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lll.エシュ神都、パニエラ王国
神都へ急ぐ
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「先に用件を話せ」
執務室に向かう廊下でジギルスに告げる。
「クランクビストがベンブルクに宣戦布告を提示したと連絡が入りました」
「やはりそれか。俺も人伝いにさっき耳にしたところだ」
早歩きをしながらジギルスは低い声を出して驚いていたが、それを今ここで尋ねるのは違うと正しい判断が出来る。
「それとエシュからお返事が」
白い手紙を俺に手渡した。
さすがに歩きながら文字を読むのは少し無理である。
執務室に入って腰を下ろしてから封を開ける。
「……やっと会う気になってくれたか」
それだけで肩の荷が降りる気持ちであった。実際机の上に突っ伏して肺の中の空気を思う存分吐き出している。
そして吸うのと同時にまた別の事で肩に力を入れた。体を起き上がらせてジギルスに問う。
「城でルイスを見たか? 居たらここへ連れて来て欲しい」
しかしそう言った側から「私ならここに」とルイスは廊下の方から現れる。
一体どんな魔法で飛んできたのか。気になるが遊んでいる時間も今は惜しい。
「俺に話したいことがあると言っていたな。この事か?」
「はい。情報開示無しの会談がベンブルクにて行われました。アレン殿とレッセル様の話し合いです」
そう淡々と告げられればジギルスの鼻息は荒くなる。
俺も気持ちは同じだ。ベンブルクを捨てて来たと散々告げたルイスが、開示しないベンブルクの情報を持っていると言うことは聞き捨てならんことだ。
だが、ここはぐっと奥歯を噛み締めて、手元の手紙に目を落とす。
「開戦はいつだ」
「今日を含んで四日後です」
「四日……」
頭の中の地図に馬を走らせている。
今からメルチを出国すればエシュには明日に着きそうだ。その翌日にパニエラへ行くことが出来たとしても、四日以内には行って返って来れないだろう。
「……ジギルス」
「はい」
「すぐにクランクビストへ行き、メルチから援護部隊を出すことを伝えてくれ」
ジギルスは足を揃えて敬礼をする。
「御意。行って参ります」
ルイスの横をすり抜けて行った。
残るのは俺とルイスであるが、どう動くべきか……。頭の中で色々コマを動かしてみるが、やはりこのコマだけは野放しには出来ん。
「俺は今からエシュへ向かう。お前もついて来い」
「かしこまりました」
「待ってください!」
その声が聴こえることで頭の中の地図が煙のように消えてしまう。
目の前には息を切らせたエセルが現れていた。
「私も行きます。エシュに同行します」
アルバートに任せたはずであるのに、あの後俺を追いかけて来たらしい。少し遅れてアルバートもヘロヘロになった状態でやって来た。
だがエセルは、俺に文句を言わせる隙も与えないと「お願いします!」と頼み込んでくるのだ。
「無理だ。馬車では絶対に間に合わん」
「馬に乗ります。お願いします!」
ちょうどその時、俺を急かすかのように時計が鐘を鳴らせている。
ただ単に真上に長針が行っただけであるが、何かのゴーサインなのかと捉えざるおえないタイミングだ。
「……分かった。だがアルバートは城に残れ」
エセルはパッと顔を明るくし、すぐに支度をすると執務室から急いで出て行った。
ルイスには馬の準備をするよう言いつける。
廊下で這いつくばっていた男は、二人の人物が一度に出ていく様にようやく慌ただしさを感じたようだ。
何が何だとキョロキョロしているところへ俺はしゃがみ込んだ。
「勉強したのは無意味だったな」
キョトンとした顔にニヤリと笑ってやり、立つと同時にアルバートの袖を持って引き上げた。
「お前は今から指揮官だ」
「……へっ?」
そのままズルズルと引きずりながら廊下を急ぎ足で行った。
なおアルバートに拒否権は与えない。俺が不在の間、この国の運命は全て彼に委ねられることになる。
衛兵を加えた七名ほどで一行はメルチを出発する。
ここへ戻った頃にはこの地が別の国になっていてもおかしくは無い。だが立ち止まって別れを惜しんでいる時間も無い。
一晩越え、翌日の陽のあるうちにエシュへと滑り込みたく、とにかく馬を走らせた。馬が疲れれば近くの馬屋に駆け込んで乗り換えるまでした。
そんな無茶な走行を続けていると、まだ午後と呼べるうちに最後の関所が見えてきた。
「ちょ、ちょ、ちょっと! 止まってください!!」
鉄柵ごと飛び込んでいきそうな馬がいななきと共にその場に止まった。
関所の兵士も鉄の心臓を持っている。暴れ馬を止めるため馬の前に立ちはだかるとは命知らずだ。
皆、馬から降りると全員が全員尻をさすっていた。「嘘だろ!?」など言う兵士に何があったのか尋ねてみれば、尻の部分の衣服が薄くなり破れていたのだそうだ。
それはエセルが何とかしてくれると口約束をしてくれていた。彼女を連れてきておいてよかった、と俺は無理矢理思うことにした。
「シルヴァー殿と御目通り願いたい」
告げてから関所の兵士に手紙を手渡す。最後に受け取ったシルヴァーからの手紙である。
兵士はその内容に目を通すのと、同封されていた通行証明証を確認した。
その目つきがあまりにも難しいもので、こちらは唾を飲み込んで見守っている。
「手続きをします。少しお待ちください」
兵士がその場から離れるとホッと胸を撫で下ろす。
「よかったですね」
側にいたルイスが言った。俺は素直に頷き、額の汗を拭った。
こんなに走ってから「通行証明証が偽物の可能性も」と、俺が言ったのではなく、ルイスが口にしたのを間に受けて心配した。
安心したら途端に夏の暑さを肌に感じている。
見れば全員蒸された芋のごとくその場に転がっていた。
「大丈夫か?」
男共はともかく華奢なエセルぐらいは声をかけておこうと思う。いくら遠慮するエセルであっても、この炎天下ではさすがに影の中に入っていた。
「私は大丈夫です。でも皆さんはちょっとお疲れですね」
エセルも蒸し芋らを眺めている。
見られていることも知らずにだらしない兵士達だ。
「レイヴン・バル様」
フルネームで呼ばれて振り返る。先ほど手続きをしに離れた兵士とは違う者が俺のところへやって来た。
「私が神殿へご案内いたします。閉門間近ですので早速よろしいでしょうか?」
律儀に告げるのは、こちらの兵士らをチラッと見られてからだ。
準備の具合を尋ねる代わりに俺が周囲に「おい」と声をかければ、地面に背中を付けていた者らが飛び上がった。
まるで何事も無かったかのように馬具の点検など始めている。
「問題無い。すぐに向かおう」
エシュ王国、別の名エシュ神都へ入る鉄の柵が開かれていく。
執務室に向かう廊下でジギルスに告げる。
「クランクビストがベンブルクに宣戦布告を提示したと連絡が入りました」
「やはりそれか。俺も人伝いにさっき耳にしたところだ」
早歩きをしながらジギルスは低い声を出して驚いていたが、それを今ここで尋ねるのは違うと正しい判断が出来る。
「それとエシュからお返事が」
白い手紙を俺に手渡した。
さすがに歩きながら文字を読むのは少し無理である。
執務室に入って腰を下ろしてから封を開ける。
「……やっと会う気になってくれたか」
それだけで肩の荷が降りる気持ちであった。実際机の上に突っ伏して肺の中の空気を思う存分吐き出している。
そして吸うのと同時にまた別の事で肩に力を入れた。体を起き上がらせてジギルスに問う。
「城でルイスを見たか? 居たらここへ連れて来て欲しい」
しかしそう言った側から「私ならここに」とルイスは廊下の方から現れる。
一体どんな魔法で飛んできたのか。気になるが遊んでいる時間も今は惜しい。
「俺に話したいことがあると言っていたな。この事か?」
「はい。情報開示無しの会談がベンブルクにて行われました。アレン殿とレッセル様の話し合いです」
そう淡々と告げられればジギルスの鼻息は荒くなる。
俺も気持ちは同じだ。ベンブルクを捨てて来たと散々告げたルイスが、開示しないベンブルクの情報を持っていると言うことは聞き捨てならんことだ。
だが、ここはぐっと奥歯を噛み締めて、手元の手紙に目を落とす。
「開戦はいつだ」
「今日を含んで四日後です」
「四日……」
頭の中の地図に馬を走らせている。
今からメルチを出国すればエシュには明日に着きそうだ。その翌日にパニエラへ行くことが出来たとしても、四日以内には行って返って来れないだろう。
「……ジギルス」
「はい」
「すぐにクランクビストへ行き、メルチから援護部隊を出すことを伝えてくれ」
ジギルスは足を揃えて敬礼をする。
「御意。行って参ります」
ルイスの横をすり抜けて行った。
残るのは俺とルイスであるが、どう動くべきか……。頭の中で色々コマを動かしてみるが、やはりこのコマだけは野放しには出来ん。
「俺は今からエシュへ向かう。お前もついて来い」
「かしこまりました」
「待ってください!」
その声が聴こえることで頭の中の地図が煙のように消えてしまう。
目の前には息を切らせたエセルが現れていた。
「私も行きます。エシュに同行します」
アルバートに任せたはずであるのに、あの後俺を追いかけて来たらしい。少し遅れてアルバートもヘロヘロになった状態でやって来た。
だがエセルは、俺に文句を言わせる隙も与えないと「お願いします!」と頼み込んでくるのだ。
「無理だ。馬車では絶対に間に合わん」
「馬に乗ります。お願いします!」
ちょうどその時、俺を急かすかのように時計が鐘を鳴らせている。
ただ単に真上に長針が行っただけであるが、何かのゴーサインなのかと捉えざるおえないタイミングだ。
「……分かった。だがアルバートは城に残れ」
エセルはパッと顔を明るくし、すぐに支度をすると執務室から急いで出て行った。
ルイスには馬の準備をするよう言いつける。
廊下で這いつくばっていた男は、二人の人物が一度に出ていく様にようやく慌ただしさを感じたようだ。
何が何だとキョロキョロしているところへ俺はしゃがみ込んだ。
「勉強したのは無意味だったな」
キョトンとした顔にニヤリと笑ってやり、立つと同時にアルバートの袖を持って引き上げた。
「お前は今から指揮官だ」
「……へっ?」
そのままズルズルと引きずりながら廊下を急ぎ足で行った。
なおアルバートに拒否権は与えない。俺が不在の間、この国の運命は全て彼に委ねられることになる。
衛兵を加えた七名ほどで一行はメルチを出発する。
ここへ戻った頃にはこの地が別の国になっていてもおかしくは無い。だが立ち止まって別れを惜しんでいる時間も無い。
一晩越え、翌日の陽のあるうちにエシュへと滑り込みたく、とにかく馬を走らせた。馬が疲れれば近くの馬屋に駆け込んで乗り換えるまでした。
そんな無茶な走行を続けていると、まだ午後と呼べるうちに最後の関所が見えてきた。
「ちょ、ちょ、ちょっと! 止まってください!!」
鉄柵ごと飛び込んでいきそうな馬がいななきと共にその場に止まった。
関所の兵士も鉄の心臓を持っている。暴れ馬を止めるため馬の前に立ちはだかるとは命知らずだ。
皆、馬から降りると全員が全員尻をさすっていた。「嘘だろ!?」など言う兵士に何があったのか尋ねてみれば、尻の部分の衣服が薄くなり破れていたのだそうだ。
それはエセルが何とかしてくれると口約束をしてくれていた。彼女を連れてきておいてよかった、と俺は無理矢理思うことにした。
「シルヴァー殿と御目通り願いたい」
告げてから関所の兵士に手紙を手渡す。最後に受け取ったシルヴァーからの手紙である。
兵士はその内容に目を通すのと、同封されていた通行証明証を確認した。
その目つきがあまりにも難しいもので、こちらは唾を飲み込んで見守っている。
「手続きをします。少しお待ちください」
兵士がその場から離れるとホッと胸を撫で下ろす。
「よかったですね」
側にいたルイスが言った。俺は素直に頷き、額の汗を拭った。
こんなに走ってから「通行証明証が偽物の可能性も」と、俺が言ったのではなく、ルイスが口にしたのを間に受けて心配した。
安心したら途端に夏の暑さを肌に感じている。
見れば全員蒸された芋のごとくその場に転がっていた。
「大丈夫か?」
男共はともかく華奢なエセルぐらいは声をかけておこうと思う。いくら遠慮するエセルであっても、この炎天下ではさすがに影の中に入っていた。
「私は大丈夫です。でも皆さんはちょっとお疲れですね」
エセルも蒸し芋らを眺めている。
見られていることも知らずにだらしない兵士達だ。
「レイヴン・バル様」
フルネームで呼ばれて振り返る。先ほど手続きをしに離れた兵士とは違う者が俺のところへやって来た。
「私が神殿へご案内いたします。閉門間近ですので早速よろしいでしょうか?」
律儀に告げるのは、こちらの兵士らをチラッと見られてからだ。
準備の具合を尋ねる代わりに俺が周囲に「おい」と声をかければ、地面に背中を付けていた者らが飛び上がった。
まるで何事も無かったかのように馬具の点検など始めている。
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