94 / 172
Ⅱ.拓かれる秘境国
交渉‐思想の違う王ら‐
しおりを挟む
ニューリアン国土最南端の荒野地帯。
ここは真冬の道が悪い中で馬車を走らせた記憶が新しい。
それが今はどうだ。
しっかり土の道が見えているから馬車は安定しているし、ところどころか細い野花が咲いて野ウサギまで駆け巡っているではないか。
俺はこういう旅路が一番好きなのである。まあ大体の人間がそうだと思うが。
「一度ニューリアンに寄ってから馬に乗り換えます」
「ああ、分かっている」
あれだけ俺が国を抜けるのを嫌がっていたカイセイだが、出発してみるとやけに段取りが良い。
そういえば、あれからカイセイとスイナの文通は再開したとのことを聞いていた。
良好な関係を築けており、このあと会えるのが嬉しいのか? と、俺は心の中で尋ねた。
この狭い空間で、身内の浮いた話を聞くのも何となく嫌だと思ったから口には出さない。
「あの話、マルク王が許して下さるでしょうか」
不意にカイセイがつぶやいた。自身の結婚話を、では無い。これから俺の方から持ちかける案件のことを心配している。
「五分五分といったところだな。一応マルク王の意向には沿ってあるが、あの人は古い風習を続けたがる性分だ」
だが、あの会議を欠席するほどの何かが起こっているはずである。
それによりマルク王の考え方も変わっていれば良いなと、こちらは期待に賭けていた。
「王は分からんが、シャーロットはおそらく賛成してくれるだろう」
「そうでしょうか?」
「そうだ」
ここで不安を募らせていても仕方がない。
「しっかし何の音沙汰も無いな。この向こうで戦が起きているとは信じられん」
俺は窓から外を見て言う。
荒野は荒れた土地で作物を育てるのには不向きである。
不向きであるから人も住まん。ただひとつ、そんな中にぽつんと建つ宿舎小屋を見送っただけだ。
あれは情報売りの老人と少し話をした宿である。
じじいは旅人であった。もう他所の国に移動したのだろうか。
「戦地となっているのはセルジオ内の川辺だけど聞いています」
「南北を分けている川のことか」
「はい。そこまで激化していないのではと予想していますが」
ふーん。と鼻を鳴らしながら俺はずっと窓の外ばかり覗いている。
メアネル家御殿。この馬車はまたあの庭で豪華な歓迎を受けた。
今回こそは家族総出であり、丸々としたマルク王もご満悦な笑顔で迎えてくれた。
新しく生まれた命を抱く婦人にも挨拶が出来たし、とりあえず前回の埋め合わせのようなものはその場で叶った。
きしむ廊下をシャーロットが案内しながら進んで行く。
「大事なお話ってわたくしとの結婚話かしら?」
振り返りながらはにかむ美人の姫君に、俺は「アホか」と言っている。
朝食の匂いが残る広間の席で、俺とカイセイはマルク王と対面した。
シャーロットは席を外している。俺の監視役二号は椅子には座らず俺の背後に立っているようだ。
「難しい顔つきだな。景気づけにワインでも開けようか?」
「いえ。我々はこのあとすぐに発ちますので」
せっかくの誘いにカイセイがピシャリと断った。
もう少し優しい言い方をすれば良いのにと俺は思うし、マルク王も若干気まずそうにタジタジになる。
「じゃ、じゃあ水を……」
マルクの指示で使用人が部屋を出て行った。
三人分のグラスが運ばれてくるまで実に静かである。
うちの者のせいで張り詰めてしまった空気だ。俺から先に話し始めることにする。
「こんなに早くまた会えるとは思いませんでしたよ」
軽く笑顔を作って言うと、マルク王も固まっていた表情が和らいだようだ。
「いや僕もそう思っていた」
ワッハッハといつもの調子で大笑いを響かせた。
