クランクビスト‐終戦した隠居諸国王子が、軍事国家王の隠し子を娶る。愛と政治に奔走する物語です‐ 【長編・完結済み】

草壁なつ帆

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lll.エシュ神都、パニエラ王国

エシュの言葉です

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「どうぞお入りください」
 二度目に聞くこの言葉である。しかしそれは明らかに昨日とは違う重みのある景色で告げられている。
 長辺が無茶苦茶な扉を前にしていた。縦に大人を二人積んでも頭を擦らんほど高い扉だ。
 これが古代人の遺跡であるというのが本当ならば、古代人の身長は今の俺の二倍あったのか。早速驚かされることになっていた。
 地面の岩を削るようにしてその扉は開かれる。もちろんとんでもなく重いのでエシュの者が四人がかりで扉を押し開けた。
 その先は王室だと聞いていた。
 しかし先に目が行くのは王座よりもデカくて立派なオブジェの方だ。
「おお……」
「わあ……」
「……」
 それぞれが声にならん声を上げていた。
 後ろに続く兵士も利口で声は出さんが、目はそのオブジェに釘付けである。
 吹き抜けの天井から吊るされた巨大なガラス瓶のようなものだ。俺も周りと同じで口を開けたまま見上げている。
「古代人の創造物です。当時は時計のような役割を果たしていたと言われていますけど、実際はどうだか分かりませんね」
 適当に頷きながら解説を聞いていた。だが話をする人物を見てみれば、俺だけは「あっ」と声が出る。
「中に砂のようなものが見えるでしょう。砂時計を模していておよそ三分ごとに砂が運ばれます。ですがこれは失敗作であると現在の研究では言われていますよ」
 解説者はふっふっふと鼻で笑った。
 俺に正体を気付かれていると知ってからも、この者はずっとオブジェを俺たちに紹介した。
 やっと自身が名乗る気になったのは、幾つかの質問に応じた後である。
「シルヴァーです。昨夜は会えずにすみません」
 初対面の時と同じ、白髪の頭と痩せた頬の印象は変わらない。
 だが、思いのほか物腰の柔らかそうな人物だ。ルイスに対してもニコリと笑顔を向けている。
 九カ国首脳会談ではあまり喋らない人物だと思っていた。実際あまり出しゃばる事が無かったので余計そうに思っていたのだ。
「お嬢さんは歴史がお好きなんですね?」
「はい。あまり詳しくは無いんですけど……ロマンを感じます!」
「そうですか、そうですか」
 嬉しそうにまたシルヴァーは笑っている。
 俺が簡素な手紙から受け取っていたイメージもここで撤廃された。
「では本をお貸ししましょうか。ここには古い文献がたんまりあるんです」
「本当ですか!」
「おい、待て」
 俺が急に制したことでシルヴァーとエセルが足を止める。
 シルヴァーの目を気にした俺は「待ってください」と後出しだが言葉を変えておいた。
「盛り上がっているところ申し訳ないのですが……」
 おずおずとするとシルヴァーがエセルを連れて戻って来てくれる。ついそこに見えている本棚の方へ行ってしまうところであった。
「そうでしたね。時間が無いんでした」
 早速始めましょうとシルヴァーは俺たちを席に案内する。
 王座とオブジェが構える大空間の隅に、真っ白なクロスを敷いたテーブルセットが備えてあった。
 茶が運ばれてくるまでは、どうしてもあの巨大な砂時計をまた見つめてしまう。
「またゆっくり観光に来てくださいな」
「はい。そうさせて頂きます。この創造物は素晴らしい」
 お世辞抜きでそう思う。
 運ばれてきた茶をすすりながら眺めるとまた一興。窓の光がガラスに透過して床に虹を作っているのまで見事である。
「我が国の誇りのひとつです」
 少し照れくさそうにシルヴァーは言うのであった。

 誓約書類を提示する。手紙のやりとりをしながら同時進行で用意していたものだ。
 シルヴァーは銀縁の眼鏡を掛けてから、よくよく読んでくれたようだ。
 最後のページまで行くと、きちんと表を向けて真正面に置いてから、微小な傾きまで正していた。
「お時間が無いようなので単刀直入に」
 銀縁の眼鏡が外される。端の方に置いて、これも傾きをそっと正した。
「我が国とパニエラ王国とを統合することは出来ません。さらに言えば、我が国がメルチ王国と軍事的な繋がりを持つのも合意しかねます」
 鋭い眼光がキラリと光った。
 こちらは奈落に落ちるほど落胆するが、外面は冷静を装って「そうですか」と言う。
「あまり落ち込まないで下さいね」
 完璧な俺の何を受け取ってかシルヴァーは気を遣ってきた。
「……いえ。パニエラ王国との統合はさて置いても、そちらの国とはどうしても協力関係を築いて行きたいのです。是非お話し合いを」
 俺からは少し頭を下げている。
 シルヴァーの方からは小さなため息のような音がした。
「我がエシュ王国は、どこの国とも協力関係を持たないと断言しております」
「承知です。お手紙でもその事は読みました。しかしどうしてもお力をお借りしたい境地にあるのです。メルチ王国には時間がありません」
 下げた頭はさらに深くなる。隣のエセルも一緒に下げてくれていたようだ。
 ここで頼み込む以外で救いの道はほとんど無い。
 パニエラに渡ったとしても、おそらく手遅れだろうと俺は踏んでいた。
 希望をかけるなら今の方がまだ現実的だった。
「……それは、この国の制度を変えてまで守るべきものなんですか?」
 その質問に一瞬顔を上げそうになったが、まだ頭を下げたままで続きを聞く。
 シルヴァーは「エシュの言葉です」と言った。神の言葉をここで伝えるというので息を呑む。
「情けにより突き動かされる貴方の、本当に守りたいものは国ですか? 国を失ってしまえば貴方の身は滅びてしまうのですか?」
 神などは信じていない俺だ。だが、頭の中ではどうだろうかと答えを探し始めている。
「誘導です。そのような発言はお控え下さい」
 頭を下げていないルイスである。
「貴方も迷う気持ちを絶って」
「お控え下さい」
 淡々とした物言いで即座に遮ると、シルヴァーは神の言葉を仕舞ったようだ。
 ルイスの指示で顔を上げるようにと叱られた。話し合いの場は対等でなければならないのだ。冷静さを欠いていたことをルイスには詫びることになる。
 全員の表情がテーブルの上に並ぶが「困りましたね……」と言いながら、シルヴァーだけは苦笑していた。
 王室の一角で砂の流れる音が響く。
 一時間分くらいの砂が一気に流れ落ちる仕組みである。それは壮大な量であるから、なかなか洪水に近い轟音が聞こえてきた。
 古代の物が起動したとなると、いくら感動した代物でもガラスが割れてしまうのではないかとヒヤヒヤする。
「パニエラ王国に向かう予定ですね?」
 シルヴァーの声でまたテーブルの方に注意を戻した。
「はい。この後すぐに参るつもりです」
「では私も一緒に行きますよ。その方が話も早いでしょう」
 砂時計はまた、三分ごとに砂を溜め込み始めている。
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