20 / 172
Ⅰ.進む国/留まる国
大丈夫。ただのジュースだよ
しおりを挟む
オルバノ夫妻とは別れ、俺達とリュンヒンは場所を変えた。テラスに出て涼もうというリュンヒンの誘いからだ。夜の外気は少し肌寒かったが、酒を飲んでいるリュンヒンは丁度良いと言っている。
「君たちは踊らないの?」
「俺はあの雰囲気が苦手だ」
「だろうな。兄もだ。おかげで昔から僕ばっかり連れ回される」
リュンヒンは苦笑していた。
俺とリュンヒンは、柵に身をもたれさせ外の世界を眺めていた。煌々としていたホールから急に外に出たものだから、闇に慣れない目では空と森の境が分からないほど全てが真っ暗に見えた。
しかしだんだん闇に慣れてくると、頭上に輝く無数の星たちに気付ける。遠慮をしない虫の声も煩いくらいにこだましている。ホールの賑やかな明かりや音楽より、俺にはここの方が何倍も居心地が良いと思っていた。
新しいグラスを傾けながらリュンヒンは爽やかな横顔で話し出す。
「君たちが村の道を通っていくのを見ていたよ。今日は僕、収穫の手伝いに出ていたんだ」
「相変わらず人が良いなお前は」
「皆は物好きって言うけどね」
それを言ってエセルにウインクを投げかける。エセルは突然のそれを受け止められずに地べたに落としていた。
「それにしても君たちこんな日に来れてラッキーだったね」
「ラッキー?」
「ああ見えて実は今日の昼間まで、父と母はとっても険悪なムードだったんだ」
丁度ガラス戸越しにオルバノ王とイアリス妃が再び踊りだすのが見えている。どう見たってとても仲睦まじい二人でしか無いが。
「ちょっと今後のことで揉め合いがあったみたいだ。もう解決したけどね。って言ってもあの二人のことだから、またひょんな事で決まったことを何度だって言い争うんだよ。良く言えば喧嘩するほど仲が良いってやつ? どっちにしても息子としては見てられないよ」
やれやれという風に言っていた。
「あ、そうだ!」と、リュンヒンが続け様に言う。酔っているせいなのか、今日はえらく喋るなと思いながら聞いていた。
「君たちが遅れてきた理由だ。大変だったそうじゃないか。なになに命を狙われているんだって? それにしては君たち警戒心を怠り過ぎなんじゃないのかい?」
リュンヒンはひとりで高笑いしグラスの中を飲み干すと、ガラス戸越しにウェイターを呼び寄せ新しいグラスと交換していた。戻ってきたリュンヒンの手には二つ色違いのグラスを持っており、そのうちの色の濃い方をエセルに手渡した。
「彼女がその被害に遭ったんだろう? こんなに可愛らしいのに守ってあげなくちゃ」
エセルがグラスを受け取り小さくお礼を言っている。「大丈夫。ただのジュースだよ」とリュンヒンは笑顔を向けていた。酒を飲まないエセルへの気遣いと見えた。
元の定位置についたリュンヒンは、俺の横腹を肘で押してくる。
「いいかい? 男は女性を守る為にある生き物なんだ」
そしてエセルが傾けている先程のグラスを指して言う。
「あれに毒でも入っていたらどうする」
エセルは今まさに飲もうとしていたグラスをパッと放した。それを見てリュンヒンは腹を抱えて笑っている。カイセイが念のためエセルのグラスを取り上げた。
「おいお前。いったいどういうつもりだ」
「……どういうつもりかって? それは是非僕から君に問いたいね」
上機嫌で笑っているように見えていたリュンヒンが、今度は凄まじい怒りの念で俺のことを睨んでいた。
「僕は女性を蔑ろにする男が大嫌いなんだよ。とにかく君は危機感が無さ過ぎる。僕は警告しているんだ。こんな隙だらけではいけないって事をさ!」
唾も飛ぶ勢いで言われたことは全てその通りであった。
「……すまん」
肩を落とす俺に、リュンヒンは意外だと思ったらしい。
「素直に謝るか。妻を貰うと人は変わるね。前の君だったら突っかかってきただろうに」
何故か寂しげに言われた。
それ以来リュンヒンから怒らなくなったと思っていたら、ガラス戸のカーテンからこちらをのぞき見る淑女がいるのに気付いた。誰かに用でもあるのかと思った矢先、リュンヒンと快く手を振り会って通じているようだ。
「じゃあ僕はこの辺で」
「ああ。また後日話そう」
「そうだね。君達は仕事をしに来たんだった」
リュンヒンはまっすぐ淑女のところへ行くかと思うと、自然な成り行きのようにエセルの傍に寄った。そして顔を近づけて何かを囁いた。割と長めの言葉であった。話は聞こえなかったが、一部「しっかり守ってもらうんだよ」と、そのように俺からは聞こえた気がする。
