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lll.騒がしさは終わらない
アスタリカでの暮らしぶり
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広告ステッカーを貼り付けたタクシー。それを止めるのはアスタリカの街並みの中だ。もうこっちでの生活にすっかり慣れたとはいえ、トロン島との格差には久々に驚かされた。
大きなホテルの隅っこの方に僕はいた。タクシーはすでに捕まえていて、今は通り過ぎていく高級車を見送っている。ホテルの入り口で人を降ろしたり乗せたり、車でも忙しそうに見えた。
アスタリカ随一の有名ホテルは違うな。宝石を走らせたような車体からは、輝きを擬人化した人物がどんどんと出てくる。パーティー衣装を纏ったレディーやその家族。男は商業スーツを着ていることもある。どれもエリートだと思った。
「ラウンジで待たれてはいかがですか? タクシーはこちらで待たせておきますので」
隣にいてくれる親切なボーイが気を遣ってくれている。
「ありがとうございます。もうすぐ来ると思うので。大丈夫です」
「そうですか。では、冷たいお飲み物でもお持ちしましょう」
心地の良い笑みと礼をされたら、ボーイはホテルへと駆け足だ。僕はここの宿泊客でもないのに。僕もあれぐらいプロ意識を持った方が良いんだろうな……。ぼんやりと考えてしまった。
テイクアウトカップでレモン水を頂いていた頃、悠々と手を振りながらこちらに歩いてくる医院長が見えた。
「良いホテルだったよ、フォルクス君。君はリサーチが完璧だね。おかげで出かけ時間を過ぎているのに気づかなかった」
決して悪びれないし、しかも褒められた。
「よかったです」
「うん。じゃあ急ごうか」
僕と医院長はアスタリカの大学病院へと向かう。
中心街に近づけばすっかり夏めき出している。ここでは婦人が日傘を差しているというよりは、若者がソルベを食べている光景の方が季節感を見せていた。
タクシーは冷たい甘味に興味を注がない。浮かれる街を素通りして行き大通りを左へ曲がる。そうすればすぐに見えてくると僕だけがソワソワしていた。アスタリカ国立図書館の通りに入ったわけだ。
僕はそのお城のような建物だけは行き過ぎるまで隈なく見た。改新工事の済んだ広場も入口も、窓から中は見えなかったけど目を凝らしていた。
だけど目当ての人が偶然そこに居るという奇跡は起こらず。僕とアルゼレアはあれからあんまり会えていない。
密かにガッカリしている僕に追い討ちでもかけるつもりなのか、タクシーが曲がった先は国議館の通り。そこではロウェルディ大臣の気難しい顔を大きく引き伸ばした垂れ幕が下げられている。
大臣が戦争をおさめたということでヒーロー的な扱いだ。新聞でもニュースでも爆発的に支持率が上がっていると言っている。僕は支持したくない派にいるけどね。
「親しい関係に驚いただろう」
「えっ!?」
うっかり悪態を吐きそうになった時。医院長から話しかけてもらって助かった。
「トリスだよ。伯爵の家での君は、たいそう驚き過ぎていたように見えたからね。腰でも抜かしてしまうのかと思ったくらいに」
なんだ。トリスさんの話か……。何故か安堵してしまった。
そういえば僕がトリスさんとの再会に驚いた理由は、医院長との関係が云々とは全く違う。新聞記事にも載っていないもっと奥深いところの裏事情を思ってだ。医院長にはそれとなく伝えるためにこう言った。
「トリスさんはセルジオから戻ってきたんですね」
「そうみたいなんだ。第三次神話戦争が中止になってからアスタリカには戻って来たそうだよ」
「なるほど……」
不要になったからマーカスさんに解放されたのかな。それか秘密案件だけを渡して来たとか……。僕には色んな雑念が浮かんでくるけど。あえて話したい事じゃない。
でも医院長は僕にずいっと身を寄せてきて「ここだけの話」と囁いた。
「セルジオ軍人基地の開発部門に回されかけたんだそうだ」
スパイに聞かれでもしないだろうかと慎重な姿勢を取った医院長だ。けど僕は別に驚きはしない。きっと話を聞いている運転手さんもそうだったと思う。
「その話は有名ですよ。どの新聞にも書いてあります」
「なんだ、そうだったのか! ホテルの部屋の新聞で読んだんだ。てっきり私宛への何かメッセージかと思ってしまったよ。それでトリスに電話をしても何も話してくれなかったんだな~?」
無邪気な医院長は本気でしょげているみたいだ。
「それってまるで映画じゃないですか」
さすがに僕は笑わずにはいられなかった。トリスさんに電話までかけてしまうなんて、よっぽど焦っていた医院長を想像すると面白い。
「じゃあ、フォルクス君の記事も全員周知なのかい?」
「えっ。……あー。どうでしょう……」その出版社の新聞も置いてあったのか……。
楽しい雰囲気だったけど、逆に嫌な切り口を作ってしまったみたい。
「新聞に知り合いの名前があると嬉しくなってしまうよね。つい切り取ってしまった。えーっと、どこに入れたかな……」
狭い車内の中でカバンをあさる医院長。僕の切り抜きは全然見つからないようだし、僕も本気で結構ですと探すのを止める。
「あの記事はあんまり間に受けないでください。ずいぶん誇張された内容なので」
「ええー! オクトン病院に戻ったらみんなに見せてあげようと思っていたんだけど」
「やめてください! 絶対に!」
切り抜きは机の上に置きっぱなしだと気付いたらしい。かなり残念がっていたけど、僕にとっては命拾いしたも同然だ。
「それより、レーモンド伯爵のことを話しましょう」
「ああ、そうだね。もちろん優先事項だとも」
よかった……。
(((次話は明日17時に投稿します
Threads → kusakabe_natsuho
Instagram → kusakabe_natsuho
大きなホテルの隅っこの方に僕はいた。タクシーはすでに捕まえていて、今は通り過ぎていく高級車を見送っている。ホテルの入り口で人を降ろしたり乗せたり、車でも忙しそうに見えた。
アスタリカ随一の有名ホテルは違うな。宝石を走らせたような車体からは、輝きを擬人化した人物がどんどんと出てくる。パーティー衣装を纏ったレディーやその家族。男は商業スーツを着ていることもある。どれもエリートだと思った。
「ラウンジで待たれてはいかがですか? タクシーはこちらで待たせておきますので」
隣にいてくれる親切なボーイが気を遣ってくれている。
「ありがとうございます。もうすぐ来ると思うので。大丈夫です」
「そうですか。では、冷たいお飲み物でもお持ちしましょう」
心地の良い笑みと礼をされたら、ボーイはホテルへと駆け足だ。僕はここの宿泊客でもないのに。僕もあれぐらいプロ意識を持った方が良いんだろうな……。ぼんやりと考えてしまった。
テイクアウトカップでレモン水を頂いていた頃、悠々と手を振りながらこちらに歩いてくる医院長が見えた。
「良いホテルだったよ、フォルクス君。君はリサーチが完璧だね。おかげで出かけ時間を過ぎているのに気づかなかった」
決して悪びれないし、しかも褒められた。
「よかったです」
「うん。じゃあ急ごうか」
僕と医院長はアスタリカの大学病院へと向かう。
中心街に近づけばすっかり夏めき出している。ここでは婦人が日傘を差しているというよりは、若者がソルベを食べている光景の方が季節感を見せていた。
タクシーは冷たい甘味に興味を注がない。浮かれる街を素通りして行き大通りを左へ曲がる。そうすればすぐに見えてくると僕だけがソワソワしていた。アスタリカ国立図書館の通りに入ったわけだ。
僕はそのお城のような建物だけは行き過ぎるまで隈なく見た。改新工事の済んだ広場も入口も、窓から中は見えなかったけど目を凝らしていた。
だけど目当ての人が偶然そこに居るという奇跡は起こらず。僕とアルゼレアはあれからあんまり会えていない。
密かにガッカリしている僕に追い討ちでもかけるつもりなのか、タクシーが曲がった先は国議館の通り。そこではロウェルディ大臣の気難しい顔を大きく引き伸ばした垂れ幕が下げられている。
大臣が戦争をおさめたということでヒーロー的な扱いだ。新聞でもニュースでも爆発的に支持率が上がっていると言っている。僕は支持したくない派にいるけどね。
「親しい関係に驚いただろう」
「えっ!?」
うっかり悪態を吐きそうになった時。医院長から話しかけてもらって助かった。
「トリスだよ。伯爵の家での君は、たいそう驚き過ぎていたように見えたからね。腰でも抜かしてしまうのかと思ったくらいに」
なんだ。トリスさんの話か……。何故か安堵してしまった。
そういえば僕がトリスさんとの再会に驚いた理由は、医院長との関係が云々とは全く違う。新聞記事にも載っていないもっと奥深いところの裏事情を思ってだ。医院長にはそれとなく伝えるためにこう言った。
「トリスさんはセルジオから戻ってきたんですね」
「そうみたいなんだ。第三次神話戦争が中止になってからアスタリカには戻って来たそうだよ」
「なるほど……」
不要になったからマーカスさんに解放されたのかな。それか秘密案件だけを渡して来たとか……。僕には色んな雑念が浮かんでくるけど。あえて話したい事じゃない。
でも医院長は僕にずいっと身を寄せてきて「ここだけの話」と囁いた。
「セルジオ軍人基地の開発部門に回されかけたんだそうだ」
スパイに聞かれでもしないだろうかと慎重な姿勢を取った医院長だ。けど僕は別に驚きはしない。きっと話を聞いている運転手さんもそうだったと思う。
「その話は有名ですよ。どの新聞にも書いてあります」
「なんだ、そうだったのか! ホテルの部屋の新聞で読んだんだ。てっきり私宛への何かメッセージかと思ってしまったよ。それでトリスに電話をしても何も話してくれなかったんだな~?」
無邪気な医院長は本気でしょげているみたいだ。
「それってまるで映画じゃないですか」
さすがに僕は笑わずにはいられなかった。トリスさんに電話までかけてしまうなんて、よっぽど焦っていた医院長を想像すると面白い。
「じゃあ、フォルクス君の記事も全員周知なのかい?」
「えっ。……あー。どうでしょう……」その出版社の新聞も置いてあったのか……。
楽しい雰囲気だったけど、逆に嫌な切り口を作ってしまったみたい。
「新聞に知り合いの名前があると嬉しくなってしまうよね。つい切り取ってしまった。えーっと、どこに入れたかな……」
狭い車内の中でカバンをあさる医院長。僕の切り抜きは全然見つからないようだし、僕も本気で結構ですと探すのを止める。
「あの記事はあんまり間に受けないでください。ずいぶん誇張された内容なので」
「ええー! オクトン病院に戻ったらみんなに見せてあげようと思っていたんだけど」
「やめてください! 絶対に!」
切り抜きは机の上に置きっぱなしだと気付いたらしい。かなり残念がっていたけど、僕にとっては命拾いしたも同然だ。
「それより、レーモンド伯爵のことを話しましょう」
「ああ、そうだね。もちろん優先事項だとも」
よかった……。
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