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lll.二人の未来のために
厄災はどこに?
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足早に歩いていくアスタリカの街並み。ソワソワしてしまうのは仕方がない。だけどアルゼレアと一緒に行動するのはもっとソワソワしてしまう。なにせ彼女は有名人だからだ。
早朝を選んだのは正解で、まだ街には朝日の光が届いてもいなかったし人通りも全く無いに等しい。こんな時間に一般企業を訪ねるなんて常識が無さすぎるとは僕も思う。
だけど、アルゼレアを先導して着いた縦型のビルは大丈夫だ。そこを見上げると目当ての階数にだけ明かりが灯っている。
「一体何時だと思ってるんですか」
イライラした声を出しつつ目をこすった社長が出迎えた。いつもの丸メガネはかけていなくて、とっても眠そうではあるけど社内の電気はこうこうと付いているんだよな。
「ジャッジはいますか」
「いません」
「え? いない?」
扉を閉められそうになって慌てて足を挟んだ。
「いないって?」
そうか、僕が競争他社の人だと思われていてそう答えたんだな。だから「フォルクスです」と扉のところで名乗ってみた。しかし社長はますます機嫌を悪くして「知ってる」と言う。
「こんな時間に律儀にドアベルを鳴らすなんて、どうかしています」
「……いや。ドアベルを鳴らさないで入ってくる人の方がおかしいと思うけど。それにこんな時間に人を働かせている会社もどうかと……」
キッと睨まれてビクリとした。しかしその視線が僕の後ろに控えている女の子に向いたようだ。するとその途端、だるそうに接していた社長の目に光が宿った。ハッとしたら急に気が変わったみたい。
「早く入って!」
自ら扉を大きく開いて僕を押し除け、真っ先にアルゼレアの白い腕を引いて室内へと引き込んだ。
鉄の檻はどこかへ回収されたみたい。よかった。アルゼレアになんて説明しようかなって困ってたんだ。
「ジャッジがいなくなったって本当ですか?」
「あんなクソ野郎なんてどうでもいいわ。そんなことよりアルゼレアさん、よく来てくれましたね! お会いしたかった! あなたには聞きたいことがたんまりあるんですよ!」
アルゼレアは社長に連れられてソファーの前に立ち、社長に肩を押し込まれてソファーに座らされた。さすがに紙コップのコーヒーを持たされることまではされなかったみたいだけど、まさに人形みたいに全て仕切られていたと思う。
「オレンジジュースの方が良かったですか?」
「アルゼレアを子供扱いしないでください」
「お兄さんの方こそ、アルゼレアさんに過保護過ぎるんじゃないですか?」
仕事モードで丸メガネをかけた社長。レンズが手伝って大きくなった瞳が、いま僕を怪しんでか細くなっていた。ちょうど僕はアルゼレアの隣に腰掛けたところだった。
何か過保護な扱いをしたっけな? 思い当たる節がない。しかし妙に見てくる社長の目つきがなんだか嫌な感じだ。
「……」
よくは分からないけど。お尻を置いたところを少しずらして、アルゼレアとは距離を離して座り直した。社長はニヤリと笑っていた。
自分用のマグカップで一息ついた社長は、足を組みながら表情を綻ばせている。さっきまで殺意並みにトゲトゲしていたのとは別人だ。
「しかしお兄さん、律儀ですね。しっかり約束を守ってくれるなんて」
意味深な発言にはアルゼレアが僕の顔を見上げる。瞬発的に僕が「違うよ!」だなんて言ってしまうから、余計に話さなきゃいけなくなった。
「実は出版社にアルゼレアを連れてきてって言われていたんだ。ジャッジの鍵のことを内緒にする代わりにって」
それから続きは社長の方に伝える。
「アルゼレアを連れてきたのは約束を守ってのことじゃないよ」
そうだ。呑気にコーヒーを飲んで語っている場合じゃないんだ。と言っても僕には紙コップひとつも出されていないんだけど。
「ジャッジはどこに行ったの?」
「さぁ……。女性を引っ掻き回して遊んでいるんじゃないですか?」
「……」
だろうね。あいつの危機感の無さは右に出るものが居ないからな。ニュース速報に載って指名手配もされているっていうのに、よくも呑気に遊びに出られるよね。
