103 / 172
Ⅱ.拓かれる秘境国
決闘‐勝利と敗因‐
しおりを挟む
「決着はどちらかの耐久の尽きで決まりそうだな」
「……」
俺への返事を監視役はしないのであるが、すっかり自分の任務も忘れたのか両腕を組んで唸り声だけは上げていた。
攻撃をかわす方が劣勢だと見られるが、攻撃を仕掛ける方も同じように体力がいる。
よってどちらも苦しそうな表情を浮かべているのが見えていた。
息を飲み集中して見ていたいのであるが阻害してくるものがある。相変わらず鳴り止まん市民兵士の掛け声だ。
決闘とは由緒正しき決断の儀式であるのに、ヤツらのせいでまるで品の無いものに成り下がった。
俺はだんだんと苛つき、歯ぎしりを鳴らしている。
「あれらは多分軍人では無いでしょうね」
「そんな事は分かり切っている」
苛つきついでだ。珍しく人に向けて言葉を発した監視役にも、いちいち喜んだりせずに俺は言い返した。
「軍人ならまず、武器を取り扱う前に礼儀を習う」
関所モドキで襲ってきた野蛮人の方がまだ良い連中だった。と、俺は独り言としてグチグチ喋っていた。
その間に試合には変化の兆しがあった。
とうとうカイセイが足を滑らせて体勢が崩れてしまったのである。
これを行けと市民兵士は声を荒らげた。キースも「やああ!」と剣を振り上げ止めの構えを見せる。
キースの勝利が確定したと、誰もが思えるシーンだ。……だが何人が真意に気付けただろう。
「ううっ!!」
瞬きの後には、うめき声と共にキースが倒れ込んでいる。
カイセイは地面に腹ばいになったキースを引っ剥がし、その左肩辺りに短剣を突き刺した。
土汚れたキースの顔に、カイセイの汗がポタリポタリと落ちている。
「……勝負ありです」
息を切らせながらカイセイが言った。
カイセイの勝ちだ。キースの負けだ。
咄嗟に何が起こったか分からん市民兵士は、戸惑いの色を隠せずにオロオロとしていた。
俺はキースのもとへ行き「立てるか?」と問う。
キースは寝転びながら手で顔を拭いた。
「ありがとうございます……」
そんな場違いな言葉を言い、手についた土が目にでも入ったのか、いつまでも顔を手で覆い離そうとしなかった。
「お前の負けだ。ここでは近しい友として命までは取らん。あとは自害するなり国を出るなり自分で決めるんだな」
本来なら死んだ者に唯一の情けとして告げた。
だが最後にもう一つ伝えなくては気が済まされないことがある。
「良い剣だった。剣士には向いている」
カイセイも、そう思うと微笑を添えていた。
「衛兵! キースに手を貸せ! この内戦はアルゴブレロ王の勝利で終戦する!」
棒立ちで見守っていたセルジオ北部の兵士はハッとなり、急にバタバタ動き回り始めた。
カイセイの剣はキースを傷付けてはいないが何かあってはいけない。すぐに安全地へ運び込むよう俺から指示を出している。
「バル様。私達も王のもとへ戻りましょう」
「ああ、急ぐぞ」
「待ちなよ」
呼び止められて振り返ると怨念をまとった市民兵士たちがまだそこに居た。
まるでこちらはまだ戦えるぞと言うように、武器を構えながらずりずりと近寄ってくる。
「終戦だ。聞こえなかったのか?」
俺が言ってもヤツらはその足を止めないようだ。
「ああ……聞こえたさ!!」
体格のでかい男は棍棒をかざして俺へ突撃してきた。
残りの者も後から続いて俺の首を取ろうとしてくる。
これから一対百ほどの戦いが始まるのかと思うと、突然「控えー!!」と声が裂き、誰もが足を止めた。
「皆控えよ。この方を誰と心得ている。我が国クランクビスト、バル王子であるぞ!」
あまり聞くことのない気張った声で、俺でもこれがカイセイであると咄嗟に気付けなかった。
市民兵士は突如見せつけられるカイセイの威厳に静かになり、俺の方では「バル様、こちらの馬をお使い下さい」と手綱を渡されている。
「か、数々の無礼。ど、どうぞお許し下さい……」
よく見れば俺達の手錠を掛けた兵士たちだ。俺と目を合わせるのも怖いらしい。
「カイセイ。急ぐぞ」
「はい!」
馬にまたがれば視界が高くなり、より遠くまで見渡せた。
戦うことを決めてがらんどうにされた港街も、終戦を伝えに行く騎馬隊の後ろ姿もよく見える。
キースはちょうど建物内に入ろうかという背中がそこにあった。
頼りなく丸まった背中を見ていたら、俺はこういう時の自分が嫌だなと思って大きな溜息を付くのである。
どうしようもなく舌打ちをしつつ市民兵士の方を見下ろした。
「お前らが何を恨んで戦うのかは知らん。知らんが、頼れるひとりの政治家を信じきらなかったことはお前らも負けを意味するのだ。勝敗というのは人が死ぬこと以前で決まっている」
それを言い終えたら馬を走らせて南へ下った。
大河での戦いは終わり、すでに片付けが始まっていた。
