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lll.ロンド小国、旧ネザリア
道中‐ベンブルクの宿‐
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メルチより南に位置するベンブルク王国。
その関所で厳しくチェックを受けたのち、俺たちは敵国の陣地へと進んだ。
敵だと見なしているのはこの馬車の一行のみであり、市街は至って平和なものだ。微笑ましい家族連れを目にすればメルチと何も変わりは無い。
「戦争中なのにこんな堂々と敵国に入って良いんですか?」
そう問うのはアルバートである。
俺もルイスも落ち着き払っているのに、この男だけは緊張で足をさすりっぱなしだ。
「国を越えられないなら何処にも行けないではないか」
「それはそうですけど……」
馬車が小石か何かに乗り上げて大きく斜めになると、アルバートのみ頭を抱えてうずくまった。
何がそんなに怖いのかと、俺もルイスも不思議な生物を見るように眺めている。
「もうすぐ宿に着く。あんまり不可解な動きをするなよ」
関所でずいぶん怪しまれたのが記憶に新しいので特に言い付けておく。
小さく丸まったアルバートはゆっくりと開いていき、何やらキョロキョロしだした。
「も、もしかしてここに泊まるんですか!?」
「そうだ。ロンドに宿など無いからな」
「えええ!? 正気ですか!?」
決めてあることに変更は無い。
やばいだの無理だの喚いている男の気持ちとは別に、馬車は予定通りに道を走っている。
そしてそのうちに停車した。小窓から外を覗けば外観が素敵な良い宿ではないか。
「高そうな宿だな」
「貴族御用達のホテルです」
まさにこの国出身のルイスが情報をくれた。
「ホテルか……」
大きくても綺麗でも宿は宿だろう。
田舎国で育った俺はその金を持っていそうなホテルとやらを、少し憎しみ込めて見上げている。
城の中を模したようなエントランスから俺たちの部屋へは従業員が案内をしてくれる。
足元は赤絨毯。天井はシャンデリアと宗教画か。
廊下や階段は細部に至るまで装飾がされ、丁寧な掃除も行き届き、ホテルと言うだけあって実に金のかかった美しい場所であった。
「バル様、見てください。屋内に噴水がありますよ!」
一番のはしゃぎっぷりを見せたのはアルバートである。
本当にコイツは気持ちと態度がコロコロ変わるので手に追えん。
「貴族ってみんなこんな暮らしなのかなぁ……」
螺旋階段の途中でうっとりと手すりに肩肘ついて呟いていた。
「置いて行くからな」
「もう! ちょっと見ていただけじゃないですか!」
ぷりぷり怒るアルバートが合流したことで、一行はようやく階段を登り切ることができた。ここからは真っ直ぐな廊下を歩いて行く。
しかしあんなに思っている事すべて口から出されていたら、うっかり秘密事項まで漏らされそうだ。
「アルバート」
「はい。何でしょう!」
何を嬉しそうに飛び跳ねながら寄ってくるのか。
「お前は側近なんだぞ。カイセイの後任だと思って気を引き締めろ」
「後任ですか?」
「カイセイならどう立ち回るかを考えて動け」
アルバートは歩速を遅らせて自分なりに考えだしてた。
「こちらのお部屋です」
それと同時に従業員が案内を済ませたようである。
鍵を使って扉を開けた後、手袋をつけた手で扉を押し開ける。
上等な部屋の内部があらわになると共に、縦長の窓とベンブルクの美しい景観が目についた。
「お客様の荷物はお連れの方が運ばれると伺っております。どうぞご自由にお過ごしください」
従業員は深々と礼をした。その礼儀正しい所作には、俺もつられて軽い会釈をしている。
「申し訳無いですが、部屋を変えて頂けませんか」
すると側のルイスが突然言い出した。
まだ誰も部屋の中に踏み入れていないのに、開けたばかりの扉をパタリと閉じている。
俺も従業員も目を張った。
「な、何か至らない所が……」
「西側の部屋にしてください。無理なら他所を当たります」
「いや、あの……」
目を泳がせる従業員と堂々とものを言うルイスに挟まれ、俺は戸惑うばかりだ。
気に入らない点など何処にも無いわけであるし、そもそも部屋に関しては中を見るに至っていないので口出ししようも無い。