そのまま片手を上げながら、リュンヒンは淑女と一緒にホールの中に消えていった。
「君たちは踊らないの?」
「俺はあの雰囲気が苦手だ」
「だろうな。兄もだ。おかげで昔から僕ばっかり連れ回される」
リュンヒンは苦笑していた。
俺とリュンヒンは、柵に身をもたれさせ外の世界を眺めていた。煌々としていたホールから急に外に出たものだから、闇に慣れない目では空と森の境が分からないほど全てが真っ暗に見えた。
しかしだんだん闇に慣れてくると、頭上に輝く無数の星たちに気付ける。遠慮をしない虫の声も煩いくらいにこだましている。ホールの賑やかな明かりや音楽より、俺にはここの方が何倍も居心地が良いと思っていた。
新しいグラスを傾けながらリュンヒンは爽やかな横顔で話し出す。
「君たちが村の道を通っていくのを見ていたよ。今日は僕、収穫の手伝いに出ていたんだ」
「相変わらず人が良いなお前は」
「皆は物好きって言うけどね」
それを言ってエセルにウインクを投げかける。エセルは突然のそれを受け止められずに地べたに落としていた。
「それにしても君たちこんな日に来れてラッキーだったね」
「ラッキー?」
「ああ見えて実は今日の昼間まで、父と母はとっても険悪なムードだったんだ」
丁度ガラス戸越しにオルバノ王とイアリス妃が再び踊りだすのが見えている。どう見たってとても仲睦まじい二人でしか無いが。
「ちょっと今後のことで揉め合いがあったみたいだ。もう解決したけどね。って言ってもあの二人のことだから、またひょんな事で決まったことを何度だって言い争うんだよ。良く言えば喧嘩するほど仲が良いってやつ? どっちにしても息子としては見てられないよ」
やれやれという風に言っていた。
「あ、そうだ!」と、リュンヒンが続け様に言う。酔っているせいなのか、今日はえらく喋るなと思いながら聞いていた。
「君たちが遅れてきた理由だ。大変だったそうじゃないか。なになに命を狙われているんだって? それにしては君たち警戒心を怠り過ぎなんじゃないのかい?」
リュンヒンはひとりで高笑いしグラスの中を飲み干すと、ガラス戸越しにウェイターを呼び寄せ新しいグラスと交換していた。戻ってきたリュンヒンの手には二つ色違いのグラスを持っており、そのうちの色の濃い方をエセルに手渡した。
「彼女がその被害に遭ったんだろう? こんなに可愛らしいのに守ってあげなくちゃ」
エセルがグラスを受け取り小さくお礼を言っている。「大丈夫。ただのジュースだよ」とリュンヒンは笑顔を向けていた。酒を飲まないエセルへの気遣いと見えた。
元の定位置についたリュンヒンは、俺の横腹を肘で押してくる。
「いいかい? 男は女性を守る為にある生き物なんだ」
そしてエセルが傾けている先程のグラスを指して言う。
「あれに毒でも入っていたらどうする」
エセルは今まさに飲もうとしていたグラスをパッと放した。それを見てリュンヒンは腹を抱えて笑っている。カイセイが念のためエセルのグラスを取り上げた。
「おいお前。いったいどういうつもりだ」
「……どういうつもりかって? それは是非僕から君に問いたいね」
上機嫌で笑っているように見えていたリュンヒンが、今度は凄まじい怒りの念で俺のことを睨んでいた。
「僕は女性を蔑ろにする男が大嫌いなんだよ。とにかく君は危機感が無さ過ぎる。僕は警告しているんだ。こんな隙だらけではいけないって事をさ!」
唾も飛ぶ勢いで言われたことは全てその通りであった。
「……すまん」
肩を落とす俺に、リュンヒンは意外だと思ったらしい。
「素直に謝るか。妻を貰うと人は変わるね。前の君だったら突っかかってきただろうに」
何故か寂しげに言われた。
それ以来リュンヒンから怒らなくなったと思っていたら、ガラス戸のカーテンからこちらをのぞき見る淑女がいるのに気付いた。誰かに用でもあるのかと思った矢先、リュンヒンと快く手を振り会って通じているようだ。
「じゃあ僕はこの辺で」
「ああ。また後日話そう」
「そうだね。君達は仕事をしに来たんだった」
リュンヒンはまっすぐ淑女のところへ行くかと思うと、自然な成り行きのようにエセルの傍に寄った。そして顔を近づけて何かを囁いた。割と長めの言葉であった。話は聞こえなかったが、一部「しっかり守ってもらうんだよ」と、そのように俺からは聞こえた気がする。
そのまま片手を上げながら、リュンヒンは淑女と一緒にホールの中に消えていった。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる