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Ⅰ.最後の宴
二回戦1
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度々やつれたカイセイを目にした後、俺は観念して中庭に足を運ぶことにする。冬を目前にして仕事は忙しいのであるが、相棒が日に日に元気を無くしていく様子を無視し続けるのも辛いからだ。
庭が鮮やかさを失っていると思ったら、花壇の花が枯れてしまってもう土だけになっていた。もしかしたらまた次の季節のために、種ぐらい埋まっているのかもしれないから、また雪解けの時期に期待しよう。
色気の無い庭をただ歩くだけではつまらないので、俺は周りをぐるりと囲う林の近くを歩いていた。しかし木々というのはすごいなと感心している。いつかの嵐で折られたところから、もう新しい芽が出てきているではないか。
この素晴らしい生命力とは反対に俺の背筋は丸い。威勢よくこの庭に出てきたものの、あの子犬にまた会うのかと思うと急に嫌になり悶々としていた。その気持ちのまま今もトボトボと歩みを進めている。
点々と集まる雲が魚の群れのように流れていた。その流れと同じ方向にじっくり向かうと、木剣をぶつける乾いた音がだんだん聞こえてきた。そして林の奥の広い所に二人の姿も見えてきた。
「でもまあ、よくやってくれているカイセイの為だと思って会おう。それに俺は犬のしつけもしないといけないからな」
自分に言い聞かせて林の中を通っていく。ただここまで来るのに時間をかけ過ぎた。
少しは上達したと聞いていたのだが、アルバートは初心者向けの練習用装備を脱ぎはしなかったようだ。しかし剣を振るう真剣な眼差しは、エセルを守るため強くなりたいという意思が感じ取れた。
林を抜けるとすぐに現れた俺にカイセイが気付く。カイセイは剣を下ろしやめようとしたが、アルバートの方はそこに漬け込んで、これみよがしに強気になった。
俺に強くなったことをアピールしたいのだろうが、最後はカイセイに羽交い締めで動けなくされていた。これでようやく二人と話せる状態になる。
「精が出るな。動きのブレも少ないし何より剣にちゃんと力が入っている。しっかり教育してくれたおかげだ。お前はよくやっているよ」
アルバートを褒める風で俺はカイセイのことを讃えている。実力が増したのは良いことだが、見せつけてくる姿勢に直前で心変わりをした。しかしアルバートは自分のことだと勘違いし堂々と返事をしてきた。
「ふん。あんたに褒められたって嬉しくないね。それより僕と勝負しようよ。あんたに勝つために師匠に習ってきたんだ」
その師匠は今、横のベンチに倒れ込んで灰になっている。
「師匠には朝から晩までみっちり鍛えて貰った。武術も剣術もあの時より格段に強くなっている。あんたを倒してエセル様を連れ帰るためにな!」
「はあ。朝から晩まで」
それはそれはカイセイにとっては辛い日々であっただろうな。俺は苦笑も出ないほどに呆れ果ててしまう。
しかしカイセイに比べてアルバートは元気が有り余っている様子だ。恩師を労いもせず俺に向かってキャンキャンと吠えてくる。
「側近より王子の方が強いんだろう?」
「ああ。もちろんだとも。カイセイに武術を教えたのは俺だからな」
俺は防寒用の外衣を脱いでベンチに置いていた。それから柄を支えていただけのカイセイの手から木剣を奪い取る。何年かぶりの重みが腕にかかり大変懐かしかった。
カイセイには寝てこいと言い付けた。ヤツは素直に聞いて屋内へ消えていった。これでこの場には俺とアルバートだけになり、好きなだけあいつをいたぶれるというわけだ。
俺はなんだか急に楽しくなってきた。
試合開始前に、アルバートから「言っておくけど」と言われる。
「僕、エセル様の事が本気で好きなんだ。だからこの勝負ではあんたに負ける気は毛頭無い」
その二枚目の顔は真剣そのもので、糸目が俺のことをしっかり捉えていた。
