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I.本と人の終着地
セルジオ国の王様
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お城みたいだなと思いながら進む廊下で、そういえばジャッジが「王様」と言っていたなと思い出す。
僕とアルゼレアはセルジオ王国で人質にするから王様に面会してもらう。みたいな話もあった。
だとしたらやっぱりここはお城なのか。
アスタリカに来るフェリーで王宮に見立てたデザインの小部屋に入ったけど、それに比べれば上品さが格段に違う。
あれは一般人が思う豪華さをふんだんに盛り込んだ感じだった。
でも実際はもっとシンプルな白壁や木の床で、花瓶台やカーテンフックなんかのポイントに飾り彫りや宝石などの煌びやかさを散りばめているんだ。
僕はマーカスさんの後ろを歩きながら、ほどんど社会見学のような心持ちだ。むしろこんな時なのに楽しんでもいた。
ちゃんとジャッジもついて来ているし、特に危険があるわけでもない。
同じ扉ばっかり続いて迷子になりそうだから、僕もジャッジも付いていく他に選択肢が無いし。
ただ、今はどこに向かっているんだろうという謎だけは、歩き出してからずっと満ちている。
しばらく歩き進めていたら、廊下の景色は一向に変わらないけど人の声が聞こえてきた。
マーカスさんはそこで一旦足を止めて、もう一度僕らに静かにするよう示す。
チームとして行動する中で仲間意識のようなものが芽生えていた僕は、まるで作戦を受けるみたいに頷いた。
足を忍ばせ、僕とジャッジは側の部屋に入るよう指示を受ける。その入り口は人ひとりがすり抜けられるくらいに扉が開けられていたところだ。
中に入れば誰もいない調理場で、隅々までピカピカに磨き上げられたステンレスで囲まれていた。
さすがお城の厨房だと感動していたら、すぐに近くで話し声が聞こえる。
「ただいま戻りました」
「おお、マーカス。遅かったな」
きっと隣の部屋にマーカスさんが入って話しているんだと思う。
調理場のカウンターからそっと覗いてみれば、パーティーでも開けそうな大部屋が繋がっている。
中央部にテーブルセットとそこに座る人の姿。そこへ向かう後ろ姿は、僕らを案内したマーカスさんだった。
ここは黙って話を聞いていろという指示なんだ。僕もジャッジも無言を貫き、物陰に身を潜めて隣の会話に耳を傾けることにした。
「ずいぶん手こずったんじゃ無いだろうな?」
「はい。申し訳ございません」
「……君の応用力を買っての頼み事だ。迅速に進めてもらわなければ誰に任せられると言う?」
「はい、王様。ご期待に添えますよう全力を尽くします」
マーカスさんは部屋に入るなり怒られたようだ。
それからすぐに「私のことは王様と呼ぶな」とも怒られている。
どんな仕事にもこういう上司はいるよなぁ。僕はまだ社会見学の雰囲気が抜けきっていなかった。
でも次の会話に入るまでだ。
王様が真面目な低い声で話し始める。
「話はアルゼレア殿から先に聞かせてもらった。やはりこの本はスティラン・トリスの研究論書で間違いない。解読者はベンジャミン・アイル・フィジャスト。忌まわしいアスタリカのスパイよ。そいつは牢屋にいるか?」
「いいえ。ヤツはまた姿をくらませました」
淡々と告げられるマーカスさんに対して、王様は悔しそうな唸り声を上げた。
「ですがこのメモを」
沈黙の間はきっとマーカスさんから王様にメモが渡っている。
「走り書きでよく分からないな」
「この研究論書の文字と合わせれば分かります……」
しばらくしてから王様の方から「そうか!」と、喜ぶ声が上がった。
どうやらメモというやつには、あの本の読み解き方が書かれているらしい。そういえば僕も、ベンジャミンさんと別れる前に紙を持たされた。
けれど、音の鳴らない範囲で身の回りを探しても見つからない。
どこかで落としたのかもしれないし、もしかしたら今王様に渡った物だった可能性もあるだろう。
本の解読が進められるなら、いよいよ生物兵器の何かが権力者の手に渡る。
このことで大変な事態が引き起こされるのか。戦争の経験もない一般人の僕では、あんまり想像も付かなくて耳を立てているだけだ。
「まあ良い。その本やメモは少女に返してやれ」
しかし王様は、本の文字が理解できて喜んだのは最初だけ。軽々手放してしまうらしかった。
「よろしいのですか?」
「ああ。良い良い。私が欲しているものは過去の文字じゃないのでね。アスタリカに居ないというなら他の場所に隠してあるのだろう。取り引きと言っても素直に応じる連中じゃないぞ。今すぐトリスを探し出して連れて来い」
「はい。承知いたしました。この少女はいかがしましょうか?」
ここにアルゼレアも同席していると知る。
それなら話し声が一切なくて心配したけど、睡眠薬で眠らされているだけで死んではいないと王様が話した。
「人質は上の部屋で寝かせておけ。それよりも取り引きは明日の朝だ。優先すべきはトリスの方だぞ」
