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Ⅱ.拓かれる秘境国
九カ国首脳会議1
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広大な敷地の入口で俺は馬車から降ろされた。
車の点検でもするのかと思ってすんなり降りてしまったが最後。馬車はそのまま来た道を引き返して、ついには後腐れもなく去っていってしまったのである。
訳も分からんまま俺は馬車を見送った。
道以外には、建物も木陰も無いだだっ広い緑の芝生だった。
俺は呆然と立ち尽くすことしか出来ないのであった。
「自力で歩けと?」
そういうことなんだろうと勝手に思って芝生に踏み入る。
さすがによく手入れされた芝生であった。こんなところを軽々歩いて怒られたりしないだろうか、と頭をよぎったがもう遅いか。
しばらく歩いてから俺が向かうのと違う方向に建物があるのに気付く。
まさか最初からそこにあったのだとは信じたくない。俺は既に額に汗がにじむほど歩いたのだ。
しかし距離はまだまだ遠い。白くて立派そうな建物としか認識できんくらいだ。
「一体どれほど広いのだ、この敷地」
鳥のさえずりを背に俺はゼイゼイハアハアと言いながら歩く。
建物を目指していると、すぐに芝生の中に土の道も見つけてしまった。
土の道を歩くとだんだん建物に近づいた。そして次第にその仰々しさも分かってくる。
そこに君臨しているのは古代遺産ばりの聖堂であった。
デカい支柱と、やけに緻密な飾り彫りが特徴的である。
白石造りの建物は差し色も無く実にシンプル。それゆえ神々しさを象徴する建物だった。
天まで届くとはよく言ったもので、この聖堂も足元にやって来れば息を呑む高さに屋根がある。
屋根まで石なのは落ちては来ないかと少し不安もよぎってしまうが。
「レイヴン・バル様でございますね」
半口を開けて見上げていたら声をかけられた。
軍服を着た綺麗めの男だ。おそらく警備を任された兵士なのだろう。
「長旅お疲れ様でした。中に入る前に少しよろしいでしょうか」
「ああ」
俺はその兵士からいくつか質問を受けることになる。
内容というのは同伴者の有無、俺がここへ来た経路、宿泊場所など事務的なことだ。
「俺はひとりで自国を出てからカイロニアにやってきた……」
経路は西部の国境からメルチへ入り、街道を通って隣国ベンブルクへと渡る。
ベングルクでは馬を三回乗り換えてカイロニア王国に到着。ここでも二回馬車に乗った。
そのあと勝手に降ろされて、俺はこのムダに広い敷地を必死に歩いて来た。
……と、俺は壮絶だった道のりを嫌味のようにねちりねちりと語った。
この兵士は、俺に特に詳しく話せと言ったのでそのように言ったまでだ。
「この敷地全体が歴史的な遺産ですので、馬も車も立ち入ることは出来ません」
「だろうな。この建物を見たら何となくそう思っていた」
俺はだるく言う。だとしても憎いのは変わらない。
「交通費は出るのだろうな」
「はい。もちろんです」
にこりとも微笑まず兵士は真面目な顔で答えた。
俺はつまらんので、兵士が手元の用紙に書ききるまで空でも眺めて時間をつぶす。
ちょうど青空には雲がひとつぽっかり浮かんでいた。
あの雲なら山を越えていけるのだなと俺は思う。
わざわざ二国も渡って来ずに、一山超えてこの隣の国にたどり着けるので羨ましい。
「失礼ですが、ボディーチェックをさせて頂いてもよろしいでしょうか」
「俺が危険物でも持ち込んでいると?」
「規則ですので」
まあ、これから各国の代表と会うのだ。当然だろうと思い、書紀係の方へ向いて両手を上げるた。
兵士は腹のあたりに手を入れてきて、服や体までを確認してきた。
「もう代表たちは集まってるのか?」
「いいえ。少し遅れる方もいらっしゃるかと思います」
「遅れる?」
兵士は特に返事を返さなかった。
俺もそれ以上別に聞きたいことも無いので黙っている。
「はい。大丈夫です。では中央の部屋に進みお待ち下さい」
チェックが済むと中へ入れるようだ。
「どうも」と軽く挨拶をしておき、俺は聖堂の中に足を踏み入れる。
だがどうだ。さすが石造りの内部は冷えに冷えていた。
「……おお寒っ」
そして俺の声は、広く何もないエントランスによく響いた。
会議の場は奥の部屋である。奥と言ってもその先ひとつしか部屋が無いので、迷うことなどありえない。
まさに聖堂の中心核といえるこの部屋は、神への崇拝の儀式を行う場所である。
今もう使われてはいないだろう、ひび割れた祭壇が当時の姿を物語っていた。
「なんだこれは……」
思わず声に出さざる負えない。
なにせ、あの天まで届く高さの屋根部が頭上にある。おおよそ三階建てを吹き抜けにしたかのような高さだ。
そのため屋根を支える柱はやたらめったら多い。
柱の飾り彫りを鑑賞するよりも、この建物の耐久性は平気なのだろうかと気が気でならん。
天井も石で古い建物なのだから保証は無い。落ちてくれば全員命は無いだろう。
しかも柱と柱の間は扉なのか窓なのか。全て開け放っていて青々とした芝生が見えている。
「なんて危なっかしい……」
俺は見事に怖気づいていて、ひっそりとエントランスの方へ後ずさりしていた。
「おっかないですよね」
不意に後ろから声がしたことで別の意味で俺は肩を震わせる。
声の主はそこで世間話をするでもなく微笑むだけで、俺の横を通り過ぎて吹き抜けの部屋に入って行った。
白髪頭の痩せた頬が印象的である男だったが俺とは初対面だ。
代表者の円卓に座ったから、あの男もどこかの国の偉い人物なんだろうとは思う。
車の点検でもするのかと思ってすんなり降りてしまったが最後。馬車はそのまま来た道を引き返して、ついには後腐れもなく去っていってしまったのである。
訳も分からんまま俺は馬車を見送った。
道以外には、建物も木陰も無いだだっ広い緑の芝生だった。
俺は呆然と立ち尽くすことしか出来ないのであった。
「自力で歩けと?」
そういうことなんだろうと勝手に思って芝生に踏み入る。
さすがによく手入れされた芝生であった。こんなところを軽々歩いて怒られたりしないだろうか、と頭をよぎったがもう遅いか。
しばらく歩いてから俺が向かうのと違う方向に建物があるのに気付く。
まさか最初からそこにあったのだとは信じたくない。俺は既に額に汗がにじむほど歩いたのだ。
しかし距離はまだまだ遠い。白くて立派そうな建物としか認識できんくらいだ。
「一体どれほど広いのだ、この敷地」
鳥のさえずりを背に俺はゼイゼイハアハアと言いながら歩く。
建物を目指していると、すぐに芝生の中に土の道も見つけてしまった。
土の道を歩くとだんだん建物に近づいた。そして次第にその仰々しさも分かってくる。
そこに君臨しているのは古代遺産ばりの聖堂であった。
デカい支柱と、やけに緻密な飾り彫りが特徴的である。
白石造りの建物は差し色も無く実にシンプル。それゆえ神々しさを象徴する建物だった。
天まで届くとはよく言ったもので、この聖堂も足元にやって来れば息を呑む高さに屋根がある。
屋根まで石なのは落ちては来ないかと少し不安もよぎってしまうが。
「レイヴン・バル様でございますね」
半口を開けて見上げていたら声をかけられた。
軍服を着た綺麗めの男だ。おそらく警備を任された兵士なのだろう。
「長旅お疲れ様でした。中に入る前に少しよろしいでしょうか」
「ああ」
俺はその兵士からいくつか質問を受けることになる。
内容というのは同伴者の有無、俺がここへ来た経路、宿泊場所など事務的なことだ。
「俺はひとりで自国を出てからカイロニアにやってきた……」
経路は西部の国境からメルチへ入り、街道を通って隣国ベンブルクへと渡る。
ベングルクでは馬を三回乗り換えてカイロニア王国に到着。ここでも二回馬車に乗った。
そのあと勝手に降ろされて、俺はこのムダに広い敷地を必死に歩いて来た。
……と、俺は壮絶だった道のりを嫌味のようにねちりねちりと語った。
この兵士は、俺に特に詳しく話せと言ったのでそのように言ったまでだ。
「この敷地全体が歴史的な遺産ですので、馬も車も立ち入ることは出来ません」
「だろうな。この建物を見たら何となくそう思っていた」
俺はだるく言う。だとしても憎いのは変わらない。
「交通費は出るのだろうな」
「はい。もちろんです」
にこりとも微笑まず兵士は真面目な顔で答えた。
俺はつまらんので、兵士が手元の用紙に書ききるまで空でも眺めて時間をつぶす。
ちょうど青空には雲がひとつぽっかり浮かんでいた。
あの雲なら山を越えていけるのだなと俺は思う。
わざわざ二国も渡って来ずに、一山超えてこの隣の国にたどり着けるので羨ましい。
「失礼ですが、ボディーチェックをさせて頂いてもよろしいでしょうか」
「俺が危険物でも持ち込んでいると?」
「規則ですので」
まあ、これから各国の代表と会うのだ。当然だろうと思い、書紀係の方へ向いて両手を上げるた。
兵士は腹のあたりに手を入れてきて、服や体までを確認してきた。
「もう代表たちは集まってるのか?」
「いいえ。少し遅れる方もいらっしゃるかと思います」
「遅れる?」
兵士は特に返事を返さなかった。
俺もそれ以上別に聞きたいことも無いので黙っている。
「はい。大丈夫です。では中央の部屋に進みお待ち下さい」
チェックが済むと中へ入れるようだ。
「どうも」と軽く挨拶をしておき、俺は聖堂の中に足を踏み入れる。
だがどうだ。さすが石造りの内部は冷えに冷えていた。
「……おお寒っ」
そして俺の声は、広く何もないエントランスによく響いた。
会議の場は奥の部屋である。奥と言ってもその先ひとつしか部屋が無いので、迷うことなどありえない。
まさに聖堂の中心核といえるこの部屋は、神への崇拝の儀式を行う場所である。
今もう使われてはいないだろう、ひび割れた祭壇が当時の姿を物語っていた。
「なんだこれは……」
思わず声に出さざる負えない。
なにせ、あの天まで届く高さの屋根部が頭上にある。おおよそ三階建てを吹き抜けにしたかのような高さだ。
そのため屋根を支える柱はやたらめったら多い。
柱の飾り彫りを鑑賞するよりも、この建物の耐久性は平気なのだろうかと気が気でならん。
天井も石で古い建物なのだから保証は無い。落ちてくれば全員命は無いだろう。
しかも柱と柱の間は扉なのか窓なのか。全て開け放っていて青々とした芝生が見えている。
「なんて危なっかしい……」
俺は見事に怖気づいていて、ひっそりとエントランスの方へ後ずさりしていた。
「おっかないですよね」
不意に後ろから声がしたことで別の意味で俺は肩を震わせる。
声の主はそこで世間話をするでもなく微笑むだけで、俺の横を通り過ぎて吹き抜けの部屋に入って行った。
白髪頭の痩せた頬が印象的である男だったが俺とは初対面だ。
代表者の円卓に座ったから、あの男もどこかの国の偉い人物なんだろうとは思う。
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