもアルゼレアの方が何十倍も上だから異論はないみたいだ。
しかしそれとは別にアルゼレアは顔を両手で覆っていた。いつもの恥ずかしがり屋さんが何故か発動している。……何故かっていうか、実は僕には彼女の失態が分かっていた。
だから彼女が見ていないのを良いことに、ほくそ笑んでしまう。でも声だけはいつもと変わらないように装って。
「何か勘違いでもした?」
「……いいえ」
「そっか」
視界を封じているアルゼレアは、僕が立ち上がった音だけで肩に力が入っていた。別に意地悪をするつもりはないんだけど、僕は彼女にちょっかいをかけずに横をすり抜けていく。
クローゼットへと手を伸ばす。セルジオ大使館が用意したジャケットを一枚取った。袖を通すと違和感がない。
僕のサイズを測られたこともないのに大きさはピッタリだった。カジュアルでもフォーマルでもあるジャケットで、腕を動かすのにも十分な余白だってあるじゃないか。
偶然だったのか。他のも同じサイズなのか。あと数着かかっているものを着たり脱いだりと確かめていたら、ギュッと腰の辺りに何かが巻き付いた。背中はじんわり暖かかった。
このままでも十分幸せなんだけど僕には物足りなく、悪いと思いながらもアルゼレアの横腹をつんと指で突く。彼女が「ひゃっ!」と笛を吹いたような声を出してよろけている間に僕のターンが決まる。
さっきまで無音でほくそ笑んでいた僕だったけど、ちゃんと正面からアルゼレアを抱きしめられると「ふふっ」と、緩んだ声がこぼれてしまった。
「君が気にしている程ではないけど。ちょっとだけなら嫉妬したよ」
石鹸のような香りを感じつつ、心の中では、ジャッジに取られてしまうなんて微塵も心配していないはずなんだけどね。なんて言っている。
「ちょっとだけですか?」
「うん。ちょっとだけ」
僕の背中に回してくれている腕に少し力が抜けていく。「ちょっとだけ」という点にアルゼレアが残念がっていると分かった。
やっぱり「良い大人のくせにわりと嫉妬してしまった」と素直に言うべきか。僕は少しだけ悩んでしまった。
(((次話は明日17時に投稿します
Threads → kusakabe_natsuho
Instagram → kusakabe_natsuho
「でもよ。そのオヤジが変なことを言ってたぜ?」
座った途端に気になることを言い出した。
「変なこと? オヤジって質屋の店主が?」
「ああ。なんでも俺が売ってやったライターが、オヤジの趣味に合ってたもんで自分のものにするつもりだったんだと。しかしそこに買い手の男が現れた。『売る気は無い』って言ったら、なんと十倍の値段で買い取られたんだそうだ。十倍って言ったら相当だぜ?」
ジャッジはその十倍の金額で何人の女性と遊べるかと計算をしている。この話をアルゼレアが聞く必要はないから、僕は彼女の方を向いた。
「ゼノバ教皇だって証拠にはならないけど、確かに普通の人じゃなさそうだね」
「そうですね。あの、実は私からもゼノバ教皇のことで問題が」
アルゼレアは自分のカバンからしっかりと本の形をしたものを取り出した。皮の表紙が新しくて、新品の爽やかな香りが僕のところまで届いてきた。それを見せて「オソードです」と紹介するけど元気がない。
「ページが足りないんです」
深刻な話に違いはないけど僕は首を傾げてしまった。
「図書館の火事の時に消えてしまったってこと?」
「違うんです。私がセルジオ城から持ってきた資料集の中に、重要な……エシュ城の内部を書いたところだけが、誰かに破られていたんです。なのでオソードはその部分だけ修復できなかったので……」
未完全であることをアルゼレアは悲しんでいる。新品の本を抱き抱えてちょっぴり泣きそうでもある。
「エシュ城の内部……。それをゼノバ教皇が持って行ったって?」
ゼノバ教皇が関連しているんだとしたら、そういうことだと想像した。アルゼレアはうんと頷いた。
「ラファエルさんがきっとそうに違いないと仰っていました。その昔にゼノバ教皇の言葉を小耳に挟んだみたいです。『これでエシュ城に謎はなくなった』とか」
「えっ、ちょっと待って。ラファエルさんに会ったの?」
「はい」
ナヴェール神殿地下で僕らを目的の場所へ案内してくれたラファエルさんだ。久しぶりにその名前を聞いたけど、忘れることはできなかった。彼との最後の別れは、突然の銃声で途切れていたからだ。
