閉架な君はアルゼレアという‐冷淡な司書との出会いが不遇の渦を作る。政治陰謀・革命・純愛にも男が奮励する物語です‐【長編・完結済み】

草壁なつ帆

文字の大きさ
上 下
71 / 136
II.アスタリカとエルシーズ

大概男に理由がある

しおりを挟む
 一人で夜道を歩いて帰宅する。我が家の中にはすでに灯りが付いていた。ドアを開けたら「おかえり」の一言も飛んでは来ないけど。それでもいつものことだよな、と言い聞かせて中に入る。
 コートを掛けて、手と顔を洗って、靴下を履き替えたら、ようやくリビングで居候と目が合った。
「振られたな」
 そいつは僕の顔を見るなり言った。
 居候が今日一日何をしていたのかは知らないけど、昨日の晩に見た服と同じものを着ていて、だるそうにあくびをしている。夕飯だよと買って来たものを僕が渡せば、そいつは遠慮なくガッカリした。
「まーたマカロニ弁当かよ」
「気に入らないなら自分で食べてきてよ。あと寝るところも自分でなんとかして」
 居候とは当然ジャッジのこと。彼に注文できる権利なんか無いんだ。僕はお腹が空いたから食べるよ。
 特別美味しいとは言いにくいマカロニ弁当を開けた。ぬるくて薄味のものをフォークで刺してただひたすら噛んでいる。そんな僕がデートでイマイチだったことなんて、経験豊富なジャッジには見え見えだったんだろう。
「で? どこが嫌だって?」
「振られてないよ」
「まじかよ!?」
 突然失礼な決めつけをしてきた上に、ジャッジの予想を外れたことを大袈裟に驚かれてしまう。それを僕なら多少叱ったりするだろうけど、今の調子じゃあんまり感情を荒げたくない気分……。
「アルゼレアって僕といて楽しいのかなぁ」
「そりゃ楽しいわけねえだろう。お前のどこに楽しさがあるんだよ」
 浮き心しかない男に言われると何か嫌だな。でも残念ながらジャッジの言う通りだったりする。実際ジャッジの方が何倍もモテてるわけだから。
「それに娘っ子の性格分かってただろ? 付き合った途端、ニコニコ笑ってくれる愛想の良い彼女に豹変してくれると思ってたのか? そんな訳ねえだろ」
 ジャッジはにゃむにゃむとマカロニを噛んでいた。僕ももぐもぐと噛んでしばらく無言だった。本来なら恋人と素敵なディナーでも食べていても良い時間帯なのに。男同士の食事なんて華がない。
 アルゼレアとのデートは、壁画を見た後こっちに戻ってきて解散したんだ。クオフさんの丁寧な手紙を尊重したという理由を付けて。アルゼレアもすんなり聞いてしまったし……。
 あっ、と思い出して僕は手帳を取り出した。きちんと挟んであった神託のお札は何の傷も付いていない。
「はい。あげるよ」
「金? なんだ紙切れかよ」
 物の価値にうといジャッジだけど、貰えるものを突き返すことはしない。彼ならただの小石でも一食分の食事代に変えてしまえる特技があったりする。「宗教のやつじゃん」と、嫌そうな声を出していたけどやっぱりポケットに仕舞っていた。
「神様はお前の要望を叶えてくれたの?」
「……あんまり?」
「だろうな」
 ジャッジはあれだけ嫌がっていたマカロニ弁当は速攻で食べ終えた。不味かったと感想を撒き散らしながらソファーの上でごろ寝になった。
「とっとと別れちまえよ。互いのためだぜ?」
 アルゼレアと付き合ったことを話した時から、話題が上がる度にずっとこう言われ続けている。
「お前はそればっかり言うよな」
「女と付き合うタイミングは抱きたいと思った時」
「それもずっと言ってるよね」
 誰の受け売りなのか知らないけど大学時代から彼の教訓になっているっぽい。
「恋愛は遺伝子でするもんだ」なんて、ジャッジが医学的なことを語るのに一目置いていたのは入学してまもなくまで。後はただの不埒な人間として定着した。それが本性だったので最初は騙されていたってことになるかな。
 長年の知り合いは置いておいて。アルゼレアについて考える。彼女に魅力は感じているんだ。性的な感情に直結はしないけど、一応僕でも少しくらいは思う……。
「僕は触れたりしたいけどな」
 残った弁当に語りかけるみたいに呟いた。それをしっかりとジャッジは聞き逃さなく「馬鹿かよ」と怒ってくる。
「なにが『触れたりしたいんだけどな』だ。仕掛けんのが男の役目だろうが。何のためにデートしてんだよ。甘ったれんな」
「世の中お前みたいな下心だけで動く男ばっかりじゃないと思うけど」
「アホか。ばっかりに決まってんだろ。お前もそのうちのひとりだ。自覚しろ」
 厄災から言われることで僕はムッとした。
 お前に言われるまでもなく自覚はしてるんだよ! と、心の中だけで言い返した。
 お前みたいに下心剥き出しで接したくはないの! と、これも心の中だけで言った。
 確かに僕は昔から積極的じゃない。だから色々と悩んでしまうわけ。アルゼレアの気持ちとか、タイミングとかが気がかりで上手くいかない時だってあるだろう。
 人の心も場も考えずに自分の欲望だけに素直なジャッジには、僕の悩みなんて全く理解できないだろうね!
 残った弁当を平らげて、さっさと片付けまで済ませた。不本意だけどジャッジの分の空の容器も片付けた。ありがとうのひとつも無いのもどうだと思うよ。

