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II.アスタリカとエルシーズ
怪我人として入院
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国立図書館テロ事件から数日が経った。以前として僕は、通い慣れた病院にいる。しかし馴染みがない入院ベッドで寝たきりだった。
季節感を感じることのできない入院室には、子供たちが描いたとされる風景の絵が貼ってある。
それに点数を付けたがるお爺さんと同室だ。他にも話したがり屋の性分を持っていて、僕は暇にならなかった。
「先生。テロ事件の記事が載ってるぞ」
ここでも僕は先生と呼ばれる。周りに誤解を生むからやめて欲しいって言っているんだけど、何も反映されてはいない。
「国立図書館のですか?」
「もちろん。ほれ」
お爺さんは新聞を手に持っている。
僕が体験したテロ事件の記事をこっちに広げて見せてくれるけど、通路を挟んだ遠くで、位置は足の方だ。上手く見えるわけがない。
加えて僕は顔を持ち上げて見ようとしたけれど、背中がビキビキと痛んですぐにギブアップとなった。
「おっ。これは先生の事じゃないか?」
足元から嬉しそうな声だけが聞こえる。
「読み上げて聞かせてください」
お爺さんは「恥ずかしいなぁ」などと言いながらも、少し声の調子を整えるよう咳払いをする。そして聞かせてくれた。
「三十代男性が業火の館内へ飛び込んだ救出劇。周りは誰も彼の無事を祈らなかったが、彼は意識朦朧で戻ってきた。救助隊は急いで男性を救急タンカーに乗せる。彼の両腕に抱えていたのは白い子犬のぬいぐるみだ。動物保護団体による寄付されたぬいぐるみの一つである。彼は命を懸けてもそのぬいぐるみを守ったのだ。ただしその熱い想いは多くの謎を残したままで、一部にはヒーローのように言われている」
ペラリと新聞をめくる音だ。
お爺さんの語り口も閉じたみたい。
それからしばらく僕もお爺さんも何も言わなかった。僕はじっと天井を見上げていて、背中の痺れが消えるのを待っていた。
次にお爺さんが話しかけたのは「読むかい?」と、僕に新聞を差し出してくれる頃。
お爺さんは点滴をされている。ベッドから立ち上がっての移動は大変だろうと、僕が変な気を使ういつもの流れが出来上がっていた。
なので僕からゆっくりと起きあがろうとする。
今日は特に背中が酷く痛む。ビリビリと痺れるような感じだ。
するとそこに看護師が現れた。
「先生。病人なんですから、じっとしていてください?」
また僕は看護師にも先生と呼ばれているけど、この病院では決して先生として働いたことは無い。
一度売店でレジ打ちをしたことがあるだけだし、その後は電話一本でクビになっている。クビになったことも院内に広がっているはずなんだけど。
看護師はせかせか動いてお爺さんの新聞を取り上げた。そしてその新聞が僕のところにやって来た。
「記事、読みましたよ? 先生、ヒーローにもなっているなんて格好良いですね」
これは皮肉だよ。
「僕は子供を助けたつもりだったんだけど……」
「でも覚えていないんでしょう?」
「そう……だね」
なんとも言えない気持ちのままで仰向けに戻り、僕は新聞紙を広げる。
エルサの民による暴動。そう訴えた記事が一面の見出しだった。この国立図書館襲撃事件が、彼らにとって最も計画的な犯行だったと書いてある。
過激派集団が掲げるのは「世界をゼロから始めよう」文字だけでは前向きにも捉えられなくないけど、実際彼らがやっていることは破壊行動だ。
これまで築き上げたものを一旦リセットして、新しく世界を作り変えることを神が望んでいるという考え方になる。
だから行動は過去を消し去るというもの。本のような歴史書類を抹殺する行為に及ぶ。
本とは過去の人の言葉だ。アルゼレアがそう大事に思っている。
今頃彼女はどんな気持ちでいるんだろう。
「あの。女の子が来ていませんでしたか? 赤髪で黒い手袋をした子なんですけど」
そういえばと思って聞いた。
看護師はお爺さんの点滴を交換しながら「そうねー」と、思い出してくれている。
「先生が運ばれて来てから、二日間くらいは来てくれていたと思います」
それからは覚えていないと言うけれど、僕はそれだけで良かったと思える。
記事の端にはこの事件での死者と負傷者の数がまとめてあった。決して少なくない数だ。でもそこにアルゼレアが含まれていないと知っただけで嬉しい。
おそらく姿を見せていないのは、図書館の復興に忙しいからだと思うし。
「青年と一緒に来てましたけど」
「せ、青年!?」
驚いたからまた体を動かしてしまう。背中からビキッと音も鳴った。
「青年ってどんな」
「それがすっごくハンサムなんです! 背がすらーっと高くて、紳士で、まるで王子様かと思いましたよ!」
語りながら看護師は夢見る少女風に踊っていた。
僕の方は一大事だ。そんなハンサムは誰のことだよ! と、なる。僕にとって知り合いの男と言えば、ジャッジとクオフさんとベンジャミンさんと……。
「……マーカスさんか」
しかし青年……という年齢でも無いか。
「誰だったんですか? その青年は」
答え合わせが出来ると思い込んで僕は聞く。
看護師さんは僕に体温計を差し向けて「知りませんよ」と答えるだけだった。
(((次話は明日17時に投稿します
Twitter →kusakabe_write
Instagram →kusakabe_natsuho
季節感を感じることのできない入院室には、子供たちが描いたとされる風景の絵が貼ってある。
それに点数を付けたがるお爺さんと同室だ。他にも話したがり屋の性分を持っていて、僕は暇にならなかった。
「先生。テロ事件の記事が載ってるぞ」
ここでも僕は先生と呼ばれる。周りに誤解を生むからやめて欲しいって言っているんだけど、何も反映されてはいない。
「国立図書館のですか?」
「もちろん。ほれ」
お爺さんは新聞を手に持っている。
僕が体験したテロ事件の記事をこっちに広げて見せてくれるけど、通路を挟んだ遠くで、位置は足の方だ。上手く見えるわけがない。
加えて僕は顔を持ち上げて見ようとしたけれど、背中がビキビキと痛んですぐにギブアップとなった。
「おっ。これは先生の事じゃないか?」
足元から嬉しそうな声だけが聞こえる。
「読み上げて聞かせてください」
お爺さんは「恥ずかしいなぁ」などと言いながらも、少し声の調子を整えるよう咳払いをする。そして聞かせてくれた。
「三十代男性が業火の館内へ飛び込んだ救出劇。周りは誰も彼の無事を祈らなかったが、彼は意識朦朧で戻ってきた。救助隊は急いで男性を救急タンカーに乗せる。彼の両腕に抱えていたのは白い子犬のぬいぐるみだ。動物保護団体による寄付されたぬいぐるみの一つである。彼は命を懸けてもそのぬいぐるみを守ったのだ。ただしその熱い想いは多くの謎を残したままで、一部にはヒーローのように言われている」
ペラリと新聞をめくる音だ。
お爺さんの語り口も閉じたみたい。
それからしばらく僕もお爺さんも何も言わなかった。僕はじっと天井を見上げていて、背中の痺れが消えるのを待っていた。
次にお爺さんが話しかけたのは「読むかい?」と、僕に新聞を差し出してくれる頃。
お爺さんは点滴をされている。ベッドから立ち上がっての移動は大変だろうと、僕が変な気を使ういつもの流れが出来上がっていた。
なので僕からゆっくりと起きあがろうとする。
今日は特に背中が酷く痛む。ビリビリと痺れるような感じだ。
するとそこに看護師が現れた。
「先生。病人なんですから、じっとしていてください?」
また僕は看護師にも先生と呼ばれているけど、この病院では決して先生として働いたことは無い。
一度売店でレジ打ちをしたことがあるだけだし、その後は電話一本でクビになっている。クビになったことも院内に広がっているはずなんだけど。
看護師はせかせか動いてお爺さんの新聞を取り上げた。そしてその新聞が僕のところにやって来た。
「記事、読みましたよ? 先生、ヒーローにもなっているなんて格好良いですね」
これは皮肉だよ。
「僕は子供を助けたつもりだったんだけど……」
「でも覚えていないんでしょう?」
「そう……だね」
なんとも言えない気持ちのままで仰向けに戻り、僕は新聞紙を広げる。
エルサの民による暴動。そう訴えた記事が一面の見出しだった。この国立図書館襲撃事件が、彼らにとって最も計画的な犯行だったと書いてある。
過激派集団が掲げるのは「世界をゼロから始めよう」文字だけでは前向きにも捉えられなくないけど、実際彼らがやっていることは破壊行動だ。
これまで築き上げたものを一旦リセットして、新しく世界を作り変えることを神が望んでいるという考え方になる。
だから行動は過去を消し去るというもの。本のような歴史書類を抹殺する行為に及ぶ。
本とは過去の人の言葉だ。アルゼレアがそう大事に思っている。
今頃彼女はどんな気持ちでいるんだろう。
「あの。女の子が来ていませんでしたか? 赤髪で黒い手袋をした子なんですけど」
そういえばと思って聞いた。
看護師はお爺さんの点滴を交換しながら「そうねー」と、思い出してくれている。
「先生が運ばれて来てから、二日間くらいは来てくれていたと思います」
それからは覚えていないと言うけれど、僕はそれだけで良かったと思える。
記事の端にはこの事件での死者と負傷者の数がまとめてあった。決して少なくない数だ。でもそこにアルゼレアが含まれていないと知っただけで嬉しい。
おそらく姿を見せていないのは、図書館の復興に忙しいからだと思うし。
「青年と一緒に来てましたけど」
「せ、青年!?」
驚いたからまた体を動かしてしまう。背中からビキッと音も鳴った。
「青年ってどんな」
「それがすっごくハンサムなんです! 背がすらーっと高くて、紳士で、まるで王子様かと思いましたよ!」
語りながら看護師は夢見る少女風に踊っていた。
僕の方は一大事だ。そんなハンサムは誰のことだよ! と、なる。僕にとって知り合いの男と言えば、ジャッジとクオフさんとベンジャミンさんと……。
「……マーカスさんか」
しかし青年……という年齢でも無いか。
「誰だったんですか? その青年は」
答え合わせが出来ると思い込んで僕は聞く。
看護師さんは僕に体温計を差し向けて「知りませんよ」と答えるだけだった。
(((次話は明日17時に投稿します
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