閉架な君はアルゼレアという‐冷淡な司書との出会いが不遇の渦を作る。政治陰謀・革命・純愛にも男が奮励する物語です‐【長編・完結済み】

草壁なつ帆

文字の大きさ
上 下
88 / 136
II.停戦期間が終わる

宣誓の言葉2

しおりを挟む
 全員が息を飲む中、画面はロウェルディ大臣が宣言台に立っていた。風を遮るものが無いせいか、ビュウビュウと国旗が揺れて騒がしい。
 しかしロウェルディ大臣は硬い表情であり何もなびくものが無い。そして語り出した。

「……エルサの国が栄えた年。神話戦争が起こった。それから千年後にエルシーズ大戦が勃発。ここからひとつ、またひとつと、かつて栄えたエルシーズの大国は戦場から降りていく。そして我らの英雄アスタリカ軍によるこの地の支配。権威を取り合ったのは第二次神話戦争である。それがおよそ120年前。まだその決着を付けられていない。先代の先駆者は決着を今、ここにいる我々に託したのである」

 ロウェルディ大臣が黙ると、まるで通信障害で画面が固まったかのようだった。唯一うしろの旗が揺れている。本当にリアルタイムなんだなと誰もが息を飲ませられる。
 大臣は黙ったまま。たまらずに報道者が言葉を繋いだ。「書類の不備でしょうか」なんて、真剣に耳を傾けて大臣の強張る表情を見ていれば、そう思える人は少ないというのに。
 しかし僕の側にも報道者のような人がいる。
「セリフ飛んじゃったんですかね?」
 耳打ちにするのも忘れた内科先生だ。僕からはいちいち状況を見なさいとは言わない。医者たるものは状況把握が全てだ! とは、誰か彼の上司が叱ってくれたらいい。だから僕は「うーん」と唸るだけにしておいた。
 そうこうしているとロウェルディ大臣がようやく話しだす。景色を撮っていたカメラは慌てて大臣の顔に戻った。

「我々には知恵がある。武器もある。作戦もある。それらは全て、先ほどの争いの中から見い出したものだ。過去の偉人による手柄と結果を受けて、今の私たちが未来を託されている。……とある偉人の言葉にはこうある。『凶器は敵に知らしめるものにあらず。内を守るために。家族に知らしめるためにある』これは、数多くの英雄伝記を読んできた私が最も尊敬に値する人物……セルジオ王国の覇者アルゴブレロ王の言葉である。彼は内を戦わせることがあっても常に最強の男であった。また、外との戦いは必ず領地外で止まらせ、セルジオ王国を『鉄壁の国』と呼ばせた伝説を持つ。もっとも、今現在もエルシーズの中で唯一戦場から降りずに残る国がある。それこそ現のセルジオ王国だ!!」

 高らかに告げられる声。しかしその言葉で大いに沸いたのはセルジオの軍だった。彼らは武器を天に掲げて咆哮するように叫んでいた。
 一方僕らには疑問が浮かんでいる。ロウェルディ大臣は何を言っているんだろう? 病院のロビーでもざわめきが起こるくらい。そしてその疑問は僕たちを代表するかのように報道者も言葉にしてくれる。
「こ、これは……ロウェルディ大臣による挑発なのでしょうか? セルジオ国が士気を高めています。だ、だ、大丈夫なのでしょうか??」
 たまらなくなった野次はモニター前でも騒がしい。「何やってんだよ!!」と、怒る人もいれば「もう終わりだわ……」と、嘆く人もいた。
 今日のこの大事な一瞬を見守る全員に愛国心があったなんては思わない。ただ、まさか自国が負けて生き地獄のような日々を過ごすことを考えていなかったんだ。それが現実となりそうだから叫んだ。
 全員がロウェルディ大臣に対して、戦う前に敵を褒めてどうするんだと思った。怒るにしても、嘆くにしてもだ。だからこれが平和への一歩だなんて誰も思いやしない。僕だって分からなかった。
 長くなった宣誓の言葉は、次の文章にて締め括られる。

「争うことでの結果はすでに過去で見つけてある。我々に伝えられていることは『繰り返してはならない』という教えだ。そして我々は、今の教訓を次の世代に伝える義務があるのだ。よって、ここで120年を絶やすのは罪である。……私の偉大な教授はおそらくそう言うだろう」

 ひと呼吸置き、ロウェルディ大臣は響かすような声ではなく、そこにいる兵士たちに呼びかけるかのように告げた。
「アスタリカ軍隊。ご苦労だった。引き上げだ」
 そしてひとりでに宣言台を降りて行った。
 カメラは去っていく大臣を追わずに、セルジオの王を映しだした。王は険しい表情はそのままに。しかしこちらもマイクを使わないで撤退を命じたらしかった。
 エシュ軍も身を引く。つまり。
「戦争にならなかった……」
 なーんだ。などと言う人は出てこなかった。それよりも唐突であり全員がポカンとしたままだ。外来の電話が鳴っていても、しばらく受付係は電話を取るのを忘れたくらい。
「あ、あれ? なんで引き上げたんでしたっけ?」
「失礼します!」
 内科先生と話している場合じゃないと、高鳴る思いを抑えられずに僕は病院を飛び出した。モニターで見ていた爽やかで暑い日差しのある昼間だった。

 戦争が中止になったと号外が配られる街中。僕もその一枚を決死につかみ取って中身を見た。印刷業界の仕事は早く、そこにはロウェルディ大臣の長い宣言の言葉が、唸り声と息を吸うタイミングまで事細かに書かれていた。
 号外の文字を眺めても胸の鼓動がおさまらない僕だった。早くアルゼレアに会わなくちゃと地下鉄を駆け降りた。
「アルゼレア!!」
 日常の営業に戻りつつある国立図書館で僕の止まらないテンションは場違いだ。テレビもラジオも無い図書館に人は少ない。けど、そんなことは大して気にならない。
「アルゼレアは!」
「たぶん……裏の倉庫にいると思いますけど……」
「分かりました!!」
 図書館を出て外周を走り回る。倉庫ならオソード探しを手伝った時に何度か往復した。広場から反対方面。大きな木の横をすり抜けたら、そこでアルゼレアとは鉢合わせになった。
「君だよ! 君のおかげだよ!!」
「な、何が……」
 こんにちはも忘れて僕は号外をアルゼレアに見せる。彼女は今日とて図書館復興に本と向き合っていたんだろう。きっと知らないはずだ。いち早くアルゼレアに知らせないとと思って来た。
 アルゼレアは、ロウェルディ大臣の言葉を読み上げてから「へえ……」と、頼りなく言った。反応が薄いというのもいつものことだと割り切って、僕は飛び出しそうな胸を押さえて言う。
「君の言葉が大臣に響いていたんだよ! だってこの文も、このところも! あの時に君が熱弁していた話をなぞっているだろう?」
「えっと……何か話しましたっけ?」
「すごいよ! アルゼレア!!」
 僕は彼女を抱き上げてクルクルと回った。制服のエプロンがふんわりと広がってお姫様みたいで美しかった。それにも僕は心が躍っていた。とっても嬉しくてたまらなかったんだ。
「やっ、あのっ、下ろしてください!」
 戸惑う彼女はジタバタするから下ろす。けど、彼女の手は離したくない。
「僕も立派な医者になるよ! 君が大臣を動かしたみたいに、僕だって何か大きなものを動かせるような人になりたいんだ!」
「あ、はい。応援します」
「ああ、本当にすごいよ、アルゼレア! 大好きだ!」
 そう言うとアルゼレアは隙を盗んで僕から手を離す。小柄な体で木と僕の間をすり抜けてどこかへ逃げていってしまった。
「ちょっと待ってよー!」
 逃げていく彼女を追いかけるにしても、僕はずっと嬉しいんだ。アルゼレアの本好きが世界を救った。それってすごいことじゃないか。
 夏のように暑い日差しで走り抜け、図書館内に入っていったら「走らないでください」と関係者に叱られる。それからアルゼレアを見つけることは出来なかったけど。良いんだ。きっと僕もいつか彼女に見合う男になってみせる。


(((次話は明日17時に投稿します

Twitter →kusakabe_write
Instagram →kusakabe_natsuho
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

【完結】聖女が性格良いと誰が決めたの?

仲村 嘉高
ファンタジー
子供の頃から、出来の良い姉と可愛い妹ばかりを優遇していた両親。 そしてそれを当たり前だと、主人公を蔑んでいた姉と妹。 「出来の悪い妹で恥ずかしい」 「姉だと知られたくないから、外では声を掛けないで」 そう言ってましたよね? ある日、聖王国に神のお告げがあった。 この世界のどこかに聖女が誕生していたと。 「うちの娘のどちらかに違いない」 喜ぶ両親と姉妹。 しかし教会へ行くと、両親や姉妹の予想と違い、聖女だと選ばれたのは「出来損ない」の次女で……。 因果応報なお話(笑) 今回は、一人称です。

あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~

深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公 じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい …この世界でも生きていける術は用意している 責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう という訳で異世界暮らし始めちゃいます? ※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです ※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています

【完結】結婚前から愛人を囲う男の種などいりません!

