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lll.クランクビスト
貴婦人の正体
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山中の木々が開けてくれば小さな集落が現れた。
道中では頑なに行き先を教えなかったキースである。俺たちはその集落の中へ入って行くようだ。
接ぎ木で幾度も改装された粗末な家が立ち並ぶ。そこでは生活がされているらしい。軒に干した魚がまだ新鮮であるからそう見えた。
しかし人の姿はどこにも無い。冬ならまだしも、この季節には外仕事も盛んだというのに。
「地図ではカイロニアに入っているのか?」
「一応はそうですね。ほとんど無法地帯みたいなものですけど」
先導するキースが脇目も振らずに答えた。
俺は人頼りに道なき道を進んだので方向感覚が麻痺している。それに加えて、こんな質素な暮らしぶりが見られるような国はどこだろうと思ったのだった。
「なるほどな……」
カイロニアはでかい国であるから、そんなこともあるのかもしれん。
俺は「ふーん」と鼻を鳴らしている。
ここまで廃墟のようでは無いが、どこか俺の祖国での暮らしぶりと似ているような気がした。
メルチやベンブルク、セルジオなど、しばらく大きな街ばかりに居たもので、この場所は妙に居心地が良さそうだと本能が感じているのだ。
「こっちです」
あまり暇を食っていると先々行くキースに置いて行かれてしまう。時々俺は焦って追いかけたりする。
住居か農具小屋か区別も付きにくい建物をぐるぐる回ったのち、ようやくとある建物にたどり着いた。
それは特別立派というわけでも、特別廃れているというわけでもない。他と何ら変わらない接ぎ木だらけで虫のミノのような建物であった。
三段ほどの石の階段を降りれば、自由に茂った草だらけの庭になる。バラのアーチも枯れていた。そこをくぐって扉にたどり着く。
「……廃墟だぞ」
あまりの酷さに言うしかなかった。
その角度では民衆の廃墟かと思った。だが、奥にガラスの温室テラスの残骸を見つける。
しかしそれもフレームごと折れていて原型を留めていない。ガラスももちろん砕け散り、野風が吹き抜けていた。
「私の実家が何ですって?」
俺の背中にわざとぶつかってリトゥが扉に近づいていく。
鍵穴に鍵を差し込んでグリグリ回すと施錠が外れたようである。その鉄の錠ですら錆び付いていて殴っただけで取れそうだった。
リトゥが扉を開いた。
「お先にどうぞ」と、扉を押さえる役目を担って他の者から先に中へ入れていた。
キースもエセルもそそくさと入っていき、俺だけ残ると嫌味ったらしく言う。
「お外で待っていてもよろしくてよ?」
だが、拒まれているというわけでも無いらしいから、俺も中に入ることにした。
外観と同じで内部も酷いものだ。戸棚もベッドも激しく破損されている。
それもノコギリか何かで痛めつけたような傷も見受けられた。何か恨みでも買ってあるみたいだ……。
それよりも。
「おい。どういうことだ」
俺はキースを捕まえて問い詰める。ヤツはコソコソと懐中時計で何かはかり事を気にしているようであった。
油断した襟元を引っ張れば「うわぁっ」と声を出した。
「リトゥはネザリアの者だろう。実家というのは何のことだ?」
「え、ええ!?」
キースは驚いて口をパクパクしていた。
そこを通りかかった女性が口を挟む。
「それは嘘ですわ」
リトゥの落ち着いた声でピシャリと言われた。
「あのメルチの王子から聞いたのでしょう? ……シェード・リュンヒンから。だとしたら、私の素性をあなたからあざむけるためについた嘘よ」
プイッとそっぽを向かれて行ってしまう。彼女はそこらへんで拾った木片などを両手に持っていた。
彼女が明した事には理解が追いつかんまま、何をしようとしているのかと目では追いかけている。
その間、別行動していた兵士がキースの元に駆けつけていた。
「キース様。あちらはまだ戻られて居ないようです」
「そうですか。遅れていますね……とりあえずここで待ちましょう」
「では、我々は見張りの体制で待機します」
そのような会話がすぐ隣でされて、俺の方にも筒抜けで聞こえていた。
リトゥが視界から消えると、キースの元に訪れていた兵士ももう別の場所へすっ飛んで行ったようだ。
何だか知らんが皆、それぞれの事で忙しいみたいだ。
「エセルはどこに行った?」
