クランクビスト‐終戦した隠居諸国王子が、軍事国家王の隠し子を娶る。愛と政治に奔走する物語です‐ 【長編・完結済み】

草壁なつ帆

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lll.クランクビスト

再び戻って来た祖国

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 朝日と共に人工物が見え始めてくる。テントで夜梅雨を凌いだのとは違う、屋根も壁もある頑丈そうな建物である。
「私は関所に連絡をしてきます」
 そう言ってカイセイの馬は別の方向へと駆けて行った。
 俺とエセルの馬はその逆の道を行く。不思議と祖国だと不法入国とも思わんものだ。よって堂々と民家の目の前を通り過ぎている。
「人が居ませんね」
 後ろに乗るエセルが周りを見ていた。
 太陽は真上頃だろうが曇天で夜のように暗い。
「まだ夜だと思って寝ているんだろう」
 それは適当に言ったもので、本当は俺とて民の無事を案じているのだ。
 湿った風にひゅるりと揺れる洗濯物は、今朝からの空模様では外に干そうなど思わないだろう。そう俺は考えている。
「バル様、広間に寄ってみませんか?」
「広間? 近道で城に行くつもりなんだが」
「皆さんがそこに集まっているかもしれません」
 近道では無いが広間は一応通り道でもある。とりあえず了解し、曲がるはずであった細道には行かずに太い道を真っ直ぐ進んだ。
 その中心部に差し掛かっても家々はしんと静まったままである。さすがに何かあるだろうと感じていた頃、広間が見えて、人々も現れ出した。
「馬が駆けて来るぞ!!」
 かなり遠目から俺のことに気づいたらしい。広間に居る大勢の人間が歓迎してくれるかのごとく集まっているのが見えた。
「お前の言った通りだ。みんな広場に避難しているらしい」
「本当ですか。よかった」
 走る馬では前が見えんエセルの為に伝えてやる。
 だが、それは近付くにつれて様子が違うと分かるものだ。
 集まった民らは横一列となって並び出している。それは何かバリケードをするかのような動きにしか見えん。
 それでも何だ何だと思いながら馬を近付けていたが、ある一定の距離で俺は急いで手綱を引き上げた。
 いななきと共に馬が転びそうになり、エセルは俺の腕を掴みながら地面に足を付けてしまった。
「すまん!」
「大丈夫です!」
 降りたのと同じ程の衝撃だったと言い、俺を置いて民の元へ駆け出していく。
「待て! エセル!」
 その者らは武器を持っている。言うより体が先に動く。
 手綱を地面に放って、エセルを引き止めるために絡まる足で走っていた。
「エセル!!」
 俺が国を出たうちに輸入されたのか、それとも自分でこさえたのか、弓矢を引く農民も見えていたのだ。
 その射的が直線距離にあるなら素人でも当たらないとは限らない。それにもしも追手があそこに扮していたとしたら。
 良からぬ予想が膨張する中、目の前のエセルが「きゃっ!」と、小さく悲鳴をあげた。
 その場で足を止めたから追いつけた。悲鳴の理由は前から矢で射抜かれたのでは無い。
 あと四歩先の地面に弓矢が刺さっている。それはどうやら横方向から飛ばされているようだ。どこかで見たことがあると思えばネザリアの矢であった。
 もちろん放った者は姿を表しはしないが、エセルを足止めしてくれたのだと信じて受け取った。
「……ありゃあ、バル様じゃないか?」
 こちらが足止めを食らっている時に、民の間で声がする。
 俺の名が口々に広まり、エセルの名も同じ速さで広がっていくようだ。
「バル様だ……!エセル様もいらっしゃるぞ!!」
 嬉しがって駆けて来そうになるのを俺から「待て!」と声を上げた。さすれば「本当だ!!」となり、人々が浜辺の波のように俺たちの元へと押し寄せる。

 そして波は俺とエセルを絡め取って再び広間へと引き戻った。
「バル様、エセル様。ああ、もう遠い昔のような気がします……」
「悪いが俺たちは急いでいるんだ。すぐに王妃の元へ行かねばならん」
 手やら顔やらペタペタと触られている場合では無いのだと、俺はこの場で暴れていた。
 威勢の良いオヤジも、この世とあの世を彷徨うような老婆も、子供も女性も、国土の全ての民がおさまる広場で再会を喜ばれる。
 それに対しては嬉しい気持ち以外の何でもない。国を統治する役割ではなくなっても、人間としてこの上ない幸福を頂けることに感謝だ。
 人の群れから逃れようともがいていると、俺はクワの取っ手で額を打つ。
 そのクワは女性の手で握られており、武器にしては使い古されてサビだらけである。
「みな、物騒なものを手に持ってどうした?」
 問えばガタイの良い男が目の前に登場した。飲み屋の主人である。
 彼は銀のジョッキを両手に持っていて、それをパンチグローブに見立てているのかカチンとふたつぶつけ合った。
「国のいち大事でしょう。みんなで守らないといけませんからねえ」
 私も、僕も。と、周りの者らも持っている物を掲げだす。
 農具や調理具まではまだ認められたとしても、魚屋の雑巾や馬の糞袋を掲げるのは少しやめた方が良い。
「そんな物では太刀打ち出来んぞ。相手は銃を使って来るのだからな」
 それがどれほど恐ろしい武器なのか今ここで延々語りたいが誠に惜しい。
「そんなもの大丈夫だぁ!」と言う男は、骨董品である牛骨の盾を重そうに構えている。そんな代物では持ち運んでいる間にやられてしまう。
 装備品はともかく国民の戦意はよく分かった。
「母上が出した方針なのか?」
 問えば人々は思い思いの顔をした。
 怒りや悲しみ煮え切らない様子であるが、良い顔をしている者は見受けられない。
「……勝手にしては良い団結が出来ているではないか」
 我ながらこの国民は素敵であると鼻が高い。
 俺はエセルを探して声をかける。
「お前はここに残れ。俺は城へ行く」
「分かりました!」
 長旅を共にした馬にはもう少し頑張ろうと肩を叩く。そこにまたがると答えるようにして馬が甲高く鳴いた。
 そうだ。国民にも告げておかねばならない。
「クランクビストは必ず勝利する。俺がお前らを手放したく無いからな」
 ニヤリと笑ってやると人々は雄叫びと共に拳を天高く上げた。
 その中で静かに頷くエセルも見えている。希望に満ちた瞳としっかり目が合った。
「今のうちに勝利の歌でも練習しておけ」
 俺の掛け声で最後に馬は駆けだす。
 国を出てから何の変わりも無い、質素で穏やかな暮らしのある街を颯爽と過ぎていく。
 その先は森だ。森の中に隠れるようにして我が家はあるのだ。遠目から全貌が見えるような堂々とした城とは違っている。

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