閉架な君はアルゼレアという‐冷淡な司書との出会いが不遇の渦を作る。政治陰謀・革命・純愛にも男が奮励する物語です‐【長編・完結済み】

草壁なつ帆

文字の大きさ
上 下
124 / 136
lll.二人の未来のために

滑稽な友人

しおりを挟む
 植栽の影からひとりの男を見守った。色黒の肌をよれたシャツから出していて、すっきりと切った髪の毛を真っ黒にした男だ。服装のことは残念だけど、肩より上はちょっとはマシな姿になったらしい。
 ジャッジを迎えに行くのは競艇場や質屋かと思っていたけど、まさかココナツの香りが漂う若者向けのカフェになるなんて。しかも異国テイストを取り入れた話題店だ。
 あの男がココナツの香りを好むなんてあり得ない。カフェに出入りすることも基本的に嫌がるくせに、今日は店内席でニコニコ笑いながら店オリジナルのココナツコーヒーを飲んでいるなんて。あり得ない。
 僕は同じ席にアルゼレアが居ながらも、椅子ごとジャッジの方を向いていた。ジャングルに生えていそうな大きな葉っぱで茂った植栽に隠れているから向こうからはバレていない。
「フォルクスさん、あの人が社長さんの言っていた人でしょうか?」
「うん。たぶんそう」
 ジャッジの席はひとりじゃなかった。もちろん誰かと話が弾んでいるからジャッジはニコニコしているんだ。それは背中をパッカリと開けたワンピースが目立つ女性だった。もちろん僕の知り合いじゃない。リサでもない。
「あれは相当夢中だね」
「……そうですね」
 友人の惚れた顔なんて見ていられるものじゃないさ。ニコニコニコニコ笑顔を絶やさないで、女性にたくさん質問を投げかけているらしい。話す内容は聞こえていないけど喋るのは女性の方が多いみたい。
 良い男は聞き役って言うけど、ジャッジが実践しているとなんだか気持ち悪いな。
「ああいうのってきっとハニートラップって言うんだよね」
「ハニートラップ?」
 アルゼレアには知らない事だったみたい。あえて教えてあげるのは止めておいた。「それにしてもさ……」と、ため息を吐きながら別の話題に切り替える。
「ジャッジに鍵のことが分かるのかな? 結構問い詰めたけど何にも知らないって感じだったんだよなぁ」
 ぼんやりと見つめる先。ジャッジは自分の腕時計を聞かれて紹介しているみたい。慣れた手つきで外して女性に持たせたりなんかしている。あんな良い時計を一体どこから拾ってきたんだか。
「ジャッジさんって、鍵を失くしたと仰っていましたよね?」
 不意にアルゼレアが小さな声で言う。僕はあまり気に留めずに「そうだよ」と答えた。ジャッジの腕時計の出どころが気になっていた。
 構わずにアルゼレアが話を続けている。
「あの時ジャッジさんのコートのポケットからライターが出てきましたよね」
「あっ、それだ!」
 僕の頭上に電球がついたみたいだ。
「きっとあの時のライターを売って腕時計を買ったわけだな。確かにビンテージ物って感じがしていた。高値で売れたんだ」
「いえ、そうではなくて。ジャッジさんは鍵を失くしたんじゃなく、鍵がライターに成り変わってしまったんじゃないでしょうか」
 それを聞いてから、すぐに僕の電球の灯りが消えた。
「ん? どういうこと?」
 腕を組んで考えているアルゼレア。彼女は腕時計の話はしていない。
「鍵がライターになったって言った?」
 やっぱり、どういうこと? となる。
「社長さんに見せていただいた資料は確かに鉄クギでした。でも『エリシュの鍵は持ち主を選ぶ。資格のある物には扉を開ける器具に成り代わる』という言葉が本当なら、ジャッジさんに必要だったものはエシュの間への鍵じゃなく、高値で売れるライターだったんじゃないでしょうか」
「じゃあ鉄のクギで撮られた時は、持ち主が鉄のクギが必要だったからその器具に鍵が化けたって?」
 そんなの……知らないうちにどこかに打たれでもしたら一生見つからないじゃないか。
「いや、でも。ジャッジはライターを拾ったって言ってたよ?」
「鍵を落とした際に地面の上でライターに成り変わったんです。それなら鍵を失くしてライターを拾った説明がつきます」
「本当に……?」
 再び植栽ごしにジャッジのいるテーブルを見る。ニコニコとした男は幸せそうだ。
 僕は、あの男が嘘だけは付かないって決め付けている。それ自体を見直すべきなんじゃないかと思ったりもしていた。だって普通に考えたら、エリシュの鍵なんて手に入れちゃったら誰にも言いたくないものだ。
 鍵がライターに? そんなのはまるで……そう。魔法じゃないか。「現実的にありえません」だろう?
「……君は僕と同じじゃないのか」
「はい?」
 聞こえても構わないと呟いたんだ。ジャッジを見守ることはやめて、目線はアルゼレアの方じゃなくって外の街へと向ける。
 賑わうアスタリカの街。ひとりで歩く商人は自分の将来について夢中で、電話を探して歩き回っている。恋人同士で歩く二人は当たり前だけど二人だけの世界だ。団体で歩く人たちは観光客。住民の顔色よりもビルの塗装ばかり見ている。
