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I.本と人の終着地
メーベルの館1
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直線で進んだ割にはすぐに到着したようだ。
僕はジャッジに追いついて、少し開けた土地にウッドハウスが建ってあるのを確認する。
一階の窓からは締め切ったカーテンから灯りが漏れ出ていた。
でも周りはぐるっと森林と雑草に囲まれていて、人が出入りしているような感じは無かった。
玄関までの草むしりはされていないし、車や自転車も何にもない。
まさか外の都市開発を知らない山男でも暮らしているのか。と思ったけど、森林の奥には高いビルの頭がポツポツ突出して見えていた。
何より夜が明るいから、それぐらい気付かないはずがないだろう。
「本当にここで合ってると思う? 人が出てきたらなんて言ったら良いんだろう」
ほとんど信じないままで目的の場所が現れたわけだ。人が住んでいると分かったら急に緊張してきた。
そんな僕の肩をほぐそうとジャッジが両手を乗せてくる。
「まずはスティラン・トリスさんですかだ。そんで一緒に行きましょうだな」
的確過ぎるアドバイスをしながらも、ジャッジは僕の背中をぐいぐい押してくる。点を突いてほぐしてくれるのではなく、面で僕を前へと押しやる方法で。
茎を太くして元気な雑草だけど、おそらく扉の開閉で当たりそうな場所だけ弱気だった。
「じゃあ、行くよ……」
「おう。やってくれ」
自分の指が震えるのを目視しながらドアベルを押す。
カチッ。と、ボタンが凹んだだけで鐘や電子音は鳴らなかった。しかし、しばらく戸惑っていると中で人の足音が近付いていた。
中から鍵を解いたけど扉が開かれるとチェーンがされている。目元だけで住人と顔を合わせることになった。
「……」
「……あ。初めまして」
中から覗くのはシワの多い男性の肌。それと水晶体に濁りのある大きな目玉だ。
「スティラン・トリスさんで間違いないですか?」
彼は、僕の目から視線を外さず、唸りもせず静かだった。
呼吸も僕のほうが上がっていて、相手は随分と落ち着いているようだ。
「あの、アルゼレアという少女をご存知でしょうか。僕は彼女の知り合いで、あなたの本を解読してご友人のリニーさんに……」
話の途中で彼は瞬きをし、ついには扉が閉められてしまった。
人違いだったのか。だとしたら僕は喋り過ぎてしまっただろうか。
どうだった? と、ジャッジに尋ねたらまたもやアイツは姿を消した。でも辺りを見回せば、ライトを持つ手で僕に合図を送る人に気付く。
とりあえずはジャッジが見える範囲にいる。ただし太い木の裏に移動したみたいだけど。
「……はぁ」
これからどうしたら良いんだろう。
引き返そうかという時、一度閉められた扉がまた同じくらいの幅で開いた。
同じ男性が覗いてくるけどチェーンが外されている。
そして初めて彼の声を聞いた。
「一人だな?」
山男らしい荒っぽい言い方はしない。真実を確認するため一音ずつ慎重に発音した。
僕もそれにちゃんと答えた。
「もう一人。大学時代からの友人の男がいます。……今あなたを恐れて木の影に隠れていますけど」
ジャッジに手招きを送ろうかとしたら、意図のある咳払いで止められる。
「友人も本のことを知っているのか?」
「いいえ。僕だけですけど」
ここで男性は、初めて僕の目から視線をどかす。何やら遠くに目をやって周囲の様子を気にしたみたいだった。
もしかしてジャッジが出てきたのかと思い、僕も後ろを振り返るけどそうじゃなく闇ばっかりだ。
「……君だけ入りなさい」
男性が扉付近から遠ざかるも、開けた扉はわずかな隙間が保たれたままだ。そこへ僕が片手を差しこんだことで中の男性は屋内へと戻って行った。
どうやら中に入れると遠目で分かったジャッジが、そそくさとこちらに近づいて来ている。
でも僕だけが入って良いと言われた。
約束はたぶん守った方がいいだろう。
