146 / 172
lll.ニューリアン王国、セルジオ王国
人生経験2
しおりを挟む
「こっちだー! 急ぐよー!」
事を終えて駅に戻ると予定の時刻はとうに過ぎていた。しかし次の発車時刻がせまっていたらしい。
何かに時間を急かされて走るのはあまり経験の無いことである。
初めて間近に見られる汽車をよく眺められずに、空いたところから内部に乗り込んだ。全員収まったら外側から車掌によって扉が閉められてしまった。
もう停車するまでは降りられないと聞いて物怖じしていたが、汽車の中は意外に広い。右にも左にも歩くことが出来て快適である。
しかも馬車よりも上質な座席と、景色を見るためのデカい窓もある。
「この辺に座ろう」
マルク王が言ったその時、足元から地鳴りと共に振動が起きた。
何事だと慌てたが単に汽車が動いただけである。
カイロニアの端から端までをこの汽車で楽々移動し、終着駅に降りたてばマルク王は「ようし!」と意気込んで颯爽と外へ歩き出した。
次は何だととりあえず着いて行っていると、王は車の前に立つ年寄りにいきなり金を払っていた。
そして俺と兵士らを振り返って告げる。
「僕とバル君はこれで行くから、君たちは好きなようにして宿で落ち合おう」
ええー。など言う声はひとつも上がらない。
かれこれ突拍子も無いこと続きであるので、俺を守ってくれるメルチの護衛はもう機能していないのである。
彼らがオロオロしている間に俺は腕を引かれてマルク王に車に乗せられた。
車は馬車のようであり違う。俺とマルク王と、さっき金を受け取っていた老人も俺の前の座席に乗り合わせている。馬が引かずとも自力で走れる車の方だ。
黒い煙を尻から出したかと思うと、もう兵士らはずいぶん離れたところに置き去りにした。
「あれ? 自動車に乗るのも初めてだったかな?」
年寄りの首まで掴まん勢いで目の前のものにしがみつく俺に、マルク王は余裕な態度で言うのであった。
汽車よりは遅く、馬車よりは早いスピードで走る自動車に揺られながら、俺はマルク王に思っていたことを問うことにする。
「銃の経験があったのですか?」
日が暮れた外の景色をひたすらに眺めていた王だった。声をかければそっちをやめて俺の方を向いた。
「戦いでは使ったことが無いけどね。いざという時に使えた方が良いだろうと思ってあの店で練習したんだ」
言いながらあの大銃を持つ手を表現している。
重さがネックでも感触はよっぽど気に入ったらしい。何度も唸ってから「良いね」と独り言を漏らしているのだ。
俺はそんなマルク王が意外でたまらなかった。しかし彼が銃を持った頃に、ふとアルゴブレロの言葉を思い出したのだ。
アルゴブレロは何の気があってかマルク王のことを信用するなと俺に言ったことがある。
それで俺は、マルク王には勝手に裏切られたような気持ちになっていた。
「これからは弓と馬から、銃と車の戦争になるのかもしれないね」
俺の知らないマルク王がしんみりとそんな発言をしている。
「驚きです。てっきり戦争はお嫌いなのかと」
「そりゃあ誰だって嫌いだよ」
失笑を買い、よくよく考えれば当然のことであったと俺も微笑した。
「僕の場合は、勝利するために戦う以外の方法を考えただけ」
その方法こそが政略結婚だった、とはマルク王は口にしないが。それもある種の勝利であると俺は考えた。
どの国もニューリアンを攻めて来ない現在こそ何よりの結果である。
考え事にふけり、座席シートの縫い目をぼんやり眺めていると真ん丸な顔が覗き込んだ。
「難しいことを考えているね? あっ。もしかして、シャーロットと結婚したくなった?」
「いやっ……」
違います。ともはっきり答えられずに言葉を濁している。
「そういえばキースのことはいつからお考えに?」
話をすり替えると真ん丸な顔が引っ込んだ。
前のめりな話じゃないと分かりやすく身を引いている。マルク王は背もたれに深く飲み込まれるように俺から遠ざかっていった。
「……い、いつからかなぁ?」
苦笑しながら思い出す風であるが、この話については誤魔化すばかりで何も教えてはくれない。
車はトンネルを二つほど越えた。そしてその先に出た開けた大地がセルジオであった。
宿では兵士たちが待ちくたびれており、酒も飲まずに何をすれば良いんだという状況だ。
兵士らには悪いが、俺は今日かなり充実したと感じている。図らずもマルク王のおかげで刺激的な一日を過ごすことが出来た。
その夜は王の壮大なイビキを隣に置いてあっても気にならない。
半月にも満月にもなりきらん月をずっと見上げて、俺は何を思っていただろう。
事を終えて駅に戻ると予定の時刻はとうに過ぎていた。しかし次の発車時刻がせまっていたらしい。
何かに時間を急かされて走るのはあまり経験の無いことである。
初めて間近に見られる汽車をよく眺められずに、空いたところから内部に乗り込んだ。全員収まったら外側から車掌によって扉が閉められてしまった。
もう停車するまでは降りられないと聞いて物怖じしていたが、汽車の中は意外に広い。右にも左にも歩くことが出来て快適である。
しかも馬車よりも上質な座席と、景色を見るためのデカい窓もある。
「この辺に座ろう」
マルク王が言ったその時、足元から地鳴りと共に振動が起きた。
何事だと慌てたが単に汽車が動いただけである。
カイロニアの端から端までをこの汽車で楽々移動し、終着駅に降りたてばマルク王は「ようし!」と意気込んで颯爽と外へ歩き出した。
次は何だととりあえず着いて行っていると、王は車の前に立つ年寄りにいきなり金を払っていた。
そして俺と兵士らを振り返って告げる。
「僕とバル君はこれで行くから、君たちは好きなようにして宿で落ち合おう」
ええー。など言う声はひとつも上がらない。
かれこれ突拍子も無いこと続きであるので、俺を守ってくれるメルチの護衛はもう機能していないのである。
彼らがオロオロしている間に俺は腕を引かれてマルク王に車に乗せられた。
車は馬車のようであり違う。俺とマルク王と、さっき金を受け取っていた老人も俺の前の座席に乗り合わせている。馬が引かずとも自力で走れる車の方だ。
黒い煙を尻から出したかと思うと、もう兵士らはずいぶん離れたところに置き去りにした。
「あれ? 自動車に乗るのも初めてだったかな?」
年寄りの首まで掴まん勢いで目の前のものにしがみつく俺に、マルク王は余裕な態度で言うのであった。
汽車よりは遅く、馬車よりは早いスピードで走る自動車に揺られながら、俺はマルク王に思っていたことを問うことにする。
「銃の経験があったのですか?」
日が暮れた外の景色をひたすらに眺めていた王だった。声をかければそっちをやめて俺の方を向いた。
「戦いでは使ったことが無いけどね。いざという時に使えた方が良いだろうと思ってあの店で練習したんだ」
言いながらあの大銃を持つ手を表現している。
重さがネックでも感触はよっぽど気に入ったらしい。何度も唸ってから「良いね」と独り言を漏らしているのだ。
俺はそんなマルク王が意外でたまらなかった。しかし彼が銃を持った頃に、ふとアルゴブレロの言葉を思い出したのだ。
アルゴブレロは何の気があってかマルク王のことを信用するなと俺に言ったことがある。
それで俺は、マルク王には勝手に裏切られたような気持ちになっていた。
「これからは弓と馬から、銃と車の戦争になるのかもしれないね」
俺の知らないマルク王がしんみりとそんな発言をしている。
「驚きです。てっきり戦争はお嫌いなのかと」
「そりゃあ誰だって嫌いだよ」
失笑を買い、よくよく考えれば当然のことであったと俺も微笑した。
「僕の場合は、勝利するために戦う以外の方法を考えただけ」
その方法こそが政略結婚だった、とはマルク王は口にしないが。それもある種の勝利であると俺は考えた。
どの国もニューリアンを攻めて来ない現在こそ何よりの結果である。
考え事にふけり、座席シートの縫い目をぼんやり眺めていると真ん丸な顔が覗き込んだ。
「難しいことを考えているね? あっ。もしかして、シャーロットと結婚したくなった?」
「いやっ……」
違います。ともはっきり答えられずに言葉を濁している。
「そういえばキースのことはいつからお考えに?」
話をすり替えると真ん丸な顔が引っ込んだ。
前のめりな話じゃないと分かりやすく身を引いている。マルク王は背もたれに深く飲み込まれるように俺から遠ざかっていった。
「……い、いつからかなぁ?」
苦笑しながら思い出す風であるが、この話については誤魔化すばかりで何も教えてはくれない。
車はトンネルを二つほど越えた。そしてその先に出た開けた大地がセルジオであった。
宿では兵士たちが待ちくたびれており、酒も飲まずに何をすれば良いんだという状況だ。
兵士らには悪いが、俺は今日かなり充実したと感じている。図らずもマルク王のおかげで刺激的な一日を過ごすことが出来た。
その夜は王の壮大なイビキを隣に置いてあっても気にならない。
半月にも満月にもなりきらん月をずっと見上げて、俺は何を思っていただろう。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる