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一刻を争う決断
見せたいもの2
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大量の武器を収納した部屋。武器庫で間違いない。この部屋以外にもまだ武器庫が続いているらしく、さらには他の場所にも同じような施設があると女王は言っていた。
「知っていることしかお話しできませんが。あなたたちにはちゃんと説明をします」
兵士たちの固唾を飲む音が俺にまで聞こえた。
「武器庫の存在は、わたくしの大じい様から聞いて知ったのです。大ばあ様や、お母様もここの事を知っていたかどうかは今ではもう分かりませんが。大じい様は夜中、わたくしの部屋にひとりで尋ねられて『いざという時に』という名目でお話して下さいました」
女王の手で照らしている光が動く。
ヒビも錆もない、まっさらみたいな天井や壁がゆっくりと照らされている。
「……大じい様もまた、この武器庫のことを先祖の方から伝えられたと言ってたわ。だとするとどれくらい昔からあるのかしら」
倉庫というわけだから武器しか置いていなく、年代が分かるものはここには見当たらない。銃が古いと分かるだけで、それ以外のことは俺にも分からない。
「女王様」と、ガレロが言う。
「入り口の部屋にあった資料を見たら分かるのではありませんか?」
兵士たちも「そうだそうだ」と言う。骨董品にも見えたライターのことを覚えていて、囃し立てる話題の中に英雄シャーロット嬢の名前も出てきた。
「そうね。調べてみる必要はあるかもしれない。でも……調べ始めるとしたらそれは、まさに『いざという時』になるわね」
「女王様。いざという時というのは今なのでしょうか?」
ガレロが真相に踏み込む。俺は照らされていないからガレロに睨まれないだけだ。真隣からはジャスミンが睨んでいるかもしれないが。
少しの間女王は黙っていた。それが破られた。
「残念だけど……資料は今から持ち帰って調べる必要がありそうだわ」
「……承知しました」
「ニューリアン王国は早い段階から戦争を拒む姿勢に切り替えました。あなたたちも知っている通り、王家の娘を嫁がせる政略結婚によって、良好な国際関係と安定した生活水準を保っていたわ。しかしそれだけではいずれこの国が滅んでしまうことを先祖は危惧したのでしょう。衰退の道を行くか、それとも敵国に打ち破られてしまうか。必要な時に戦えるようにと……それが『いざという時』の備えであり。戦う必要があるのが、まさに今なのです」
* * *
兵士たちの食事どころ。セルジオでは小さな窓しかない収容所みたいな場所で、限られた時間内で栄養補給を行う。……そんな食事しか知らなかったんだけど、さすがに平和ボケしたニューリアンではそうでもない。
貴族が使う部屋と同じくらいに大きな窓が開いているし、乾いた風と一緒に庭の花の匂いも漂ってくる。時々小鳥が間違って入ってきても吉兆だとか言って餌を与えたりしている。
セルジオでも時々訓練場に野鳥が入ってきた。それを討ち取れなかった奴が風呂掃除だと盛り上がったこともあったが。同じ盛り上がるにしても何だか色々違う。
ニューリアン駐屯地に行けない今、知らない水を飲まないと徹していたらさすがに死んでしまう。俺は、野菜を中心に彩りまで考えられた食事を食べていた。味はまあまあだ。
「なーに落ち込んでんだよっ!」
これはどこかの席での話し声が聞こえたもの。顔を上げて見てみたら、向こうの席で食事を取っている奴が他の兵士に絡まれている。
しかしもっと周りを見回してみると、浮かない顔をしている兵士がチラホラと目立っていた。
「なんでも無いよ……」
「なんでも無くはないだろ? 嫌いな食材でも入ってたか?」
「本当になんでも無いって」
「分かった! 恋愛の悩みだな?」
……重篤な平和ボケ。現状の情勢を知っていても、ああして楽しそうに前だけ向けるのは羨ましい限りだ。
逆に、深海から上がってきたばかりみたいな顔の青い兵士たちはラッキーだったな。自分たちの置かれている状況が、いかに深刻で無力かということを思い知らされている。
