最後の女王‐暗殺兵クロスフィルとテレシア女王による命の賭け。メアネル王家最後の血は誰に注がれる?王の時代の最終章‐【長編・完結】

草壁なつ帆

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女王の命は誰の手に?

海−判断材料を下さった−

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 背中合わせの妙な体勢のまま、会話は続けていた。
「ところで女王。なんで海に飛び込んだんです? 身投げの直前に一瞬笑いましたよね。ただの事故じゃなかったのは明白です」
 訊くと、女王は答えを渋っているようだ。左手に握られている女王の手がピクピクと動いて答え方を探っている。
「そうね」と小さく言って、次第に女王の指先も止まった。
「わたくしが判断出来ずにいることを、天に任せてみただけですわ。それ以上は訊かないでちょうだい」
「判断出来ずにいることって?」
「訊かないでと言ったでしょう?」
 俺はため息。とはいえ、軽く聞いてみたものの素直に打ち明けてくれるとも思ってなかった。
「秘密はメアネル家の美徳ですもんね」
「……そうよ」
 空洞の外からざざんと波が押し寄せる。けどもう水飛沫が空洞入り口に入ってくることは無くなった。俺も女王も黙ると少し静かな時間が出来ている。
「じゃあ、質問を変えます。その天っていうのは、判断してくれたんですか?」
「もう。何も答えませんわ」
「良いじゃないですか。助けてあげたお礼に教えて下さいよ」
 催促するつもりで俺は左手をピクピクと動かした。すると女王の右手はどっかへ行った。帰ってこないなら、手を引っ込めて俺は膝を抱える。
 女王は寒がっていないしそろそろ離れても平気だろう。そう思った頃に女王は答えた。
「判断材料を下さった……とは、言えるかもしれませんわね。これは慎重に選ぶべきことなので、今回の件では言い切れません」
「へー。そうですか」
 立ち上がって海水の状態を見て来ようと思う。ついでに女王の顔色もチラッと見てみたが、思った通りに深刻そうな顔で悩んでるな。

 これは仮説だが……。と、頭の中でガレロの言い方を真似る。
 俺と女王が出会う前。女王がアスタリカ軍のリーデッヒと出会った時も、たぶん俺にしたものと同じ話をしたんじゃないだろうかって思う。
 リーデッヒからの接触がテレシア女王の暗殺目的かどうかは分からないが。二人が親密な関係なら。女王から「死ぬ前にやるべきことがある」ぐらいはリーデッヒに伝えてあるだろ。
 演劇団出身のリーデッヒが語っていたことは半分思い出せないけど。約束があるとか、二人は一緒に幸せになれない、とかって言っていた。あと、テレシア女王の判断を待っている風でもあったっけ……。
 フッと現れた俺に何を期待しているのかは知らない。しかし、俺かリーデッヒのどちらかに重きを置いているはずだ。女王はさっき「選ぶべき」と言っていたからな。
 俺が女王を助けたことが、女王の中の判断材料になったのかもしれない……。

