閉架な君はアルゼレアという‐冷淡な司書との出会いが不遇の渦を作る。政治陰謀・革命・純愛にも男が奮励する物語です‐【長編・完結済み】

草壁なつ帆

文字の大きさ
上 下
117 / 136
lll.二人の未来のために

厄災はどこに?

しおりを挟む
 足早に歩いていくアスタリカの街並み。ソワソワしてしまうのは仕方がない。だけどアルゼレアと一緒に行動するのはもっとソワソワしてしまう。なにせ彼女は有名人だからだ。
 早朝を選んだのは正解で、まだ街には朝日の光が届いてもいなかったし人通りも全く無いに等しい。こんな時間に一般企業を訪ねるなんて常識が無さすぎるとは僕も思う。
 だけど、アルゼレアを先導して着いた縦型のビルは大丈夫だ。そこを見上げると目当ての階数にだけ明かりが灯っている。
「一体何時だと思ってるんですか」
 イライラした声を出しつつ目をこすった社長が出迎えた。いつもの丸メガネはかけていなくて、とっても眠そうではあるけど社内の電気はこうこうと付いているんだよな。
「ジャッジはいますか」
「いません」
「え? いない?」
 扉を閉められそうになって慌てて足を挟んだ。
「いないって?」
 そうか、僕が競争他社の人だと思われていてそう答えたんだな。だから「フォルクスです」と扉のところで名乗ってみた。しかし社長はますます機嫌を悪くして「知ってる」と言う。
「こんな時間に律儀にドアベルを鳴らすなんて、どうかしています」
「……いや。ドアベルを鳴らさないで入ってくる人の方がおかしいと思うけど。それにこんな時間に人を働かせている会社もどうかと……」
 キッと睨まれてビクリとした。しかしその視線が僕の後ろに控えている女の子に向いたようだ。するとその途端、だるそうに接していた社長の目に光が宿った。ハッとしたら急に気が変わったみたい。
「早く入って!」
 自ら扉を大きく開いて僕を押し除け、真っ先にアルゼレアの白い腕を引いて室内へと引き込んだ。

 鉄の檻はどこかへ回収されたみたい。よかった。アルゼレアになんて説明しようかなって困ってたんだ。
「ジャッジがいなくなったって本当ですか?」
「あんなクソ野郎なんてどうでもいいわ。そんなことよりアルゼレアさん、よく来てくれましたね! お会いしたかった! あなたには聞きたいことがたんまりあるんですよ!」
 アルゼレアは社長に連れられてソファーの前に立ち、社長に肩を押し込まれてソファーに座らされた。さすがに紙コップのコーヒーを持たされることまではされなかったみたいだけど、まさに人形みたいに全て仕切られていたと思う。
「オレンジジュースの方が良かったですか?」
「アルゼレアを子供扱いしないでください」
「お兄さんの方こそ、アルゼレアさんに過保護過ぎるんじゃないですか?」
 仕事モードで丸メガネをかけた社長。レンズが手伝って大きくなった瞳が、いま僕を怪しんでか細くなっていた。ちょうど僕はアルゼレアの隣に腰掛けたところだった。
 何か過保護な扱いをしたっけな? 思い当たる節がない。しかし妙に見てくる社長の目つきがなんだか嫌な感じだ。
「……」
 よくは分からないけど。お尻を置いたところを少しずらして、アルゼレアとは距離を離して座り直した。社長はニヤリと笑っていた。
 自分用のマグカップで一息ついた社長は、足を組みながら表情を綻ばせている。さっきまで殺意並みにトゲトゲしていたのとは別人だ。
「しかしお兄さん、律儀ですね。しっかり約束を守ってくれるなんて」
 意味深な発言にはアルゼレアが僕の顔を見上げる。瞬発的に僕が「違うよ!」だなんて言ってしまうから、余計に話さなきゃいけなくなった。
「実は出版社にアルゼレアを連れてきてって言われていたんだ。ジャッジの鍵のことを内緒にする代わりにって」
 それから続きは社長の方に伝える。
「アルゼレアを連れてきたのは約束を守ってのことじゃないよ」
 そうだ。呑気にコーヒーを飲んで語っている場合じゃないんだ。と言っても僕には紙コップひとつも出されていないんだけど。
「ジャッジはどこに行ったの?」
「さぁ……。女性を引っ掻き回して遊んでいるんじゃないですか?」
「……」
 だろうね。あいつの危機感の無さは右に出るものが居ないからな。ニュース速報に載って指名手配もされているっていうのに、よくも呑気に遊びに出られるよね。
「アルゼレアさん。ちょーっとお話聞いても良いですか?」
「は、はい」
 僕がジャッジに考えを馳せている間に、そばでは手短に交渉が終わっていた。
 僕から「ちょっと」と口を出そうものなら、社長は先々動いてアルゼレアをソファーから立たせていた。背中を押して別室へ移動させている。やっぱり人形を操るみたいに。
「あの、ちょっと!」
 アルゼレアを引き取れずに、社長の厳しい顔がこっちを振り向いた。
「心配いりません。超VIPなゲストなので。大事に待遇します」
「……うーん」
 社長の目つきはお金の色だ。でも確かに、アルゼレアを大切にしてくれることは間違いないだろう。彼女の仕事のためにも立場ってものを理解しているだろうし。
「分かったよ」
 アルゼレアをひとりにさせるのは心配だなって思ってたのもある。ちょっとした用事を済ませたいなって僕の方は少し念頭にあった。
「ここで待ってて、アルゼレア。ちょっと僕は外に出てくる。ちゃんと戻ってくるから」
 すでに別室に足を入れていたアルゼレア。そこからコクリと頷いた。
「やっぱりお兄さん、過保護ですね」
「そう? 僕はそうは思わない」
 間に入った社長の立ち位置から、鋭い視線で僕とアルゼレアを行き来する。何かを突き止めてやろうって感じに思えたけど「まっ、彼女に聞きます」と、探るのを諦めたらしい。
「じゃっ、行ってらっしゃい」
 パタンと別室の扉が閉められた。社長の満面の笑顔を初めて見た。僕のことは本当にどうでもよくって。アルゼレアに取材できることが、すこぶる嬉しいみたい。

 始発電車に乗れるかな。それともまだ動いてないかもな。考え事をしながらビルの階段を降り、地下鉄の方向へと足を進める。ひっそりと静かな街並みで、車も時々しか走っていなかった。
 安心して歩いていたら、ふと僕の横に車が止まったかのように寄ってくる。気にせず歩けば良いやと思っていたけど、運転席を横目に見てみたら、どうやら僕に手を振っていた。
 助手席側の窓が降りて、行きすぎてしまおうとする僕を呼び止める。
「フォルクスさん。始発は動いてませんよ」
 内側から助手席の扉まで開けてくれる。こんな手の込んだことをするのはマーカスさんくらいしか僕は知らない。



(((次話は明日17時に投稿します

Threads → kusakabe_natsuho
Instagram → kusakabe_natsuho
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

鋼と甘夏【短編・完結済み】

草壁なつ帆
ファンタジー
ルーナとマーカスによるラブロマンス短編小説。 売れないピアニストだったルーナは初めての大舞台で失敗をしてしまう。そのとき出会ったマーカスという指揮官は、冷酷な顔と瞳で人を寄せ付けない雰囲気を纏っていた。 ルーナはセルジオ王国での徴兵期間彼に入る。そこで再びマーカスと出会うと、彼に惹かれていた心を知ることになった。だがしかし恋は、つぼみを付ける前に萎れてしまった。悪運の運びによってもう二度と二人が出会うことはないと、どちらも思っていた……。 *+:。.。☆°。⋆⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝。.。:+*   シリーズ【トマトの惑星】 神と神人と人による大テーマ。他タイトルの短編・長編小説が歴史絵巻のように繋がる物語です。シリーズの開幕となる短編「神様わたしの星作りchapter_One」をはじめとし、読みごたえのある長編小説も充実(*´-`) シリーズあらすじと各小説へのアクセスをまとめました!是非ご確認下さい。

絵の具と切符とペンギンと【短編・完結済み】

草壁なつ帆
ファンタジー
少年と女の子の出会いの物語。彼女は不思議な絵を描くし、連れている相棒も不思議生物だった。飛び出した二人の冒険は絆と小さな夢をはぐくむ。 *+:。.。☆°。⋆⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝。.。:+*   シリーズ【トマトの惑星】 始まりは創造神の手先の不器用さ……。 『神と神人と人による大テーマ』 他タイトルの短編・長編小説が、歴史絵巻のように繋がる物語です。 シリーズの開幕となる短編小説「神様わたしの星作りchapter_One」をはじめとし、読みごたえのある長編小説も充実(*´-`)あらすじまとめを作成しました!気になった方は是非ご確認下さい。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...