つくも茄子
ファンタジー
伯爵令嬢のフアナは、結婚式の一ヶ月前に婚約者の恋人から「私達愛し合っているから婚約を破棄しろ」と怒鳴り込まれた。この赤毛の女性は誰?え?婚約者のジョアンの恋人?初耳です。ジョアンとは従兄妹同士の幼馴染。ジョアンの父親である侯爵はフアナの伯父でもあった。怒り心頭の伯父。されどフアナは夫に愛人がいても一向に構わない。というよりも、結婚一ヶ月前に破棄など常識に考えて無理である。無事に結婚は済ませたものの、夫は新妻を蔑ろにする。何か勘違いしているようですが、伯爵家の世継ぎは私から生まれた子供がなるんですよ?父親?別に書類上の夫である必要はありません。そんな、フアナに最高の「種」がやってきた。 他サイトにも公開中。

超克の艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
「合衆国海軍ハ 六〇〇〇〇トン級戦艦ノ建造ヲ計画セリ」 米国駐在武官からもたらされた一報は帝国海軍に激震をもたらす。 新型戦艦の質的アドバンテージを失ったと判断した帝国海軍上層部はその設計を大幅に変更することを決意。 六四〇〇〇トンで建造されるはずだった「大和」は、しかしさらなる巨艦として誕生する。 だがしかし、米海軍の六〇〇〇〇トン級戦艦は誤報だったことが後に判明。 情報におけるミスが組織に致命的な結果をもたらすことを悟った帝国海軍はこれまでの態度を一変、貪欲に情報を収集・分析するようになる。 そして、その情報重視への転換は、帝国海軍の戦備ならびに戦術に大いなる変化をもたらす。

必要なくなったと婚約破棄された聖女は、召喚されて元婚約者たちに仕返ししました

珠宮さくら
ファンタジー
派遣聖女として、ぞんざいに扱われてきたネリネだが、新しい聖女が見つかったとして、婚約者だったスカリ王子から必要ないと追い出されて喜んで帰国しようとした。 だが、ネリネは別の世界に聖女として召喚されてしまう。そこでは今までのぞんざいさの真逆な対応をされて、心が荒んでいた彼女は感激して滅びさせまいと奮闘する。 亀裂の先が、あの国と繋がっていることがわかり、元婚約者たちとぞんざいに扱ってきた国に仕返しをしつつ、ネリネは聖女として力を振るって世界を救うことになる。 ※全5話。予約投稿済。

紡子さんはいつも本の中にいる

古芭白あきら
キャラ文芸
――世界は異能に包まれている。 誰もが生まれながらにして固有の異能《アビリティ》を持っている。だから、自己紹介、履歴書、面接、合コンetc、どんな場面でも異能を聞くのは話の定番ネタの一つ。しかし、『佐倉綴(さくらつづる)』は唯一能力を持たずに生を受けており、この話題の時いつも肩身の狭い思いをしていた。 そんな彼の行き着いた先は『語部市中央図書館』。 そこは人が息づきながらも静寂に包まれた綴にとって最高の世界だった。そして、そこの司書『書院紡子(しょいんつむぐこ)』に恋をしてしまう。 書院紡子はあまりの読書好きから司書を職業に選んだ。いつも本に囲まれ、いつもでも本に触れられ、こっそり読書に邁進できる司書は彼女の天職であった。しかし、彼女には綴とは真逆の悩みがあった。それは彼女の異能が読書にとってとても邪魔だったからである。 そんな紡子さんの異能とは…… 異能を持たずにコンプレックスを抱く綴と異能のせいで気がねなく読書ができない紡子が出会う時、物語が本の中で動き出す!

床の隣に広がる世界

YAMATO
SF
小さいとき僕は”夢”を見ることができた。それは僕の願いが叶う場所、僕の中の世界が広がる場所 世界はいつも謎が多く僕は不思議に思う。なぜ物は色がついているのだろうか、言葉とは何だろう、 あの空に浮かぶ物は何だろう、そんな不思議が僕の中では渦巻いていく・・・ その悩みも年がたつにつれて一般常識と教育によって知らず知らずのうちに物理法則とモラルのうちに消えていった。 僕は今、高校生になった。あの時の記憶はほとんどなくなりそんなことがあったという思いだけが残っている。 僕は世の中を諦観し諦めの中で生活を続けている。ある時は友達と、ある時は部活の仲間と”普通”の生活を・・ だがその日々は変化を続けていた 僕は変われるのだろうか 世界は変わるのか 青春SF幻想フィクションです。よろしく

処理中です...