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一刻を争う決断

女王とクロノス

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 外は穏やかな気候だったはずだ。こんな日こそ、外で楽しく『食事会』とやらをすればいいのに。俺やテレシア女王は息の詰まりそうな個室にて閉じ込められた。それも残念ながら窓は全て背中側だ。老害たちの顔ばっかり見せられている。
 肉や野菜の感想はほとんど飛びかわない。ここは楽しい食事会と命名しておきながら、話す内容はまるで裁判所かと思うようなもの。
 王族失墜のために、あれやこれやと用意した話題で落ち度を洗い出したいみたいだ。束になって降りかかる唾は露骨だった。
「女王様に令弟がいらっしゃるとは。私たち以外の貴族にも初耳のことですので、もう少し説明をいただかないと納得しない連中も多いのではありませんか。この国の信用を落とすことになりかねませんし」
 なんて話す事業者の貴族は、新事業についての意見交換会のために人を集めたはずだったと思うが。もう長時間、この話を行ったり来たりさせている。
「はぁ……」
 さすがにテレシア女王も呆れて溜め息を隠さない。出発前からこういう話題で突いてくるだろうとは分かりきっていた。しかしさすがにここまで諦めが悪いとは……俺もテレシア女王も嫌になってきている。
「先ほど言った通りですわ。クロノスは、生まれ病によって病棟での暮らしが長かったのです。父の生まれがセルジオ王国で、医療技術も進んでいるセルジオに王国に住まわせたのは不思議でもなく。こうしてニューリアンに戻って来たのも自然ではありませんか」
 何度目のこの返事。追求せずに貴族らが押し黙るのには理由があった。
 秘密主義の王家メアネル家系のことについては、一切の情報も聞き出してはいけないという法律がある。法に反したら軽々死刑を下される。
「生まれ病というのは一体何なんですか?」
 その中で声が上がった。まさか女王メアネル・テレシアに家庭内のことを訊ねるなんて。と、通常のニューリアン市民なら顔を青くする。だが、この場合はどうやら貴族らによる作戦だったみたいだ。
「も、申し訳ございません!」
 直後に頭を下げる婦人が目立った。さっきの質問は、この婦人の幼子から出されたものだ。新事業や意見交換会という場所に子連れが同席しているのは、まあまあ変だとは思っていたけど、婦人の貴族階級は最も下。そういう訳だ。
「法律も分からない幼子ですので……!」
 だから死刑にはしないだろう。そして子供相手になら答えないということも出来まい。……なんて思考が顔から滲み出ている老害たち。その表情が何とも言えない。
「……ご婦人。顔を上げて下さい」
 テレシア女王の声かけに婦人が顔を上げた。女王の声は優しい声色だったか。耳だけで聞いた婦人は、希望を得たみたいな明るい表情になって見上げたが……。
「重罪ですわ」
 テレシア女王には別に同情を施す理由もないんで仕方がない。
 すると途端に席が沸き出した。
「女王様!! こんなことはあんまりです!!」
「子供相手ではありませんか!!」
「まだ罪が何なのかも分からぬ年齢です!!」
 老害が一斉に庇うような言葉を並べている。婦人はシクシクと泣き出した。老害のそれは下手な演技だが、婦人の方は本物の涙なのか見分けが付かない。
 騒ぎを収めるのは主賓の伯爵階級だ。
「お考え直し下さい女王様。いくら法律があれど、婦人の幼子の未来を奪うにはあまりにも」
「いいえ、伯爵」
 しかし女王は言葉を遮った。
「むしろこの機会に悪を摘出できたことを感謝いたしますわ。伯爵とご友人の貴族たち。あなた方にもお礼を申し上げます」
 言葉の意味が理解できない貴族らはうろたえた。
「悪を摘出……?」
「あなた方がこの婦人を操作したことで、将来的にわたくしの妨げになりうる芽を摘み取れたと言っています。その幼子と……そして婦人の方も。自ら罪を選んでここにやって来たわけですから。当然の対処ではないかしら?」
 これを聞いたら全員が一旦黙った。
 老害たちの作戦がバレている。が、しかし重罪は間逃れた。これについて良かったと少しホッとしている老害が多そうだ。
「……ふ、ふははは」
 静まったところから笑いが聞こえてきた。伯爵が軽く笑っている。これで明日の朝刊には『罪の無い母子に死罪を与えた女王』と、目玉記事を載せられることに嬉しがって笑っているのか。
「さすが女王様です。いやはや、私たちの考えが甘かったようですな。ところで、クロノス様は、どのようにお考えなのですか?」
「え。俺ですか?」
 横から女王にコホンと咳払いを聞かされた。言いたいことを汲み取って、俺は「私ですか?」と言葉を言い換えた。
「ええ。良ければご意見をお聞かせいただけないでしょうか。療養されていたとしても、これから政治へご活躍もされるでしょう。是非クロノス様のお言葉も聞いてみたいものです」
 ……なんだ。また話が戻された。
 クロノスが王家に相応しい人間なのかというところをテストしつつ、本当はクロノスなんて怪しい人間の尻尾を掴んでやりたいだけだ。
「私はそんな。まだまだ未熟なので何も言えませんよ」
「謙遜をされないで下さい。皆も期待しています」
 そう囃す伯爵と、回答を待つ老害らと、それから婦人と幼子の顔がこっちに向く。それぞれ期待しているものが違うだろうから別々の表情をしている。
 女王はというと、俺を見ないで目を伏せている。信頼されている……なんて言い方をするのは気持ち悪いけど。最低限『クロノス』には特に心配もしてないって感じだ。
「……そうですね」
 何も捻らないで普通に答えたら良いんだろうなって思う。
 俺はセルジオ軍兵暗殺部隊の人間で。警戒すべきは人間の能力じゃなく可能性の方だと入れ込まれた。ニューリアンで過ごしていて、まだ平和ボケはもらってない。
「母子ともに即刻死刑で異論はありませんよ」
 なんならここに集まる全員が死んでも不思議はない。セルジオ領内だったらな。
「なっ!?」と、伯爵が衝撃を受けるあまり声を出す。婦人はとにかく幼子を抱きしめて号泣した。
「さて。帰りましょう。クロノス。もうお腹がいっぱいだわ」
 女王が席を立ち、俺も後から立った。
 扉は老害の方にある。このまま勝手に去ったら誰かが引き止めるかと思ったが。誰もそんな勇気は無いみたいだった。ただし、扉を開いて出て行く間際、伯爵が女王を呼び止めた。
「あんた達は人じゃない……!!」
 俺は少し振り返り、伯爵の血走った瞳を見たが。女王はその言葉に返事を送ることなく、見るとすでに食事会場を出てしまっていた。


「おかえりなさいませ。テレシア様」
 メアネル家が住む古屋敷に到着した。
 同乗していた馬車ではひと言も話をしないままで、馬車を降りても女王は俺のことを見向きもしない。挨拶をした使用人にもだ。黙って屋内へと向かっていくみたいだった。
 元々愛嬌は無いが、無愛想でもなかった女王だ。しかしこの時は、さすがに使用人や兵士が心配をしている。
「何か……奥様のお体に障るようなものがございましたか」
 俺のところにも世話役の声が届いた。ひとりで歩いていく女王の背中を捕まえられなく、馬車のところに居たガレロを見上げて訊いたんだ。
 食事会にはガレロも同行していた。外の監視後に、女王や俺から内容や様子を伝えられている。
「心配なく。女王様は何も召し上がりませんでした」
「そ、そうですか……」
 毒を口に入れなくて良かった。とも言えるが、世話役の心配そうな顔色は晴れていない。
 その時、バタンと扉が閉まった。女王がひとりで自室に戻って行った。世話役もガレロも、周りに散らばった兵士たちも閉まった扉をしばらく眺めていた。
「……奥様はこの頃食事の量も減っていますし。最近はお部屋に籠りきりで」
「仕方がないです。あの事がありましたから」
 リーデッヒを巻き込む事件……。この落ち込みムードはここだけにあった。
 パシャリ、とシャッターを切る音が鳴る。俺はその音に反応しても振り返らなかったが、世話役とガレロは振り返った。
 二人は野次馬の記者を見つけただろうが、その視線の中に俺のことも入っている。俺と目が合うと、世話役は仕事に戻り、ガレロは仕事に戻らず俺の元へ歩み寄ってきた。
 ズカズカと大きな図体が迫り来る。目の前に来ると立ち止まってじっと睨んできた。こんな絵面も金になるんだろう。パシャパシャとシャッターの音が鳴り止まない。
「……なんだよ。あんまり俺と親しくしてると、根も葉もないインチキ記事が書かれるぞ?」
「……」
 ガレロはあれから俺に対してさらに敵視が強まっている。とはいえ、まさかここで『テレシア女王の令弟クロノス様』を持ち上げて宙吊りになんて出来ないだろ。
「中に入れ」
「嫌だと言ったら?」
「……」
 じっと睨んで、最後は鼻を鳴らされた。
「……好きにしろ」
 背中を向けて仕事に戻っていくみたいだ。それなら俺もやりやすい。
 こっちも鼻を鳴らしてから行きたい方面へと歩いて行く。それは古屋敷の方向じゃない。
 ただし大勢の記者に付きまとわれると面倒すぎる。ちょっと遠回りして行くしかないな。



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(((次話は明日17時に投稿します

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