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Ⅰ.最後の宴
庭‐忠告‐
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シャーロットとの全ての予定をキャンセルしたい。そうカイセイに伝えても頷いてくれるはずがない。当日はじめての茶会を前に、俺は頭を下げる勢いで頼み込んでいたのだ。
前日、俺がシャーロットにあのような仕打ちをしていなければ、まだカイセイは困ってくれたのかもしれない。しかし広場に置き去りにしてしまったのは良くなかった。いや、知っててそうしたのだが、思っていた以上に良くなかったらしい。
俺は書斎を追い出されて内鍵をされた。しかも道から逃げ出そうとしたら、カイセイが頼んだとされる兵に捕まり強制的に庭へ連れて行かれた。
パラソルの下で、悠々とカップを傾けるシャーロットの前に残される。
「バル様ごきげんよう。あら移動まで兵に付き添わせて。もしかして昨日の去り際に、途中で足でもくじいてしまった?」
シャーロットに意味深な笑みを投げかけられた。傍で丸いケーキにナイフを入れている執事さえも、静かに微笑を浮かべているように見える。
気乗りしないが俺はパラソルの下に入った。すでにガーデンテーブルには俺のカップが用意されており、執事が手際よく動いて紅茶が入れられるし、ずいぶん大きくカットされたケーキの皿が置かれた。そこまでされたら座らざる負えない。
座面に糊でも付けられているんじゃないかと最後まで疑いながら、俺はようやく腰を下ろす決心をした。
目の前に広がるのは我が城の庭だ。シャーロットはこの庭のことを懐かしがり、さっきまでは俺との思い出話を長々語っていた。俺にとってはどれも記憶の彼方に消えてしまっているようであるから、反応が面白くないと言ってシャーロットは口を閉じたところだ。
二人でぼんやりこの景色を眺めている。やけに天気が良くて暖かい陽気に包まれていた。
「このまま季節が夏に戻ってくれれば良いのにね」
カップを両手に持ったシャーロットが呟いていた。そんなことはありえない、と言いかけて俺は口をつぐんだ。シャーロットには「夢の無い事を言わないで」と言われることが多かったからだ。
「ねえ。エセルさんのことなんだけど、あなたが攫って来たって本当?」
「はああ?!」
思わずカップを持つ手がもたついて中身が手の甲にかかってきた。焦って熱がっている俺のことを心配するどころかシャーロットはケラケラ笑っている。
「良かったわ。その反応だとやっぱり嘘話だったのね」
シャーロットは涼しい顔でケーキを掬い頬張っている。もぐもぐしながら全く美味そうな顔をしない。そのまま不満げな口調で話し続けた。
「でもバル様ったら本当に酷いわね。わたくしとの婚約を破棄した上に、どうしてよりにもよって庶民なんかと結婚させられてしまったのよ」
「お、お前、そんな話をどこから」
いきなり庶民という言葉をシャーロットから聞かされ焦ったのだ。しかし俺は言いかけて止めた。ちょっと待てよと頭を巡らせ、まさかと思う。
「シャーロット。お前、エセルの素性を知っているのか」
「あら、当たり前じゃないの。愛する人のことなら何でも調べるわ。それにわたくし、あなたが結婚するよりも前にお会いしたことがあるのよ。エセルさんは覚えていないみたいだけど」
「……エセルに会った? ネザリアでか? 一体どういう経緯で会うことになる?」
俺があまりにも食い下がって聞きたがるから、シャーロットは勝ち誇ったような表情になった。しかし自身の事情ははぐらかすばかりで話そうとはしない。
「わたくしの事よりも、エセルさんの事が気がかりなのではないの?」
こっちの話は俺に聞かせてくれる。
「ネザリアのお城で出会ったのよ。と言っても彼女はただの下働きだったし、食事のお皿を運んでいたのを見かけたくらいよ。ここで再会するまでは名前も知らなかったわ」
「下働き?」
反カイリュの動きとして、王を討つため城に潜入でもしていたのだろうか。眉間に皺を寄せる俺の横で、シャーロットは最後の欠片を残さず口の中に放り込みもぐもぐと噛んでいた。加えてフォークを振り回しながら続ける。
「どうしてわたくしが彼女のことを覚えていたかと言うとね。彼女がよく王に呼び出されていたのを見ていたからよ。最初は王のお気に入りなのかと思って気にしないようにしていたけど、聞き耳を立てていたら驚きなの。なんと、あなたの名前が出てきたのよ。まさか結婚の話だなんて思わないで帰ったけど、その後色々あって結婚の事が分かったわけよ」
秘密をあばく探偵のようにまとめたが、最後は色々という曖昧な表現で包まれた気がする。もっと深く知りたいところだが、食べながら話さない。フォークを振り回さない。頬杖をつかない。と、執事に叱咤を食らっていたから口を出せなかった。
「あなたには何通も手紙を送ったのよ? 全部届かなかったみたいだけど」
「城の者を送ればよかったではないか」
「ええ、そうしたわよ」
シャーロットの空いた皿におかわりのケーキが乗せられた。もう何個目なのかわからないが、それを涼しい顔で再び平らげようとしている。その後、城の者がどうなったのかは一向に語られなかった。
それよりも、手紙や兵を遣わせても届けられなかった俺への忠告を今ここで告げた。
「あなたが引き受けた政略結婚はネザリア政府が仕組んだ陰謀が絡んでいるの。この結婚はあなたにとって巻き込まれた結婚よ。エセルさんはネザリアの姫なんかでは無いし、あなたの命だって狙ってくるかもしれない。だから決して彼女と仲良くなってはいけないわ。……まあ、もう知っているって顔をしているわね」