彼女は別室に居て、俺が怪我をさせた者らの手当に当たっていた。金具ごと曲がった扉の奥で包帯を巻く姿が見える。
何が何やら。説明が必要だ。
「僕から話しますよ」
ポンと肩に手を置かれた。キースであった。
だがすぐに「すみません!」とその手を引っ込め、出過ぎた真似だったと詫びてきた。
ヤツが言うには俺は相当怖い顔をしていたらしかった。
先ほど俺が見ていた温室テラスだ。無論、ガラスの壁は倒壊しており、半分外に露出してある。
土の上に根付く者たちは、ここが外なのか内なのか区別が付かず、屋内にまで侵食する勢いで緑を生やしていた。
「ええっと、何から話したら良いか……」
「全部だ。全部」
「うーん……ですよね」
話をまとめるのはキースに任せるとして、俺はこの生命力の不思議を解き明かしてやると適当な場所でしゃがんでいた。
指より太い草の茎を掴んで引き上げようとしても、うんともしない。
「リトゥさんのことも話した方が良いですか?」
「全部だと言っただろ」
「す、すみません。じゃあ……」
準備に時間をかけていた。ようやく喋ってくれるらしい。
「実は、僕もリトゥさんのことはよく知らないんです」
「はあ!?」
呆れてヤツを睨んで見れば、両手を胸のところで震わすみたいに振った。それに「ち、違うんです!」と青い顔して必要以上に連呼した。
「彼女の生まれはカイロニアで、良い御家系のお嬢様なんです。……で、この家に住んでから一人でネザリアに渡ったみたいで。それで今に至ると言う訳です!」
語尾を切り上げて、話は以上であると示したようだった。
「よく知らないと言う割に詳しいではないか」
「は、はい。リトゥさんが話してくれる事だけは」
しかしこんな話だけでは足りないことはキースも分かっている。
キースは室内の方を横目でチラッと見た。人が通らないことを確認したのち声をひそめて告げた。
「僕の予想ですけど、彼女は今で言う貴族狩りを受けたのではないでしょうか」
「……」
俺はあえて周りの惨状を視界に入れずに、生命力のある茎と再び向き合うことにした。
人の不幸も知らずに根を張るコイツを引き抜こうしても、どうしたって抜ける気配すら無い。
「ネザリアではどんな暮らしをしていたのかは話したく無いとのことです。でも、自分はカイリュの弱みだとは言っていました。バル君はその意味、分かりますか?」
最速で「分からん」と答える。
キースも答えを持っているわけでは無かった。そのまま憶測の迷宮に入ってしまいそうになっている。
道中では頑なに行き先を教えなかったキースである。俺たちはその集落の中へ入って行くようだ。
接ぎ木で幾度も改装された粗末な家が立ち並ぶ。そこでは生活がされているらしい。軒に干した魚がまだ新鮮であるからそう見えた。
しかし人の姿はどこにも無い。冬ならまだしも、この季節には外仕事も盛んだというのに。
「地図ではカイロニアに入っているのか?」
「一応はそうですね。ほとんど無法地帯みたいなものですけど」
先導するキースが脇目も振らずに答えた。
俺は人頼りに道なき道を進んだので方向感覚が麻痺している。それに加えて、こんな質素な暮らしぶりが見られるような国はどこだろうと思ったのだった。
「なるほどな……」
カイロニアはでかい国であるから、そんなこともあるのかもしれん。
俺は「ふーん」と鼻を鳴らしている。
ここまで廃墟のようでは無いが、どこか俺の祖国での暮らしぶりと似ているような気がした。
メルチやベンブルク、セルジオなど、しばらく大きな街ばかりに居たもので、この場所は妙に居心地が良さそうだと本能が感じているのだ。
「こっちです」
あまり暇を食っていると先々行くキースに置いて行かれてしまう。時々俺は焦って追いかけたりする。
住居か農具小屋か区別も付きにくい建物をぐるぐる回ったのち、ようやくとある建物にたどり着いた。
それは特別立派というわけでも、特別廃れているというわけでもない。他と何ら変わらない接ぎ木だらけで虫のミノのような建物であった。
三段ほどの石の階段を降りれば、自由に茂った草だらけの庭になる。バラのアーチも枯れていた。そこをくぐって扉にたどり着く。
「……廃墟だぞ」
あまりの酷さに言うしかなかった。
その角度では民衆の廃墟かと思った。だが、奥にガラスの温室テラスの残骸を見つける。
しかしそれもフレームごと折れていて原型を留めていない。ガラスももちろん砕け散り、野風が吹き抜けていた。
「私の実家が何ですって?」
俺の背中にわざとぶつかってリトゥが扉に近づいていく。
