クランクビスト‐終戦した隠居諸国王子が、軍事国家王の隠し子を娶る。愛と政治に奔走する物語です‐ 【長編・完結済み】

草壁なつ帆

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lll.エシュ神都、パニエラ王国

今後の作戦

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 狭い会議室にて数人の主要兵士と肩を並べていた。
 ひとつの机の上に地図や新聞などを並べて、ああだこうだと戦法を言い合う。いわゆる極秘に作戦会議が行われているのである。
 赤旗を掲げるピンは、ここメルチ王国とエレンガバラが指揮するロンド小国。
 青旗を掲げるピンは、ベンブルク王国とカイロニア王国。
 奇しくもそれ以外の地には何も置くことが出来ない。先日交渉決裂したニューリアン王国、セルジオ王国にもだ。
「その二国については追々また訪れることにする。だが今は急ぐ必要がある」
 俺は端に置いてある記事に目を向けた。今しがた届いた朝刊である。
 カイロニアがネザリアと交渉会議を行ったという様子がデカデカと書かれていた。結果は実らなかったらしいが放置しておけん問題だ。
「まさかテダム様が敵国に寝返ることは……」
「有り得んことだ」
 不安を煽られる兵士に淡々と告げる俺であるが、それはここで兵士をなだめる為の言葉に過ぎん。
 俺とテダムは兄弟で無い上にエセルのことがある。今日にもメルチとネザリアは無関係であると公言されれば敵対する可能性も大いにあるのだ。
 ふと、ロンドでの去り際に俺を睨んだかのようだったテダムの目が呼び起こされる。
 ……反感を買ってしまったか。
 一瞬沈みかけていた心を奮い立たせて意識を新聞のほうに戻した。難しい顔をさせている兵士らには悪いが、不安の念はさらにまだもう一つあるのだ。
「それよりも予想だにしなかった展開がある」
 深刻に告げてから俺は新聞のページをめくった。
 皆に示した場所は記事の端に埋もれた個所である。個々に目を通してある新聞であるが、そこに何が書いてあったか記憶に残らん内容だ。
「パニエラ王国がついに独立した」
 全ての目が一気に向けられ集中していた。しかしそれを皆が聞けば緊張状態が緩和し、集まっていた顔がバラバラと離れて行った。
「なんだ……脅かさないでくださいよ」
 拍子抜けのついでに笑い声まで起こっている。
「パニエラって外国語を話す国でしょう?」
「そうそう。もうずーっと近隣の支配を受けていたらしいぞ。それがようやく解放に向かったらしいな。良かった良かった」
 実に他人事のように言うではないか。
 まあ、気持ちは俺も同じでよく分かるのであるが、今はそうも笑っていられる状況とは言えないのだ。
 ひとり深刻に捉える俺からはこう告げる。
「パニエラ王国は長年支配に苦しんでいた国だ。それが突然、自由宣言だと全国民で拳を突き上げられたところで逆効果になることもある。というか、もうなっていても遅くないのだが……」
 軽い気持ちで笑っていた兵士らも少しは悪状況かと考えを巡らせてくれているようである。表情を曇らせて唸ってはいるが、考えすぎではと言う者もいた。
「その通りにならんのだったら考えすぎでも構わん。だが後で後悔することになってはこの会議の意味がないだろう」
 皆は一気に静かになる。
 俺の隣で参加するアルバートも、腕を組んだままうんうんと首を浮き沈みさせて頷いているようだ。
 本当にコイツだけは分かっているのか? 横目で睨んでおくだけで触れないことにしたが。
「とにかくパニエラ王の意志は固くない。無計画にひとつ親元から飛び出した国はどこと交流するか文字通り自由なのだ。メルチの敵であるベンブルクは情報大国。おそらくもうとっくに誓約書ぐらい渡らせているはずだ」
 すると騎兵隊長ジギルスが自ずと動く。
 赤旗のピンを持つとパニエラ王国の上に落としていた。
「急いで参りましょう」
 さらに遠征部隊の兵士も赤旗のピンを置く。
「パニエラと交流するにはエシュとも関わりを持つべきです」
 ロンドの領土にある三つの国土のうちのひとつだ。エレンガバラはその方に行けばもっと宗教が染みていて面白いぞと言っていた。
「……エシュか」
 行ったことは無い。興味はある。だが少し恐ろしくもあるのだ。
 しかしどっちにしろパニエラへ向かうにはエシュを通って行かねばならん。
「分かった。話し合いが出来るか取り合ってみよう」
 机の上の地図には赤旗が多い状態で会議はお開きとなった。