なかなか従業員が即決できないと見るとルイスは俺に言う。
「失礼いたしました。泊まるところを変えましょう。私は返金の手続きをして参ります」
いかにも出来る側近のようなことを告げて行こうとする。
「おう。……そうするか」
俺が許可を出す前にはもう歩き出しているのだが。
「お待ちくださいませ! 今、西側のお部屋を確認して参りますので!」
ルイスを追い抜く従業員が螺旋階段を駆け降りていく。
さっき叱ったばかりの本物の新米側近は「何なんですかね?」と、呑気な声を出して俺に身を寄せていた。
「こちらの部屋でよろしいでしょうか?」
そうして連れてこられたのは西側にある別の部屋であった。
特段さっきの部屋とは変わりが無い。しかし少しグレードが下がったのだろうか。縦長の窓にはカーテンがされており、めくって外を覗くとホテルの屋根と林だけの景色だ。
「問題ありません。ありがとうございます。ああ。料金はそのままで構いませんので。無理を言ってしまった分チップは少し多めに出しておきます」
やはり仕事の出来る男だ。
ルイスの言葉に従業員はホッとしたような顔になり、深い礼をした後この部屋を去っていった。
扉を閉めてきたルイスが部屋に戻ってくる。
「説明はしてもらわんと困る」
腕を組む俺と、それを真似るアルバートと対面し、相変わらず無表情のままで訳を話し出した。
「あの部屋は国賓のような方が過ごされる部屋です。壁に二ヶ所、電球の裏に四ヶ所、電話線とペン内部に盗聴機が仕込まれています」
「……」
それぞれの組んだ腕がだんだんと力抜けて解けていく。
「窓から見える正面の建物、同階層右端の部屋は情報機関の第七司令部。さらに他五ヶ所に散らばった場所からゲストルームを交代で見張るのです」
「そんな……」
「暗殺の名所です」
「ぎゃああああ!!」
俺に抱きついてアルバートが堪らず叫ぶ。
俺はそっちの方に驚かされ、ちからいっぱいコイツを殴った。
打ちのめされてピクリとも動かん人間が足元に転がっていても、ルイスは周りへの警戒ばかりに気を配っているようだった。
「これでは落ち着いて過ごせん」
「申し訳ありません」
国の無礼だとわきまえて謝られている。
俺は少し唸るだけで、ルイスの行いをどう受け止めていいのやら分からずにいた。
その関所で厳しくチェックを受けたのち、俺たちは敵国の陣地へと進んだ。
敵だと見なしているのはこの馬車の一行のみであり、市街は至って平和なものだ。微笑ましい家族連れを目にすればメルチと何も変わりは無い。
「戦争中なのにこんな堂々と敵国に入って良いんですか?」
そう問うのはアルバートである。
俺もルイスも落ち着き払っているのに、この男だけは緊張で足をさすりっぱなしだ。
「国を越えられないなら何処にも行けないではないか」
「それはそうですけど……」
馬車が小石か何かに乗り上げて大きく斜めになると、アルバートのみ頭を抱えてうずくまった。
何がそんなに怖いのかと、俺もルイスも不思議な生物を見るように眺めている。
「もうすぐ宿に着く。あんまり不可解な動きをするなよ」
関所でずいぶん怪しまれたのが記憶に新しいので特に言い付けておく。
小さく丸まったアルバートはゆっくりと開いていき、何やらキョロキョロしだした。
「も、もしかしてここに泊まるんですか!?」
「そうだ。ロンドに宿など無いからな」
「えええ!? 正気ですか!?」
決めてあることに変更は無い。
やばいだの無理だの喚いている男の気持ちとは別に、馬車は予定通りに道を走っている。
そしてそのうちに停車した。小窓から外を覗けば外観が素敵な良い宿ではないか。
「高そうな宿だな」
「貴族御用達のホテルです」
まさにこの国出身のルイスが情報をくれた。
「ホテルか……」
大きくても綺麗でも宿は宿だろう。
田舎国で育った俺はその金を持っていそうなホテルとやらを、少し憎しみ込めて見上げている。
城の中を模したようなエントランスから俺たちの部屋へは従業員が案内をしてくれる。
足元は赤絨毯。天井はシャンデリアと宗教画か。
廊下や階段は細部に至るまで装飾がされ、丁寧な掃除も行き届き、ホテルと言うだけあって実に金のかかった美しい場所であった。
「バル様、見てください。屋内に噴水がありますよ!」
一番のはしゃぎっぷりを見せたのはアルバートである。
本当にコイツは気持ちと態度がコロコロ変わるので手に追えん。
「貴族ってみんなこんな暮らしなのかなぁ……」
螺旋階段の途中でうっとりと手すりに肩肘ついて呟いていた。
「置いて行くからな」
「もう! ちょっと見ていただけじゃないですか!」
ぷりぷり怒るアルバートが合流したことで、一行はようやく階段を登り切ることができた。ここからは真っ直ぐな廊下を歩いて行く。
しかしあんなに思っている事すべて口から出されていたら、うっかり秘密事項まで漏らされそうだ。
「アルバート」
「はい。何でしょう!」
何を嬉しそうに飛び跳ねながら寄ってくるのか。
「お前は側近なんだぞ。カイセイの後任だと思って気を引き締めろ」
「後任ですか?」
「カイセイならどう立ち回るかを考えて動け」
アルバートは歩速を遅らせて自分なりに考えだしてた。
「こちらのお部屋です」
それと同時に従業員が案内を済ませたようである。
鍵を使って扉を開けた後、手袋をつけた手で扉を押し開ける。
上等な部屋の内部があらわになると共に、縦長の窓とベンブルクの美しい景観が目についた。
「お客様の荷物はお連れの方が運ばれると伺っております。どうぞご自由にお過ごしください」
従業員は深々と礼をした。その礼儀正しい所作には、俺もつられて軽い会釈をしている。
「申し訳無いですが、部屋を変えて頂けませんか」
すると側のルイスが突然言い出した。
まだ誰も部屋の中に踏み入れていないのに、開けたばかりの扉をパタリと閉じている。
俺も従業員も目を張った。
「な、何か至らない所が……」
「西側の部屋にしてください。無理なら他所を当たります」
「いや、あの……」
目を泳がせる従業員と堂々とものを言うルイスに挟まれ、俺は戸惑うばかりだ。
気に入らない点など何処にも無いわけであるし、そもそも部屋に関しては中を見るに至っていないので口出ししようも無い。
なかなか従業員が即決できないと見るとルイスは俺に言う。
「失礼いたしました。泊まるところを変えましょう。私は返金の手続きをして参ります」
いかにも出来る側近のようなことを告げて行こうとする。
「おう。……そうするか」
俺が許可を出す前にはもう歩き出しているのだが。
「お待ちくださいませ! 今、西側のお部屋を確認して参りますので!」
ルイスを追い抜く従業員が螺旋階段を駆け降りていく。
さっき叱ったばかりの本物の新米側近は「何なんですかね?」と、呑気な声を出して俺に身を寄せていた。
「こちらの部屋でよろしいでしょうか?」
そうして連れてこられたのは西側にある別の部屋であった。
特段さっきの部屋とは変わりが無い。しかし少しグレードが下がったのだろうか。縦長の窓にはカーテンがされており、めくって外を覗くとホテルの屋根と林だけの景色だ。
「問題ありません。ありがとうございます。ああ。料金はそのままで構いませんので。無理を言ってしまった分チップは少し多めに出しておきます」
やはり仕事の出来る男だ。
ルイスの言葉に従業員はホッとしたような顔になり、深い礼をした後この部屋を去っていった。
扉を閉めてきたルイスが部屋に戻ってくる。
「説明はしてもらわんと困る」
腕を組む俺と、それを真似るアルバートと対面し、相変わらず無表情のままで訳を話し出した。
「あの部屋は国賓のような方が過ごされる部屋です。壁に二ヶ所、電球の裏に四ヶ所、電話線とペン内部に盗聴機が仕込まれています」
「……」
それぞれの組んだ腕がだんだんと力抜けて解けていく。
「窓から見える正面の建物、同階層右端の部屋は情報機関の第七司令部。さらに他五ヶ所に散らばった場所からゲストルームを交代で見張るのです」
「そんな……」
「暗殺の名所です」
「ぎゃああああ!!」
俺に抱きついてアルバートが堪らず叫ぶ。
俺はそっちの方に驚かされ、ちからいっぱいコイツを殴った。
打ちのめされてピクリとも動かん人間が足元に転がっていても、ルイスは周りへの警戒ばかりに気を配っているようだった。
「これでは落ち着いて過ごせん」
「申し訳ありません」
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