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II.セルジオの落とし穴
六番街のテロ騒動1
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古着と家具屋の店が連ねるお洒落な六番街。ビンテージ感を押し出しつつ流行りも取り入れようということでお菓子屋シルキーバニーが通りに加わった。
本来なら若者や家族連れで賑わう歩行者通りだけど、こんなに早朝なら店は軒並みシャッターを下ろしている。……にも関わらず。
大臣が「早朝から並ぶように」と言ったのが分かる。僕らが到着した開店三十分前には、もう先の見えないほどの大蛇の列が出来上がっていた。
「最後尾」と書いたプラカードを探して後ろに着くと、黄色と水色のストライプカラーをした屋根はもう一切見えなくなってしまう。
「僕だけで並んでもよかったのに」
長時間の耐久戦になるに違いない。しかし隣でアルゼレアは首を振っていた。嬉しいけど申し訳ない気持ち。それに初デートがこれだなんてなぁ……。暇つぶしに読書本を持って来たけど、なんだか開けにくくて退屈しないか心配だ。
偶然なのか神様のイタズラなのか、僕たちを挟むようにしてカップルが前後に並んでいた。僕らのお手本はすぐ側に二例もあった。だけどどちらも結構熱烈で、気を使わないタイプのカップル……。
「人気店ですね」
「そうだね」
「……」
「……」
やっぱり僕ひとりで並んだ方が良かったかな。特に目の前で頻繁にキスなんかされていると目の行き場に困ってしまうし。アルゼレアとはどんな切り口で話を始めたら良いかすごく考えてしまうし。
「やだ。うそ。最悪!」
前に並ぶ女性が言い出す。それよりも先に少し前から周りはザワザワしていた。晴天の雲行きが怪しくなり、傘を差すか差さないか迷う程度の雨が降っていた。互いにお熱のカップルには気付かれていなかったみたいだけど。
そんな空模様が途端にバケツをひっくり返したような大雨に変わったんだ。開店時間から列が動き出し、まだまだ長い道のりの途中でのことだった。
「大丈夫。傘あるよ」
アルゼレアが濡れてしまうと大変だと、僕はカバンから折りたたみの傘を取り出す。僕はちゃんと事前に天気予報を確認していた。ほんの少し得意げだったけど、アルゼレアの方は彼女が持ってきた傘を広げているところだった。
「大丈夫です。自分のがあるので」とも言わないで無言。アルゼレアはひとりで傘を差し始めてしまう。
本当にこの子はしっかりしているな……。
きっと僕が居なくてもひとりであらゆる問題に立ち向かって行くんだろう。感心するのと同時に良いことを思い立つ。
前に並ぶ男性の肩を叩き、この傘を使って良いと手渡した。それから僕だけがずぶ濡れだとおかしいだろう? だからそっと隣の傘を拝借する。
「恋人同士なんだからさ」
もちろんアルゼレアは驚いていたけど。
同じ傘の下で雨宿りなんてロマンチックじゃないか。前のカップルもピッタリくっついて嬉しそうだよ。
僕も見習って靴一足分アルゼレアの方に寄った。まだまだぎこちないけど会話もする。
「アルゼレアはさ、アスタリカにはよく来るの? ほら。クオフさんのお家もアスタリカだし、大きな国立図書館があるじゃない? こっちで就職しなかったのかなって」
少し考える間があってからアルゼレアが答えた。
「本は好きですけど、あまり自信がなくて」
「自信? 何の自信?」
「国立図書館には貴重な文献がたくさんあります。私にそれを管理できる資格があるのか分からなくて。踏み切れません」
僕は何も考えないで「君なら大丈夫だよ」と言った。だってアルゼレアは僕よりもよっぽどしっかりしてる。行動力もあるのに。だけどアルゼレアは首を横に振っていた。
「もう少し経験を積まないと」
そう言って黒レースの手袋を擦り合わせている。土砂降りの雨の中でも聞こえるザラザラとした質感の音。轟々と燃える炎とは全然違うけど、その手は大事件を知っているんだ。
「そっか。じゃあ用事が終わったらさ……」
一緒に元の場所へ帰ろう。そう言おうとした時。僕や、行列に並ぶ他の人の会話を遮る大きな銃声がこの通りに鳴り響いた。周りの人は驚いて叫び声を上げた。
行列は乱れたと思う。何かの破裂音だろうかと勇気のある人は列から抜け出て周りを見ていた。その間にもう一発。さらに二発目と銃声が続く。どうやら近くで騒ぎがあるらしい。
「またテロだわ」と、並ぶのを断念して行き過ぎる若者が話している。「せっかくもう少しだったのに」僕らより前方でも同じ動きがあった。
さすがに僕も今回はアルゼレアもいるし断念を選択する。
「行くよ、アルゼレア」
「あっ、はい」
ピッタリとひとつの傘にふたり入って歩き出す。しかし。
「白銀の妙獣だ!! とっ捕まえろ!!」
それが聞こえると僕らは足を止めた。僕の方はオソードを盗んだ妙獣というものをひと目見てみたいという思いからだった。さっきの張り切る声は六番街大通りから横道の方だ。
また銃声が鳴っている。何人もの男が建物内に入って行った。妙獣はそこに隠れたのか。あえて近づくことはしないで遠目で見守っただけの予想だけど。
そしたらひとりの男が建物の二階窓から飛び出した。彼は無事で少し地面に転がりながら立って走り出した。たしかに白銀の髪で……。
「ジャッジ!?」
「ジャッジさん!!」
僕とアルゼレアが顔を見合わせる。二人で同時に声を揃えたってことは、割と確信が持てそうだよね。
「あいつ、何やってんだ」
白銀の妙獣ってジャッジのことだったのか。いやでも、あいつは物を盗むかもしれないけど返したりはしないよなぁ?
考えるのも程々にしないと。銃声はたぶんオモチャじゃない。それにジャッジはすこぶる本気で逃げているみたいだった。
相変わらずの大雨。足を滑らせながら消えていくジャッジを見ていたら、突然傘の下からアルゼレアが走り出してしまうのに追いつけなかった。
「ちょっと!! アルゼレア!!」
彼女は雨の中走っていく。まさか追いかけないわけがない。僕は傘を持ったまま走ったさ。
「危ないよ!! 戻って!! アルゼレア!!」
僕の友人の危機を助けたいと思ったんだろう。それは嬉しいけどアルゼレアが危険すぎる。
(((次話は来週月曜17時に投稿します。
Twitter →kusakabe_write
Instagram →kusakabe_natsuho
本来なら若者や家族連れで賑わう歩行者通りだけど、こんなに早朝なら店は軒並みシャッターを下ろしている。……にも関わらず。
大臣が「早朝から並ぶように」と言ったのが分かる。僕らが到着した開店三十分前には、もう先の見えないほどの大蛇の列が出来上がっていた。
「最後尾」と書いたプラカードを探して後ろに着くと、黄色と水色のストライプカラーをした屋根はもう一切見えなくなってしまう。
「僕だけで並んでもよかったのに」
長時間の耐久戦になるに違いない。しかし隣でアルゼレアは首を振っていた。嬉しいけど申し訳ない気持ち。それに初デートがこれだなんてなぁ……。暇つぶしに読書本を持って来たけど、なんだか開けにくくて退屈しないか心配だ。
偶然なのか神様のイタズラなのか、僕たちを挟むようにしてカップルが前後に並んでいた。僕らのお手本はすぐ側に二例もあった。だけどどちらも結構熱烈で、気を使わないタイプのカップル……。
「人気店ですね」
「そうだね」
「……」
「……」
やっぱり僕ひとりで並んだ方が良かったかな。特に目の前で頻繁にキスなんかされていると目の行き場に困ってしまうし。アルゼレアとはどんな切り口で話を始めたら良いかすごく考えてしまうし。
「やだ。うそ。最悪!」
前に並ぶ女性が言い出す。それよりも先に少し前から周りはザワザワしていた。晴天の雲行きが怪しくなり、傘を差すか差さないか迷う程度の雨が降っていた。互いにお熱のカップルには気付かれていなかったみたいだけど。
そんな空模様が途端にバケツをひっくり返したような大雨に変わったんだ。開店時間から列が動き出し、まだまだ長い道のりの途中でのことだった。
「大丈夫。傘あるよ」
アルゼレアが濡れてしまうと大変だと、僕はカバンから折りたたみの傘を取り出す。僕はちゃんと事前に天気予報を確認していた。ほんの少し得意げだったけど、アルゼレアの方は彼女が持ってきた傘を広げているところだった。
「大丈夫です。自分のがあるので」とも言わないで無言。アルゼレアはひとりで傘を差し始めてしまう。
本当にこの子はしっかりしているな……。
きっと僕が居なくてもひとりであらゆる問題に立ち向かって行くんだろう。感心するのと同時に良いことを思い立つ。
前に並ぶ男性の肩を叩き、この傘を使って良いと手渡した。それから僕だけがずぶ濡れだとおかしいだろう? だからそっと隣の傘を拝借する。
「恋人同士なんだからさ」
もちろんアルゼレアは驚いていたけど。
同じ傘の下で雨宿りなんてロマンチックじゃないか。前のカップルもピッタリくっついて嬉しそうだよ。
僕も見習って靴一足分アルゼレアの方に寄った。まだまだぎこちないけど会話もする。
「アルゼレアはさ、アスタリカにはよく来るの? ほら。クオフさんのお家もアスタリカだし、大きな国立図書館があるじゃない? こっちで就職しなかったのかなって」
少し考える間があってからアルゼレアが答えた。
「本は好きですけど、あまり自信がなくて」
「自信? 何の自信?」
「国立図書館には貴重な文献がたくさんあります。私にそれを管理できる資格があるのか分からなくて。踏み切れません」
僕は何も考えないで「君なら大丈夫だよ」と言った。だってアルゼレアは僕よりもよっぽどしっかりしてる。行動力もあるのに。だけどアルゼレアは首を横に振っていた。
「もう少し経験を積まないと」
そう言って黒レースの手袋を擦り合わせている。土砂降りの雨の中でも聞こえるザラザラとした質感の音。轟々と燃える炎とは全然違うけど、その手は大事件を知っているんだ。
「そっか。じゃあ用事が終わったらさ……」
一緒に元の場所へ帰ろう。そう言おうとした時。僕や、行列に並ぶ他の人の会話を遮る大きな銃声がこの通りに鳴り響いた。周りの人は驚いて叫び声を上げた。
行列は乱れたと思う。何かの破裂音だろうかと勇気のある人は列から抜け出て周りを見ていた。その間にもう一発。さらに二発目と銃声が続く。どうやら近くで騒ぎがあるらしい。
「またテロだわ」と、並ぶのを断念して行き過ぎる若者が話している。「せっかくもう少しだったのに」僕らより前方でも同じ動きがあった。
さすがに僕も今回はアルゼレアもいるし断念を選択する。
「行くよ、アルゼレア」
「あっ、はい」
ピッタリとひとつの傘にふたり入って歩き出す。しかし。
「白銀の妙獣だ!! とっ捕まえろ!!」
それが聞こえると僕らは足を止めた。僕の方はオソードを盗んだ妙獣というものをひと目見てみたいという思いからだった。さっきの張り切る声は六番街大通りから横道の方だ。
また銃声が鳴っている。何人もの男が建物内に入って行った。妙獣はそこに隠れたのか。あえて近づくことはしないで遠目で見守っただけの予想だけど。
そしたらひとりの男が建物の二階窓から飛び出した。彼は無事で少し地面に転がりながら立って走り出した。たしかに白銀の髪で……。
「ジャッジ!?」
「ジャッジさん!!」
僕とアルゼレアが顔を見合わせる。二人で同時に声を揃えたってことは、割と確信が持てそうだよね。
「あいつ、何やってんだ」
白銀の妙獣ってジャッジのことだったのか。いやでも、あいつは物を盗むかもしれないけど返したりはしないよなぁ?
考えるのも程々にしないと。銃声はたぶんオモチャじゃない。それにジャッジはすこぶる本気で逃げているみたいだった。
相変わらずの大雨。足を滑らせながら消えていくジャッジを見ていたら、突然傘の下からアルゼレアが走り出してしまうのに追いつけなかった。
「ちょっと!! アルゼレア!!」
彼女は雨の中走っていく。まさか追いかけないわけがない。僕は傘を持ったまま走ったさ。
「危ないよ!! 戻って!! アルゼレア!!」
僕の友人の危機を助けたいと思ったんだろう。それは嬉しいけどアルゼレアが危険すぎる。
(((次話は来週月曜17時に投稿します。
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