「……」
俺への返事を監視役はしないのであるが、すっかり自分の任務も忘れたのか両腕を組んで唸り声だけは上げていた。
攻撃をかわす方が劣勢だと見られるが、攻撃を仕掛ける方も同じように体力がいる。
よってどちらも苦しそうな表情を浮かべているのが見えていた。
息を飲み集中して見ていたいのであるが阻害してくるものがある。相変わらず鳴り止まん市民兵士の掛け声だ。
決闘とは由緒正しき決断の儀式であるのに、ヤツらのせいでまるで品の無いものに成り下がった。
俺はだんだんと苛つき、歯ぎしりを鳴らしている。
「あれらは多分軍人では無いでしょうね」
「そんな事は分かり切っている」
苛つきついでだ。珍しく人に向けて言葉を発した監視役にも、いちいち喜んだりせずに俺は言い返した。
「軍人ならまず、武器を取り扱う前に礼儀を習う」
関所モドキで襲ってきた野蛮人の方がまだ良い連中だった。と、俺は独り言としてグチグチ喋っていた。
その間に試合には変化の兆しがあった。
とうとうカイセイが足を滑らせて体勢が崩れてしまったのである。
これを行けと市民兵士は声を荒らげた。キースも「やああ!」と剣を振り上げ止めの構えを見せる。
キースの勝利が確定したと、誰もが思えるシーンだ。……だが何人が真意に気付けただろう。
「ううっ!!」
瞬きの後には、うめき声と共にキースが倒れ込んでいる。
カイセイは地面に腹ばいになったキースを引っ剥がし、その左肩辺りに短剣を突き刺した。
土汚れたキースの顔に、カイセイの汗がポタリポタリと落ちている。
「……勝負ありです」
息を切らせながらカイセイが言った。
カイセイの勝ちだ。キースの負けだ。
咄嗟に何が起こったか分からん市民兵士は、戸惑いの色を隠せずにオロオロとしていた。
俺はキースのもとへ行き「立てるか?」と問う。
キースは寝転びながら手で顔を拭いた。
「ありがとうございます……」
そんな場違いな言葉を言い、手についた土が目にでも入ったのか、いつまでも顔を手で覆い離そうとしなかった。
「お前の負けだ。ここでは近しい友として命までは取らん。あとは自害するなり国を出るなり自分で決めるんだな」
本来なら死んだ者に唯一の情けとして告げた。
だが最後にもう一つ伝えなくては気が済まされないことがある。
「良い剣だった。剣士には向いている」
カイセイも、そう思うと微笑を添えていた。
「衛兵! キースに手を貸せ! この内戦はアルゴブレロ王の勝利で終戦する!」
棒立ちで見守っていたセルジオ北部の兵士はハッとなり、急にバタバタ動き回り始めた。
カイセイの剣はキースを傷付けてはいないが何かあってはいけない。すぐに安全地へ運び込むよう俺から指示を出している。
「バル様。私達も王のもとへ戻りましょう」
「ああ、急ぐぞ」
「待ちなよ」
呼び止められて振り返ると怨念をまとった市民兵士たちがまだそこに居た。
まるでこちらはまだ戦えるぞと言うように、武器を構えながらずりずりと近寄ってくる。
「終戦だ。聞こえなかったのか?」
俺が言ってもヤツらはその足を止めないようだ。
「ああ……聞こえたさ!!」
体格のでかい男は棍棒をかざして俺へ突撃してきた。
残りの者も後から続いて俺の首を取ろうとしてくる。
これから一対百ほどの戦いが始まるのかと思うと、突然「控えー!!」と声が裂き、誰もが足を止めた。
「皆控えよ。この方を誰と心得ている。我が国クランクビスト、バル王子であるぞ!」
あまり聞くことのない気張った声で、俺でもこれがカイセイであると咄嗟に気付けなかった。
市民兵士は突如見せつけられるカイセイの威厳に静かになり、俺の方では「バル様、こちらの馬をお使い下さい」と手綱を渡されている。
「か、数々の無礼。ど、どうぞお許し下さい……」
よく見れば俺達の手錠を掛けた兵士たちだ。俺と目を合わせるのも怖いらしい。
「カイセイ。急ぐぞ」
「はい!」
馬にまたがれば視界が高くなり、より遠くまで見渡せた。
戦うことを決めてがらんどうにされた港街も、終戦を伝えに行く騎馬隊の後ろ姿もよく見える。
キースはちょうど建物内に入ろうかという背中がそこにあった。
頼りなく丸まった背中を見ていたら、俺はこういう時の自分が嫌だなと思って大きな溜息を付くのである。
どうしようもなく舌打ちをしつつ市民兵士の方を見下ろした。
「お前らが何を恨んで戦うのかは知らん。知らんが、頼れるひとりの政治家を信じきらなかったことはお前らも負けを意味するのだ。勝敗というのは人が死ぬこと以前で決まっている」
それを言い終えたら馬を走らせて南へ下った。
大河での戦いは終わり、すでに片付けが始まっていた。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる