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ニューリアンの未来

護衛

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 思いもしない来客にざわついているのは俺だけだ。マリウスは悠々として振り返り、コーヒーの匂いを漂わせているし。
「そろそろ着く頃だと思ってました。コーヒー飲みますか?」
 盗聴テープの余韻から注いだその二杯目は、マリウスのためだと思っていたが、まさかのガレロに渡ろうとしてる。
「いや。結構だ」
「そうですか。まあ、そんなに美味しくないですからね」
 言ってからマリウスが自分で飲んだ。
「ニューリアンのコーヒーの方が断然美味しいけど高いんですもん。小麦は安くて助かるんですけどね」
 あはは、と勝手に笑い声を響かせるのはマリウスだけで。俺とガレロは気まずさによって顔を合わせることもしていない。
 ガレロは扉のところで立ち尽くしていた。別にコーヒーを渡されかける以外では歓迎されてもてなされるっていう関係でも無さそう。
 しかし、マリウスとガレロが妙に近しいことが不可解だ。
「お前がこいつを呼んだのか?」
 俺の呼びかけに、マリウスがカップを置いた。
「はい。クロスさんは館の方へは行きにくいだろうなと思ったので」
「……」
 別に寄るつもりもなかったけど?
 俺が言わんとすることをマリウスは読み取れる。
「まあまあ。ガレロさんはクロスさんの目的にとって有効なはずです」
「有効?」
「はい。リーデッヒ指揮官とテレシア女王の婚姻式。その前夜パーティーには危険がいっぱいです。食事も、飲み物も、花にも、テレシア女王を堕とすための工作がされているでしょう。下手な令嬢なら一時間も立っていられません。その点で言うと、今日まで生きてこられた女王は大したものです。日頃の護衛の賜物ですね」
 マリウスがガレロを労っている。
 立ち尽くしたままのガレロは特に顔色を変えるということもなく。頷きもしない。
「時間があまり無い」そう言うだけだった。
「あっ、そうですね。すみません。端的にクロスさんに伝えます」
 テレシア女王を置くニューリアン王国での、最後の仕事が告げられる。
「今夜、メアネル・テレシア女王を守り切ること。雑魚の貴族にも、アスタリカ帝にも渡させない。これがミッションです。……ねっ? ガレロさんとクロスさん、協力出来そうでしょう?」
 明るい笑顔を向けられた。
 ガレロの反応は特になし。だったら俺から質問がある。
「渡さない人物の中に『セルジオの暗殺者』が入っていないけど。それは良いのか?」
 マリウスは少し驚いたようだ。「どうします?」と、回答をガレロに託した。
 そうだ。一番重要なのは、テレシア女王を守るということよりも、誰に殺させるかというところだ。本気でガレロが女王の命を守りたくて、彼女に生きて欲しいと願っているなら協力関係は結べない。
「……構わない。私とクロスフィルの目的は一致している」
 ガレロがそう言うなら協力関係成立となった。
 乾杯でもしましょうか、とマリウスが手を叩くが。時間がないということでガレロにまた釘を打たれてる。
 互いにふざけ合ったりなどはしないが、何故か親交は深そうだ。
「良かったですね。クロスさん」
 ガレロが部屋を出ていき、俺も外に出ようとしたところでマリウスが言ってきた。
「テレシア女王の護衛ですもんね」
「嫌味か」
「はい。嫌味です」
 睨みを効かしていると、離れたところからガレロが俺のことを呼んでいる。時間が無い、時間が無いと言っている。早く外に出てくるようにとも。


「えっ?」
「あ……」
 基地を出てガレロを探すと、奴は女の姿になってそこに立っていた。日焼けしたような肌色とどこの国か見当もつかない瞳の色。俺のことを見上げて呆然と口を開けている。
 ガレロの図体まで収縮するわけがないんで、これはジャスミンだって分かってる。
「何してんの?」
「ガレロさんにあなたと行くように命じられましたので」
「ガレロは?」
「先ほど別件で向かわれました」
 時間が無いだの、早く来いだの、散々言っておいて放置したのか。
「……な、なに?」
 ジャスミンがまじまじと見つめてくるんだけど。
「本当に無傷だったのですね……」
 顔やら腕やら足までをじっくりじっくり見られるのは良い気がしない。
「で? 俺は何やればいいの?」
「あっ、はい。今夜のパーティーに備えて貴族会が結成されています。その動きを午後のうちに抑制しておこうということで、今から公爵家の方へ向かいます。テレシア女王と食事会をした場所です。覚えていらっしゃいますか?」
「ああ。覚えてるけど。徒歩で行ったら夜までに戻って来れるか?」
「難しいです。なので馬に乗って行ってください」
 一頭の馬がいる。手綱はジャスミンが握っていた。それに乗ってここまでやって来たんだろうなって思ってたが。まさか俺に手綱を渡してくるとは……。
「乗馬の経験はありますか?」
「あるけど……」
 正直、車の運転の方が慣れてる。馬の方も不安があるらしく身勝手に首をぶんぶん振っている。
「おとなしい馬ですよ」
 ジャスミンが撫でると落ち着くみたいだ。
 地図はこれです。と渡された。道は単純で直進と数個の交差点だけだ。
「いい。走っていくから」
「ダメです。夜に遅れるわけには行きません」
「じゃあお前がひとりで何とかしろよ。俺は別のことをやっとく」
「無理です。貴族とはいえ複数人の中にひとりで乗り込むことは懸命な作戦ではありません」
 貴族会に俺をひとりで送り込む作戦なのかと思ったら、俺を馬で走らせた後に自分は走って追いかけると言いだした。「優先すべきはあなたの行動速度です」なんて、真面目な顔で言い張る。
「じゃあお前が俺を連れていけ。その馬は二人乗せられるだろ?」
「え。まあ、はい。乗せられ……ますが……」
 ジャスミンは片足のつま先を地面にコツコツと当て、俯きながら声も小さくしていく。それが不満の現れなんだろうが、照れているとも察しが付いてしまった。
「……」
「……」
 やりにくい。
 森林と風のざわめきではこの空気を打破できなかったが、そこで馬が豪快なくしゃみをしたところで隙間が出来る。俺はサッと地図をジャスミンに投げ渡した。
「じゃ、走っていくから」
 走り出そうとした瞬間、後ろから服を引っ張られた。ものすごい力で転びかける。馬が噛んだんじゃなくてジャスミンが掴んで引っ張ってる。
「馬で行くんです!!」
 ジャスミンは荒い鼻息を出しながら、俺が馬に乗ることを強制した。




(((毎週[月火]の2話更新
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