「はい。お任せください。必ず探し出します」
話はここまでで終わる。
(((次話は明日17時に投稿します
Twitter →kusakabe_write
Instagram →kusakabe_natsuho
僕とアルゼレアはセルジオ王国で人質にするから王様に面会してもらう。みたいな話もあった。
だとしたらやっぱりここはお城なのか。
アスタリカに来るフェリーで王宮に見立てたデザインの小部屋に入ったけど、それに比べれば上品さが格段に違う。
あれは一般人が思う豪華さをふんだんに盛り込んだ感じだった。
でも実際はもっとシンプルな白壁や木の床で、花瓶台やカーテンフックなんかのポイントに飾り彫りや宝石などの煌びやかさを散りばめているんだ。
僕はマーカスさんの後ろを歩きながら、ほどんど社会見学のような心持ちだ。むしろこんな時なのに楽しんでもいた。
ちゃんとジャッジもついて来ているし、特に危険があるわけでもない。
同じ扉ばっかり続いて迷子になりそうだから、僕もジャッジも付いていく他に選択肢が無いし。
ただ、今はどこに向かっているんだろうという謎だけは、歩き出してからずっと満ちている。
しばらく歩き進めていたら、廊下の景色は一向に変わらないけど人の声が聞こえてきた。
マーカスさんはそこで一旦足を止めて、もう一度僕らに静かにするよう示す。
チームとして行動する中で仲間意識のようなものが芽生えていた僕は、まるで作戦を受けるみたいに頷いた。
足を忍ばせ、僕とジャッジは側の部屋に入るよう指示を受ける。その入り口は人ひとりがすり抜けられるくらいに扉が開けられていたところだ。
中に入れば誰もいない調理場で、隅々までピカピカに磨き上げられたステンレスで囲まれていた。
さすがお城の厨房だと感動していたら、すぐに近くで話し声が聞こえる。
「ただいま戻りました」
「おお、マーカス。遅かったな」
きっと隣の部屋にマーカスさんが入って話しているんだと思う。
調理場のカウンターからそっと覗いてみれば、パーティーでも開けそうな大部屋が繋がっている。
中央部にテーブルセットとそこに座る人の姿。そこへ向かう後ろ姿は、僕らを案内したマーカスさんだった。
ここは黙って話を聞いていろという指示なんだ。僕もジャッジも無言を貫き、物陰に身を潜めて隣の会話に耳を傾けることにした。
「ずいぶん手こずったんじゃ無いだろうな?」
「はい。申し訳ございません」
「……君の応用力を買っての頼み事だ。迅速に進めてもらわなければ誰に任せられると言う?」
「はい、王様。ご期待に添えますよう全力を尽くします」
マーカスさんは部屋に入るなり怒られたようだ。
それからすぐに「私のことは王様と呼ぶな」とも怒られている。
どんな仕事にもこういう上司はいるよなぁ。僕はまだ社会見学の雰囲気が抜けきっていなかった。
でも次の会話に入るまでだ。
王様が真面目な低い声で話し始める。
「話はアルゼレア殿から先に聞かせてもらった。やはりこの本はスティラン・トリスの研究論書で間違いない。解読者はベンジャミン・アイル・フィジャスト。忌まわしいアスタリカのスパイよ。そいつは牢屋にいるか?」
「いいえ。ヤツはまた姿をくらませました」
淡々と告げられるマーカスさんに対して、王様は悔しそうな唸り声を上げた。
「ですがこのメモを」
沈黙の間はきっとマーカスさんから王様にメモが渡っている。
「走り書きでよく分からないな」
「この研究論書の文字と合わせれば分かります……」
しばらくしてから王様の方から「そうか!」と、喜ぶ声が上がった。
どうやらメモというやつには、あの本の読み解き方が書かれているらしい。そういえば僕も、ベンジャミンさんと別れる前に紙を持たされた。
けれど、音の鳴らない範囲で身の回りを探しても見つからない。
どこかで落としたのかもしれないし、もしかしたら今王様に渡った物だった可能性もあるだろう。
本の解読が進められるなら、いよいよ生物兵器の何かが権力者の手に渡る。
このことで大変な事態が引き起こされるのか。戦争の経験もない一般人の僕では、あんまり想像も付かなくて耳を立てているだけだ。
「まあ良い。その本やメモは少女に返してやれ」
しかし王様は、本の文字が理解できて喜んだのは最初だけ。軽々手放してしまうらしかった。
「よろしいのですか?」
「ああ。良い良い。私が欲しているものは過去の文字じゃないのでね。アスタリカに居ないというなら他の場所に隠してあるのだろう。取り引きと言っても素直に応じる連中じゃないぞ。今すぐトリスを探し出して連れて来い」
「はい。承知いたしました。この少女はいかがしましょうか?」
ここにアルゼレアも同席していると知る。
それなら話し声が一切なくて心配したけど、睡眠薬で眠らされているだけで死んではいないと王様が話した。
「人質は上の部屋で寝かせておけ。それよりも取り引きは明日の朝だ。優先すべきはトリスの方だぞ」
「はい。お任せください。必ず探し出します」
話はここまでで終わる。
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