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lll.オソードとアルゼレア

大使館〜親切なタクシー

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 突然嵐にあったかのような混乱する日々でも、朝日が昇るとわりと穏やかに過ごせそうだと感じるのは何でなんだろう。
 カーテンの隙間から陽の光が差している。僕が暮らすのに選びそうもないカーテンの色でも、ちゃんといつもどおりの朝だと感じてしまう。むしろよく寝付けた。頭を使って疲れたせいなのか、すこぶる良質なベッドのおかげなのか。
 寝返りを打って知らない建物の壁を眺めた。シンプルだけど豪華さをかもし出しているのは、ほんのり壁に幾何科学模様が描かれているからだ。
 天井も高いし、シーリングランプもお洒落だし。大使館っていう場所はお金がかかっているんだなぁ、って当然のことを考えている。

 横になるのをやめてもあまり動こうとしなかった僕。だって何をしたらいいのか分からない。すると扉がノックされた。それにもどうしたらいいのか戸惑ったけど、外から僕の名前が呼ばれたら行くしかないかと思い腰を上げる。
 扉を開けると大使館のスタッフがいた。フォーマルなスーツを着た女性だったから、まさか僕に秘書でも付けられたのかと思った。
「おはようございます、フォルクスさん。朝食は一階のラウンジで用意させてありますので必要でしたらご利用ください。それからこちらはご注文なさっていた品物です」
「ああ、ありがとうございます」
 なんだっけな? 忘れたけど受け取っておく。小さな小包で結構重い。
「それと、洗濯するものがあれば預かりますが。いかがなさいますか?」
「えっと。あー……」
 ここから振り返ると僕の服はどこにも見当たらなかった。
「クローゼットにございますよ。フリーサイズですが、カジュアルスーツも貸し出しておりますので必要でしたらどうぞ」
 言われてからちょっとクローゼットを開けてみる。僕が着込んできた秋冬用コートはここに掛けられてあったみたい。貸し出し用スーツというのも種類と色味が豊富なんだな。
「わかりました。洗濯は大丈夫そうです。ありがとうございます」
「そうですか。ではまた何か必要になりましたら、フロントまでご連絡ください。あ、あと。外出は基本自由ですが、マーカスがお伝えしたようにしばらくはボディーガードが同行しますのでご理解お願いします。行動を妨げることは一切ありません。お気になさらずお過ごしください」
 扉が閉まった後は、外の足音さえ聞こえなくなった。テキパキと話す女性だったな、と考えつつ。ずっと両手で持っていた小包が重くて仕方がなかったんだ。
 書斎机の上で開けてみると、それが医療内科の資格本と筆記用具だったから少し笑えた。そういえばマーカスさんに「何か必要なものがありますか?」と聞かれて、僕が欲しいって言ったんだった。
 こんな状況になっても僕は勉強に精を出せるのかな。あの時の僕はちょっと気が動転していたっぽいな。やっぱり笑えてしまう。

 朝からのサプライズで気分を良くした僕は、着替えて出かけることにした。貸し出し用のフォーマルスーツじゃなく、僕が持っていた服を着ていくことにする。当然秋冬用のコートは留守番だ。
 しかし、いざ大使館の敷地から出るとなると緊張した。さっきの仕事のできそうな女性に案内されて裏口から出させてもらうも、もう目の前に自宅の玄関前を掃除する主婦の目線が向けられている。
 怪しまれないようにというか。単なる社交辞令というか。僕から軽く会釈をすると主婦もこちらに会釈して、足元のホウキに視線を伏せたまま「行ってらっしゃい」と言葉では言った。
 その時、昨日のマーカスさんの言葉がよぎる。
「気にしているのは当事者だけです。たとえニュースが世界的に広がっていたとしても、住民は日常の些細なことの問題解決に忙しいのですよ」
 本当にその通りなんだな。主婦は鳥が落とした汚れがホウキでは取れないと意地になっていて、大使館から出てきた僕の素性よりもバケツをどこにやったのかと夢中だ。
 駅がどっちの方向にあるのか聞こうと振り返ったら、案内してくれた女性はもういない。扉も中からしか開けられない鍵がかかっているみたい。わざわざインターホンを押すのも気が引ける。主婦に話しかけるのも嫌だし……。
 ここは散歩を装って行くしかないかと決め込んだ。やっぱりカジュアルスーツを着て来なくて正解だった。

 意気揚々と出かけたものの、人が多いところに出るとドキドキで。それに加えて、ボディーガードという存在を気に掛け始めると落ち着かない。
 僕は記者に追われるのを恐れているはずなんだけど、見えない場所から僕を見張っているという意味ではボディーガードも同じものだ。
「行動を妨げることはありません」の意味は、僕にも分からないように扮して尾行するので気にならないよ、ってこと。余計にキョロキョロしてしまいそうになるよ。
 自然に歩くっていうのが分からなくて、ポケットに手を突っ込んだり抜いたり繰り返しながら歩いていたらしい。あるところで「お兄さん」と声を掛けられた。足を止めてしまった僕は恐ろしくなったけど、相手は子供だ。
「落ちたよ」
「あ、ありがとう」
 子供は親元へ走っていく。親御さんとは少し会釈をするだけで、特に何事も起こらなかった。
 僕の落とし物はくしゃくしゃになった紙。僕自身もなんだろうと思って広げた。羅列した文字を眺めているだけでは見覚えがなくて逆に戸惑う。でも、歩きながら考えるとじわじわと思い出してきた。だから一旦電話ボックスに身を潜めた。
「そうだ……思い出した」
 あの時。僕が記者や報道者に追われていた時。自宅に集まった人の中から手渡された紙だった。もう一度内容を見てみるとオソードについての箇条書きのよう。もしくはアルゼレアについても書かれていた。
「……アルゼレアがゼノバ教皇の親戚? オソード修復は転売目的? いや、だから! アルゼレアは白銀の妙獣じゃないんだって!」
 大半が事実と全く異なる内容だ。中にはロウェルディ大臣と愛人仲とも書かれている。思わずビリビリに破いてしまいそうになったよ。とどまったけどさ。
 真相を確かめないとと思い立ち、僕はタクシーを拾えるまでにたくましく動ける。スマートに乗り込んだなら行き先は国立図書館を指定した。
 しかし図書館の広場を通り過ぎるあたりで状況が平和じゃないことに気づいた。先に感想を言ったのは運転手の方だ。
「すごい人混みだ~。連日報道の事件で取材者が殺到しているみたいですね~」
 通常営業かも怪しい。あれだとアルゼレアに会うのは無理だろうな。僕が現れたら別の意味でも混乱してしまうし。
「あの。行き先を変えてもらって良いですか」
「はいはい。良いですよ。どこの図書館ですか?」
「国議館にお願いします」
 突然の変更に理由を聞いてきたけど答えない。運転手は勝手に僕が観光客であると判断したみたいだ。それなら国議館に行きたがるのも納得できたんだろう。
 かくしてあまり良い思い出のない場所が見えてくる。だけどここでも人だかりはあった。むしろもっと多くの人が集まっていた。ロウェルディ大臣の垂れ幕や看板があったはずだったけど、それらは全て取っ払われているみたいだ。
「支持率が上がった途端にあの会見ですからね~。アスタリカの株価も好調とは言えませんな~」
 次はどこに行きます? と、気の利いたことを言ってくれる。僕はこの人混みに大臣が居ないかどうかを車内の窓から睨んだ。でもやっぱり見つけられるはずがない。出会ったところで一発殴ってやるなんてことも出来るはずがないんだし。
 周りは僕のことをそんなに気にしていないと鵜呑みにした後だ。それで図書館でも国議館でもこの騒動があるっていうことが結構衝撃的だった。
「あの会見は大変なことなんですね……」
「あ~、お客さん。さては野次馬ですか~? なんだやっぱりそうだったのか~」
 決めつけた上で、運転手も野次馬気質であると勝手に明かす。
「そりゃあ大変ですよ。オソードにエリシュの鍵。こりゃもう確信犯でしょうに~」
「そんなに確信突いてるんですか?」
「突いてる突いてる。もうチェックメイトまですぐそこって感じです。あっ、お客さん。詳しくなりたいなら良い場所知ってますよ。アスタリカにもエシュの聖地なんて場所があってですね。そこに記念館があるんですよ。行ってみます~?」
「ぜひお願いします!」
 タクシーは直進をやめて右折レーンへと無理やり入った。
 街の景色からずいぶん森の中に入った頃に、僕は騙されたんだと思った。タクシーの走距離メーターもみるみる上がっていた。ここで降ろしてもらうというのも出来ないまま、タクシーに乗り続けるのは恐ろしい経験だ。
 山を越えてから開けた場所に出ると、そこに建物が一件ある。綺麗目な教会みたいな建物だ。壊れかけでもなくてちゃんと清掃されてあるし看板も出ている。
「ささ、着きましたよ~」
 行き先を変えてからというもの、運転手の胡散臭い話し方がずっと気になっていた。ようやく解放された場所がちゃんとしたところでよかった。
 料金は倒れてしまいそうなくらい持っていかれてしまったけど。



(((次話は明日17時に投稿します

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