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Ⅰ.最後の宴
庭‐じゃあもう救いようが無いじゃない!‐
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「たしか手紙には祝いたいとか書いてあったと思うが、お前はわざわざ俺に忠告する為にやって来たのか?」
「ええ、そうよ。でももう結婚した後だし手遅れでしょうけどね。いったいわたくしがあなたに何十通手紙をしたためたと思っているの」
シャーロットは誰にでも無く少し怒っていた。
その手紙らが何故届かないのかは、おそらくネザリアの手がかかっているのかと予想している。しかし俺の予想は浅かった。
揺れるフリルの後を追って廊下を進み、シャーロットに用意した来客用の部屋に来た。
「中に入って。でないと話せないわ」
夫婦以外の異性の部屋に入るべきではない。シャーロットはそれを理解した上で、そう言い先に扉をまたいだ。言われたから俺も後から遠慮がちに部屋に入る。
あまり個人の持ち物をじろじろ見たくはないが、カラフルなドレスや化粧道具がたくさんあった。先に入ったはずのシャーロットが見当たらなくて手持ち無沙汰に待っていると、隣の部屋から現れた。麻袋の口を片手ずつ掴んでぶら下げている。
その二つの袋はテーブルの上に置かれた。意外に重圧そうな音が鳴ったのだが、中身が柔らかいのか麻袋は横に伸びてヘタっていた。
「中を確認してちょうだい。全部あなた宛のものよ」
「俺宛?」
言われたことがよく分からずに、とりあえず麻袋をひとつ開けて中を見てみた。入っているのは袋いっぱいの手紙であった。確かにどれも宛先は俺へのものばかり集められている。
そうしている間に、もう一つ同じ麻袋がテーブルに並んだ。
「こっちはカイセイね」
カイセイ宛ての手紙も同様にまとめられているようだ。
「とりあえずこの一年間の国際便よ。これだけでも集めるのにとても苦労したんだから」
「おいおい、まさか他の国からの手紙も届けられていなかったのか?」
ここにある手紙が皆そうであった。郵便のスタンプによる日付ではずいぶんと前のものだということを表しているが、どれも見た覚えが無い。中には王妃に宛てた便箋もある。
信じられずにいるとシャーロットが小さく溜息を吐いた。
「……第一王子が失踪。第二王子が姫を攫って幽閉。王妃様は精神病だと。そんな風に言い回っている動きがあるのよ。あなたが知らない間にね。友好国だって連絡したって一年間も返事が返らないのでは信頼はもう無いに等しいわね」
シャーロットは国として最も辛いことを淡々と述べた。
「たしか西部に唯一平地で隣接している国があったでしょう。そこに話をつけに行くのが良いんじゃないかしら。じゃないと今この国が攻められでもしたら一巻の終わりだわ」
「それはメルチ王国だな。残念ながらあそことは交渉出来ない」
どうして? と聞くシャーロットにその件について話した。するとシャーロットはみるみる顔を青くした。
「じゃあもう救いようが無いじゃない!」
シャーロットはどうしていいか分からずにバタバタと動き回っている。この世の終わりだと喚いて最後には俺に泣きついてきた。
「ねえ、何か策は考えてあるのでしょう? でないとわたくし、わたくし……あの王の妻にされてしまうじゃないの……」
大事を嘆いて泣き落としかと思ったら本当に涙を流しているではないか。自身のハンカチを取り出して傍でおいおいと泣かれた。
彼女がネザリアに呼び出された理由がそれだったわけだ。この結婚の問題にまた厄介な事が絡んできてしまった。
それからシャーロットと顔を合わせる度に「どうするのよ」と迫られることになってしまう。シャーロットは秒で涙を流せる特異体質だとは知らなかった。廊下でも庭でもどこでも泣き喚かれると俺は大変困るし疲弊した。ついには「国には帰らない」とまで言い出す始末だ。
俺は足早に書斎へ逃げたのだ。そこには同じく疲弊した男がもうひとり居た。その男は本を逆さに持って白目を向いているのである。俺でなければそれがカイセイだと気付かないのではないかと思った。
「これではこっちが持たんのだが」
「同意です。早く手を打ちませんか」
俺とカイセイの意見は珍しく即一致した。
アルバートの子守はベルガモに頼んだはずだ。これでカイセイは開放されたと思っていたが、聞くとアルバートのカイセイへの懐き様は変えられなかったらしい。話の途中で「師匠」を口にしたら、カイセイは途端に腹が痛いと苦しみだした。
一向にネザリアからの動きが無いものの、このままでは内部が要らぬストレスで満身創痍になってしまう。こんな馬鹿らしい話があってたまるか。
