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Ⅱ.籠れぬ冬
強引な教育係‐思いがけなく再会‐
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嫌々で連れてこられた一室であるが、扉を開けると中にはすでに一人居た。暖炉の前でしゃがみこんでいた人物は、扉が開く音にこちらを見上げた。
俺はそれがエセルであると分かると、目が合った瞬間に廊下の壁に身を隠す。
「お、おい。なんでエセルがいるんだ!?」
カイセイも部屋の中を確認し、エセルには「お一人ですか?」などと聞いた。
「は、はい。ロマナさんがここで待っていてと」
ずいぶんと懐かしい声を壁越しに聞く。
声を聞いただけではエセルは追放にはならんだろうな、と俺は心底心配になった。
「ロマナがお二人を呼んだのでしたら、きっと追放にはなりませんよ」
俺の顔色を見てカイセイが言う。
「バル様はエセル様とお待ちください。私はロマナを探してきます」
それでカイセイは目星をつけた場所へと歩き出してしまった。
季節は真冬だ。氷の廊下でずっと立ちっぱなしというのは大変辛いことである。俺はそっと開けられた扉から部屋の中に入ることにした。
「失礼するぞ」
「ど、どうぞ」
自宅であるのに俺はよそよそしくし、中のエセルもどこか明後日の方向へ目線を避けていた。
部屋の中との温度差があると、無意識のうちに暖まりたいという仕草を出してしまう。
俺が両肩をさすった音を聞きつけたエセルが、暖炉の前を少し動いて場所を開けていた。
素直に冷えていた俺はそこの空いた場所へスッと寄り、エセルと同じくしゃがみ込んでいる。
「お、お久しぶりですね。……お元気でしたか?」
目線を外したままでエセルが言った。
ぎこちなさは俺もである。
「ああ……まあ普通だ。そっちは元気か?」
「はい! と、とっても元気でした!」
それ以上の会話は続かずに一旦終わる。
俺はパチパチと爆ぜる薪の音を聞いているとだんだん落ち着いたのだが、エセルの方は緊張したままずっと喋っていた。
気を遣ってしきりに笑っている。
新しい薪を焚べて炎が燃え移る様子を眺めていると、ふと静かであることに気付く。
しきりに喋っていたエセルが消えてしまったのかと思い、目線を横に向けると急にエセルと両目が合った。
お互いに肩を震わせて再び火が燃えるのを熟視している。
「あの……王子」
そういえばエセルは俺のことをそう呼んでいたな、と懐かしい気持ちがした。
「どうした?」
「ちょっと、お聞きしたいことが」
しかしそんなタイミングで別の声が入ってくる。
「おやおやお? 二人、良い感じじゃないの~?」
まさかカイセイなわけがあるか。
扉を見上げると隙間から中性的な顔が出ていた。かなりのご機嫌でニコニコと笑っている。
「やあバル君、ひさしぶり!」
およそ十年ぶりのその顔は、まるっきり当時のままですぐにロマナだと分かった。しかしよくよく考えると、十年も経ったのに同じ顔だとは恐ろしくもあるが。
そんなロマナは、舞台俳優のように両手を広げて部屋に堂々と入ってくる。
ジャケットにスラックスを履くという男らしさをまとったこの女性は、昔からとにかく目立ちたがり屋だった。
そのまま俺のもとへやってくると、敬愛のハグと見せかけて俺のことを抱きしめ高々と持ち上げた。そして次には自らグルグルと回転した。
おそらくロマンス小説などではアハハ、ウフフと男女が抱き合う感動シーンなんだと思うが……実際にされてみると全然違う。
「もう、ずいぶん大きくなっちゃって! 男らしくなったじゃないのー!」
身長差で負けている俺の足は浮いている。
「や……やめろぉ……」
ロマナだけがアハハと嬉しそうに、そして楽しそうに笑っていた。
ようやく下ろしてもらえた俺は地面に屈し、床に這いつくばっていた。
感動の再会は涙が込み上げるものではなく、別のものが胃から込み上げそうだったからだ。
「ちゃんと話せたかね?」
「あっ、はい……」
「声に自信が無いね」
「すみません……」
視界の端でロマナとエセルの会話がなされている。
二人はもう知り合いにはなっていたらしい。仲良しという感じの内容では無いように聞こえたが。
「お前らは先に会っていたのか」
俺が問いかけるとロマナが答えた。
「エセル君とは廊下ですれ違ったからスカウトしたんだ。何だかずいぶん思い悩んでいるお手伝いさんがいるなと思って声をかけてみたら、まさかエセル君だったなんてびっくりしたよ。バル君の元花嫁さんなら、もっと華やかさのある人かと思ったものさ。これじゃ平民と変わらないよね」
ロマナは流れるようにつらつらと言った。それから最後にはやれやれと両手を上げていた。
彼女の毒舌に怒ったり悲しんだりする人物はわりと多いだろう。敵を作りやすいタイプだと言える。
しかしエセルとは相性が良いようだった。
「すみません、もうちょっと努力します」
苦笑で対応できる穏やかさはロマナの上を行っているなと思った。
この二人は顔見知りになったものの自己紹介までには至っていないと言うから、よく知る俺の方からロマナを紹介してやる。
「ロマナはな、俺やカイセイの教育係だったのだ」
「教育係……学校の先生だったのですか?」
「いや、どちらかと言えば家庭教師みたいなものだな。俺は家柄、行事に出席しないといけなかったりして学校には通えなかったから、代わりに家で勉強を教えてもらっていた」
「なるほど」
「だが普通の学業とは一味違うぞ。国のあり方、歴史や地理や法律などは将来公務をするにあたって基本として全部教わった。他にも、食事のマナー、接待の仕方、茶の入れ方に踊りや歌まで歌わされるんだぞ」
聞いていたロマナは横で高らかに笑った。
「まるで私が少年バル君に酷いことをしたみたいに言うじゃないの」
「ああ、酷かったとも。なあカイセイ」
話を振ったカイセイはそうでもなかったという反応を見せている。
そうだあいつはロマナに教わるのが楽しみで仕方がないとか言うような変態であったことを思い出した。
次はエセルの紹介をしようとする。ところが、素早くロマナが話を制して止めた。
「エセル君のことは王妃からよーく聞いてきたよ。大丈夫。全部分かっている」
ロマナは俺に向かってウインクを投げかけてきた。
彼女の言う「全部」が、エセルがネザリアの姫であること以上の、本当に全部だということを伝えようとしているのだ。
一般市民から王家の陰謀によって引き抜かれ、隠し子の姫として偽って利用された経緯を、全て王妃から聞いたのだと思う。
「そうか。なら良い」
俺が了解するとロマナは微笑で返しただけだった。
俺はそれがエセルであると分かると、目が合った瞬間に廊下の壁に身を隠す。
「お、おい。なんでエセルがいるんだ!?」
カイセイも部屋の中を確認し、エセルには「お一人ですか?」などと聞いた。
「は、はい。ロマナさんがここで待っていてと」
ずいぶんと懐かしい声を壁越しに聞く。
声を聞いただけではエセルは追放にはならんだろうな、と俺は心底心配になった。
「ロマナがお二人を呼んだのでしたら、きっと追放にはなりませんよ」
俺の顔色を見てカイセイが言う。
「バル様はエセル様とお待ちください。私はロマナを探してきます」
それでカイセイは目星をつけた場所へと歩き出してしまった。
季節は真冬だ。氷の廊下でずっと立ちっぱなしというのは大変辛いことである。俺はそっと開けられた扉から部屋の中に入ることにした。
「失礼するぞ」
「ど、どうぞ」
自宅であるのに俺はよそよそしくし、中のエセルもどこか明後日の方向へ目線を避けていた。
部屋の中との温度差があると、無意識のうちに暖まりたいという仕草を出してしまう。
俺が両肩をさすった音を聞きつけたエセルが、暖炉の前を少し動いて場所を開けていた。
素直に冷えていた俺はそこの空いた場所へスッと寄り、エセルと同じくしゃがみ込んでいる。
「お、お久しぶりですね。……お元気でしたか?」
目線を外したままでエセルが言った。
ぎこちなさは俺もである。
「ああ……まあ普通だ。そっちは元気か?」
「はい! と、とっても元気でした!」
それ以上の会話は続かずに一旦終わる。
俺はパチパチと爆ぜる薪の音を聞いているとだんだん落ち着いたのだが、エセルの方は緊張したままずっと喋っていた。
気を遣ってしきりに笑っている。
新しい薪を焚べて炎が燃え移る様子を眺めていると、ふと静かであることに気付く。
しきりに喋っていたエセルが消えてしまったのかと思い、目線を横に向けると急にエセルと両目が合った。
お互いに肩を震わせて再び火が燃えるのを熟視している。
「あの……王子」
そういえばエセルは俺のことをそう呼んでいたな、と懐かしい気持ちがした。
「どうした?」
「ちょっと、お聞きしたいことが」
しかしそんなタイミングで別の声が入ってくる。
「おやおやお? 二人、良い感じじゃないの~?」
まさかカイセイなわけがあるか。
扉を見上げると隙間から中性的な顔が出ていた。かなりのご機嫌でニコニコと笑っている。
「やあバル君、ひさしぶり!」
およそ十年ぶりのその顔は、まるっきり当時のままですぐにロマナだと分かった。しかしよくよく考えると、十年も経ったのに同じ顔だとは恐ろしくもあるが。
そんなロマナは、舞台俳優のように両手を広げて部屋に堂々と入ってくる。
ジャケットにスラックスを履くという男らしさをまとったこの女性は、昔からとにかく目立ちたがり屋だった。
そのまま俺のもとへやってくると、敬愛のハグと見せかけて俺のことを抱きしめ高々と持ち上げた。そして次には自らグルグルと回転した。
おそらくロマンス小説などではアハハ、ウフフと男女が抱き合う感動シーンなんだと思うが……実際にされてみると全然違う。
「もう、ずいぶん大きくなっちゃって! 男らしくなったじゃないのー!」
身長差で負けている俺の足は浮いている。
「や……やめろぉ……」
ロマナだけがアハハと嬉しそうに、そして楽しそうに笑っていた。
ようやく下ろしてもらえた俺は地面に屈し、床に這いつくばっていた。
感動の再会は涙が込み上げるものではなく、別のものが胃から込み上げそうだったからだ。
「ちゃんと話せたかね?」
「あっ、はい……」
「声に自信が無いね」
「すみません……」
視界の端でロマナとエセルの会話がなされている。
二人はもう知り合いにはなっていたらしい。仲良しという感じの内容では無いように聞こえたが。
「お前らは先に会っていたのか」
俺が問いかけるとロマナが答えた。
「エセル君とは廊下ですれ違ったからスカウトしたんだ。何だかずいぶん思い悩んでいるお手伝いさんがいるなと思って声をかけてみたら、まさかエセル君だったなんてびっくりしたよ。バル君の元花嫁さんなら、もっと華やかさのある人かと思ったものさ。これじゃ平民と変わらないよね」
ロマナは流れるようにつらつらと言った。それから最後にはやれやれと両手を上げていた。
彼女の毒舌に怒ったり悲しんだりする人物はわりと多いだろう。敵を作りやすいタイプだと言える。
しかしエセルとは相性が良いようだった。
「すみません、もうちょっと努力します」
苦笑で対応できる穏やかさはロマナの上を行っているなと思った。
この二人は顔見知りになったものの自己紹介までには至っていないと言うから、よく知る俺の方からロマナを紹介してやる。
「ロマナはな、俺やカイセイの教育係だったのだ」
「教育係……学校の先生だったのですか?」
「いや、どちらかと言えば家庭教師みたいなものだな。俺は家柄、行事に出席しないといけなかったりして学校には通えなかったから、代わりに家で勉強を教えてもらっていた」
「なるほど」
「だが普通の学業とは一味違うぞ。国のあり方、歴史や地理や法律などは将来公務をするにあたって基本として全部教わった。他にも、食事のマナー、接待の仕方、茶の入れ方に踊りや歌まで歌わされるんだぞ」
聞いていたロマナは横で高らかに笑った。
「まるで私が少年バル君に酷いことをしたみたいに言うじゃないの」
「ああ、酷かったとも。なあカイセイ」
話を振ったカイセイはそうでもなかったという反応を見せている。
そうだあいつはロマナに教わるのが楽しみで仕方がないとか言うような変態であったことを思い出した。
次はエセルの紹介をしようとする。ところが、素早くロマナが話を制して止めた。
「エセル君のことは王妃からよーく聞いてきたよ。大丈夫。全部分かっている」
ロマナは俺に向かってウインクを投げかけてきた。
彼女の言う「全部」が、エセルがネザリアの姫であること以上の、本当に全部だということを伝えようとしているのだ。
一般市民から王家の陰謀によって引き抜かれ、隠し子の姫として偽って利用された経緯を、全て王妃から聞いたのだと思う。
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