 苛つきが冷めてぼんやりとしていると、思い出すのはアルゼレアの頭を撫でた瞬間だったかな。今日一日の絶頂期……なんて言ったら悲しくなるけど、一番幸せを感じた時だったかもしれない。
 やっぱり僕はアルゼレアに触れたいなと思う。それが多分、素直な好きという気持ちの延長線にあるものだと思うんだよね。
 ……だけど困ったことにアルゼレアは時々僕を避ける時があるんだ。僕と一緒にいても嬉しそうじゃないというか、若干不服そうな場面もぼちぼちあったような。
「告白して来たのに冷たくされるってこと、ある?」
 寝息を立てているジャッジの背中に問う。
「ある。でも大概男に理由がある」
「寝てなかったのか」
 びっくりした。すーすーと言っているうちは眠っていないんだな。
「どんな理由なんだろう?」
 ジャッジは答えずに寝息のフリだけで過ごしていた。どうせ何も言ってくれないとは思っていたから自分で考える。
「……」
 難航した結果、ひとつだけ思うことがあった。それはあんまり良くないかもしれないけど、もしもデートの相手がリサやウェイトレスだったらどうかな、と考えた時に思ったことだった。
 きっと同じようにエスコートするし、同じように大事にしていると思う。でも彼女たちの場合だと、もっと僕は自分から積極的にアプローチが出来るような気がするんだ。
 ジャッジみたいにじゃないけど、しっかりと機会を伺っていると思う。逆に今日の僕は、アルゼレアと触れ合える機会をあまり考えていなかったかもと気付いた。
 理由は歳の差のせいかと思った。共通話題が少ないのも離れた年齢だから仕方がないのかもしれないと思った。
 僕はアルゼレアの顔色ばかりを伺っている。彼女がピュアで神聖で、どこか踏み込んじゃいけないような気がして……。
「アルゼレアって、なんだか妹みたいに思う気がするんだよね」
 守ってあげたくなる。可愛いけど、あんまり踏み込めない。好きなんだけど、意欲的になれないっていうか。難しいな。
「それ。娘っ子に言うなよ」
 ジャッジが突然言ってきた。
「なんで?」
「傷付けるから」
「え?」
 どうしてアルゼレアが傷付くのかと聞いてもまた寝たフリだ。そのうちイビキが聞こえてきて本当に寝てしまった。
 せっかく腑に落ちた感情だったのに。ジャッジのせいで、このモヤモヤはそれからもずっと僕の心に居残ることになってしまった。



(((次話は明日17時に投稿します

Twitter →kusakabe_write
Instagram →kusakabe_natsuho
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

暇つぶし転生~お使いしながらぶらり旅~

暇人太一
ファンタジー
 仲良し3人組の高校生とともに勇者召喚に巻き込まれた、30歳の病人。  ラノベの召喚もののテンプレのごとく、おっさんで病人はお呼びでない。  結局雑魚スキルを渡され、3人組のパシリとして扱われ、最後は儀式の生贄として3人組に殺されることに……。  そんなおっさんの前に厳ついおっさんが登場。果たして病人のおっさんはどうなる!?  この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

デッドエンド済み負け犬令嬢、隣国で冒険者にジョブチェンジします

古森真朝
ファンタジー
 乙女ゲームなのに、大河ドラマも真っ青の重厚シナリオが話題の『エトワール・クロニクル』(通称エトクロ)。友人から勧められてあっさりハマった『わたし』は、気の毒すぎるライバル令嬢が救われるエンディングを探して延々とやり込みを続けていた……が、なぜか気が付いたらキャラクター本人に憑依トリップしてしまう。  しかも時間軸は、ライバルが婚約破棄&追放&死亡というエンディングを迎えた後。馬車ごと崖から落ちたところを、たまたま通りがかった冒険者たちに助けられたらしい。家なし、資金なし、ついでに得意だったはずの魔法はほぼすべて使用不可能。そんな状況を見かねた若手冒険者チームのリーダー・ショウに勧められ、ひとまず名前をイブマリーと改めて近くの町まで行ってみることになる。  しかしそんな中、道すがらに出くわしたモンスターとの戦闘にて、唯一残っていた生得魔法【ギフト】が思いがけない万能っぷりを発揮。ついでに神話級のレア幻獣になつかれたり、解けないはずの呪いを解いてしまったりと珍道中を続ける中、追放されてきた実家の方から何やら陰謀の気配が漂ってきて――  「もうわたし、理不尽はコリゴリだから! 楽しい余生のジャマするんなら、覚悟してもらいましょうか!!」  長すぎる余生、というか異世界ライフを、自由に楽しく過ごせるか。元・負け犬令嬢第二の人生の幕が、いま切って落とされた! ※エブリスタ様、カクヨム様、小説になろう様で並行連載中です。皆様の応援のおかげで第一部を書き切り、第二部に突入いたしました!  引き続き楽しんでいただけるように努力してまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします!

床の隣に広がる世界

YAMATO
SF
小さいとき僕は”夢”を見ることができた。それは僕の願いが叶う場所、僕の中の世界が広がる場所 世界はいつも謎が多く僕は不思議に思う。なぜ物は色がついているのだろうか、言葉とは何だろう、 あの空に浮かぶ物は何だろう、そんな不思議が僕の中では渦巻いていく・・・ その悩みも年がたつにつれて一般常識と教育によって知らず知らずのうちに物理法則とモラルのうちに消えていった。 僕は今、高校生になった。あの時の記憶はほとんどなくなりそんなことがあったという思いだけが残っている。 僕は世の中を諦観し諦めの中で生活を続けている。ある時は友達と、ある時は部活の仲間と”普通”の生活を・・ だがその日々は変化を続けていた 僕は変われるのだろうか 世界は変わるのか 青春SF幻想フィクションです。よろしく

元聖女だった少女は我が道を往く

春の小径
ファンタジー
突然入ってきた王子や取り巻きたちに聖室を荒らされた。 彼らは先代聖女様の棺を蹴り倒し、聖石まで蹴り倒した。 「聖女は必要がない」と言われた新たな聖女になるはずだったわたし。 その言葉は取り返しのつかない事態を招く。 でも、もうわたしには関係ない。 だって神に見捨てられたこの世界に聖女は二度と現れない。 わたしが聖女となることもない。 ─── それは誓約だったから ☆これは聖女物ではありません ☆他社でも公開はじめました

処理中です...