 良い街だとは言えない。でも悪い街だとも言えない。少なからず人情はあるし、何より夜も明るくて便利な場所だ。
 魔法とか、不思議な骨董品なんて、一体誰が信じるもんか。
「……」
 ふと明るい日照りの道に、大きな岩が動いているように見えた。しかしそれは人だった。暗い迷彩模様のマントで全身を覆っていて帽子までかぶっている。こんな暑い季節に肌をひとつも露出しない格好が、まるで石のように見えたわけだ。
 商人も恋人も観光客も、怪しいあの人物に気付かないんだろうか。明らかに街に浮いているんだけど。誰も声をかけたり話題にしたりしないみたいだ。
「フォルクスさん」
 まるで一人だけ宙に浮いて移動しているみたいに見える。足は二本で動かしているけど地面を滑っているみたい。一体なんだろう。幽霊なのかな。
「フォルクスさん、ジャッジさんが」
「えっ、ああ。ごめん」
 アルゼレアが椅子から立ち上がっている。ジャッジの方を指差しているから見てみると、何やら騒動が起こっているみたいだ。体格の良い男にジャッジが連れて行かれるところだった。
 でも僕は一方で街の中に見た人物も追いかけたい。もしかしたらあれがエリシュなのかもしれない。ひょっとしたらエシュなのかもしれない。しかし……。
「ジャッジさんが行ってしまいます、追いかけましょう!」
「う、うん。そうだね」
 怪しい人物はまだ日照りの中をするすると歩いている。
 僕とアルゼレアは急いで店を出た。男に抱えられたジャッジの後ろ姿が見えていた。その方角へ走るともれなく男達と鉢合わせになって危ないだろう。……とは、ひとつの理由付けとして。僕だけはちょっとさっきの日照りの街を振り返っていた。
 当然岩のような人はもう居なくなっていた。追いかけるにしたって、街中探すのは無理だ。アルゼレアにお願いするのも難しい。危険な人物だという可能性もあるわけだし。
「こっそりジャッジを追おう」
 友人は幸運の持ち主だから死にはしないと思う。だからじゃないけど、ちょっとくらい痛い目に遭ったら良いとも思う。でも……どうやらあの男たちは本物の極悪人のようにも見える。



(((次話は明日17時に投稿します

Threads → kusakabe_natsuho
Instagram → kusakabe_natsuho
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

絵の具と切符とペンギンと【短編・完結済み】

草壁なつ帆
ファンタジー
少年と女の子の出会いの物語。彼女は不思議な絵を描くし、連れている相棒も不思議生物だった。飛び出した二人の冒険は絆と小さな夢をはぐくむ。 *+:。.。☆°。⋆⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝。.。:+*   シリーズ【トマトの惑星】 始まりは創造神の手先の不器用さ……。 『神と神人と人による大テーマ』 他タイトルの短編・長編小説が、歴史絵巻のように繋がる物語です。 シリーズの開幕となる短編小説「神様わたしの星作りchapter_One」をはじめとし、読みごたえのある長編小説も充実(*´-`)あらすじまとめを作成しました!気になった方は是非ご確認下さい。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美
ファンタジー
 初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。  侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。  しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?  他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。  誤字脱字報告ありがとうございます!

異世界でネットショッピングをして商いをしました。

ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。 それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。 これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ) よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m hotランキング23位(18日11時時点) 本当にありがとうございます 誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

処理中です...