閉架な君はアルゼレアという‐冷淡な司書との出会いが不遇の渦を作る。政治陰謀・革命・純愛にも男が奮励する物語です‐【長編・完結済み】

草壁なつ帆

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lll.二人の未来のために

期待されている

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 有名ブランドのアパレル店が連なる大通り。しかしこの時間だからまだ店は開店準備の真っ只中だ。店の入り口を掃き掃除する店員。搬入口でサインを受け取る宅配いん。
 この街の朝のルーティーンをじっくりとみていられるほど、この車は規定速度を守った運転がされている。
「大変だったようですね」
 これはマーカスさんが僕に向かって言った。運転席の方は見ていないから、マーカスさんがどんな表情で聞いてきているのかは知らない。
「ずいぶんと他人事ですね」
「ええ。予想外だったので」
 僕が警察に連れて行かれるなんて想像も付かなかったと。
「ボディーガードを付けてくれているみたいなことを言っていたと思ったんですけど」
「彼らは全員眠らされてしまいました」
 ふふっ、と何がおかしいのかマーカスさんは笑っている。僕にとってはその発言も、信じていいものだか分からない。
 車がカーブし、あまり知らない道へと入った。マーカスさんは「近道です」と言った。これで僕が降りようにも降りれなくなったというわけだ。
「アルゼレアさんの件はうまくいったようですね」
「え?」
「安心したようなフォルクスさんのお顔を見かけたので、そのように思いました。間違っていますか?」
 どうしよう……と、思う。
 アルゼレアからオソードを引き離すっていう目的は叶えられなかったわけだけど、でもアルゼレアとの目的は一致していたと分かった。マーカスさんも望むようにエシュを傷付けないというものだ。もっと大それた風に言うと、世界平和だね。
「ま、まあ。そうですね」
「では、アルゼレアさんの目的についても話し合われたのですね?」
 僕の胸がドキリと鳴って、だんだんと顔が熱くなってきた。
「本の愛好家にしては熱心過ぎます。そしてあなたが仰っていたように、陰謀を企てるような方でもない。一層謎が深まっていたわけですが、アルゼレアさんの目的は何だったのです?」
 チラッと運転席を見たタイミングが悪く、ちょうど止まれの信号で車のスピードを緩めた時だった。だからマーカスさんがこっちを振り向いて目が合ってしまった。サングラスの上から眉がぴくりと動いていた。
 すかさず目線を逸らしてもこの通りには見るものが少ないな。
「言えませんか」
「いや、ええっと……」
 まさかアルゼレアが恋人との時間を惜しんいるだなんて言えない。『閉架な少女』と囃し立てられる冷淡で変わり者の本好き少女が、まさかまさか僕と長く一緒にいたいことが理由でオソードを修復しているなんて信じてもらえるわけがない。
 たとえ信じてもらえたとしても、僕から話すのはあまりにも恥ずかしすぎる。
 無言を貫いていると、すぐ目の前に大学病院の看板が見えてきた。赤茶色のビル群。どこが入り口なのか、どこも入り口なのか。
「あの、もうここで大丈夫です」
 逃がしてもらえないかと思ったけど、マーカスさんの運転は意外にもすんなり言う通りに動いてくれた。大学病院の建物に入るには少し歩かなくちゃいけないけど、これ以上黙秘でいるのも辛いものがあったんだ。
「よい一日を」
 車は、僕を降ろしてから後腐れもなく去っていく。チャペルで降ろされた時のように、テールランプを数回点滅させたらすぐに角を曲がって見えなくなった。

 朝の時刻を知らせる鐘が響いている。大学病院の敷地内では、何か新しい建物を建てようとしているみたいだ。そこの工事作業員の朝の体操が音楽に乗ってこちらにも流れてきている。
 渡り廊下を進み、すれ違う学生さんたちと会釈や挨拶を交わした。彼らは僕のことについてある程度知っているみたいだった。顔を合わせてその話はしないけれど、すれ違ってからコソコソと話す声が聞こえてきていた。
「あの人、トリスさんをセルジオに……」
 大体はそんな言い出しだったと思う。廊下で石を投げられて避難されたらどうしようとは初め思ったんだけど、どうやらそれはないみたいだった。
 学生さんたちはトリスさんの偉大さを知っている。加えて全員、医療魂を持った人たちだ。政治的な陰謀が絡んだってトリスさんは大教授であり優秀な医療者に変わりない。それを僕にも宛ててくれたみたい。ありがたいな。
 道標の看板を頼りに歩き、ようやく知った部屋に入ることができた。そこで迎えてくれたのがレニーさんだった。
「もう戻ってこないかと思っていたよ」
 なんて言いながらも大笑いし、背中をバシバシと叩いてくれる人だ。アスタリカ警察の尋問官に叩かれた時はすっごく痛かったし、このレニーさんの激励も打撃がとっても痛いんだけど。でも何だか心が暖かくなるのは不思議だ。
「すみません。なんだかまだ色々と巻き込まれてしまっているみたいで」
「良いんだ良いんだ。若いうちに巻き込まれていなさい」
 色々あったことを話すつもりだったんだけど、レニーさんは忙しそうに学者さんたちに指示を出し始めている。だったら僕はお邪魔だったかなと思ったら、それはどうやら僕が来たら始めようとしていた事だったみたい。
 レニーさんは何も聞いて来なかった。僕が速報ニュースに載ったこと、記者に追われたこと、アルゼレアとしたやり取りを。
 そして警察に捕まって詰問されたこと、それからアルゼレアと仲直りをしたこと。それらも僕から言い出すきっかけを見失った。
「新薬が出来そうなんだ。君に見てもらわないと許可を下せないだろう。ほらほら急ぎなさい」
 事情がどうであっても医者は医者。たしかに学生さんたちが僕にあんな反応なのも分かる気がする。
「フォルクス先生、どうぞ」
 だから僕は先生じゃないんだって。……って、そこにいたのは知らない学生さんだ。両手に持っている白衣を僕に渡していた。僕はそれを受け取っていた。
「あ、ありがとうございます。……え?」
 首元のタグに僕の名前が刺繍されている。自分の白衣は元いた島の家に置いてきたはずだった。そこへ愉快そうに笑うレニーさんの声が響く。
「新調したんだよ」
「新調? 僕のですか?」
 聞くとレニーさんはゆっくりと頷いた。
「ようこそ我らの研究所へ。君もこれからは研究員だ」
 明るく言う声に疑うところは何もない。僕はもう一度白衣にある自分の名前をじっくりと見た。どこか文字が違っていたりしないだろうかと。だけど大丈夫みたいだ。どうやら僕が不幸に慣れすぎていただけのよう。
「ありがとうございます。光栄です」
 白衣に腕を通すのは久しぶり。仕事着として何とも思っていなかったけど、いざ身につけて鏡で見てみると、外見も内面も引き締まって見える。
「さあさあ急いで、こっちに培養室がある」
 あまり感動に浸ってもいられなく、それよりも新薬の許可の方が重要だった。レーモンド伯爵の治療を僕の見解なく進めるのは違うだろうと、レニーさんが考えてのことだったようだ。



(((次話は明日17時に投稿します

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