 皆が会議室から出ていくと、ようやくアルバートは自分の意見を言いたいのか鼻から音を出し始めた。
 苛立ちよりも呆れでヤツの膝を後ろから蹴ってやると、見事にアルバートは関節が折れた拍子で床に頭を打っている。
「い、たたた……」
「おはよう」
 あえてしゃがみ込んで鼻を摘んでやった。
 そのまま魚を釣る要領で持ち上げて起立させる。
「寝るならもう解雇にするからな」
 半ば本気でこっちは言っているのに、アルバートは呑気に欠伸を垂れていた。
 そして机の上に目線が行くと急に大きな声を出す。
「えっ! すごいじゃないですか! 四対二なら楽勝ですね!」
「……はぁ」
 溜息しか出ん。
 赤と青の違いが見分けられて偉いな。など口から出まかせなことを適当に言い、俺は会議室から出て行った。
 アルバートも後から付いて来た。
 執務室へ戻るのだと思っているアルバートは、俺がその道順から外れようとすると「そっちじゃないですよーう」と小馬鹿にしてくる。
「良いから来い」
 舌打ちをし、間違いじゃない俺の選んだ道を行く。その先で辿り着くのは図書室である。
「エセル様に用事ですか?」
「いいや。あいつは書斎だ」
「そうなんですか。残念」
 そう言って項垂れていたが図書館の中に入れば何ということもない。俺が本を選んでいる隙にアルバートは別のところにおり、ここの管理者と仲良く話し込んでいる。
「おい。行くぞ」
 女性役員に色目を使う男を通りすがりに軽く殴っておく。
「もう終わったんですかー?」
 先に廊下へ出た俺を追ってアルバートも後から付いてきた。コイツは器用に後ろ向きに歩き、誰かに手を振っていた。たぶん先ほどの女性役員達だろう。
 無能であるが、気さくで顔立ちが良いので女性には好かれやすい。
「何の本ですか?」
「外国語のだ」
 何の気なしに聞いたのだろうが、その本がまさか自分に渡ってくるとは思うまい。アルバートは三冊ほどを両手に乗せられて「え」と短く声を発した。
「側近としての初めての仕事をやろうと思ってな」
「い、嫌です」
「パニエラには通訳を連れて行かねばならんので」
「嫌なんですけど僕」
 すぐに察しがつく利口な犬ではないか。ずいぶんと主人に反抗的な態度が気に食わんがな。
 本を返してくるアルバートを華麗に避け、廊下を踊るように歩いている。
「ちなみにそれはまだカイセイも踏み入れていない領域だぞ。それを暗記すれば大金星が上げられるだろう」
「いや、そんなの要らないですって」
 アルバートは勉強嫌いであると白状しない代わりに、もっと華が付くことがしたいと語り出していた。強い戦士になりたいのだと述べていた。
 今のところ理想と現実が一ミリも絡んでいないので、ひとつの面白話かと思って一応耳だけ傾けてある。
 そのまま自室に滑り込んでしまえば、もう外国語の本はアルバートの物になったも同然だ。さすがに中にまでは入って来ないようだった。
 これで俺は勉強せずに済むという訳だな。
 しきりに叩かれる扉の音が止むまで、俺はずっと窓辺で景色を眺めて過ごした。
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