 海水は思ったよりも引いていた。これだと歩いて岸辺まで行けそうだ。
 女王にも知らせようと思う。
「シャーロット嬢をご存知ですか?」
 俺から何かを言う前に、女王に先に話された。
「メアネル・シャーロットのことなら当然知ってますけど」
 ニューリアン王国とセルジオ王国を繋いだ人だ。二百年くらいも昔の話だが。しかし彼女については色んな逸話がまだ尽きずに掘り起こされている。今もなお、時の人と言えるだろうけど……何か関係のある話なのか?
 女王は深刻な表情で俯き、膝を抱えている。
「彼女が生きていたのはまさに暗黒時代とも呼べるでしょう。王家の娘は政治のために嫁入りをし、その道具に成り代わるために心身を磨くことを美徳と言われていました。ですがその中で、シャーロット嬢は自らの意思で嫁入りを受け入れず。そしてセルジオ王国の大使となったのです。条約を取り付けてくれたおかげで、ニューリアンは崩れずに今があります……」
「ああー……」
 数ある逸話の中でも、事実に基づいた話の方だ。
「知ってますよ。その話はうちでも有名です。王族で大使なんてひっくり返った身分のうえに、戦王アルゴブレロの愛人にまで成り上がったって」
 後半のは事実の無い逸話。ニューリアン出身の女王なら嫌がるだろうと思って軽い皮肉をぶつけたつもりだった。しかし予想外に「ふふっ」と、鼻で笑う音が聞こえる。
「あれ? おかしいですか?」
「そうですわね、おかしい。シャーロット嬢は結婚はおろか、婚約破棄以降は誰のことも愛さなかったとこちらでは伝わっていますわ」
「へー。多少のズレがあるんでしょうね」
 メアネル・シャーロットは、ニューリアンでは英雄のように讃えられている。セルジオではどうだろう。変わった人だったって事ぐらいでしか思っていないかもしれないな。
 それにしたって……。
「周知のズレがそんなに面白いですか?」
 小さな背中をふるふると震えている。こんな話だけでいつまでも笑ってる女王が変だ。
「ええ、面白い。ニューリアンとセルジオは同じ文化を持つ国のはずなのに。どうしてここまで違うのかしら」
「さあ? 俺には根本から全く違うように思いますけど。それに俺がニューリアンの市民と同じだと言われるのは癪です」
 楽しそうに笑っていた女王だったが、さすがにだんだんと笑うのをやめた。
 戦争放棄のニューリアン。貧乏国のニューリアン。成長を諦めたニューリアン。様々な言われがある。その中でも、王が不在の国だと今でもよく聞く。
 世間に認められていない女王が、俺の一言で何のショックを受けただろう。
「……で。シャーロット嬢がどうしたんですか?」
 訊くと、女王は首を左右に振る。
「何でもありませんわ。ただ、もしも今生きるのがわたくしじゃなくて彼女だったなら、どんな選択をしたかしらと考えていただけです」
「二百年も人に寿命はありませんよ」
「例えばです」
 ため息もつかれた。
 話が終わったようなんで、もう外に出られるということを伝えた。ざーざーと聞こえる波の音も穏やかに感じる。
「ニューリアンやわたくしのことはお気に召さなかったようですが。残念ながら、あなたとわたくしは似たもの同士ね」
 スッと白い腕が差し出された。
「握手ですか?」
「違うわ。引き上げてちょうだい。座りすぎて腰が痛いのです」
「……」
 俺は女王の近くにてしゃがみ込み、脇腹を抱えて持ち上げた。女王は楽にスッと立てたようだ。しかし怒ってる。
「ちょ、ちょっと!」
「人を引き上げる時はこうやってやるもんです。女王か俺の腕が抜けたらどうするんですか」
「ぬ、抜けたりしませんわ」
「いいや、抜けます。人の骨は単純なんで」
 そう言うことじゃないと、女王はぷんぷん怒りながら入り口へと歩いて行った。そこで立ち止まって晴天の青空をしばらく眺めてる。
 そこそこに十分したら、足元に視線を落として「行きましょう」と言う。そして動かない俺のことを女王が振り返ったが、彼女は逆光だ。
「クロスフィル。道案内をしてください」
 俺が「嫌だ」と答える前に、女王は自分の足で外に出ていった。
 すっかり見えなくなったが「きゃっ」と声が聞こえた。
「はぁ……」
 言うて俺も、いつまでもこんな危険な場所に居続けるわけにはいかない。

 出入り口に立つやいなや、女王はすぐそこにいる。何を同じ場所でジタバタしてるのかと思ったら、岩礁の隙間に足を挟んでた。声を出さずにひとりで頑張るみたいだった。
「先に行ってますよ」
「ちょ、ちょっと待ちなさい」
 乾いていて滑りにくそうな場所を選んで歩いていく。
「待ってと言っています! クロスフィル!」
 ざぶんと波が来る。俺は寸前のところで岩に乗って避けられた。一方女王の方は見事に足を濡らしたみたいだ。さすがにこのまま溺死されるのも違うか……。
「本名で呼ばないでもらっていいですか。ネザリアの奴らに聞かれたらめんどくさいです」
 女王は返事できるどころじゃない。しかし俺のことを呼んでおいて、目が合うとサッと避けられる。そしてやっぱりひとりで抜けない足と葛藤したいらしい。
 遠くの海ではさらに大きなうねりを作って、俺たちに襲いかかるぞと見せつけている。
「早くしないと濡れますよ」
「……」
 めんどくさい女だな……。
「助けて欲しいんですか、欲しく無いんですか」
 波が襲ってきた。俺はまた岩に乗ったから良いが、今度は女王の膝まで波が来て、さらに手を滑らせ尻を打ったらしい。それでも唇を噛み締めながら上手く立とうと身をよじっている。
 そんなに俺の重罪が嫌だったのか。
 小ぶりだがまた波が来そうだ。女王も黙認していて静かに慌てている。
 この調子じゃ夜になってしまう。しかも満潮になったら俺たちの頭よりも上に水位が行くだろうし。置き去りにして行くのも選択外で。
「……はぁ。女王、じっとしてください」
 俺は岩を幾つか渡って女王の足元へ向かった。女王の足は奥まで挟み込んでしまったのか。それとも無理に動くから余計に抜けなくなっているのか。結構抜け出すには難しいことになっている。
 挟まった足を見ているところに波がきた。かがんだ俺の腰まで濡らしていった。
 女王の足は傷が出来ていて塩水が浸っているんだから痛いだろうに。何をそんなに強がってるんだか。
「焦らずにゆっくり引いてください」
「うん」とも「はい」とも言わず。だが女王が言う通りに慎重に足を上げていく。それに合わせて角度の調整を手伝った。その結果足が抜けて、女王の溺死は間逃れた。
 女王が安堵したみたいでため息を落としている。俺はその横を通り過ぎた。
「俺が歩くところだけ踏んで来てください。いいですね?」
 比較的、足場の良い場所を選んで大股にならないようにして行く。後ろでは無言で女王が着いて来ている。
 俺は何をやっているんだか……。




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