生きていたんだ……とは、あまり口にしない方が良いだろうと思って黙っておいた。でも良かった。本当に良かった。
「アルゼレアは色んな人と繋がっているんだね」
「はい?」
彼女が抱いている本。新しいオソードも、トリスさんの研究論書だった時も。アルゼレアの周りには色んな人が現れて彼女に協力している。
僕も医院長に、周りを頼るのが必要だと言われた。僕に出来ていないことが、アルゼレアには自然に出来てしまうんだな。ちょっと羨ましい気持ちもあるけど、でも僕はアルゼレアの尊敬できるところをまたひとつ見つけたわけだ。
輝く彼女を眺めていたら、その可愛い子は何かハッとしたらしい。
「ち、違いますよ!?」
顔を赤くして突然否定してきた。
「ん? 何が?」
「別にそういう気持ちは何もありません!」
「え? ……うん? 何のこと?」
懸命に訴えているけども。
よく分からないからとアルゼレアに説明を求めている。でもそうすると彼女は顔を真っ赤にして俯くばっかりで言葉を詰まらせていた。何か恥ずかしいエピソードでも思い出したのかな? と、考えているとジャッジから声が飛ぶ。
「イチャイチャしたいなら帰るからな」
僕はジャッジに首を振った。
「違うよ。アルゼレアには良い友人がいて心強いなってことを言っているだけ」
人の話を真剣に聞かずに、飛び上がるみたいにして立ち上がったジャッジ。僕の言葉は「はいはい」と片手を振って払いのけ、本当に扉を開けて出て行ってしまった。
「おい、帰るってどこにだよ!」
閉まりかけの扉に僕が叫んでもアイツは振り返りもしないで去った。またどこかで恨みを買って誘拐されるかもしれないのに。
「……まあいいや」
アルゼレアの方をなんとかしないとだよね。
「ゼノバ教皇の大事なものは、きっとあの時入った地下の図書室にあるはずだ。もしかしたら鍵も同じ場所にあるかもしれない。ささっと回収してしまおう」
これまで色々あった僕は、犯罪的な行動にも果敢だった。良くも悪くも。
「聞こえた? アルゼレア?」
問いかけると、こくりと頷く。果敢さで言うと僕よりもアルゼレアの方が何十倍も上だから異論はないみたいだ。
しかしそれとは別にアルゼレアは顔を両手で覆っていた。いつもの恥ずかしがり屋さんが何故か発動している。……何故かっていうか、実は僕には彼女の失態が分かっていた。
だから彼女が見ていないのを良いことに、ほくそ笑んでしまう。でも声だけはいつもと変わらないように装って。
「何か勘違いでもした?」
「……いいえ」
「そっか」
視界を封じているアルゼレアは、僕が立ち上がった音だけで肩に力が入っていた。別に意地悪をするつもりはないんだけど、僕は彼女にちょっかいをかけずに横をすり抜けていく。
クローゼットへと手を伸ばす。セルジオ大使館が用意したジャケットを一枚取った。袖を通すと違和感がない。
僕のサイズを測られたこともないのに大きさはピッタリだった。カジュアルでもフォーマルでもあるジャケットで、腕を動かすのにも十分な余白だってあるじゃないか。
偶然だったのか。他のも同じサイズなのか。あと数着かかっているものを着たり脱いだりと確かめていたら、ギュッと腰の辺りに何かが巻き付いた。背中はじんわり暖かかった。
このままでも十分幸せなんだけど僕には物足りなく、悪いと思いながらもアルゼレアの横腹をつんと指で突く。彼女が「ひゃっ!」と笛を吹いたような声を出してよろけている間に僕のターンが決まる。
さっきまで無音でほくそ笑んでいた僕だったけど、ちゃんと正面からアルゼレアを抱きしめられると「ふふっ」と、緩んだ声がこぼれてしまった。
「君が気にしている程ではないけど。ちょっとだけなら嫉妬したよ」
石鹸のような香りを感じつつ、心の中では、ジャッジに取られてしまうなんて微塵も心配していないはずなんだけどね。なんて言っている。
「ちょっとだけですか?」
「うん。ちょっとだけ」
僕の背中に回してくれている腕に少し力が抜けていく。「ちょっとだけ」という点にアルゼレアが残念がっていると分かった。
やっぱり「良い大人のくせにわりと嫉妬してしまった」と素直に言うべきか。僕は少しだけ悩んでしまった。
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