「アルゼレアさん。ちょーっとお話聞いても良いですか?」
「は、はい」
僕がジャッジに考えを馳せている間に、そばでは手短に交渉が終わっていた。
僕から「ちょっと」と口を出そうものなら、社長は先々動いてアルゼレアをソファーから立たせていた。背中を押して別室へ移動させている。やっぱり人形を操るみたいに。
「あの、ちょっと!」
アルゼレアを引き取れずに、社長の厳しい顔がこっちを振り向いた。
「心配いりません。超VIPなゲストなので。大事に待遇します」
「……うーん」
社長の目つきはお金の色だ。でも確かに、アルゼレアを大切にしてくれることは間違いないだろう。彼女の仕事のためにも立場ってものを理解しているだろうし。
「分かったよ」
アルゼレアをひとりにさせるのは心配だなって思ってたのもある。ちょっとした用事を済ませたいなって僕の方は少し念頭にあった。
「ここで待ってて、アルゼレア。ちょっと僕は外に出てくる。ちゃんと戻ってくるから」
すでに別室に足を入れていたアルゼレア。そこからコクリと頷いた。
「やっぱりお兄さん、過保護ですね」
「そう? 僕はそうは思わない」
間に入った社長の立ち位置から、鋭い視線で僕とアルゼレアを行き来する。何かを突き止めてやろうって感じに思えたけど「まっ、彼女に聞きます」と、探るのを諦めたらしい。
「じゃっ、行ってらっしゃい」
パタンと別室の扉が閉められた。社長の満面の笑顔を初めて見た。僕のことは本当にどうでもよくって。アルゼレアに取材できることが、すこぶる嬉しいみたい。
始発電車に乗れるかな。それともまだ動いてないかもな。考え事をしながらビルの階段を降り、地下鉄の方向へと足を進める。ひっそりと静かな街並みで、車も時々しか走っていなかった。
安心して歩いていたら、ふと僕の横に車が止まったかのように寄ってくる。気にせず歩けば良いやと思っていたけど、運転席を横目に見てみたら、どうやら僕に手を振っていた。
助手席側の窓が降りて、行きすぎてしまおうとする僕を呼び止める。
「フォルクスさん。始発は動いてませんよ」
内側から助手席の扉まで開けてくれる。こんな手の込んだことをするのはマーカスさんくらいしか僕は知らない。
(((次話は明日17時に投稿します
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早朝を選んだのは正解で、まだ街には朝日の光が届いてもいなかったし人通りも全く無いに等しい。こんな時間に一般企業を訪ねるなんて常識が無さすぎるとは僕も思う。
だけど、アルゼレアを先導して着いた縦型のビルは大丈夫だ。そこを見上げると目当ての階数にだけ明かりが灯っている。
「一体何時だと思ってるんですか」
イライラした声を出しつつ目をこすった社長が出迎えた。いつもの丸メガネはかけていなくて、とっても眠そうではあるけど社内の電気はこうこうと付いているんだよな。
「ジャッジはいますか」
「いません」
「え? いない?」
扉を閉められそうになって慌てて足を挟んだ。
「いないって?」
そうか、僕が競争他社の人だと思われていてそう答えたんだな。だから「フォルクスです」と扉のところで名乗ってみた。しかし社長はますます機嫌を悪くして「知ってる」と言う。
「こんな時間に律儀にドアベルを鳴らすなんて、どうかしています」
「……いや。ドアベルを鳴らさないで入ってくる人の方がおかしいと思うけど。それにこんな時間に人を働かせている会社もどうかと……」
キッと睨まれてビクリとした。しかしその視線が僕の後ろに控えている女の子に向いたようだ。するとその途端、だるそうに接していた社長の目に光が宿った。ハッとしたら急に気が変わったみたい。
「早く入って!」
自ら扉を大きく開いて僕を押し除け、真っ先にアルゼレアの白い腕を引いて室内へと引き込んだ。
鉄の檻はどこかへ回収されたみたい。よかった。アルゼレアになんて説明しようかなって困ってたんだ。
「ジャッジがいなくなったって本当ですか?」
「あんなクソ野郎なんてどうでもいいわ。そんなことよりアルゼレアさん、よく来てくれましたね! お会いしたかった! あなたには聞きたいことがたんまりあるんですよ!」
