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II.セルジオの落とし穴
予感
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甘い香りを放つ黄色と水色のストライプ模様。その大きめの箱を大事そうに抱えるアルゼレアはより一層可愛らしい人形のようだった。
国技館の応接間では僕とアルゼレアとで二人きり。少し待っていて下さいと警備の人に言われて待っていた。それは良いにしても、何故かアルゼレアが僕と横並びに座らなかったのだけが不明だった。
何か僕、悪いことをしたっけ? そればっかり考える時間だ。別に彼女は怒っているわけでもなくて、話しかければ普通に微笑なく答えてくれるわけだけど。寝不足なのかな。
部屋の中には絵画と彫刻が飾ってある。客人を楽しませるためのものだとは思う。でももう三度はじっくりと見た。
「……何かあったのかな?」
さすがに待たされ過ぎだと思って壁掛けの時計を見ると、あっと驚くほど経っている。
別に部屋から出ないで下さいとは言われていない。そっと扉を開けてとりあえず周りの様子を見てみるだけだ。長い廊下が右にも左にも伸びていて人は誰もいなかった。
静かだ。僕らのこと忘れているのか? そう考えるのもおかしくないほど時計の針が進んでいたんだ。
「出航時間が迫ってるのに」
これは僕の独り言で、チラッとアルゼレアを振り返って見るけど彼女には届いていない。眠いのか不機嫌なのか、ずっとやや下を向いたままだった。まるで本物の人形にでもなってしまったかのよう。
「アルゼレア?」
呼びかけると顔をまっすぐに上げてくれる。
「ただの差し入れだし持って行こう」
そう言うとアルゼレアは椅子からピョンと飛び降りた。僕らは前に歩いた道を思い出しながらロウェルディ大臣の部屋を探した。
大部屋の扉ではなくて古い片手扉の部屋だった。だけどそれだと思った以上に似たような扉ばかりが現れる。とはいえ応接間にももう戻れず。
人に会ったら事情を話せば大丈夫か。なんて思っていたけど、肝心の人にも出会えない。となると一体どうなっているんだ?
「迷っちゃったね。出口を見つける方が早いかも。出直そっか」
「……はい」
アルゼレアはなんだか元気がないし。その方が良さそうだ。
登っていた階段を降りて行き、一階を歩けばなんとかなると思っていた。すると何か大きな声で叫ぶような声が階段を駆け上がってきた。僕もアルゼレアも怒鳴られている感覚になってつい足を止めてしまうほどのものだ。
お互いに顔を見合わせたら、ロウェルディ大臣かな? という感想は一致する。お怒りみたいだし日程をずらして会いたいけど、とっとと用事を済ませて出国したいから向かうことにした。
階層はたぶん三階だろう。廊下を進む二人とも足音を隠すように歩いている。だんだんとロウェルディ大臣の怒る声が近くなるほど自然にそうなった。
「何が起こるとも私達には関係のないことだ。騒動はメディアが処理してくれる。最も箔の付く形にな! 行け!!」
扉が中から開け放たれた。古い片手扉ではなくて、それなりに新しめな両開きの扉だ。僕たちを案内した警備員が血相を変えて走り出してきた。待たせておいた客人とは目を合わせたけど自分のことでいっぱいみたい。
バタンと扉が閉まったのち、僕らはどうしようかと足をその場で留めさせてある。
「そこに居るんだろう。中に入りなさい」
低くこもった声は扉の向こう側から。ロウェルディ大臣が僕らに気付いたから掛けた言葉だった。
正直、あまり気は進まない。怒られに行くみたいでドアノブを握るのも躊躇してしまうよね。
「ベル・アルゼレア、フォルクス・ティナー。聞いているだろう」
扉を開けざるおえない……。
鉄甲冑や戦闘機の模型、戦にまつわる本が収容された本棚。この部屋で目につくものが僕には博物館に寄贈するようなものに思える。
しかしさっき耳にした話……。それとロウェルディ大臣の深刻そうに頭を抱える姿があれば、これらがただの飾り物だったらなという希望でしかない。大臣の机の上にはマーカスさんからの手紙がまだ封筒と共に置いてあった。
「……菓子の香りがする」
机に向かって考え込む大臣がふと言った。こんな重たい空気感で、行列のできる人気店のお菓子なんか全然求められていないと思う。
「あ、あの。お約束の」
「約束?」
僕らの目的は果たさないと。だから今押し付けるように渡してしまおう。僕はアルゼレアからシルキーバニーの大箱を引き取った。
大臣は得体の知れない箱を睨んでいたけど、途中で思い出してくれたみたいで目の色が変わる。沈み込んでいた顔筋にハリが出て途端に若返った。
「そうだ、買ってきてくれたか。それも全種類じゃないか。素晴らしい」
期待には無事に添えられたみたい。机の上の紙類はひとつにまとめられてお菓子の大箱を中心部に置いていた。早速ひとつを取り出して齧り付くと幸せそうに唸っている。
「部屋の外で待っていてくれたのか。入るのに躊躇っただろう」
「は、はい。少し。日程を改めた方が良かったかもと……」
「いやいや気にするな。疲れた脳には甘味が必要だ」
大臣は「おおっ!」と声を上げている。それは大臣がご所望したカスタードシューとシナモンロールを見つけたからだ。人が喜んでいるところを見ると、何か報われたような心地で少し幸せが分けられるようだね。
「では僕たちはこれで」
アルゼレアも会釈をする。しかし……。
「ちょっと待ちなさい君たち」
残念ながら大臣はカスタードシューもシナモンロールも手に取らなかった。それどころか、甘い香りを放つストライプの箱は元通りに閉じられてしまっている。大臣の晴れやかな表情もだ。
「君たちは、もうひとつ私に頼まれなくてはならないな」
不適な笑みのような目元で僕たちは捕まっていた。今度はどこの店のお菓子を買ってくれば良いんだろう。なんて考えられたら良かったんだけど。それはどうやら違うのかもしれない。
光を跳ね返すほど磨かれた鉄甲冑も、緻密に作られた戦闘機の模型も、付近の国ごとにまとめられた戦闘日誌も。まるで僕に何かの予感を突きつけているようだ。嫌な予感。もう何度目なんだろう。
「捨て駒でも無駄にしないぞ。マーカス……」
僕らに逃げ場はなかった。
(((次話は明日17時に投稿します
Twitter →kusakabe_write
Instagram →kusakabe_natsuho
国技館の応接間では僕とアルゼレアとで二人きり。少し待っていて下さいと警備の人に言われて待っていた。それは良いにしても、何故かアルゼレアが僕と横並びに座らなかったのだけが不明だった。
何か僕、悪いことをしたっけ? そればっかり考える時間だ。別に彼女は怒っているわけでもなくて、話しかければ普通に微笑なく答えてくれるわけだけど。寝不足なのかな。
部屋の中には絵画と彫刻が飾ってある。客人を楽しませるためのものだとは思う。でももう三度はじっくりと見た。
「……何かあったのかな?」
さすがに待たされ過ぎだと思って壁掛けの時計を見ると、あっと驚くほど経っている。
別に部屋から出ないで下さいとは言われていない。そっと扉を開けてとりあえず周りの様子を見てみるだけだ。長い廊下が右にも左にも伸びていて人は誰もいなかった。
静かだ。僕らのこと忘れているのか? そう考えるのもおかしくないほど時計の針が進んでいたんだ。
「出航時間が迫ってるのに」
これは僕の独り言で、チラッとアルゼレアを振り返って見るけど彼女には届いていない。眠いのか不機嫌なのか、ずっとやや下を向いたままだった。まるで本物の人形にでもなってしまったかのよう。
「アルゼレア?」
呼びかけると顔をまっすぐに上げてくれる。
「ただの差し入れだし持って行こう」
そう言うとアルゼレアは椅子からピョンと飛び降りた。僕らは前に歩いた道を思い出しながらロウェルディ大臣の部屋を探した。
大部屋の扉ではなくて古い片手扉の部屋だった。だけどそれだと思った以上に似たような扉ばかりが現れる。とはいえ応接間にももう戻れず。
人に会ったら事情を話せば大丈夫か。なんて思っていたけど、肝心の人にも出会えない。となると一体どうなっているんだ?
「迷っちゃったね。出口を見つける方が早いかも。出直そっか」
「……はい」
アルゼレアはなんだか元気がないし。その方が良さそうだ。
登っていた階段を降りて行き、一階を歩けばなんとかなると思っていた。すると何か大きな声で叫ぶような声が階段を駆け上がってきた。僕もアルゼレアも怒鳴られている感覚になってつい足を止めてしまうほどのものだ。
お互いに顔を見合わせたら、ロウェルディ大臣かな? という感想は一致する。お怒りみたいだし日程をずらして会いたいけど、とっとと用事を済ませて出国したいから向かうことにした。
階層はたぶん三階だろう。廊下を進む二人とも足音を隠すように歩いている。だんだんとロウェルディ大臣の怒る声が近くなるほど自然にそうなった。
「何が起こるとも私達には関係のないことだ。騒動はメディアが処理してくれる。最も箔の付く形にな! 行け!!」
扉が中から開け放たれた。古い片手扉ではなくて、それなりに新しめな両開きの扉だ。僕たちを案内した警備員が血相を変えて走り出してきた。待たせておいた客人とは目を合わせたけど自分のことでいっぱいみたい。
バタンと扉が閉まったのち、僕らはどうしようかと足をその場で留めさせてある。
「そこに居るんだろう。中に入りなさい」
低くこもった声は扉の向こう側から。ロウェルディ大臣が僕らに気付いたから掛けた言葉だった。
正直、あまり気は進まない。怒られに行くみたいでドアノブを握るのも躊躇してしまうよね。
「ベル・アルゼレア、フォルクス・ティナー。聞いているだろう」
扉を開けざるおえない……。
鉄甲冑や戦闘機の模型、戦にまつわる本が収容された本棚。この部屋で目につくものが僕には博物館に寄贈するようなものに思える。
しかしさっき耳にした話……。それとロウェルディ大臣の深刻そうに頭を抱える姿があれば、これらがただの飾り物だったらなという希望でしかない。大臣の机の上にはマーカスさんからの手紙がまだ封筒と共に置いてあった。
「……菓子の香りがする」
机に向かって考え込む大臣がふと言った。こんな重たい空気感で、行列のできる人気店のお菓子なんか全然求められていないと思う。
「あ、あの。お約束の」
「約束?」
僕らの目的は果たさないと。だから今押し付けるように渡してしまおう。僕はアルゼレアからシルキーバニーの大箱を引き取った。
大臣は得体の知れない箱を睨んでいたけど、途中で思い出してくれたみたいで目の色が変わる。沈み込んでいた顔筋にハリが出て途端に若返った。
「そうだ、買ってきてくれたか。それも全種類じゃないか。素晴らしい」
期待には無事に添えられたみたい。机の上の紙類はひとつにまとめられてお菓子の大箱を中心部に置いていた。早速ひとつを取り出して齧り付くと幸せそうに唸っている。
「部屋の外で待っていてくれたのか。入るのに躊躇っただろう」
「は、はい。少し。日程を改めた方が良かったかもと……」
「いやいや気にするな。疲れた脳には甘味が必要だ」
大臣は「おおっ!」と声を上げている。それは大臣がご所望したカスタードシューとシナモンロールを見つけたからだ。人が喜んでいるところを見ると、何か報われたような心地で少し幸せが分けられるようだね。
「では僕たちはこれで」
アルゼレアも会釈をする。しかし……。
「ちょっと待ちなさい君たち」
残念ながら大臣はカスタードシューもシナモンロールも手に取らなかった。それどころか、甘い香りを放つストライプの箱は元通りに閉じられてしまっている。大臣の晴れやかな表情もだ。
「君たちは、もうひとつ私に頼まれなくてはならないな」
不適な笑みのような目元で僕たちは捕まっていた。今度はどこの店のお菓子を買ってくれば良いんだろう。なんて考えられたら良かったんだけど。それはどうやら違うのかもしれない。
光を跳ね返すほど磨かれた鉄甲冑も、緻密に作られた戦闘機の模型も、付近の国ごとにまとめられた戦闘日誌も。まるで僕に何かの予感を突きつけているようだ。嫌な予感。もう何度目なんだろう。
「捨て駒でも無駄にしないぞ。マーカス……」
僕らに逃げ場はなかった。
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