「いやいや、あいつは俺の正妻としてだな」
「そんなことは分かっているけど……認めるかよこんな仕打ち。あんたに勝ってエセルさんは僕のものにする!」
「おいおい、それは無理があるぞ。大体お前は身分というのをわきまえろ。一端の兵士で皇族の正妻に手を出しただろ」
開始前に説教を済まそうとしていたのに、突然にアルバートが「やー!」など雄叫びを上げながら先駆けてきた。慌てて身を返して避けるが、またすぐに次の「やー!」が向かってくる。真面目にルール違反であるが、何を言ってもアルバートは止まらない。
初めてカイセイとやり合った時と同じ、力任せの攻撃が降り掛かってくる。
「さっきの稽古の時の方が良い動きだったぞ。俺に勝ちたい気持ちが先走っているんじゃないのか」
アルバートはその後も攻める姿勢を変えなかった。
俺の方も逃げているだけでは対立とは言えん。ではこちらからも腕の違いを見せてやろうと、相手の隙きに剣を振った。
しかし剣を振り出すとすぐに異変にあることに気付く。そういえばカイセイがこの木製の剣を何やら執拗に気にしていたことを思い出した。おそらく湿気か何かで木が曲がっているのである。頭で思って振る角度と若干違った動きをするので扱いづらい。
試行錯誤していたら危うくアルバートの剣が目の前を通った。
勢いに気圧されてだんだんと後退していたが、そろそろ後ろの林に踏み入れてしまいそうだ。俺は宙返りして一度身体制を整えると一旦両者の剣は止まった。
さあ、改めて構え、息の荒いアルバートと睨み合った。どちらから仕掛けるか。おそらくアルバートからかかってくるだろうと踏んでその時を待っていたのだ。
するとアルバートが構えを変えた。見たことのないへんてこな構えに若干拍子を抜かれる。いいや、油断してはならんと俺が剣の柄をぐっと握った時であった。
「ばーか、ばーか!」
あろうことかアルバートは踊りだした。飛び跳ねて舌を出して尻まで向けられた。
「このヘタレ王子め!」
「はあ??」
「エセル様から聞いたぞ。あんた、エセル様に”好き”とか言えないんだろう。手だって繋いだこともないくせに何が正妻だ! この童貞! 童貞!!」
城内にも聞こえそうなでかい声量で言われた。
庭が鮮やかさを失っていると思ったら、花壇の花が枯れてしまってもう土だけになっていた。もしかしたらまた次の季節のために、種ぐらい埋まっているのかもしれないから、また雪解けの時期に期待しよう。
色気の無い庭をただ歩くだけではつまらないので、俺は周りをぐるりと囲う林の近くを歩いていた。しかし木々というのはすごいなと感心している。いつかの嵐で折られたところから、もう新しい芽が出てきているではないか。
この素晴らしい生命力とは反対に俺の背筋は丸い。威勢よくこの庭に出てきたものの、あの子犬にまた会うのかと思うと急に嫌になり悶々としていた。その気持ちのまま今もトボトボと歩みを進めている。
点々と集まる雲が魚の群れのように流れていた。その流れと同じ方向にじっくり向かうと、木剣をぶつける乾いた音がだんだん聞こえてきた。そして林の奥の広い所に二人の姿も見えてきた。
「でもまあ、よくやってくれているカイセイの為だと思って会おう。それに俺は犬のしつけもしないといけないからな」
自分に言い聞かせて林の中を通っていく。ただここまで来るのに時間をかけ過ぎた。
少しは上達したと聞いていたのだが、アルバートは初心者向けの練習用装備を脱ぎはしなかったようだ。しかし剣を振るう真剣な眼差しは、エセルを守るため強くなりたいという意思が感じ取れた。
林を抜けるとすぐに現れた俺にカイセイが気付く。カイセイは剣を下ろしやめようとしたが、アルバートの方はそこに漬け込んで、これみよがしに強気になった。
俺に強くなったことをアピールしたいのだろうが、最後はカイセイに羽交い締めで動けなくされていた。これでようやく二人と話せる状態になる。
「精が出るな。動きのブレも少ないし何より剣にちゃんと力が入っている。しっかり教育してくれたおかげだ。お前はよくやっているよ」
