クランクビスト‐終戦した隠居諸国王子が、軍事国家王の隠し子を娶る。愛と政治に奔走する物語です‐ 【長編・完結済み】

草壁なつ帆

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lll.エシュ神都、パニエラ王国

パニエラの王‐不穏な助言‐

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 太い道が柵を越えても続き、パニエラ市街へと入る。
 入って間もなくはエシュと変わらない新しい街の景色であった。だが、だんだんと奥に進むにつれて暮らしの規模は縮小されていくようだ。
 青果店という店からテントのマーケットへ変わり、鉄のマンションから石灰石のアパートになった。
 聖堂もあるがエシュ教のシンボルは掲げていない。また別の模様を付けた旗に成り代わっている。
「リョヤン王にはすぐに会えます。良かったですね」
 二台に別れて乗る車には俺とシルヴァーが乗り合わせていた。
 ようやく窮屈で無くなると「ありがとうございます」と落ち着いて礼も言えるものだ。
「ところで先ほどの話です。少しだけ続きを言ってもよろしいですか?」
「続きとは?」
 聞けば、エシュからの言葉だと告げてルイスに制されたアレだそうだ。
 神の言葉というのは思いの外、人への影響力があるのだと身を持って知った。本当は勘弁してほしいと言いたかったが、色々手続きをしてくれているので断れなかった。
「ありがとうございます。実は、貴方のことをエシュは大変興味深く見ておられたのですよ」
 ふふふ、と微笑みながら言われた。
 シルヴァーはエシュの代弁者だ。だが俺には、彼自身がよろこんでいるように見えて不思議でたまらない。
 それを安易に聞いてしまっていいのか分からず、俺も愛想笑いで誤魔化している。
「貴方はエシュに選ばれたのですよ」
「……はい?」
 ところがやっぱり初手でもう愛想笑いは消え失せた。
「エシュは貴方の全てをご覧になっておりました」
「全て……?」
「ええ。過去から、未来まで。全てです」
 さっそく胡散臭いな。
 俺はできるだけ気丈に振る舞いつつ、曖昧な返事ばかりでやり過ごしている。
 常に朗らかに物を言うシルヴァーであった。だが次の言葉に移る前には少し表情をこわばらせた。
「これから貴方は失うことになりますよ。それも一度に沢山のものを。これまで貴方が与えてきた全てが災いになるとエシュは悲観しておいでです」
 翌朝に隕石でも降ると言うのか。と、彼が相手でなければ貶しただろう。
 その念を俺の表情から読み取ったのかもしれない。それとも、そんなことまでエシュという神は知っていると言うのか。
「冗談だと思いますか?」
 シルヴァーは細い目のままで俺の顔を覗いてきたのだ。
 咄嗟に目を背けてしまったことは答えでは無く、正直に「そうですね」と俺は返事した。
 シルヴァーは少し鼻で笑ってから、また朗らかな表情に戻る。
「多くのものを望み過ぎると人は離れていきます。貴方が信念さえ貫いていれば、救いの手が向くかもしれません」
 神の言葉というよりシルヴァーからのアドバイスのようにも聞こえる。
 多くのものと聞いて、テダムがリュンヒンのことで話していた言葉を思い出していた。「リュンヒンには守りたいものが多過ぎた」その言葉だ。
 多過ぎたせいで命が途絶えたとまでは直結しなくても、俺もそのうちあいつの二の舞になるぞとシルヴァーは忠告しているのかもしれない。
「パニエラ王国の城壁が見えて来ましたね」
 視線が切られて前方へ移っている。
 そこには最も小さな城が見えていた。
 メルチの迎賓館の方がもっと立派だと思える建物だ。
 パニエラ城に着くと、車はシルヴァーが指示する場所にて停められた。

 車を降りるなりパニエラの使用人が待ち構えている。
「ヨウコソ、イラッシャイマシタ」と変な抑揚で言われてたじろいでしまう。
 するとシルヴァーが一歩前に出てその使用人と話をしたようだ。それが例の外国語でありシルヴァーは達者であった。
「会談の準備は整っているみたいです。直接会議室へ向かいましょう」
 まったく怖いくらいに段取りが上手くいっている。
 シルヴァーを先頭に俺たちはパニエラ城へと足を踏み入れた。
 謎にレモンのような香りのする廊下を歩きながら、俺は「なあ」と横につくルイスに声をかけている。
「怪しくないのか?」
 違和感を感じればすぐに声を上げられるルイスが、こうして黙って従っているので問うたのだ。
「このまま丸ごと幽閉されるかもしれんぞ」
 シルヴァーはエセルと会話が弾んでいるためこちらの声は気付いていない。
 ルイスは無表情で何を考えているのか分からんが、ちゃんと答えてくれた。
「心配ありません。手配はしっかりとされているようですので」
「……それが信用できるのかと聞いたんだが」
 項垂れる俺のことをルイスがチラと横目で見た気がする。
 十歩ほど無言で歩いてから、ぶつくさ言うようにルイスが口を動かした。
「食事で時間を取らせないように会議室には何か軽食を用意して欲しい、と。そう使用人には申し付けていました」
「ん?」
 石の床を歩く靴音がまばらに鳴らされている。
 音に紛れていても、ルイスが話すのはちゃんと聞こえた。だがそれなら内容が少しおかしい。
「お前、他国の言葉を扱えるのか」
「いいえ。少し本を読んだだけです」
 それを言うとルイスは若干早足になった。まさか俺のことを置いていこうなどとはしないはずである。それなら職務放棄だろう。
 俺は何故かヤツの歩幅に合わせて歩くことになり、一行はある扉の前で立ち止まった。
 ノックまでシルヴァーが行ってしまう。
 俺の出る幕も無いまま扉が開けば、テーブルの上に山盛りの果物とパンが目に入る。そしてその奥の窓際にリョヤン王が振り返っていた。

「シルヴァー! オ元気デスカ!?」
 異国の若王は元気であった。眩しい笑顔で笑いながら両手を広げ、目の前でシルヴァーとの抱擁を見せつけられている。
 シルヴァーも何か言えば良いのに「こらこら」と照れて笑うだけであった。まんざら嫌というわけでも無いんだな。
「メルチ王国のバル殿です」
 紹介されて改めて俺は握手をする。
 九カ国首脳会議ではひとつも言葉を交わさなかったので、ほとんど初対面である。だがリョヤンの方は、もう家族にでもなったかのように俺まで抱きしめた。
「オ元気デスカ!!」
 勢いの割には案外緩められた腕だ。それはそれで男同士なら、えも言えぬ感覚になる。
「すみません。距離が近いんです。小犬みたいでしょう?」
 苦笑しながらシルヴァーが言っていた。
 俺は本当の子犬のような男をすでに体験済みであるので、それとはちょっと違うだろうか、と馬鹿なことをひとり考えていた。
「さあ。早速ですけどアレを見せてあげてください」
「アレ?」
 リョヤンに対してシルヴァーが言うのだ。俺は首を傾げている。
 言われたリョヤンには「アレ」というのが分かっているらしい。困り顔になりペラペラと異国の言葉を早口に告げてから、胸ポケットに手を突っ込む。
 シルヴァーだけがその呪文のような言葉に笑わされたようだった。たぶんちょっとしたジョークでも喋ったのだろう。
「きっと失望すると思いますよ」
 朗らかな表情では話さない言葉をシルヴァーは言う。
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