咀嚼混じりに言ってから「食べないの?」と俺の皿をかっさらった。俺は静かに紅茶を口に含みながら、俺のケーキが消えていくのを見守った。その間に疑問が湧いたので聞いておく。
前日、俺がシャーロットにあのような仕打ちをしていなければ、まだカイセイは困ってくれたのかもしれない。しかし広場に置き去りにしてしまったのは良くなかった。いや、知っててそうしたのだが、思っていた以上に良くなかったらしい。
俺は書斎を追い出されて内鍵をされた。しかも道から逃げ出そうとしたら、カイセイが頼んだとされる兵に捕まり強制的に庭へ連れて行かれた。
パラソルの下で、悠々とカップを傾けるシャーロットの前に残される。
「バル様ごきげんよう。あら移動まで兵に付き添わせて。もしかして昨日の去り際に、途中で足でもくじいてしまった?」
シャーロットに意味深な笑みを投げかけられた。傍で丸いケーキにナイフを入れている執事さえも、静かに微笑を浮かべているように見える。
気乗りしないが俺はパラソルの下に入った。すでにガーデンテーブルには俺のカップが用意されており、執事が手際よく動いて紅茶が入れられるし、ずいぶん大きくカットされたケーキの皿が置かれた。そこまでされたら座らざる負えない。
座面に糊でも付けられているんじゃないかと最後まで疑いながら、俺はようやく腰を下ろす決心をした。
目の前に広がるのは我が城の庭だ。シャーロットはこの庭のことを懐かしがり、さっきまでは俺との思い出話を長々語っていた。俺にとってはどれも記憶の彼方に消えてしまっているようであるから、反応が面白くないと言ってシャーロットは口を閉じたところだ。
二人でぼんやりこの景色を眺めている。やけに天気が良くて暖かい陽気に包まれていた。
「このまま季節が夏に戻ってくれれば良いのにね」
カップを両手に持ったシャーロットが呟いていた。そんなことはありえない、と言いかけて俺は口をつぐんだ。シャーロットには「夢の無い事を言わないで」と言われることが多かったからだ。
「ねえ。エセルさんのことなんだけど、あなたが攫って来たって本当?」
「はああ?!」
思わずカップを持つ手がもたついて中身が手の甲にかかってきた。焦って熱がっている俺のことを心配するどころかシャーロットはケラケラ笑っている。
「良かったわ。その反応だとやっぱり嘘話だったのね」
シャーロットは涼しい顔でケーキを掬い頬張っている。もぐもぐしながら全く美味そうな顔をしない。そのまま不満げな口調で話し続けた。
「でもバル様ったら本当に酷いわね。わたくしとの婚約を破棄した上に、どうしてよりにもよって庶民なんかと結婚させられてしまったのよ」
「お、お前、そんな話をどこから」
いきなり庶民という言葉をシャーロットから聞かされ焦ったのだ。しかし俺は言いかけて止めた。ちょっと待てよと頭を巡らせ、まさかと思う。
「シャーロット。お前、エセルの素性を知っているのか」
「あら、当たり前じゃないの。愛する人のことなら何でも調べるわ。それにわたくし、あなたが結婚するよりも前にお会いしたことがあるのよ。エセルさんは覚えていないみたいだけど」
「……エセルに会った? ネザリアでか? 一体どういう経緯で会うことになる?」
俺があまりにも食い下がって聞きたがるから、シャーロットは勝ち誇ったような表情になった。しかし自身の事情ははぐらかすばかりで話そうとはしない。
「わたくしの事よりも、エセルさんの事が気がかりなのではないの?」
こっちの話は俺に聞かせてくれる。
「ネザリアのお城で出会ったのよ。と言っても彼女はただの下働きだったし、食事のお皿を運んでいたのを見かけたくらいよ。ここで再会するまでは名前も知らなかったわ」
「下働き?」
反カイリュの動きとして、王を討つため城に潜入でもしていたのだろうか。眉間に皺を寄せる俺の横で、シャーロットは最後の欠片を残さず口の中に放り込みもぐもぐと噛んでいた。加えてフォークを振り回しながら続ける。
「どうしてわたくしが彼女のことを覚えていたかと言うとね。彼女がよく王に呼び出されていたのを見ていたからよ。最初は王のお気に入りなのかと思って気にしないようにしていたけど、聞き耳を立てていたら驚きなの。なんと、あなたの名前が出てきたのよ。まさか結婚の話だなんて思わないで帰ったけど、その後色々あって結婚の事が分かったわけよ」
秘密をあばく探偵のようにまとめたが、最後は色々という曖昧な表現で包まれた気がする。もっと深く知りたいところだが、食べながら話さない。フォークを振り回さない。頬杖をつかない。と、執事に叱咤を食らっていたから口を出せなかった。
「あなたには何通も手紙を送ったのよ? 全部届かなかったみたいだけど」
「城の者を送ればよかったではないか」
「ええ、そうしたわよ」
シャーロットの空いた皿におかわりのケーキが乗せられた。もう何個目なのかわからないが、それを涼しい顔で再び平らげようとしている。その後、城の者がどうなったのかは一向に語られなかった。
それよりも、手紙や兵を遣わせても届けられなかった俺への忠告を今ここで告げた。
「あなたが引き受けた政略結婚はネザリア政府が仕組んだ陰謀が絡んでいるの。この結婚はあなたにとって巻き込まれた結婚よ。エセルさんはネザリアの姫なんかでは無いし、あなたの命だって狙ってくるかもしれない。だから決して彼女と仲良くなってはいけないわ。……まあ、もう知っているって顔をしているわね」
咀嚼混じりに言ってから「食べないの?」と俺の皿をかっさらった。俺は静かに紅茶を口に含みながら、俺のケーキが消えていくのを見守った。その間に疑問が湧いたので聞いておく。
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