僕はジャッジが辿り着く前に扉の中に入り、内側から鍵とチェーンをしっかりかける。もちろん扉の向こうから「おい!」と怒る声が響いた。
「ごめん、ジャッジ。ちょっと待ってて」
木製の重たい扉だ。向こうまで聞こえているかどうか分からないけど。
とにかく僕は部屋に上がって、さっきの男性を探し出した方が良いだろう。
外から電気が付いていなかった二階へわざわざ行くことはしないにしても、このウッドハウスはとても部屋が多いことに驚かされた。
それに不可解なこともある。玄関から廊下を行くにあたり、小部屋に続く扉が全て全開されていたことだ。
部屋の電気は付いていたり消えていたり。いずれにしても人は誰もいない。
けれどもレイアウトが整った家具やベッドがあり、化粧台には使用中らしい小物が置いてある。子供部屋の机の上は電車模型を作っている最中だ。
たくさんの部屋数にそれぞれの生活感がある。普通のことだけど少し不思議で奇妙だと感じていた。
男性の姿を見つけられないままで、一番奥の大きなリビングに辿り着いた。
そこでこの家に住まう多くの人が夕食を取っていたら良いなと思っていた。しかし、思ったようにはなっていない。
男性が一人でスパークリングワインを開けているだけだった。
「あ、あの」
「多くは聞かないでくれ。私は不安なんだ」
男性はソファーに座っていたようだけど、僕が見えるとワイングラスを持ったまま立ち上がる。
酒に酔ってか緊張してか、男性は落ち着きがない上に眼孔が開いていた。
彼は何か怯えているみたいだ……。医者的な勘を光らせながら僕は近付いて行く。
「スティラン・トリスさんで間違いないですか?」
「ああ、そうだ……」
男性は呼吸を整える合間に答えた。
とりあえず噂の本人だとは信じることにする。
ちゃんと話を聞くためには慎重に言葉を振った方が良いだろうと、僕からの判断が下るけど。
トリスさんが再びソファーに腰を下ろすタイミングで僕も対面して座った。
正直、運動と緊張のせいで喉がカラカラだったけど、ここではワイングラスの気泡を眺めるだけで我慢する。
それより僕のことを先に話して距離を詰めよう。
(((次話は明日17時に投稿します
Twitter →kusakabe_write
Instagram →kusakabe_natsuho
僕はジャッジに追いついて、少し開けた土地にウッドハウスが建ってあるのを確認する。
一階の窓からは締め切ったカーテンから灯りが漏れ出ていた。
でも周りはぐるっと森林と雑草に囲まれていて、人が出入りしているような感じは無かった。
玄関までの草むしりはされていないし、車や自転車も何にもない。
まさか外の都市開発を知らない山男でも暮らしているのか。と思ったけど、森林の奥には高いビルの頭がポツポツ突出して見えていた。
何より夜が明るいから、それぐらい気付かないはずがないだろう。
「本当にここで合ってると思う? 人が出てきたらなんて言ったら良いんだろう」
ほとんど信じないままで目的の場所が現れたわけだ。人が住んでいると分かったら急に緊張してきた。
そんな僕の肩をほぐそうとジャッジが両手を乗せてくる。
「まずはスティラン・トリスさんですかだ。そんで一緒に行きましょうだな」
的確過ぎるアドバイスをしながらも、ジャッジは僕の背中をぐいぐい押してくる。点を突いてほぐしてくれるのではなく、面で僕を前へと押しやる方法で。
茎を太くして元気な雑草だけど、おそらく扉の開閉で当たりそうな場所だけ弱気だった。
「じゃあ、行くよ……」
「おう。やってくれ」
自分の指が震えるのを目視しながらドアベルを押す。
カチッ。と、ボタンが凹んだだけで鐘や電子音は鳴らなかった。しかし、しばらく戸惑っていると中で人の足音が近付いていた。
中から鍵を解いたけど扉が開かれるとチェーンがされている。目元だけで住人と顔を合わせることになった。
「……」
「……あ。初めまして」
中から覗くのはシワの多い男性の肌。それと水晶体に濁りのある大きな目玉だ。
「スティラン・トリスさんで間違いないですか?」
彼は、僕の目から視線を外さず、唸りもせず静かだった。
呼吸も僕のほうが上がっていて、相手は随分と落ち着いているようだ。
「あの、アルゼレアという少女をご存知でしょうか。僕は彼女の知り合いで、あなたの本を解読してご友人のリニーさんに……」
話の途中で彼は瞬きをし、ついには扉が閉められてしまった。
人違いだったのか。だとしたら僕は喋り過ぎてしまっただろうか。
どうだった? と、ジャッジに尋ねたらまたもやアイツは姿を消した。でも辺りを見回せば、ライトを持つ手で僕に合図を送る人に気付く。
とりあえずはジャッジが見える範囲にいる。ただし太い木の裏に移動したみたいだけど。
「……はぁ」
これからどうしたら良いんだろう。
引き返そうかという時、一度閉められた扉がまた同じくらいの幅で開いた。
同じ男性が覗いてくるけどチェーンが外されている。
そして初めて彼の声を聞いた。
「一人だな?」
山男らしい荒っぽい言い方はしない。真実を確認するため一音ずつ慎重に発音した。
僕もそれにちゃんと答えた。
「もう一人。大学時代からの友人の男がいます。……今あなたを恐れて木の影に隠れていますけど」
ジャッジに手招きを送ろうかとしたら、意図のある咳払いで止められる。
「友人も本のことを知っているのか?」
「いいえ。僕だけですけど」
ここで男性は、初めて僕の目から視線をどかす。何やら遠くに目をやって周囲の様子を気にしたみたいだった。
もしかしてジャッジが出てきたのかと思い、僕も後ろを振り返るけどそうじゃなく闇ばっかりだ。
「……君だけ入りなさい」
男性が扉付近から遠ざかるも、開けた扉はわずかな隙間が保たれたままだ。そこへ僕が片手を差しこんだことで中の男性は屋内へと戻って行った。
どうやら中に入れると遠目で分かったジャッジが、そそくさとこちらに近づいて来ている。
でも僕だけが入って良いと言われた。
約束はたぶん守った方がいいだろう。
僕はジャッジが辿り着く前に扉の中に入り、内側から鍵とチェーンをしっかりかける。もちろん扉の向こうから「おい!」と怒る声が響いた。
「ごめん、ジャッジ。ちょっと待ってて」
木製の重たい扉だ。向こうまで聞こえているかどうか分からないけど。
とにかく僕は部屋に上がって、さっきの男性を探し出した方が良いだろう。
外から電気が付いていなかった二階へわざわざ行くことはしないにしても、このウッドハウスはとても部屋が多いことに驚かされた。
それに不可解なこともある。玄関から廊下を行くにあたり、小部屋に続く扉が全て全開されていたことだ。
部屋の電気は付いていたり消えていたり。いずれにしても人は誰もいない。
けれどもレイアウトが整った家具やベッドがあり、化粧台には使用中らしい小物が置いてある。子供部屋の机の上は電車模型を作っている最中だ。
たくさんの部屋数にそれぞれの生活感がある。普通のことだけど少し不思議で奇妙だと感じていた。
男性の姿を見つけられないままで、一番奥の大きなリビングに辿り着いた。
そこでこの家に住まう多くの人が夕食を取っていたら良いなと思っていた。しかし、思ったようにはなっていない。
男性が一人でスパークリングワインを開けているだけだった。
「あ、あの」
「多くは聞かないでくれ。私は不安なんだ」
男性はソファーに座っていたようだけど、僕が見えるとワイングラスを持ったまま立ち上がる。
酒に酔ってか緊張してか、男性は落ち着きがない上に眼孔が開いていた。
彼は何か怯えているみたいだ……。医者的な勘を光らせながら僕は近付いて行く。
「スティラン・トリスさんで間違いないですか?」
「ああ、そうだ……」
男性は呼吸を整える合間に答えた。
とりあえず噂の本人だとは信じることにする。
ちゃんと話を聞くためには慎重に言葉を振った方が良いだろうと、僕からの判断が下るけど。
トリスさんが再びソファーに腰を下ろすタイミングで僕も対面して座った。
正直、運動と緊張のせいで喉がカラカラだったけど、ここではワイングラスの気泡を眺めるだけで我慢する。
それより僕のことを先に話して距離を詰めよう。
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