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Ⅱ.王位継承者
愛しのフィアンセには会えた?
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我が城に戻り、怒り狂っているであろうカイセイを探した。
しかしなかなか見つからない代わりに、周りがえらく殺風景ではないかと俺は気付く。そう言えばベンブルクから派遣された見張りの兵士が一人残らず見当たらない。
城のあちらこちらに街灯のごとく立直させれていたものが、いつのまにか撤去されていた。
俺専用の監視役も姿を見せない。最後はアルバートが鉄塊で殴ったのが別れだったと思うととても胸が痛む。
むしろそれが相手国にバレて撤収に至ったのではないだろうか。
「ううっ」
俺はなんだか急に寒気を起こして身震いした。たぶん窓の無い廊下は陽の光が当たらんだけに少し冷えているせいだ。そうに違いない。
それにしてもカイセイがどこにも見当たらん。書斎と自室に居ないとすれば早くも思い当たる場所が無いのであった。
ああ、あとは稽古場か。
俺は稽古場を目指して中庭を経由していく。それなら少しは体も暖まるだろうと思った。
「おい、カイセイを見なかったか?」
出会う衛兵に声をかけている。
不思議であるが衛兵も次女も皆知らんと答えていた。
だがこの庭で話した衛兵からは新情報を得た。
「午前にはアレン様のお出迎えにいらっしゃっていましたが」
「……アレン」
その名を聞いたのはいつぶりか。
改めて直に聞くのはあまりいい気がしない。
「兄上が戻ったのが午前と言ったな?」
「はい。今からちょうど二時間前くらいでしょうか」
衛兵は懐中時計に目を落としながら言った。
俺は何かに突き動かされるようにすぐ頭上の窓を見上げた。そこに兄上が頬杖でもついて見下ろしているような気がしたのである。
だがその予感はハズレだ。窓に姿はなかった。
「王妃様のところかもしれませんね」
衛兵も俺と同じく上の階を見上げながら言う。また「伝えてきましょうか」とも気を回してきた。
「いや、いい。嫌でも顔を見せに来るだろう」
俺は衛兵に軽く例を言ってから中庭を後にした。
慣れた道順で書斎へ向かう途中だった。
「愛しのフィアンセには会えた?」
俺を待っていたかのように、その男は壁に背をもたれさせて立っていたのである。
「その様子じゃ会えなかったのか。ずいぶん長い船旅だったのに損だ」
男は何故か俺の動きを知っているような言い方であった。
しばらく城を離れて自由に過ごしていても、その立ち姿には育ちの良さが満ちていた。背筋をしゃんと伸ばしており髪にも服装にも気配りがされている。
「戻られたのですか、兄上」
「戻ったよ。弟」
兄上は、わざわざ俺の言葉を真似て繰り返した後、にこりと微笑んだ。
「まさかまだこんな陳腐なところに居残っていたとはね。びっくりしたよ」
しなやかな腕を組んだまま立ちはだかるのは、その先の書斎へ辿り着けないようにしているのかもしれなかった。
俺からは何を言えばいいのか分からず沈黙の時間が出来る。すると痺れを切らした兄上から言う。
「久しぶりの再会に感動の涙でも期待したのに。可愛く無いね」
「はあ……すみません」
「そういう態度も大嫌いだ」
笑顔のまま近くの花瓶から一本の白い花を抜き取っているのを、俺は黙って見守った。
「色々思ってる事があるくせに何も聞いてこないのは何故?」
花をどうするのかと思っていると兄上が不意に問うてくる。
一体何の話かと首を傾げている俺のことを兄上は気に入らないようだった。その思いは手先の花への扱い方で伝わっている。
美しく咲いた白い花を愛でるのかと思えば、兄上は花を鷲掴んで茎から抜き取っていた。花弁は縦方向に割いて地面に落とされていく。
「ネザリア・カイリュ……」
兄上は人名を口にしてから花弁を引き割いて足元にばら撒く。
「キース……アルゴブレロ……メアネル・シャーロット……マルク……シェード・リュンヒン」
兄上は手の中に残った花弁の少ない花を足元に落とした。そして踏みにじる。
「この名前を記事で見つければ必ずお前の顔が浮かぶな。好きなようにやっていて楽しそうじゃない。僕への当てつけ以外の何物でも無いけど」
それから俺に「何か反論してみたら?」と言った。次は黄色の花を一本抜き取りながらだった。
俺はその色に魅入られて何も言えなくなっていた。
別に黄色を危険視していたわけでは無い。だが同類の色彩の中でも鮮やかなその色が、何か恐ろしい事を暗示するかのように思えたのである。
妙な胸騒ぎに一瞬昔の思い出が頭の中に再現されかけ、払い除けるために目線をその黄色い花から遠ざけた。
そんな俺のことをみていたのだろうか、兄上はフッと鼻で笑っている。
「戴冠式は翌月の終わりになったから。それまでに僕のもとにひざまずく練習でもしておきなよ」
兄上は俺の目の前で黄色い花に軽く口づけをし、それを手に持ったまま俺の横を通り過ぎて行く。
書斎への道は開けられた、だが俺は去っていく背中を見守る途中で声をかけた。
「兄上」
「なに?」
躊躇いなく答えて兄上は振り向いている。
「ご自身のことを『俺』と呼ばなくなったのですか」
「うん。お前が真似て鬱陶しいからね」
にこやかに告げたらもう振り返ることなく角を曲がって消えてしまった。
俺はとりあえず近くを通った侍女に廊下を掃除するよう伝えておいた。
書斎にはいつも通りの鍵守りの常駐兵士がおり、部屋の中に入っても変わらぬ景色がそこにあった。
山積みの書類はカイセイの分までどっさり溜まっており、俺はいち早く手をかけ始めている。
夕刻の鐘が町の方から小さく響いてくる頃、まだ空の色は明るかった。
山積みの書類は全て片付くことはなく半分以上机の上に重なったままだ。
カイセイは一向に現れなかった。顔を少し出すということもなかった。
俺は兄上と王妃がそうしたのだと素直に思い「明日は誰かに手伝わせるか」とひとりでぼやいているだけである。
しかしなかなか見つからない代わりに、周りがえらく殺風景ではないかと俺は気付く。そう言えばベンブルクから派遣された見張りの兵士が一人残らず見当たらない。
城のあちらこちらに街灯のごとく立直させれていたものが、いつのまにか撤去されていた。
俺専用の監視役も姿を見せない。最後はアルバートが鉄塊で殴ったのが別れだったと思うととても胸が痛む。
むしろそれが相手国にバレて撤収に至ったのではないだろうか。
「ううっ」
俺はなんだか急に寒気を起こして身震いした。たぶん窓の無い廊下は陽の光が当たらんだけに少し冷えているせいだ。そうに違いない。
それにしてもカイセイがどこにも見当たらん。書斎と自室に居ないとすれば早くも思い当たる場所が無いのであった。
ああ、あとは稽古場か。
俺は稽古場を目指して中庭を経由していく。それなら少しは体も暖まるだろうと思った。
「おい、カイセイを見なかったか?」
出会う衛兵に声をかけている。
不思議であるが衛兵も次女も皆知らんと答えていた。
だがこの庭で話した衛兵からは新情報を得た。
「午前にはアレン様のお出迎えにいらっしゃっていましたが」
「……アレン」
その名を聞いたのはいつぶりか。
改めて直に聞くのはあまりいい気がしない。
「兄上が戻ったのが午前と言ったな?」
「はい。今からちょうど二時間前くらいでしょうか」
衛兵は懐中時計に目を落としながら言った。
俺は何かに突き動かされるようにすぐ頭上の窓を見上げた。そこに兄上が頬杖でもついて見下ろしているような気がしたのである。
だがその予感はハズレだ。窓に姿はなかった。
「王妃様のところかもしれませんね」
衛兵も俺と同じく上の階を見上げながら言う。また「伝えてきましょうか」とも気を回してきた。
「いや、いい。嫌でも顔を見せに来るだろう」
俺は衛兵に軽く例を言ってから中庭を後にした。
慣れた道順で書斎へ向かう途中だった。
「愛しのフィアンセには会えた?」
俺を待っていたかのように、その男は壁に背をもたれさせて立っていたのである。
「その様子じゃ会えなかったのか。ずいぶん長い船旅だったのに損だ」
男は何故か俺の動きを知っているような言い方であった。
しばらく城を離れて自由に過ごしていても、その立ち姿には育ちの良さが満ちていた。背筋をしゃんと伸ばしており髪にも服装にも気配りがされている。
「戻られたのですか、兄上」
「戻ったよ。弟」
兄上は、わざわざ俺の言葉を真似て繰り返した後、にこりと微笑んだ。
「まさかまだこんな陳腐なところに居残っていたとはね。びっくりしたよ」
しなやかな腕を組んだまま立ちはだかるのは、その先の書斎へ辿り着けないようにしているのかもしれなかった。
俺からは何を言えばいいのか分からず沈黙の時間が出来る。すると痺れを切らした兄上から言う。
「久しぶりの再会に感動の涙でも期待したのに。可愛く無いね」
「はあ……すみません」
「そういう態度も大嫌いだ」
笑顔のまま近くの花瓶から一本の白い花を抜き取っているのを、俺は黙って見守った。
「色々思ってる事があるくせに何も聞いてこないのは何故?」
花をどうするのかと思っていると兄上が不意に問うてくる。
一体何の話かと首を傾げている俺のことを兄上は気に入らないようだった。その思いは手先の花への扱い方で伝わっている。
美しく咲いた白い花を愛でるのかと思えば、兄上は花を鷲掴んで茎から抜き取っていた。花弁は縦方向に割いて地面に落とされていく。
「ネザリア・カイリュ……」
兄上は人名を口にしてから花弁を引き割いて足元にばら撒く。
「キース……アルゴブレロ……メアネル・シャーロット……マルク……シェード・リュンヒン」
兄上は手の中に残った花弁の少ない花を足元に落とした。そして踏みにじる。
「この名前を記事で見つければ必ずお前の顔が浮かぶな。好きなようにやっていて楽しそうじゃない。僕への当てつけ以外の何物でも無いけど」
それから俺に「何か反論してみたら?」と言った。次は黄色の花を一本抜き取りながらだった。
俺はその色に魅入られて何も言えなくなっていた。
別に黄色を危険視していたわけでは無い。だが同類の色彩の中でも鮮やかなその色が、何か恐ろしい事を暗示するかのように思えたのである。
妙な胸騒ぎに一瞬昔の思い出が頭の中に再現されかけ、払い除けるために目線をその黄色い花から遠ざけた。
そんな俺のことをみていたのだろうか、兄上はフッと鼻で笑っている。
「戴冠式は翌月の終わりになったから。それまでに僕のもとにひざまずく練習でもしておきなよ」
兄上は俺の目の前で黄色い花に軽く口づけをし、それを手に持ったまま俺の横を通り過ぎて行く。
書斎への道は開けられた、だが俺は去っていく背中を見守る途中で声をかけた。
「兄上」
「なに?」
躊躇いなく答えて兄上は振り向いている。
「ご自身のことを『俺』と呼ばなくなったのですか」
「うん。お前が真似て鬱陶しいからね」
にこやかに告げたらもう振り返ることなく角を曲がって消えてしまった。
俺はとりあえず近くを通った侍女に廊下を掃除するよう伝えておいた。
書斎にはいつも通りの鍵守りの常駐兵士がおり、部屋の中に入っても変わらぬ景色がそこにあった。
山積みの書類はカイセイの分までどっさり溜まっており、俺はいち早く手をかけ始めている。
夕刻の鐘が町の方から小さく響いてくる頃、まだ空の色は明るかった。
山積みの書類は全て片付くことはなく半分以上机の上に重なったままだ。
カイセイは一向に現れなかった。顔を少し出すということもなかった。
俺は兄上と王妃がそうしたのだと素直に思い「明日は誰かに手伝わせるか」とひとりでぼやいているだけである。
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