鍵穴に鍵を差し込んでグリグリ回すと施錠が外れたようである。その鉄の錠ですら錆び付いていて殴っただけで取れそうだった。
リトゥが扉を開いた。
「お先にどうぞ」と、扉を押さえる役目を担って他の者から先に中へ入れていた。
キースもエセルもそそくさと入っていき、俺だけ残ると嫌味ったらしく言う。
「お外で待っていてもよろしくてよ?」
だが、拒まれているというわけでも無いらしいから、俺も中に入ることにした。
外観と同じで内部も酷いものだ。戸棚もベッドも激しく破損されている。
それもノコギリか何かで痛めつけたような傷も見受けられた。何か恨みでも買ってあるみたいだ……。
それよりも。
「おい。どういうことだ」
俺はキースを捕まえて問い詰める。ヤツはコソコソと懐中時計で何かはかり事を気にしているようであった。
油断した襟元を引っ張れば「うわぁっ」と声を出した。
「リトゥはネザリアの者だろう。実家というのは何のことだ?」
「え、ええ!?」
キースは驚いて口をパクパクしていた。
そこを通りかかった女性が口を挟む。
「それは嘘ですわ」
リトゥの落ち着いた声でピシャリと言われた。
「あのメルチの王子から聞いたのでしょう? ……シェード・リュンヒンから。だとしたら、私の素性をあなたからあざむけるためについた嘘よ」
プイッとそっぽを向かれて行ってしまう。彼女はそこらへんで拾った木片などを両手に持っていた。
彼女が明した事には理解が追いつかんまま、何をしようとしているのかと目では追いかけている。
その間、別行動していた兵士がキースの元に駆けつけていた。
「キース様。あちらはまだ戻られて居ないようです」
「そうですか。遅れていますね……とりあえずここで待ちましょう」
「では、我々は見張りの体制で待機します」
そのような会話がすぐ隣でされて、俺の方にも筒抜けで聞こえていた。
リトゥが視界から消えると、キースの元に訪れていた兵士ももう別の場所へすっ飛んで行ったようだ。
何だか知らんが皆、それぞれの事で忙しいみたいだ。
「エセルはどこに行った?」
彼女は別室に居て、俺が怪我をさせた者らの手当に当たっていた。金具ごと曲がった扉の奥で包帯を巻く姿が見える。
何が何やら。説明が必要だ。
「僕から話しますよ」
ポンと肩に手を置かれた。キースであった。
だがすぐに「すみません!」とその手を引っ込め、出過ぎた真似だったと詫びてきた。
ヤツが言うには俺は相当怖い顔をしていたらしかった。
先ほど俺が見ていた温室テラスだ。無論、ガラスの壁は倒壊しており、半分外に露出してある。
土の上に根付く者たちは、ここが外なのか内なのか区別が付かず、屋内にまで侵食する勢いで緑を生やしていた。
「ええっと、何から話したら良いか……」
「全部だ。全部」
「うーん……ですよね」
話をまとめるのはキースに任せるとして、俺はこの生命力の不思議を解き明かしてやると適当な場所でしゃがんでいた。
指より太い草の茎を掴んで引き上げようとしても、うんともしない。
「リトゥさんのことも話した方が良いですか?」
「全部だと言っただろ」
「す、すみません。じゃあ……」
準備に時間をかけていた。ようやく喋ってくれるらしい。
「実は、僕もリトゥさんのことはよく知らないんです」
「はあ!?」
呆れてヤツを睨んで見れば、両手を胸のところで震わすみたいに振った。それに「ち、違うんです!」と青い顔して必要以上に連呼した。
「彼女の生まれはカイロニアで、良い御家系のお嬢様なんです。……で、この家に住んでから一人でネザリアに渡ったみたいで。それで今に至ると言う訳です!」
語尾を切り上げて、話は以上であると示したようだった。
「よく知らないと言う割に詳しいではないか」
「は、はい。リトゥさんが話してくれる事だけは」
しかしこんな話だけでは足りないことはキースも分かっている。
キースは室内の方を横目でチラッと見た。人が通らないことを確認したのち声をひそめて告げた。
「僕の予想ですけど、彼女は今で言う貴族狩りを受けたのではないでしょうか」
「……」
俺はあえて周りの惨状を視界に入れずに、生命力のある茎と再び向き合うことにした。
人の不幸も知らずに根を張るコイツを引き抜こうしても、どうしたって抜ける気配すら無い。
「ネザリアではどんな暮らしをしていたのかは話したく無いとのことです。でも、自分はカイリュの弱みだとは言っていました。バル君はその意味、分かりますか?」
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