アルバートを褒める風で俺はカイセイのことを讃えている。実力が増したのは良いことだが、見せつけてくる姿勢に直前で心変わりをした。しかしアルバートは自分のことだと勘違いし堂々と返事をしてきた。
「ふん。あんたに褒められたって嬉しくないね。それより僕と勝負しようよ。あんたに勝つために師匠に習ってきたんだ」
その師匠は今、横のベンチに倒れ込んで灰になっている。
「師匠には朝から晩までみっちり鍛えて貰った。武術も剣術もあの時より格段に強くなっている。あんたを倒してエセル様を連れ帰るためにな!」
「はあ。朝から晩まで」
それはそれはカイセイにとっては辛い日々であっただろうな。俺は苦笑も出ないほどに呆れ果ててしまう。
しかしカイセイに比べてアルバートは元気が有り余っている様子だ。恩師を労いもせず俺に向かってキャンキャンと吠えてくる。
「側近より王子の方が強いんだろう?」
「ああ。もちろんだとも。カイセイに武術を教えたのは俺だからな」
俺は防寒用の外衣を脱いでベンチに置いていた。それから柄を支えていただけのカイセイの手から木剣を奪い取る。何年かぶりの重みが腕にかかり大変懐かしかった。
カイセイには寝てこいと言い付けた。ヤツは素直に聞いて屋内へ消えていった。これでこの場には俺とアルバートだけになり、好きなだけあいつをいたぶれるというわけだ。
俺はなんだか急に楽しくなってきた。
試合開始前に、アルバートから「言っておくけど」と言われる。
「僕、エセル様の事が本気で好きなんだ。だからこの勝負ではあんたに負ける気は毛頭無い」
その二枚目の顔は真剣そのもので、糸目が俺のことをしっかり捉えていた。
「いやいや、あいつは俺の正妻としてだな」
「そんなことは分かっているけど……認めるかよこんな仕打ち。あんたに勝ってエセルさんは僕のものにする!」
「おいおい、それは無理があるぞ。大体お前は身分というのをわきまえろ。一端の兵士で皇族の正妻に手を出しただろ」
開始前に説教を済まそうとしていたのに、突然にアルバートが「やー!」など雄叫びを上げながら先駆けてきた。慌てて身を返して避けるが、またすぐに次の「やー!」が向かってくる。真面目にルール違反であるが、何を言ってもアルバートは止まらない。
初めてカイセイとやり合った時と同じ、力任せの攻撃が降り掛かってくる。
「さっきの稽古の時の方が良い動きだったぞ。俺に勝ちたい気持ちが先走っているんじゃないのか」
アルバートはその後も攻める姿勢を変えなかった。
俺の方も逃げているだけでは対立とは言えん。ではこちらからも腕の違いを見せてやろうと、相手の隙きに剣を振った。
しかし剣を振り出すとすぐに異変にあることに気付く。そういえばカイセイがこの木製の剣を何やら執拗に気にしていたことを思い出した。おそらく湿気か何かで木が曲がっているのである。頭で思って振る角度と若干違った動きをするので扱いづらい。
試行錯誤していたら危うくアルバートの剣が目の前を通った。
勢いに気圧されてだんだんと後退していたが、そろそろ後ろの林に踏み入れてしまいそうだ。俺は宙返りして一度身体制を整えると一旦両者の剣は止まった。
さあ、改めて構え、息の荒いアルバートと睨み合った。どちらから仕掛けるか。おそらくアルバートからかかってくるだろうと踏んでその時を待っていたのだ。
するとアルバートが構えを変えた。見たことのないへんてこな構えに若干拍子を抜かれる。いいや、油断してはならんと俺が剣の柄をぐっと握った時であった。
「ばーか、ばーか!」
あろうことかアルバートは踊りだした。飛び跳ねて舌を出して尻まで向けられた。
「このヘタレ王子め!」
「はあ??」
「エセル様から聞いたぞ。あんた、エセル様に”好き”とか言えないんだろう。手だって繋いだこともないくせに何が正妻だ! この童貞! 童貞!!」
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