クランクビスト‐終戦した隠居諸国王子が、軍事国家王の隠し子を娶る。愛と政治に奔走する物語です‐ 【長編・完結済み】

草壁なつ帆

文字の大きさ
上 下
48 / 172
Ⅰ.最後の宴

町‐冬支度‐

しおりを挟む
「エセルです。書斎に誰もいらっしゃらなかったので、こちらかと」
 朝、自室の扉をノックされた。開けたらそこにエセルが立っているのである。
 それを見て俺は立ち尽くしており、困って頭を掻いたりした。
「わざわざこんな所にまで仕事を貰いに来たのか」
「はい。何か出来ることがあれば!」
「……一応、ここは俺の部屋なんだが」
「はい?」
 目をパチクリさせて顔を見上げられた。俺の言いたいことがエセルには分からないようだ。
 まあいいやと諦めて、ここで立ったまま話を聞いた。
「カイセイ様のお部屋にも行ったんですが、早くに出掛ける用事があるとのことでして。今日は王子も大仕事があるから力になれるかもしれませんと、そう言われてやって来ました」
「言われたって誰に」
「カイセイ様にです」
 平然と答えたエセルの前で俺は項垂れている。何故ならこれでエセルを置いて行きでもしたら、俺は後にとてつもない説教を食らいそうだと思うからだ。
「足手まといにはなりませんから、どうか手伝わせて下さい!」
 エセルのこれは天然と思えば良いのだろうか。
 追い返すことが許されなくなった以上、仕事に付き合わせるしかないかと承諾する。
 こちらの事情も知らずにエセルは喜んだ。
 あいにく俺の用意は出来ているから、エセルにはすぐ隣の部屋へ外套を取りに戻らせるだけで良かった。
 その足で俺達は玄関に降りて城外へ出ていく。まさか城を出るとは思わなかったエセルは戸惑っている。
「遊びに行くんじゃない。今回は真面目に仕事だぞ」
「あっ、はい!」
 二人だけで城を出るのは二度目だ。
 今回は城を抜け出して行くのではなく、堂々と玄関から出ていくので、エセルは逆にそわそわしたと言う。

 二人で大きな石の橋を歩いている。左右を森林に挟まれて日陰が多くなり、外気の温度もぐっと下がったように思う。
 白い息こそまだ出ないが、葉を落とす種類の木は、もうほぼ全ての葉を落としきっているのである。
「……冷えるな」
「そうですね」
 道の先は森のみぞ知ると言わんばかりに茂る場所だ。このまま町に直結できてもここを徒歩で通る者はいなかった。
 こんな冬前の忙しい季節であるから余計にだ。だから俺は前を向き歩みを進めたままで、ひょいとエセルの手を取ったのである。
 しっかりと繋げたその手を暖めてやるはずが、実際はエセルの方が暖かかった。
「王子は恥ずかしがり屋ですね」
 いつも通りの口調でエセルから言ってきた。うふふと小さく笑ったりなどしている。
「……否定はしない」
 俺の方はいつも通りを意識して話した。こう見えて緊張しないはずがない。
 俺の指先はみるみる冷えていくようだが、程よい加減で握り返される手に、心の方が暖かくなっていくのを噛み締めている。
「……」
 俺は黙ったまま密かに思いを馳せた。
 この橋の下には城を抜け出した際に辿った小川が流れている。まさかあれから時が経つと、こんな風にして上を歩くことになるとは思いもしなかっただろう。誠に感慨深い。
「今日はどんな仕事をされるのですか?」
「町の者を尋ねて食料や炭の蓄えを聞いて回る仕事だ」
「聞いて回る仕事?」
 エセルが疑問を持つように、ありふれた仕事では無いなと俺も理解している。
「家の蓄えで無事に冬を越せるかどうか確認する。出来なそうであれば物資を配分する。そうでないと死人が出る程の雪が降るのだこの国は」
「そうですか……過酷ですね」
「ああ。過酷だ。これから命がけの冬ごもりが待っている」
 これは脅しでは無い。伝えるまでもなくエセルはそのように受け取ったようだ。
 のんびり歩いていたが、突然エセルに引っ張られる形となった。
「お、おい!?」
「この国の家を全部回るんですよね? なら、急がないと!」
 ゆったりとした時間は急に終わりを迎えた。
 俺は何故かエセルに急かされることになったのだ。同じ”手を繋ぐ”という状況が、今や”手を引かれている”に成り代わってしまった。
 これではムードも台無しである。
「おい! そんなに急がなくても、家を回るのは数日間かけるし、郊外はカイセイが馬で回っているんだぞ!」
 そう言ってもエセルはやる気を動力にずんずん進んでいった。
 町に到着した時には二人して汗だくである。手だっていつの間にか離れている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

処理中です...