最後の女王‐暗殺兵クロスフィルとテレシア女王による命の賭け。メアネル王家最後の血は誰に注がれる?王の時代の最終章‐【長編・完結】

草壁なつ帆

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ニューリアンの未来

リーデッヒの選択2

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『テレシア。久しぶりだね。元気だったかい?』
 明るく話すリーデッヒの声だ。
『ええ。おかげさまで』
『それはよかった。じゃあ早速……』
 音声だけで送られる会話。声から人の顔色までを想像して楽しむ趣味は俺にはない。だから楽しんではいない。男女の濃ゆい話に突入していくなら、俺はこの盗聴部屋を退出しようと思ってた。
『テレシア。君は今すぐにここから逃げてくれ。君が命懸けで守りたいものがあるのは知っている。国民も伝統も、先代の王が残した希望も、セルジオ王国との絆もあるのは分かっているよ。だけど、君が命を落としてまで背負って良いはずがない。君は生きるんだ。死んではいけない』
 熱く言うリーデッヒがいた。
 婚姻を申し込むという内容でテレシアに会った時の会話だとマリウスが言う。話し合っているものは、ふたりのこれからの未来のことについてというよりも、テレシア女王への説得みたいだ。
 そこには俺の名前も出てきた。
『クロスフィルなら上手くやるさ。僕だって、君のためならアスタリカを破滅させたっていい。きっとクロスフィルも君が死ぬことに意義を唱えるはずだ』
『……あり得ませんわ。あの者が情に流されることはありません。ですからわたくしは、あの者に全てを預けたいのです』
 落ち着いたテレシア女王の口調がリーデッヒの熱を奪ったようだ。
『セルジオ王国を信頼しているんだね……』
『ええ。わたくしたちは兄妹国ですもの』
 それを聞いて、もちろんリーデッヒが受け入れて納得はしない。
 女王が言ったことはただの神話であること。セルジオ王国では別の伝説が根付いていて、ニューリアン王国のことは妹なんかと思っていないだろう、ということ。
 身を切る気持ちでリーデッヒは説得した。俺がセルジオ王アルマンダイトの息子だということも分かっていて、テレシア女王の首を狙っていることも再認識させるために容赦なく言った。
 リーデッヒがテレシア女王のことを愛していることもだ。国が違うこと、海外からの勢力部隊だということ、ニューリアンや他エルサの地にある国々の敵であること……その全てがリーデッヒを動けなくしてもテレシア女王を思い続けると語った。
「やるぅ~」と、マリウスが俺の隣で茶化す。俺にとっては当事者も傍聴者も同じくらい胸糞わるい。
『ごめんなさい、リーデッヒ。わたくしの意思は確固たるものです。決めたからには揺らぐことはありません』
 茶化し要員を引いた目で見ていたら、女王がそんな返事を渡していた。
『わたくしはもう。命を狙われることに疲れてしまったのかもしれません』
『テレシア……』
 声を小さくするリーデッヒの奥で、ふふふと女王の笑う声が入っていたように思う。
 だけど不思議なのは、次第にリーデッヒの笑い声も寄り添っていくことだ。俺には知らない……別に知りたくもない、ふたりの絆っていうのがあるんだろう。
 悲しい別れ話。しかも女が死ぬ話に、どちらが嗚咽することもなく。何やら円満に解決しそうだと傍聴者の俺には感じている。
『よし、分かったよ。だったら僕も気持ちを鬼にしなくっちゃ。……なんてね。君なら、たとえ僕がここで自殺行為をしたって絶対に折れてくれないって思ってた。そんな残虐なところも魅力的だけどね……』
 ……。
「マリウス……。もういい」
「何言ってるんですかクロスさん。大事なのはここからなのに!」
 マリウスはこの録音をもうすでに聞いていたらしかった。だったら余計にもういい。俺にはここからの恋人同士のあれこれの音は耐え難い。
『テレシア……』
 別の男の甘い囁きなんて変態マリウスしか受け付けないだろ。
 わかりやすく耳を塞ぐと、これを見たマリウスが「ああ!」と叫んで俺の手をどかしてきた。
『テレシア。ひとつ忠告させてくれ』
 その時、こっちの状況なんか知るわけがない録音の声がそう真面目に言った。
 俺はそれを聞き逃さなかった。忠告と聞いて、俺は耳を塞ぐのをやめる。マリウスは「ほらね」と得意な顔までわざわざ見せてきたが。
「やめろ! どっか行け!」
 鬱陶しい部下に構ってると次の言葉を聞き逃すだろ。
『忠告はアスタリカのことだ』
「……」
「……」
 空気を感じ取ってマリウスも静かにした。
『アスタリカは相変わらず君のことを手に入れて利用しようとしてる。僕は君と本気で結婚したかったけど、そう出来なかったのは君をアスタリカの人間にしないためだ。……だけど、君がセルジオ王国に委ねると決めたからには、アスタリカも黙っていないはずだ。きっとクロスフィルに決戦を仕掛けると思う。クロスフィルの相手は僕がするよ。なんとしてもね……。だからテレシア。君は、君の未来のことだけを考えるんだ。いいね?』


 良い映画を観た後の余韻に近い。そう言っているのは他でもなくマリウスだけだ。奴は良い心地で二杯目のコーヒーを入れようと湯を沸かしている。俺はいらないと断った。
 テレシア女王とリーデッヒの会話は、俺の心の中に何を残したか。ソファーに沈み込んで窓を眺める間にも考えているんだが。なんだろうな。
 リーデッヒに生かされた憤り……とは全然違う。俺の知らないところでリーデッヒと女王でセオリーを作られていたこと。……いや、別に何とも思わない。
 しかし。ずんと心に重いものが入り込んでいる。これは生き霊か何かなのか……。疲れているならやっぱりコーヒーを貰っとくべきだったか。
 ノックが鳴ったが特に俺は気に留めず。マリウスが返事をしたら兵士が顔を出したらしい。
「マリウスさん。ガレロ大佐が到着しました」
 え? 思わず背中を浮かせた。疲れのあまり聞き間違いをしたに違いないけど。
「ありがとう。中に入れて」
 にこやかにマリウスが指示をする。呼びに行ったのか兵士が一旦引っ込んだ。
「……マリウス。さっき、ガレロって言った?」
「はい。言いました」
 相変わらず腹の中が読めない顔でニコニコとされる。
 いやいや同じ名前でも別人に違いない。ガレロという名前は……そんなに居ないが、絶対別人に決まってる。絶対に……。
 そうして、次にガチャリと二重扉が開くと俺は絶句した。
 大柄な男が険しい顔で入ってくる。もちろんセルジオの腕章をつけていない、見覚えのある顔と割れた顎だ。
「な、なんで!?」
「……」
 ニューリアン兵隊ガレロ大佐が、堂々とセルジオ軍人の基地に足を踏み入れてる。




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