閉架な君はアルゼレアという‐冷淡な司書との出会いが不遇の渦を作る。政治陰謀・革命・純愛にも男が奮励する物語です‐【長編・完結済み】

草壁なつ帆

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II.アスタリカとエルシーズ

国立図書館1

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 通勤ラッシュももろともしないアルゼレアだ。人混みをぐいぐい掻き分けて進んでいく姿はどんどん離れていって、地下ホームから地上へ上がってから僕はアルゼレアに追いつく形で合流できた。
 それでも彼女は悪びれていない。そこに対してちょっと寂しくなってしまうのは仕方がないことなんだろうか。
 一応僕を横に連れて早歩きをし、いつものようにひっそりと静かな図書館へ入って行った。「館長さんに話すべきかな」と、意見を伝える僕を無視して、アルゼレアは従業員へと自ら話を持ちかける。
 それで彼女は案内されるまま従業員室の中へ入ってしまった。僕は……? と、なったけど。随分前から彼女は僕のことが見えていなかったみたいで。置いて行かれた……。
 間もなくして複数の作業員が慌ただしくやって来る。
「全員くまなく探しましょう! 別館の方にも連絡を!」
 本の出入りがないように全ての扉は閉められた。『臨時休業』の紙も急いで用意され、利用客に向けて貼り出されたみたいだ。
「フォルクスさん。こっちです」
 よかった。僕は何から手伝えばいいかウロウロしそうになっていたんだ。アルゼレアが僕を呼んでくれたから急いでそっちへと向かう。バックヤードの扉に入ると館長らしき人と対面し、別の部屋へと連れて行ってくれるみたい。
「一応、二十箇所のカメラがありますが。関係者からは不審者の連絡などは届いていませんので、どうでしょうかねぇ……」
 館長さんは自信がなさそうに言っている。それで僕は、監視カメラを見せてもらえるんだと分かった。
 そういえば以前、僕がアルゼレアを捜索していた時にも、監視カメラを見せてもらえないかと言ったことがあったな。その時は当然無理だったわけだけど。今は状況が状況なので許されている。それかアルゼレアの熱意のおかげかだね。
 いずれにしてもすごいや。アルゼレアは……。

 資料室にある特別個室にて、幾つものモニターに映像が映し出されている。二十箇所の監視カメラがあるとは言ったけど、実際にモニターに映せるのは三箇所だけのよう。
 何か事件があった時に見返すための記録だから、ずっと不審者を見張っているということでもないみたい。確認は別の業者にいつも任せているらしい。つまり相当な時間がかかるということ。
「アルゼレアさん。白銀の妙獣は昨晩この図書館に入ったのですか?」
 館長さんが聞いたことに、僕は「そうだよな……」と呟いていた。アルゼレアが妙獣と出会ったのが昨晩だったからといって、オソードをここに隠したのはその日だって事にはならない。
 別館にわたって無数にある本。数時間ごとにまとめられた監視カメラのテープ。数だけだとテープの方が少ないけど、手間と掛けられる人手を考えれば、本棚を見て行った方が早いんじゃないかと思える。
「あの……」と、僕から提案しようとした。しかし顔を上げた時、ふと目に入ったのは資料室の机だった。見覚えのある感じの大きな机だったし、金物の器具や道具なんかを見て僕は何かを思った。
「どうしました?」
「いや、あの。館長さん。ここでは本の修繕もなさっているんですか?」
「ええ。そうですよ。本を直すのも我々の職務のひとつです」
 僕が初めて見るものだと思ったらしく、館長さんは喜んで説明を付け加えてくれる。
「ああやって今、ノリを乾かしているんです。皮の表紙と台紙を接着するために」
「皮表紙……。アルゼレア! もしかしたら!」
 気付いたのは二人で同時だった。
 僕は静かにハッとなった。しかもアルゼレアもほとんど同時にだ。……ただし。館長さんがどんな顔をするのか怖いけど。
「あの。カッターをお借りできますか」
「か、カッター!?」
 勇気があるのはいつもアルゼレアなんだよね。館長さんは僕が予想した通りの反応で困惑している。
「カッターで……どうするんですか。まさか……」
「本を切ります。中にオソードがある可能性があるので」
 ぶるぶると顔を振る館長だった。だけどそんな対応でアルゼレアが止まるわけがないよ、と僕は謎に得意げになっている。
 アルゼレアは特別室からひるがえして大机の上からカッターを取った。僕や館長さんが「あっ」と、言う間に一冊の本に切り込みを入れ始めた。
「な、なんということを! 君は司書なんだろう!?」
「……あった」
「ほらご覧なさい。本を傷付けたことは……! え?」
 アルゼレアがひらりと一枚の紙を取り上げていた。厚手の皮表紙を綺麗に破かずに引き剥がしたから出て来たものだ。紙と表紙の大きさはほとんどピッタリだった。
「どうですか?」
「た、確かに……。これはオソードの内容で間違いない!」
 確認してもらった館長さんが一番驚いている。他の本はどうかと二冊表紙を切ったら、二冊ともからオソードのバラバラにされたページが出てきた。こうなってしまえば館長さんは絶句していた。
「オソードってどれくらいページがあるんだろう」
「私は実物を見たことがないので分かりません。一般的な文庫本サイズのものなら二百ページくらいでしょうけど、神話なのでもっと少ないのか。それとも多いのか……」
「そっか。でも場所が見つかってよかった。二百枚ならこの図書館の中だと、そう難しくはなさそうだね」
「そうですね。私、皆さんに伝えてきます!」
 しかし館長さんが待ったをかけた。
「ま、まだ。本物のオソードかどうかは分からないだろう。そ、そうだ。ゼノバ教皇をお呼びしよう。それと妙獣の痕跡もないのであれば何とも」
 要は本を切るのはやめてほしいという話。
 その気持ちは大いに分かる。だけど必要なんだと僕から説得しようとした。そこへモニターがあった部屋の方から声が飛んでくる。
「館長! 人がいます!」
「ええっ!?」
 急いで見てみれば、それは夜間の映像だった。白い光のような少女が本を動かしている姿が映っている。だけどこれでは暗視用の発光技術で白く見えているのか、それとも女の子のアルビノ症状なのかは区別は出来ないな。
「白銀の妙獣ですよ! 館長!」
 見つけてくれたのは威勢のいい少年だった。
「い、いやあ……。迷った子共かもしれないし……」
「僕からみんなにも知らせてきます!!」
 若い足取りに館長さんは付いていけない。
 この部屋で見本を見た図書館関係者は案の定、全員驚愕した。まさか本を切り付けるなんて。と、口にした人もいる。
 だけど一例にひとつ適当に取った本でさえ、皮表紙を切ってみようものならオソードは隠されていた。なんならその他もほとんどの本からオソードが取り出せた。
「本当にこの図書館に隠したんだ……」
 作業員の顔つきが変わっていた。僕には分からなかったけど、いくつか切ったこの本たちは別館のものも混ざっていたみたいだ。
 膨大な中から選別しなくちゃならない。残念ながら外見からは一枚の紙が含まれているかどうかは見分けがつけられないんだ。
「明日は閉館にしましょう」
「警察にも連絡しましょう。館長!」
 館長さんは今にも倒れそうではあったけど。渋々了承して、ひとりで電話をしにフラフラこの部屋を出て行った。



(((次話は明日17時に投稿します

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