そのうち兵士をやめて去っていくか、それとも火が付くか楽しみだ。今は全員湿気た面で火なんか付きそうも無いけど。
武器庫を見た後、資料を馬車に乗せて俺たちは古屋敷へ戻ってきた。山登りと恐怖体験にどっと疲れていたんだろう。帰り道では途中で何人か居眠りを起こして落馬した。
女王はそれから、苦行を共にしたあの一行を『特別隊』として起立させ、夕食後は勉強会なんて装いながら持ち帰った資料を調査している。
「特別隊なんてすげえじゃん! 基本給と別に賞与も出るんだろ? 羨ましいぜ!」
「お、おう……」
肩を叩かれている方の兵士が全然嬉しく見せていないのは気にならないらしい。
たったの現実を知るだけで、こうも明暗の差が出るもんなのかと、俺だけはちょっと楽しいくらいでもある。
なにせ俺は、ニューリアンが武器庫を隠し持っていたことには少し驚いたが、それと同時に安心もした。本当に国ごと心中する気でいるバカな王族なのかと思っていたんだ。良い意味で覆されてよかった。
ふと、廊下の方で使用人が掛けているのが見えた。そのまま通り過ぎていくのかと思えば、違う方の扉から中へ入ってくる。そこにはガレロが食事をしていた。
「……」
会話は聞こえないけど。使用人が何か深刻そうにガレロに告げている。
するとガレロが立ち上がった。手を叩きもって大声で全員に呼びかけた。
「聞け! リーデッヒ殿がお見えになるそうだ!」
「……!!」
それが聞こえると反応は真っ二つだった。極端に反応したのは、その深海から上がってきたみたいな奴ら。不安になって居ても立っても居られなくなり、立ち上がるとか掛け出すとかワナワナ震えるとかした。
「どうしたんだよ? 大丈夫か?」
頭の中に花が咲いた兵士には当然分からない。
「い、いや。何でもない……。大丈夫だ。うん……大丈夫。大丈夫……」
そうだよな。特別隊は見たもの調べたもの何もかもを公言しないように言いつけられている。
とてもじゃないけど言えないよな。近いうちに戦争が起こり、ニューリアン兵士もいよいよ参戦するなんてことを。王族がその準備を二千年も前から始めていたということも。
食器を片付けてガレロが去っていく。俺は慌てて奴を追いかけた。
「待てよ。詳しく聞かせろ」
廊下でガレロは俺を振り返った。
「クロノスか。私にも詳細が分からない。今から女王様のところへ行くつもりだった」
「なら俺も行く」
急ぎ足で向かった。当日急にリーデッヒが訪ねてくるっていうのは穏やかな案件じゃなさそうだからな。
女王は更衣室にいた。もう着替えは済んだから入っても良いという。ガレロと中に入ると使用人たちは準備に慌ただしく。女王は、服のリボンを結んでもらいながら、髪をとかされながら、爪の色を塗られている。
「来ましたわね」
そう言って俺と目線を合わせた。
「でも心配しないで良いわ。わたくしたちの秘密が暴かれたわけではありません」
すると、使用人が一枚の手紙をガレロに差し出した。真っ白な金のかかった紙なのに、子供が描いたみたいなエヴァーアイリスの花の絵が似合っていない。
「拝読します」
「クロノスにも読ませてあげて」
ガレロが内容を読んだ後、横の俺にも流ししてくれる。
手紙の内容と、リーデッヒの目的は文字の一列目にして分かりやすく書いてあった。
『最愛のテレシア。どうか僕を生涯のそばに置いてほしい。君に婚姻を申し込む』
男による愛を歌う手紙なんて気持ちが悪いが。ちゃんと最後まで読んだ。
「……これがリーデッヒの決断ですか」
別れ話はリーデッヒが考えると言って終えた。みたいなことを聞いていた。やっぱりテレシア女王のことを諦めきれなかったってことなのか。
「良かったですね」
「あら。それは本心?」
「本心ですよ。もう相談役になりたくないですから」
ふふふ、と女王が笑う。
リーデッヒ訪問に対して思ったよりも和やかなムードみたいだ。そんな中で山奥の岩みたいに硬いままのガレロは訪ねた。
「リーデッヒ殿はすぐにいらっしゃるのでしょうか?」
「ええ。手紙を持ってきてくれたのもリーデッヒだもの。だけどわたくしに準備する時間が必要だろうということで、少し街を歩いてくると言って行きました。じきに戻ってきます」
窓の光が眩しく、今日もとても天気のいい午後になりそうだ。リーデッヒは花でも買ってからここへ戻ってくるだろうか。
アスタリカの司令官はいったい何を決断したんだ……。
(((毎週[月火]の2話更新
(((次話は明日17時に投稿します
Threads → kusakabe_natsuho
Instagram → kusakabe_natsuho
「知っていることしかお話しできませんが。あなたたちにはちゃんと説明をします」
兵士たちの固唾を飲む音が俺にまで聞こえた。
「武器庫の存在は、わたくしの大じい様から聞いて知ったのです。大ばあ様や、お母様もここの事を知っていたかどうかは今ではもう分かりませんが。大じい様は夜中、わたくしの部屋にひとりで尋ねられて『いざという時に』という名目でお話して下さいました」
女王の手で照らしている光が動く。
ヒビも錆もない、まっさらみたいな天井や壁がゆっくりと照らされている。
「……大じい様もまた、この武器庫のことを先祖の方から伝えられたと言ってたわ。だとするとどれくらい昔からあるのかしら」
倉庫というわけだから武器しか置いていなく、年代が分かるものはここには見当たらない。銃が古いと分かるだけで、それ以外のことは俺にも分からない。
「女王様」と、ガレロが言う。
「入り口の部屋にあった資料を見たら分かるのではありませんか?」
兵士たちも「そうだそうだ」と言う。骨董品にも見えたライターのことを覚えていて、囃し立てる話題の中に英雄シャーロット嬢の名前も出てきた。
「そうね。調べてみる必要はあるかもしれない。でも……調べ始めるとしたらそれは、まさに『いざという時』になるわね」
「女王様。いざという時というのは今なのでしょうか?」
ガレロが真相に踏み込む。俺は照らされていないからガレロに睨まれないだけだ。真隣からはジャスミンが睨んでいるかもしれないが。
少しの間女王は黙っていた。それが破られた。
「残念だけど……資料は今から持ち帰って調べる必要がありそうだわ」
「……承知しました」
「ニューリアン王国は早い段階から戦争を拒む姿勢に切り替えました。あなたたちも知っている通り、王家の娘を嫁がせる政略結婚によって、良好な国際関係と安定した生活水準を保っていたわ。しかしそれだけではいずれこの国が滅んでしまうことを先祖は危惧したのでしょう。衰退の道を行くか、それとも敵国に打ち破られてしまうか。必要な時に戦えるようにと……それが『いざという時』の備えであり。戦う必要があるのが、まさに今なのです」
* * *
兵士たちの食事どころ。セルジオでは小さな窓しかない収容所みたいな場所で、限られた時間内で栄養補給を行う。……そんな食事しか知らなかったんだけど、さすがに平和ボケしたニューリアンではそうでもない。
貴族が使う部屋と同じくらいに大きな窓が開いているし、乾いた風と一緒に庭の花の匂いも漂ってくる。時々小鳥が間違って入ってきても吉兆だとか言って餌を与えたりしている。
セルジオでも時々訓練場に野鳥が入ってきた。それを討ち取れなかった奴が風呂掃除だと盛り上がったこともあったが。同じ盛り上がるにしても何だか色々違う。
ニューリアン駐屯地に行けない今、知らない水を飲まないと徹していたらさすがに死んでしまう。俺は、野菜を中心に彩りまで考えられた食事を食べていた。味はまあまあだ。
「なーに落ち込んでんだよっ!」
これはどこかの席での話し声が聞こえたもの。顔を上げて見てみたら、向こうの席で食事を取っている奴が他の兵士に絡まれている。
しかしもっと周りを見回してみると、浮かない顔をしている兵士がチラホラと目立っていた。
「なんでも無いよ……」
「なんでも無くはないだろ? 嫌いな食材でも入ってたか?」
「本当になんでも無いって」
「分かった! 恋愛の悩みだな?」
……重篤な平和ボケ。現状の情勢を知っていても、ああして楽しそうに前だけ向けるのは羨ましい限りだ。
逆に、深海から上がってきたばかりみたいな顔の青い兵士たちはラッキーだったな。自分たちの置かれている状況が、いかに深刻で無力かということを思い知らされている。
そのうち兵士をやめて去っていくか、それとも火が付くか楽しみだ。今は全員湿気た面で火なんか付きそうも無いけど。
武器庫を見た後、資料を馬車に乗せて俺たちは古屋敷へ戻ってきた。山登りと恐怖体験にどっと疲れていたんだろう。帰り道では途中で何人か居眠りを起こして落馬した。
女王はそれから、苦行を共にしたあの一行を『特別隊』として起立させ、夕食後は勉強会なんて装いながら持ち帰った資料を調査している。
「特別隊なんてすげえじゃん! 基本給と別に賞与も出るんだろ? 羨ましいぜ!」
「お、おう……」
肩を叩かれている方の兵士が全然嬉しく見せていないのは気にならないらしい。
たったの現実を知るだけで、こうも明暗の差が出るもんなのかと、俺だけはちょっと楽しいくらいでもある。
なにせ俺は、ニューリアンが武器庫を隠し持っていたことには少し驚いたが、それと同時に安心もした。本当に国ごと心中する気でいるバカな王族なのかと思っていたんだ。良い意味で覆されてよかった。
ふと、廊下の方で使用人が掛けているのが見えた。そのまま通り過ぎていくのかと思えば、違う方の扉から中へ入ってくる。そこにはガレロが食事をしていた。
「……」
会話は聞こえないけど。使用人が何か深刻そうにガレロに告げている。
するとガレロが立ち上がった。手を叩きもって大声で全員に呼びかけた。
「聞け! リーデッヒ殿がお見えになるそうだ!」
「……!!」
それが聞こえると反応は真っ二つだった。極端に反応したのは、その深海から上がってきたみたいな奴ら。不安になって居ても立っても居られなくなり、立ち上がるとか掛け出すとかワナワナ震えるとかした。
「どうしたんだよ? 大丈夫か?」
頭の中に花が咲いた兵士には当然分からない。
「い、いや。何でもない……。大丈夫だ。うん……大丈夫。大丈夫……」
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とてもじゃないけど言えないよな。近いうちに戦争が起こり、ニューリアン兵士もいよいよ参戦するなんてことを。王族がその準備を二千年も前から始めていたということも。
食器を片付けてガレロが去っていく。俺は慌てて奴を追いかけた。
「待てよ。詳しく聞かせろ」
廊下でガレロは俺を振り返った。
「クロノスか。私にも詳細が分からない。今から女王様のところへ行くつもりだった」
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女王は更衣室にいた。もう着替えは済んだから入っても良いという。ガレロと中に入ると使用人たちは準備に慌ただしく。女王は、服のリボンを結んでもらいながら、髪をとかされながら、爪の色を塗られている。
「来ましたわね」
そう言って俺と目線を合わせた。
「でも心配しないで良いわ。わたくしたちの秘密が暴かれたわけではありません」
すると、使用人が一枚の手紙をガレロに差し出した。真っ白な金のかかった紙なのに、子供が描いたみたいなエヴァーアイリスの花の絵が似合っていない。
「拝読します」
「クロノスにも読ませてあげて」
ガレロが内容を読んだ後、横の俺にも流ししてくれる。
手紙の内容と、リーデッヒの目的は文字の一列目にして分かりやすく書いてあった。
『最愛のテレシア。どうか僕を生涯のそばに置いてほしい。君に婚姻を申し込む』
男による愛を歌う手紙なんて気持ちが悪いが。ちゃんと最後まで読んだ。
「……これがリーデッヒの決断ですか」
別れ話はリーデッヒが考えると言って終えた。みたいなことを聞いていた。やっぱりテレシア女王のことを諦めきれなかったってことなのか。
「良かったですね」
「あら。それは本心?」
「本心ですよ。もう相談役になりたくないですから」
ふふふ、と女王が笑う。
リーデッヒ訪問に対して思ったよりも和やかなムードみたいだ。そんな中で山奥の岩みたいに硬いままのガレロは訪ねた。
「リーデッヒ殿はすぐにいらっしゃるのでしょうか?」
「ええ。手紙を持ってきてくれたのもリーデッヒだもの。だけどわたくしに準備する時間が必要だろうということで、少し街を歩いてくると言って行きました。じきに戻ってきます」
窓の光が眩しく、今日もとても天気のいい午後になりそうだ。リーデッヒは花でも買ってからここへ戻ってくるだろうか。
アスタリカの司令官はいったい何を決断したんだ……。
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