グラスを運んだ使用人も、良かったとばかりにスキップしながら部屋を出る。
「早速……と、行きたいのですが、その前に私は王に聞きたいことがあります」
「ああ良いとも。何でも聞きなさい」
「九カ国首脳会議でキースを代理にさせたのは不思議でたまりません。あれはアルゴブレロへの挑戦状か何かですか?」
聞くとまたマルク王は腹を抱えて笑った。
ひとしきり笑ったあと瞳を光らせて「“アルゴブレロ王”と呼ばねばならんな」と叱る。
「すみません。名が長いので」
「まあ分からなくも無いから別に良いんだけども。ただしヤツのことを侮ってはいけないよよ? あんな脳筋に見えてアルゴブレロは若い時から戦の天才と呼ばれた男だ。『セルジオ王に読めぬ戦略無し』これは迷信じゃない。恐ろしいのはその奇能が老いた今も劣っていないところさ」
セルジオ国王アルゴブレロのことを良く知らない俺達に、マルクは少し説明を加えた。
「鉄壁の国は、何も兵士が凄腕というだけでは無いんだ。鋭く計算尽くされた脳で敵兵の上を描いていけるアルゴブレロの力あってこそ。その力を見込んで兵士は最もヤツのことを信頼し、個人の腕も上げるし、軍隊としての団結力も築いていけるのさ」
壮大に語ったあとはテーブルの上のナッツに手を伸ばし、小指を除いた四本の指で掴んだだけを一気に口の中に放り投げている。
平和主義を持つマルク王から、軍隊の話が出てくるのは若干意外であった。
ナッツをぼりぼりと噛み砕きながら「尊敬しなきゃいけないよ」と言うが、その姿勢のせいで楽観的に見えた。
「お二人は仲がよろしいでのすか?」
疑問に思ったらしくカイセイの方から聞いている。
俺も同じだ。やけに褒めるから付き合いがあるのかと驚いていたところであった。
「大嫌いだ。声も聞きたくない」
マルク王にとって顔を合わせる以前の問題だそうである。
ここは真冬の道が悪い中で馬車を走らせた記憶が新しい。
それが今はどうだ。
しっかり土の道が見えているから馬車は安定しているし、ところどころか細い野花が咲いて野ウサギまで駆け巡っているではないか。
俺はこういう旅路が一番好きなのである。まあ大体の人間がそうだと思うが。
「一度ニューリアンに寄ってから馬に乗り換えます」
「ああ、分かっている」
あれだけ俺が国を抜けるのを嫌がっていたカイセイだが、出発してみるとやけに段取りが良い。
そういえば、あれからカイセイとスイナの文通は再開したとのことを聞いていた。
良好な関係を築けており、このあと会えるのが嬉しいのか? と、俺は心の中で尋ねた。
この狭い空間で、身内の浮いた話を聞くのも何となく嫌だと思ったから口には出さない。
「あの話、マルク王が許して下さるでしょうか」
不意にカイセイがつぶやいた。自身の結婚話を、では無い。これから俺の方から持ちかける案件のことを心配している。
「五分五分といったところだな。一応マルク王の意向には沿ってあるが、あの人は古い風習を続けたがる性分だ」
だが、あの会議を欠席するほどの何かが起こっているはずである。
それによりマルク王の考え方も変わっていれば良いなと、こちらは期待に賭けていた。
「王は分からんが、シャーロットはおそらく賛成してくれるだろう」
「そうでしょうか?」
「そうだ」
ここで不安を募らせていても仕方がない。
「しっかし何の音沙汰も無いな。この向こうで戦が起きているとは信じられん」
俺は窓から外を見て言う。
荒野は荒れた土地で作物を育てるのには不向きである。
不向きであるから人も住まん。ただひとつ、そんな中にぽつんと建つ宿舎小屋を見送っただけだ。
あれは情報売りの老人と少し話をした宿である。
じじいは旅人であった。もう他所の国に移動したのだろうか。
「戦地となっているのはセルジオ内の川辺だけど聞いています」
「南北を分けている川のことか」
「はい。そこまで激化していないのではと予想していますが」
ふーん。と鼻を鳴らしながら俺はずっと窓の外ばかり覗いている。
メアネル家御殿。この馬車はまたあの庭で豪華な歓迎を受けた。
今回こそは家族総出であり、丸々としたマルク王もご満悦な笑顔で迎えてくれた。
新しく生まれた命を抱く婦人にも挨拶が出来たし、とりあえず前回の埋め合わせのようなものはその場で叶った。
きしむ廊下をシャーロットが案内しながら進んで行く。
「大事なお話ってわたくしとの結婚話かしら?」
振り返りながらはにかむ美人の姫君に、俺は「アホか」と言っている。
朝食の匂いが残る広間の席で、俺とカイセイはマルク王と対面した。
シャーロットは席を外している。俺の監視役二号は椅子には座らず俺の背後に立っているようだ。
「難しい顔つきだな。景気づけにワインでも開けようか?」
「いえ。我々はこのあとすぐに発ちますので」
せっかくの誘いにカイセイがピシャリと断った。
もう少し優しい言い方をすれば良いのにと俺は思うし、マルク王も若干気まずそうにタジタジになる。
「じゃ、じゃあ水を……」
マルクの指示で使用人が部屋を出て行った。
三人分のグラスが運ばれてくるまで実に静かである。
うちの者のせいで張り詰めてしまった空気だ。俺から先に話し始めることにする。
「こんなに早くまた会えるとは思いませんでしたよ」
軽く笑顔を作って言うと、マルク王も固まっていた表情が和らいだようだ。
「いや僕もそう思っていた」
ワッハッハといつもの調子で大笑いを響かせた。
グラスを運んだ使用人も、良かったとばかりにスキップしながら部屋を出る。
「早速……と、行きたいのですが、その前に私は王に聞きたいことがあります」
「ああ良いとも。何でも聞きなさい」
「九カ国首脳会議でキースを代理にさせたのは不思議でたまりません。あれはアルゴブレロへの挑戦状か何かですか?」
聞くとまたマルク王は腹を抱えて笑った。
ひとしきり笑ったあと瞳を光らせて「“アルゴブレロ王”と呼ばねばならんな」と叱る。
「すみません。名が長いので」
「まあ分からなくも無いから別に良いんだけども。ただしヤツのことを侮ってはいけないよよ? あんな脳筋に見えてアルゴブレロは若い時から戦の天才と呼ばれた男だ。『セルジオ王に読めぬ戦略無し』これは迷信じゃない。恐ろしいのはその奇能が老いた今も劣っていないところさ」
セルジオ国王アルゴブレロのことを良く知らない俺達に、マルクは少し説明を加えた。
「鉄壁の国は、何も兵士が凄腕というだけでは無いんだ。鋭く計算尽くされた脳で敵兵の上を描いていけるアルゴブレロの力あってこそ。その力を見込んで兵士は最もヤツのことを信頼し、個人の腕も上げるし、軍隊としての団結力も築いていけるのさ」
壮大に語ったあとはテーブルの上のナッツに手を伸ばし、小指を除いた四本の指で掴んだだけを一気に口の中に放り投げている。
平和主義を持つマルク王から、軍隊の話が出てくるのは若干意外であった。
ナッツをぼりぼりと噛み砕きながら「尊敬しなきゃいけないよ」と言うが、その姿勢のせいで楽観的に見えた。
「お二人は仲がよろしいでのすか?」
疑問に思ったらしくカイセイの方から聞いている。
俺も同じだ。やけに褒めるから付き合いがあるのかと驚いていたところであった。
「大嫌いだ。声も聞きたくない」
マルク王にとって顔を合わせる以前の問題だそうである。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる