閉架な君はアルゼレアという‐冷淡な司書との出会いが不遇の渦を作る。政治陰謀・革命・純愛にも男が奮励する物語です‐【長編・完結済み】

草壁なつ帆

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II.セルジオの落とし穴

穏やかなランチとはいかず

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 昼食に適当なカフェに入った。アルゼレアは液ノリでの本の修理作業に集中している。僕はその上手な手先をじっと見つめている。
「さすがだね」
「あ、ありがとうございます」
 アルゼレアの細かい作業を眺めていると癒される心地だ。丁寧で、正確で、職人みたいな指の動きが美しくて見入ってしまう。
 周りのお客が騒がしくても僕には届かなかった。テーブルに肘をついて美しいものを眺める……。有意義な時間だとも取れる。暇とは違って。
 視線は彼女の指先から上へのぼって行き、赤い髪に触れた。毛先が細くて透き通っているみたい。伏せているまつ毛にも若干赤みがあるのか。
 吊り目の上にほんのり色が乗っているのを今初めて気付いた。薄化粧みたいだ。それとほっぺたは白パンのようにふっくらではなく、もっとしっとりした、何かな……。
 滑らかで張りがあってすべすべしたものを思い起こした。そう。チーズだな。水牛の丸いフレッシュチーズ。もちもちしていて触りたくなる不思議さがあるなぁ。
 我ながら良い例えを思いついてかなり満足だったんだけど。常識的に考えて、女性の顔を食べ物で例えるのはよくない。
 高揚が落ち着くのと一緒に視線もまたアルゼレアの手元に戻ってきた。手袋の黒レースから小さなバラの模様を初めて見つけた。
 やっぱり若者が身に付けるには年代物過ぎる柄だよなと思う。そのせいでアルゼレアの若さと相反するミステリアスな印象を与えているんだろう。
「……」
 一巡した後ぼんやりとした。
 そういえば。僕ら手を繋いだって言っても、彼女の手の平から温もりと呼べるものを感じたことが無いんだよな。いつもこのレース生地越しだった。
「フォルクスさん」
「うん?」
 考え事は呼ばれることで中断。ゆっくり視線を上げるとアルゼレアは僕の方を向いていた。手元が見えなければ少し幼めの可愛らしいお嬢さんなんだよ。
「悩み事ですか?」
「えっ?」
 風船で浮いていた体が突然地面に落ちていくみたいな衝撃を受ける。
「どうして?」
「さっきから何度か溜め息をついていたので」
 指摘されるまで気が付かなかった。
「そ、そうだった? ごめん。何でもないよ」
「そうですか……」
 アルゼレアはすぐ作業に戻った。愛想は無い方だけど、それが君らしい。
 いつも真面目で一生懸命で。何より本当に本が好きなんだなぁ。
「……」
 チラッとアルゼレアが顔を上げた。原因は僕にも分かった。さっき指摘されたばかりの溜め息が漏れてしまっていたからだ。
「今のは、何でもないよ」
 僕は苦笑しつつ言い張った。

 料理が運ばれてきて「さあ食べよう!」というところ。カラトリーを渡してあげる僕をよそに、アルゼレアは少し違うところに釘付けになっていた。視線は僕の後ろを越えた後ろだ。
「フォルクスさん、見てください」
 いつもの落ち着いた言い方だった。僕は言われるまま後ろを見てみる。メニュー看板や時計が目に付くけど、雑貨に紛れたディスプレイのことを指しているみたい。この時間はテレビニュースが流れていた。
「知り合いでも映ってた?」
 呑気な僕だけど、内容が少しでも読み取れれば氷漬けになった。アルゼレアと同じように。テレビの音声は周りのお客の声で掻き消されても、テロップで難なく衝撃を受けることになる。
『ナヴェール神殿でオソード盗難被害』
 たったその一列で灰にもなりそうだ。
 料理が冷めるのも知らないで字幕を端から端まで追った。
「連日お伝えしております。エルサの民過激派集団による暴動が相次ぐなか、協会団より新しい情報が開示されました」
 画面が切り替わって、知らない白髪のおじさんが現れる。
「ゼノバ教皇によりますと、二日前の明朝。ナヴェール神殿内に保管されていたオソードの記録が忽然と消えたとのことです」
 そして一冊の本が表示された。よくある皮表紙の本。それから混乱するナヴェール神殿の様子も。
「あ、あれって……」
「ですよね……」
「お待たせいたしましたー! キャラメルプディングです!」
 甲高い声に肩を震わせて、僕とアルゼレアは同時に店員さんの方に視線を向ける。
「あっ。えっと……僕ら頼んでないです」
「失礼しましたー!」
 隣の席に料理を運ぶ店員。それを見守りつつ「ふう」と胸を撫で下ろす仕草まで僕とアルゼレアは同時だった。それより本だよ。オソードが盗まれたって。……どうする?
 目と目を合わせるだけで言葉が分かるようになっている。だけどアルゼレアは僕とは違ってもう答えが出ているんだろう。咄嗟に机の下に隠したオソードを、しっかりと握りしめていると思う。
「……か、返したいよね?」
 先に聞いたのは僕だ。
「はい」
 返事には何も揺らぐものが無い。当然、と言うべき熱意がある。
 僕は少し困った。だけどその思いはとりあえず今は隠しておいた。
 オソードをただ返すだけ。ちょっと切り込みが入ったところはアルゼレアが綺麗に修復してくれたから大丈夫。
 きっと大した問題には繋がらないよ。きっとそう。



(((次話は来週月曜17時に投稿します。

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