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Ⅱ.王位継承者
旧友1
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また関所に俺が現れたとなると、今度こそ通すわけにはいかないと門番は強めに立ちはだかっていた。
しかもベンブルクとの交戦中であるために門番の数も少し増やされている。
前のように雨音に隠れて、顔馴染みの兵士とやり過ごすというのは無理そうだ。
「本日は中には誰も入れられません!」
「ああ。分かっている。だが用が出来たのだ。中に通せ」
「申し訳ございませんが、バル様であってもお通しできません!」
よりにもよって声をかけたのが融通の聞かん方の兵士だったか。
「早く行かねば友人の死に目に間に合わんだろうが」
「死に目……? ベンブルク側の人間のような言い方を」
「違う! メルチ側だ! リュンヒンの安否を案じている!」
そう言えばこの門番は頭に血が湧かせた。
長剣を抜き取って俺のことを貴様呼びだ。
さすれば近くの兵士が集まってそこの門番を止めに来る。
「よせ。カッとなるな」
その兵士の中のひとりの声に門番はしぶしぶ長剣を下ろした。
そいつが上司でありそうだと思い、俺はその者の袖にしがみつく。
「リュンヒンは無事か。部隊は何人だ」
急に腕を取られて驚いた上に、それがレイヴン・バルであると気付くとその者は少しよろけていた。
「バル様、なぜこんなところに」
「答えろ。部隊数は何対何だ」
こちらが切羽詰まっているのだと悟ると真剣に答えた。
「メルチ6500に対しベンブルクがおよそ2000です」
「思ったよりも小規模だ」
「連戦により減った数です。元はどちらも三倍はありました」
苦戦しているのだと予想するとますますリュンヒンの身を案じた。
「リュンヒンも戦場に出ているな」
「それは……」
「俺もそこに行きたいのだ。ダメか?」
情をかけても無駄だった。
「バル様だけは必ず通すなとリュンヒン様からの命令です」
名指しで告げられた。
何故あの男は俺のことをここまで遠ざけようとするのだ。それを怒りのようで悲しみのような思いで問いかけたが、そこまでは伝わっていない。当たり前だ。
「勝算はあるのだろうな?」
「当然です」
張り切った声でこの者は答える。だが具体的な手法などはもちろん話してはくれない。
だが俺には、リュンヒンが作戦を立てるのであればこうするのでは無いだろうかと思う予想があったのだ。例えば彼の合図で援軍を要請するなどである。
何故ならベンブルクの国境にはメルチの他に、旧ネザリアが接する部分があるからだ。
「あいつはこの戦いにはおそらくネザリアを巻き込まんぞ」
「え?」
頑なに俺やエセルを遠ざけたいリュンヒンだ。
それはそれ、これはこれと、分別を付けているはずだと思う。
「それでも勝算があるとお前が言うなら俺は身を引く」
そう告げると、張り切っていた声が失われた。
しかし迷われている時間が惜しい。俺は続けて言う。
「この身だけで2000もの武力と戦うのは無理だが、男ひとりぐらいなら担いで戻ってくる」
「……」
その者は口を閉じたままで難しい表情は変わらずであった。
自身の心との葛藤があり鼻息を荒げたあと、その者は低い声を出す。
「私の名は、ジギルス・ライデンです。リュンヒン様にはどうか、その名を使って詫びてください」
「ジギルスだな。忘れそうだが助かる」
兵士のみが通る専用の小門をくぐって側の馬小屋から馬を借りた。
「左手から郊外の道をお使いください。街中は少々混乱しています」
「分かった。ありがとう」
至急の馬はまるで話を聞いていたかのように素直によく走る。
これなら何とか早いうちに辿り着けそうだ。
郊外の田舎町でも少しは混乱していた。
家財道具などを少量持って外に出ていく人間がよく目につく。
国境で戦争は起きていると兄上が言っていた。農家の集落が目の前に薄ら見えており、あれを越えればメルチとベンブルクの国境である森林部に出られるだろう。
「そこの馬! 止まれ!」
集落内で馬を止められればメルチ兵士が駆け寄った。
「避難だ。忘れ物を取りに行く時間は無いぞ」
しかしこの顔を見上げると「な、何故あなたが!?」と驚いた。
「リュンヒンのもとに急いでいる」
「リュンヒン様の……」
すると兵士は驚くよりも表情を一気に曇らせた。
その間銃声が二度鳴り響く。避難に出ていた民は耳を塞いで肩を縮こまらせ、叫び声であったり子供の泣き声がワッと上がっている。
「さあ早く行こう」と平気な者が、動けん者の脇を持ち上げて歩いて行く。
「バル様」
集落の状況を見ていた俺に兵士が言った。
「この戦いはベンブルクが身を引きました。しかしリュンヒン様の行方が分かっていません」
「なんだと」
「先ほどの銃声。おそらく敵兵もまだ森に潜んでいることでしょう。リュンヒン様も……ご無事であるなら森の中かと」
俺はそれを聞いたら一目散に森へと走り出していた。
いつの間に馬を降りたかも分からん。とにかく急がねば間に合わないと走った。
集落を囲む木柵を飛び越えて森の中に入る。
雑木林や背高草がしげる湿り気の多い森であった。
敵兵に見つかればそこで終わりかもしれん。だが俺は声を出してアイツを探したのだ。
まだ手前の森は無傷で火薬の匂いもしない。
「もっと奥か」
歩きやすいところを選んで進み、とうとう弓矢や血痕が残る場所までやってきた。激しい戦いの後が生々しく残っている。常人ならこの匂いだけで咽せ返るであろう。
死体を運ぶ者に聞けばまだリュンヒンは見つかっていないと言う。
その場で作戦地図を頭に入れ込んで俺はまた旧友の名を呼んだ。
まさか敵兵は王の首を地面に埋めて帰るようなことはしない。むしろ勝ち取ったのなら堂々と掲げるに違いない。
致命傷で動けないか、そのまま息を引き取ったか。嫌なことしか浮かんでこなかった。
「リュンヒン! どこだ! どこに居る!!」
森に声が響くだけで静かである。
俺の声のこだまかと思ったものは、遠くの別の場所でリュンヒン捜索に当たるメルチ兵士の声だった。
しかもベンブルクとの交戦中であるために門番の数も少し増やされている。
前のように雨音に隠れて、顔馴染みの兵士とやり過ごすというのは無理そうだ。
「本日は中には誰も入れられません!」
「ああ。分かっている。だが用が出来たのだ。中に通せ」
「申し訳ございませんが、バル様であってもお通しできません!」
よりにもよって声をかけたのが融通の聞かん方の兵士だったか。
「早く行かねば友人の死に目に間に合わんだろうが」
「死に目……? ベンブルク側の人間のような言い方を」
「違う! メルチ側だ! リュンヒンの安否を案じている!」
そう言えばこの門番は頭に血が湧かせた。
長剣を抜き取って俺のことを貴様呼びだ。
さすれば近くの兵士が集まってそこの門番を止めに来る。
「よせ。カッとなるな」
その兵士の中のひとりの声に門番はしぶしぶ長剣を下ろした。
そいつが上司でありそうだと思い、俺はその者の袖にしがみつく。
「リュンヒンは無事か。部隊は何人だ」
急に腕を取られて驚いた上に、それがレイヴン・バルであると気付くとその者は少しよろけていた。
「バル様、なぜこんなところに」
「答えろ。部隊数は何対何だ」
こちらが切羽詰まっているのだと悟ると真剣に答えた。
「メルチ6500に対しベンブルクがおよそ2000です」
「思ったよりも小規模だ」
「連戦により減った数です。元はどちらも三倍はありました」
苦戦しているのだと予想するとますますリュンヒンの身を案じた。
「リュンヒンも戦場に出ているな」
「それは……」
「俺もそこに行きたいのだ。ダメか?」
情をかけても無駄だった。
「バル様だけは必ず通すなとリュンヒン様からの命令です」
名指しで告げられた。
何故あの男は俺のことをここまで遠ざけようとするのだ。それを怒りのようで悲しみのような思いで問いかけたが、そこまでは伝わっていない。当たり前だ。
「勝算はあるのだろうな?」
「当然です」
張り切った声でこの者は答える。だが具体的な手法などはもちろん話してはくれない。
だが俺には、リュンヒンが作戦を立てるのであればこうするのでは無いだろうかと思う予想があったのだ。例えば彼の合図で援軍を要請するなどである。
何故ならベンブルクの国境にはメルチの他に、旧ネザリアが接する部分があるからだ。
「あいつはこの戦いにはおそらくネザリアを巻き込まんぞ」
「え?」
頑なに俺やエセルを遠ざけたいリュンヒンだ。
それはそれ、これはこれと、分別を付けているはずだと思う。
「それでも勝算があるとお前が言うなら俺は身を引く」
そう告げると、張り切っていた声が失われた。
しかし迷われている時間が惜しい。俺は続けて言う。
「この身だけで2000もの武力と戦うのは無理だが、男ひとりぐらいなら担いで戻ってくる」
「……」
その者は口を閉じたままで難しい表情は変わらずであった。
自身の心との葛藤があり鼻息を荒げたあと、その者は低い声を出す。
「私の名は、ジギルス・ライデンです。リュンヒン様にはどうか、その名を使って詫びてください」
「ジギルスだな。忘れそうだが助かる」
兵士のみが通る専用の小門をくぐって側の馬小屋から馬を借りた。
「左手から郊外の道をお使いください。街中は少々混乱しています」
「分かった。ありがとう」
至急の馬はまるで話を聞いていたかのように素直によく走る。
これなら何とか早いうちに辿り着けそうだ。
郊外の田舎町でも少しは混乱していた。
家財道具などを少量持って外に出ていく人間がよく目につく。
国境で戦争は起きていると兄上が言っていた。農家の集落が目の前に薄ら見えており、あれを越えればメルチとベンブルクの国境である森林部に出られるだろう。
「そこの馬! 止まれ!」
集落内で馬を止められればメルチ兵士が駆け寄った。
「避難だ。忘れ物を取りに行く時間は無いぞ」
しかしこの顔を見上げると「な、何故あなたが!?」と驚いた。
「リュンヒンのもとに急いでいる」
「リュンヒン様の……」
すると兵士は驚くよりも表情を一気に曇らせた。
その間銃声が二度鳴り響く。避難に出ていた民は耳を塞いで肩を縮こまらせ、叫び声であったり子供の泣き声がワッと上がっている。
「さあ早く行こう」と平気な者が、動けん者の脇を持ち上げて歩いて行く。
「バル様」
集落の状況を見ていた俺に兵士が言った。
「この戦いはベンブルクが身を引きました。しかしリュンヒン様の行方が分かっていません」
「なんだと」
「先ほどの銃声。おそらく敵兵もまだ森に潜んでいることでしょう。リュンヒン様も……ご無事であるなら森の中かと」
俺はそれを聞いたら一目散に森へと走り出していた。
いつの間に馬を降りたかも分からん。とにかく急がねば間に合わないと走った。
集落を囲む木柵を飛び越えて森の中に入る。
雑木林や背高草がしげる湿り気の多い森であった。
敵兵に見つかればそこで終わりかもしれん。だが俺は声を出してアイツを探したのだ。
まだ手前の森は無傷で火薬の匂いもしない。
「もっと奥か」
歩きやすいところを選んで進み、とうとう弓矢や血痕が残る場所までやってきた。激しい戦いの後が生々しく残っている。常人ならこの匂いだけで咽せ返るであろう。
死体を運ぶ者に聞けばまだリュンヒンは見つかっていないと言う。
その場で作戦地図を頭に入れ込んで俺はまた旧友の名を呼んだ。
まさか敵兵は王の首を地面に埋めて帰るようなことはしない。むしろ勝ち取ったのなら堂々と掲げるに違いない。
致命傷で動けないか、そのまま息を引き取ったか。嫌なことしか浮かんでこなかった。
「リュンヒン! どこだ! どこに居る!!」
森に声が響くだけで静かである。
俺の声のこだまかと思ったものは、遠くの別の場所でリュンヒン捜索に当たるメルチ兵士の声だった。
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