まだ片方が腹を痛めている軽症のうちに、俺達は自ら動く努力をしようと誓い合う。二人だけの作戦会議は夜明けまで続いた。
「ええ、そうよ。でももう結婚した後だし手遅れでしょうけどね。いったいわたくしがあなたに何十通手紙をしたためたと思っているの」
シャーロットは誰にでも無く少し怒っていた。
その手紙らが何故届かないのかは、おそらくネザリアの手がかかっているのかと予想している。しかし俺の予想は浅かった。
揺れるフリルの後を追って廊下を進み、シャーロットに用意した来客用の部屋に来た。
「中に入って。でないと話せないわ」
夫婦以外の異性の部屋に入るべきではない。シャーロットはそれを理解した上で、そう言い先に扉をまたいだ。言われたから俺も後から遠慮がちに部屋に入る。
あまり個人の持ち物をじろじろ見たくはないが、カラフルなドレスや化粧道具がたくさんあった。先に入ったはずのシャーロットが見当たらなくて手持ち無沙汰に待っていると、隣の部屋から現れた。麻袋の口を片手ずつ掴んでぶら下げている。
その二つの袋はテーブルの上に置かれた。意外に重圧そうな音が鳴ったのだが、中身が柔らかいのか麻袋は横に伸びてヘタっていた。
「中を確認してちょうだい。全部あなた宛のものよ」
「俺宛?」
言われたことがよく分からずに、とりあえず麻袋をひとつ開けて中を見てみた。入っているのは袋いっぱいの手紙であった。確かにどれも宛先は俺へのものばかり集められている。
そうしている間に、もう一つ同じ麻袋がテーブルに並んだ。
「こっちはカイセイね」
カイセイ宛ての手紙も同様にまとめられているようだ。
「とりあえずこの一年間の国際便よ。これだけでも集めるのにとても苦労したんだから」
「おいおい、まさか他の国からの手紙も届けられていなかったのか?」
ここにある手紙が皆そうであった。郵便のスタンプによる日付ではずいぶんと前のものだということを表しているが、どれも見た覚えが無い。中には王妃に宛てた便箋もある。
信じられずにいるとシャーロットが小さく溜息を吐いた。
「……第一王子が失踪。第二王子が姫を攫って幽閉。王妃様は精神病だと。そんな風に言い回っている動きがあるのよ。あなたが知らない間にね。友好国だって連絡したって一年間も返事が返らないのでは信頼はもう無いに等しいわね」
シャーロットは国として最も辛いことを淡々と述べた。
「たしか西部に唯一平地で隣接している国があったでしょう。そこに話をつけに行くのが良いんじゃないかしら。じゃないと今この国が攻められでもしたら一巻の終わりだわ」
「それはメルチ王国だな。残念ながらあそことは交渉出来ない」
どうして? と聞くシャーロットにその件について話した。するとシャーロットはみるみる顔を青くした。
「じゃあもう救いようが無いじゃない!」
シャーロットはどうしていいか分からずにバタバタと動き回っている。この世の終わりだと喚いて最後には俺に泣きついてきた。
「ねえ、何か策は考えてあるのでしょう? でないとわたくし、わたくし……あの王の妻にされてしまうじゃないの……」
大事を嘆いて泣き落としかと思ったら本当に涙を流しているではないか。自身のハンカチを取り出して傍でおいおいと泣かれた。
彼女がネザリアに呼び出された理由がそれだったわけだ。この結婚の問題にまた厄介な事が絡んできてしまった。
それからシャーロットと顔を合わせる度に「どうするのよ」と迫られることになってしまう。シャーロットは秒で涙を流せる特異体質だとは知らなかった。廊下でも庭でもどこでも泣き喚かれると俺は大変困るし疲弊した。ついには「国には帰らない」とまで言い出す始末だ。
俺は足早に書斎へ逃げたのだ。そこには同じく疲弊した男がもうひとり居た。その男は本を逆さに持って白目を向いているのである。俺でなければそれがカイセイだと気付かないのではないかと思った。
「これではこっちが持たんのだが」
「同意です。早く手を打ちませんか」
俺とカイセイの意見は珍しく即一致した。
アルバートの子守はベルガモに頼んだはずだ。これでカイセイは開放されたと思っていたが、聞くとアルバートのカイセイへの懐き様は変えられなかったらしい。話の途中で「師匠」を口にしたら、カイセイは途端に腹が痛いと苦しみだした。
一向にネザリアからの動きが無いものの、このままでは内部が要らぬストレスで満身創痍になってしまう。こんな馬鹿らしい話があってたまるか。
まだ片方が腹を痛めている軽症のうちに、俺達は自ら動く努力をしようと誓い合う。二人だけの作戦会議は夜明けまで続いた。
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