クランクビスト‐終戦した隠居諸国王子が、軍事国家王の隠し子を娶る。愛と政治に奔走する物語です‐ 【長編・完結済み】

草壁なつ帆

文字の大きさ
上 下
105 / 172
Ⅱ.拓かれる秘境国

手に追えなくてよ?

しおりを挟む
 カツンカツンと靴の音は荒々しく、そしてついにメアネル・シャーロットがこの医務室に顔を出す。
「バル様! バル様!!」
 入ってくるなりこの城の当主では無く、俺の名を連呼した。
「お、お前。その容姿!!」
 俺は医務室に入ってきた人物がシャーロットと別人で目を疑った。
「いつものドレスはどうした!? それにその髪!!」
「あら! 違いに気付いてくれるのねっ」
 シャーロットはたぶん俺の安否確認に駆けつけて来たのだろうが、ここで俺に褒められたのだと思って気分を良くしたようだ。
「スラックスなんて初めて履いたわ。意外と動きやすくて好きよ、わたくし。それに見て? 髪を切ったらずいぶん知的になったと思わない?」
 俺の目の前でくるくると回り嬉しそうに言う。
 いつもの飾りだらけのワンピースとは違って、すらっと真下に布地が下りたパンツ姿のシャーロットだ。
 髪はくくってあるのかと思うが、後ろから見れば首が見える程短くなった。
 ……この姿はもうロマナで見ているから俺は一応「おおぅ」と答えておく。
 それでもシャーロットは自身で満足しているため、喜んだ。
「あ、そうだったわ。それが契約書ね?」
 カイセイの手から契約書が剥ぎ取られる。
 何をするのかと見守っていたら、シャーロットはポケットから判とペンを取り出した。
「お前まさかそれ、ニューリアンの判か」
「ええ、そうよ」
 さぞ当たり前かのように返事をする。
 手頃な兵士に朱肉を持ってくるよう上から目線で指示を出し、先にマルク王の書く場所に自分のサインを書きだした。
「黙って持ってきたわけじゃ無いから安心して」
「なら、マルク王が認めたと?」
「当たり前でしょ。じゃないと持たせてくれないわよ」
 シャーロットは手元に集中しており、口早にそう告げた。
 そしてまだ俺が信じ切っていないうちに、その重大な判まで軽々押してしまったのだ。
「あなたが事を納めたらすぐにサインしないとと思って、わたくしずっと関所の前で待っていたんだから!」
 まるで「あなたのせいよ!」と言われているような感覚で謎にげんなりとなる。
 シャーロットはニューリアンのサインをし終わると、誓約書を持ってアルゴブレロの方へ向いた。
「はい。これから世話になるわね」
 両手で誓約書をアルゴブレロに渡している。
 アルゴブレロはそれを渋々受け取ったが、怪訝な顔でシャーロットを睨んでいた。
「何か質問でも?」
 シャーロットは小首をかしげる。
 俺はいくらなんでも飛ばし過ぎだと心配になった。
 もしシャーロットの身に何かあれば、マルク王に首を飛ばされるのは俺なんだぞ、と言いたい。
「……メアネル・シャーロットか」
 ずいぶん長く見ていたアルゴブレロがようやく低い声を出した。
 リュンヒンと想像した美女と野獣とは、美女の容姿が変わり少し違ったが、それでも二人の異質感は拭えない。
「言葉も動作も気を付けるんだな。ここはお前の暮らしていたお気楽な国とは違う。女の分際で王座の前にしゃしゃり出てもらうのは、なかなか気分が良いものでは無いんだ」
「あら。ご忠告どうも。じゃあわたくしからも挨拶ついでにひとつよろしいかしら」
 そう言ってシャーロットは座った。
「うががああっ!!」
 アルゴブレロの包帯に巻かれたスネの上で足を組んでいる。
「女かどうかは何を見て決めているのか知らないけれど、気分を悪くしたわたくしは何処の誰でも手に負えなくてよ?」
 完全に勝ちを見せつけたシャーロットは俺とカイセイにウインクを送った。
 アルゴブレロにもその余裕っぷりを見てほしかった。彼は痛みでそれどころじゃないからな。
 だが代わりに周りの兵士はしかと目に焼き付けたはずだ。
 とんでもない人を国に入れてしまった、と。皆あっけにとられている。


 *  *  *

 ニューリアン王国から発出される婚姻を目的とされた姫君は、この日初めて別の職を受けた。
 メアネル・シャーロットは美貌で名高く誰もが憧れる女性である。
 彼女は今日から隣国セルジオ王国で大使として働く。
 ニューリアンとセルジオを良好な関係で築いていかなくてはならない。それが任務だ。
 幸先不安であったが、彼女なら上手くいきそうだと安心をし、俺とカイセイと監視役は医務室を出る。
 用が済んだことでこれから我が城に帰るのだ。
「キースにもあれぐらい出来て欲しいのにな」
 気弱な王子とその逆の姫を比較し、この飾り気のない廊下で言葉を漏らす。
 同時にどちらが有能なんだろうかと考えた。答えは迷宮入りだ。
 先を案内するセルジオ兵士を追いながら歩みを進めていると、ふと見たことのある人物が別の道を通る。
 ハッとはしたが、俺は咄嗟に監視役が付いているのを思い出せてよかった。
 その人物は女性である。エセルでは無い。
 すぐに行き過ぎてしまった後ろにはメルチ兵士が列を作っていた。
 俺は一度も振り返ることもせずにセルジオ城を出た。
「あっ、ニューリアンの馬はどうしましょう?」
 門を出てすぐにカイセイが思い出したらしく俺に言う。
 あれは枝肉にすると言っていた。今頃はきっと今晩の夕食にと下ごしらえを受けているところだろう。
「とりあえず黙っておく」
 それが最善であろうと俺は言うが、もちろんカイセイは「それでは律儀ではありません」と怒っていた。
 メイン通りの街は再び賑わいを取り戻したようである。
 夕食のために店も開き客も入るが、相変わらず兵士が列を成した行進が行き来していた。
 それはセルジオにとっては普通の景色なのだろう。
 市民は何でもない話をしながら、その兵士たちの傍を横切って歩いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

処理中です...