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I.不幸に見舞われた男の末路
伯爵からの訴え
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そろそろ三人がくたびれて、この話題が終われば良いのにと僕は願っていた。けど全然衰退していくどころか白熱している。
するとそんな中、僕は扉のところに医院長の姿を見付ける。
三人は気づいていないけど、医院長はこちらに手招きをして「ちょっと」と口を動かし伝えていた。
「でも先生って年上好きそうじゃない?」
「分かります! 君はダメねーとか叱られたいタイプ!」
「むふふ。先生もそういうのがお好きですか」
僕がお爺さんと同じ性癖だとは思われたくないな。
「ちょっと失礼」
話の場から離席して医院長のもとへ行く。
「ああ! 逃げた!」なんて後ろから聞こえていたけど、診察室を出ればすぐ近くに医院長はにこやかに立っていた。
「楽しい話をしていたところ、ごめんね」
「いいえ。全然です」
きっぱり断る僕に苦笑するだけで、医院長が呼んだのはそれについての話じゃないみたいだ。
「あの席では君に渡しにくかったから」
医院長が後ろ手から出して来たのは紙封筒だった。
「なんですか?」
宛名が僕であるか確認する前に、目立つ場所に押された裁判所の文字と刻印が目に入ってきた。
裁判所のマークなんて初めて見た。なのに何だか背筋をゾッと寒くさせる力があるみたいだ。
僕は封筒を手に持ったまま指先から石みたく固くなって、頭もぼんやりとしてくる。
「わざわざ職場に送ってくるなんて卑劣だね。もしも心当たりが無かったら、そう申し出することもできるけど」
「い、いえ……心当たりはあります」
恐る恐る中身を開けてみる。
書類は二枚。通告書と訴訟内容の説明用紙。
通告書は余白が多くて簡素な文字だけが並べてあった。
説明用紙は逆に文字がびっしりと綴られていて、さらっと目を通すだけだと何も内容が入って来なくて理解が難しい。
この二枚を医院長にも見てもらうと、第一声「あら」と言う。
「訴えたのはレーモンド家の伯爵かぁ……厄介そうだ」
医院長は裁判所からの書類にも動じずに、にこやかなままで構えられる器量の大きな人だった。
「きっと転職理由に関わっているんだね?」
「すみません。実はそうなんです」
面接ではその辺りを割と有耶無耶にして話していた。
「仕事に慣れた頃に、知人の紹介で伯爵の診察をしたんです。特に疾患は無かったんですけど、アルコールの依存症状が少し出ていたので、その都度を話すと逆鱗に触れてしまいました……」
それを聞くと医院長は「ああー……」と消えていく声を出す。
「よくあることだね」
「……はい」
お客相手の商売なら誰でも一度ぐらいは経験があるだろうと思う。良かれと思ったこと、もしくは通常営業の何でもない一言で、相手を不愉快にしてしまう。
もちろん故意に傷つけたわけじゃない。
だけど相手側がどう思うかなんだよな……。僕の方は怒りの感情というよりも、とにかく悲しい気持ちでいっぱいだ。
それを励ますために医院長が僕の背中をポンと叩く。
「まあ、ここは素直に話し合っておいた方が良いかな。ちゃんと休暇申請は受け取るからさ」
「ご迷惑お掛けします」
「いえいえ」
貴族なんてやっぱり関わらない方が正解だった。
若手の至りも経験だってあの時は思っていたけど、まさかこんな形でもう一度会うことになるなんて。
「はぁ……」
「まあまあ。裁判所も最近は効率重視さ。きっと思っているよりもすぐに終わるよ」
「そうですかね……」
全く救われずに僕は顔を上げる。すると医院長はいつも身につけているロケットペンダントを不意に開いていた。
別に盗み見しようと思ったわけじゃない。ただ自然に目が行って、ペンダントの中身に家族の写真が収められているのを知った。
なぜこのタイミングで家族写真を眺めるのか。その理由は医院長の胸の中にあるようだけど、僕としては絶対的な勘で目をパチクリさせている。
写真の奥さんと娘さんは幸せそうな顔で写っているけど、委員長の表情は決して明るいものじゃなかった。
でも人の人生を憂いている暇は無い。
「やっぱり弁護士とか雇わなくちゃいけないんですかね……」
「要らない要らない」
僕の嘆きとは裏腹に、あっけらかんとした陽気な声で言われている。
そういうものなんですかと聞けば「金の無駄だから」と理由がされた。こちらは手の平を振りながら。貰い物を遠慮するのと同じ動きだし、笑われもした。
「まあ気軽に。そんなに構えないでも大丈夫。君は若いんだし、仕事も恋愛もこれからさ」
「……看護師たちの話、聞いていたんですか?」
むっ!? と、医院長は口をつぐむ。
そして乾き気味の笑い声を小さく出した。手元のロケットはパチンと閉じられてしまう。
「私からアドバイスできるのは、そこまでかな~」
それをさよならに、笑顔を繕ったまま医院長はこの場を去って行った。
僕は自分の問題よりも、むしろ医院長の抱える問題の方が知りたくなってしまう。
するとそんな中、僕は扉のところに医院長の姿を見付ける。
三人は気づいていないけど、医院長はこちらに手招きをして「ちょっと」と口を動かし伝えていた。
「でも先生って年上好きそうじゃない?」
「分かります! 君はダメねーとか叱られたいタイプ!」
「むふふ。先生もそういうのがお好きですか」
僕がお爺さんと同じ性癖だとは思われたくないな。
「ちょっと失礼」
話の場から離席して医院長のもとへ行く。
「ああ! 逃げた!」なんて後ろから聞こえていたけど、診察室を出ればすぐ近くに医院長はにこやかに立っていた。
「楽しい話をしていたところ、ごめんね」
「いいえ。全然です」
きっぱり断る僕に苦笑するだけで、医院長が呼んだのはそれについての話じゃないみたいだ。
「あの席では君に渡しにくかったから」
医院長が後ろ手から出して来たのは紙封筒だった。
「なんですか?」
宛名が僕であるか確認する前に、目立つ場所に押された裁判所の文字と刻印が目に入ってきた。
裁判所のマークなんて初めて見た。なのに何だか背筋をゾッと寒くさせる力があるみたいだ。
僕は封筒を手に持ったまま指先から石みたく固くなって、頭もぼんやりとしてくる。
「わざわざ職場に送ってくるなんて卑劣だね。もしも心当たりが無かったら、そう申し出することもできるけど」
「い、いえ……心当たりはあります」
恐る恐る中身を開けてみる。
書類は二枚。通告書と訴訟内容の説明用紙。
通告書は余白が多くて簡素な文字だけが並べてあった。
説明用紙は逆に文字がびっしりと綴られていて、さらっと目を通すだけだと何も内容が入って来なくて理解が難しい。
この二枚を医院長にも見てもらうと、第一声「あら」と言う。
「訴えたのはレーモンド家の伯爵かぁ……厄介そうだ」
医院長は裁判所からの書類にも動じずに、にこやかなままで構えられる器量の大きな人だった。
「きっと転職理由に関わっているんだね?」
「すみません。実はそうなんです」
面接ではその辺りを割と有耶無耶にして話していた。
「仕事に慣れた頃に、知人の紹介で伯爵の診察をしたんです。特に疾患は無かったんですけど、アルコールの依存症状が少し出ていたので、その都度を話すと逆鱗に触れてしまいました……」
それを聞くと医院長は「ああー……」と消えていく声を出す。
「よくあることだね」
「……はい」
お客相手の商売なら誰でも一度ぐらいは経験があるだろうと思う。良かれと思ったこと、もしくは通常営業の何でもない一言で、相手を不愉快にしてしまう。
もちろん故意に傷つけたわけじゃない。
だけど相手側がどう思うかなんだよな……。僕の方は怒りの感情というよりも、とにかく悲しい気持ちでいっぱいだ。
それを励ますために医院長が僕の背中をポンと叩く。
「まあ、ここは素直に話し合っておいた方が良いかな。ちゃんと休暇申請は受け取るからさ」
「ご迷惑お掛けします」
「いえいえ」
貴族なんてやっぱり関わらない方が正解だった。
若手の至りも経験だってあの時は思っていたけど、まさかこんな形でもう一度会うことになるなんて。
「はぁ……」
「まあまあ。裁判所も最近は効率重視さ。きっと思っているよりもすぐに終わるよ」
「そうですかね……」
全く救われずに僕は顔を上げる。すると医院長はいつも身につけているロケットペンダントを不意に開いていた。
別に盗み見しようと思ったわけじゃない。ただ自然に目が行って、ペンダントの中身に家族の写真が収められているのを知った。
なぜこのタイミングで家族写真を眺めるのか。その理由は医院長の胸の中にあるようだけど、僕としては絶対的な勘で目をパチクリさせている。
写真の奥さんと娘さんは幸せそうな顔で写っているけど、委員長の表情は決して明るいものじゃなかった。
でも人の人生を憂いている暇は無い。
「やっぱり弁護士とか雇わなくちゃいけないんですかね……」
「要らない要らない」
僕の嘆きとは裏腹に、あっけらかんとした陽気な声で言われている。
そういうものなんですかと聞けば「金の無駄だから」と理由がされた。こちらは手の平を振りながら。貰い物を遠慮するのと同じ動きだし、笑われもした。
「まあ気軽に。そんなに構えないでも大丈夫。君は若いんだし、仕事も恋愛もこれからさ」
「……看護師たちの話、聞いていたんですか?」
むっ!? と、医院長は口をつぐむ。
そして乾き気味の笑い声を小さく出した。手元のロケットはパチンと閉じられてしまう。
「私からアドバイスできるのは、そこまでかな~」
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