アルゼレアは社長に連れられてソファーの前に立ち、社長に肩を押し込まれてソファーに座らされた。さすがに紙コップのコーヒーを持たされることまではされなかったみたいだけど、まさに人形みたいに全て仕切られていたと思う。
「オレンジジュースの方が良かったですか?」
「アルゼレアを子供扱いしないでください」
「お兄さんの方こそ、アルゼレアさんに過保護過ぎるんじゃないですか?」
仕事モードで丸メガネをかけた社長。レンズが手伝って大きくなった瞳が、いま僕を怪しんでか細くなっていた。ちょうど僕はアルゼレアの隣に腰掛けたところだった。
何か過保護な扱いをしたっけな? 思い当たる節がない。しかし妙に見てくる社長の目つきがなんだか嫌な感じだ。
「……」
よくは分からないけど。お尻を置いたところを少しずらして、アルゼレアとは距離を離して座り直した。社長はニヤリと笑っていた。
自分用のマグカップで一息ついた社長は、足を組みながら表情を綻ばせている。さっきまで殺意並みにトゲトゲしていたのとは別人だ。
「しかしお兄さん、律儀ですね。しっかり約束を守ってくれるなんて」
意味深な発言にはアルゼレアが僕の顔を見上げる。瞬発的に僕が「違うよ!」だなんて言ってしまうから、余計に話さなきゃいけなくなった。
「実は出版社にアルゼレアを連れてきてって言われていたんだ。ジャッジの鍵のことを内緒にする代わりにって」
それから続きは社長の方に伝える。
「アルゼレアを連れてきたのは約束を守ってのことじゃないよ」
そうだ。呑気にコーヒーを飲んで語っている場合じゃないんだ。と言っても僕には紙コップひとつも出されていないんだけど。
「ジャッジはどこに行ったの?」
「さぁ……。女性を引っ掻き回して遊んでいるんじゃないですか?」
「……」
だろうね。あいつの危機感の無さは右に出るものが居ないからな。ニュース速報に載って指名手配もされているっていうのに、よくも呑気に遊びに出られるよね。
「アルゼレアさん。ちょーっとお話聞いても良いですか?」
「は、はい」
僕がジャッジに考えを馳せている間に、そばでは手短に交渉が終わっていた。
僕から「ちょっと」と口を出そうものなら、社長は先々動いてアルゼレアをソファーから立たせていた。背中を押して別室へ移動させている。やっぱり人形を操るみたいに。
「あの、ちょっと!」
アルゼレアを引き取れずに、社長の厳しい顔がこっちを振り向いた。
「心配いりません。超VIPなゲストなので。大事に待遇します」
「……うーん」
社長の目つきはお金の色だ。でも確かに、アルゼレアを大切にしてくれることは間違いないだろう。彼女の仕事のためにも立場ってものを理解しているだろうし。
「分かったよ」
アルゼレアをひとりにさせるのは心配だなって思ってたのもある。ちょっとした用事を済ませたいなって僕の方は少し念頭にあった。
「ここで待ってて、アルゼレア。ちょっと僕は外に出てくる。ちゃんと戻ってくるから」
すでに別室に足を入れていたアルゼレア。そこからコクリと頷いた。
「やっぱりお兄さん、過保護ですね」
「そう? 僕はそうは思わない」
間に入った社長の立ち位置から、鋭い視線で僕とアルゼレアを行き来する。何かを突き止めてやろうって感じに思えたけど「まっ、彼女に聞きます」と、探るのを諦めたらしい。
「じゃっ、行ってらっしゃい」
パタンと別室の扉が閉められた。社長の満面の笑顔を初めて見た。僕のことは本当にどうでもよくって。アルゼレアに取材できることが、すこぶる嬉しいみたい。
始発電車に乗れるかな。それともまだ動いてないかもな。考え事をしながらビルの階段を降り、地下鉄の方向へと足を進める。ひっそりと静かな街並みで、車も時々しか走っていなかった。
安心して歩いていたら、ふと僕の横に車が止まったかのように寄ってくる。気にせず歩けば良いやと思っていたけど、運転席を横目に見てみたら、どうやら僕に手を振っていた。
助手席側の窓が降りて、行きすぎてしまおうとする僕を呼び止める。
「フォルクスさん。始発は動いてませんよ」
内側から助手席の扉まで開けてくれる。こんな手の込んだことをするのはマーカスさんくらいしか僕は知らない。
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