最後の女王‐暗殺兵クロスフィルとテレシア女王による命の賭け。メアネル王家最後の血は誰に注がれる?王の時代の最終章‐【長編・完結】

草壁なつ帆

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女王の命は誰の手に?

命を奪える奴、そうじゃない奴

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 ネザリア領地、西南方角にレーベ海が広がる。食事会場で見た絵画と色は全く同じだが、押し寄せる波まではさすがに描けなかった。
 この地方の神話によると、海の神が絶えず機嫌を損ねているせいで海域が荒れているんだと。岬は陸が競り上がっているから、車内からは水飛沫の音だけ激しく聞こえていた。
 ところで、無駄な殺生はしないと決めている。ネザリア兵の車を走らせたのも、運転手にはある程度の脅迫を使ったが、ちゃんと礼を言ってから車を降りた。
 そのつもりなんだが……。
「穏便にやり過ごせ」
 車を降りながらガレロに言われる。岬は横からの風が強いから、ガレロからの小言も流れていったことにしたが、再三うるさく言ってくる。
「自らニューリアンの損害になるな。手荒な事をせずに穏便にだ」
「はぁ……穏便にって。そんな生ぬるいことやってるからお前らの主人がどっか行くんだろ」
 槍使いが槍に代わるものを持っていない今。この衛兵はほとんど丸腰だ。銃のひとつも身につけていない。そんな状態で、よくも俺に説教垂れてくれるな。
「おとぎ話みたいに、馬に乗るなり槍を振り回すなり好きにしてればいい。だけど俺の仕事の邪魔はしないでくれ」
「テレシア様に手をかけたら私がお前を殺す」
「はいはい。俺が女王を殺した後に、煮るなり焼くなり好きにすればいいよ」
 へらへらと笑っていたが「うっ!」と、息が苦しくなる。同時に足が地面から浮いた。俺はガレロに胸ぐらを持ち上げられて、地面に足が付かなくなっている。
「貴様……!」
「何だよ。今更怒んのかよ」
 ガレロが俺のことをどこまで知って接しているのかは不明。でも、そんなに主人思いなんだったら、早い段階から抹消でも何でもやればよかったはずだ。
「お前。人を殺したことが無いだろ。殺されかけたことも無いよな」
 図星を当てられた動きは見せないが、俺にはよく分かる。このデカいだけの男が、ぬるい場所でぬくぬくと育った腰抜け野郎だってことが。
「そんな奴が俺に軽口叩いてんじゃねえよ」
「……」
 とん、と俺の足が地面につく。
「何をしている! そこの二人組!」
 止まっていた時間が流れだしたみたいだ。俺とガレロはネザリア兵士に呼びかけられていた。奇しくも『二人組』として認知されたのが気に食わないが。
 この何でもない岬にわらわらとネザリア兵士が蟻のように集まっている。そのうちの何人かがこっちに気付いたらしかった。
「ガレロだな?」
 ネザリア兵士はガレロのことを知っていた。
「その男は新人か? ニューリアンに新人兵士を雇う金があったのか」
 バカにされて笑われている。このことにガレロがどう思っているだろうな。穏便に、なんだろ?
 
 強風にテントがなびかれている。何の催しなんだか用意は周到だ。ネザリアは救護班まで集めて悪事を企んでいるみたいだった。
 俺とガレロはこのままテントの方へ連れて行かれるだろうと思った。しかし、手縄もなしに連れて行かれる道から、ガレロはひとり逸れてテレシア女王がいるだろう岬の先端へと歩みを進めた。
 あいつはどうやら虫の納めどころが分からないらしい。唯一の取り柄だった冷静さを欠いている。
「おい、道をそっちへ行くな」
「……」
「待て。行くなと言っているだろう。止まれ」
 ネザリア兵士は大股で歩いてガレロに追いつく。丸腰同然のガレロが止まった。その眼球の真隣に銃口を突きつけられているからだ。これは仕方がないとしか俺は思わない。
「おい、新人。お前も止まれ」
 止まれと言われる『新人』っていうのは俺のこと。こっちは丸腰じゃないんで、言うことを聞く理由もない。
「嫌だね。先を急いでるんで」
「上司の命を蹴るのか」
 上司? 誰だ? ガレロのことか。
「ああ。上司でも何でもない」
 スタスタと歩くと後ろからケラケラ笑われた。そのネザリア兵士は新人兵士の態度を面白がり、見捨てられた上司に同情した。
 行く手を阻むネザリアの雑魚はわらわらと出てきた。岬への道に立ちはだかって敵意を向けている。俺は、人数と残りの弾の数を頭の中で数えてた。
 すると俺の後ろから声がする。
「やめておけ。反抗的な男には酷い現実を見せてやる方が楽しい」
 そいつの言葉は力があるようで、目の前の道は綺麗に開かれる。
「このまま真っ直ぐ行くとお前の主人がいる。最後の死に際でも目に焼き付けておくんだな」
「……どうも」
 片手でも上げて礼を言っとくか。
 ゆるい上り坂に強風が吹きつけ、ヒュルヒュルと風がうるさい。これだと銃声が鳴ったとしても聞こえないかもしれない。ガレロはもう殺されたかな。いや、殺されてないだろうな。
 何を見てじゃないが感じるものがある。同じ銃を構えていても、人の命を奪える奴と、そうじゃない奴。後者は自分の思い通りに動くように人の命を脅しに使っている。そのことだけに集中している。
 前者は……ここにひとり居る。
 目の前には青空が広がった。木も草もない上り坂が平坦になると、そこに人がいた。紫色のドレスが強風に煽られている。これから海にでも突き落とそうとしているのか。ネザリア兵士が付き添っていた。まったく粗末なことをするんだな。
 現れた俺にネザリア兵士が気付いて何か言うが、なにせ風が強くてぼうぼうと耳元で音が鳴っているんだ。何にも聞こえてこない。
 ただ、俺はテレシア女王と目が合った。
 こんな時でも冷静に、叫ばず身動きも無い女王だ。そんな人間離れした人物を見て、そうか……と思った。
 人の命を奪える奴は死を天秤に乗せない。銃口を突き付けた瞬間から、相手はこの弾で死ぬと決めてある。
 人が死ぬのは特別じゃない。生きているのも特別じゃない。……じゃあ、撃とうとする瞬間は何を考えているんだろうな。
 俺の考えを読み取ったみたいに、テレシア女王はこの場にいてもわざと微笑んできた。すると、岬の際で後ずさりを始める。
「おーい!! クロノス君!!」
 その時、背後から誰かが呼んだ。俺を『クロノス君』と呼ぶのはひとりしか思いつかなかった。どこに隠れていたんだ、ゲイン・リーデッヒ。しかし、そんな男も間髪入れずに叫ぶことになる。
 俺が、遅れて来た男を振り返る隙もない。
 三歩後ろに下がった女王に、崖の下から風が駆け上がった。黄金の髪も、紫色のドレスも真上へと巻き上げた。まるで海の女神にも思えるほど仰々しい。……が、それもほんの一瞬。
 落ちるぞ!! と、ネザリア兵士も気付き。「待て!!」と叫んだようだが遅かった。
 女王は岬から消える。死ぬなとも早まるなとも何も聞かずに自ら海の藻屑になりに行った。
「テレシア!!」
 リーデッヒも追いつかなかった。もっともテレシア女王の救世主にもなりたかっただろうが、間に合うはずもない。
「くそっ!!」
 俺は駆け出した。
 そして飛び込んだ。岬の先端。崖からどれくらい落ちたら海なのか、本当に下はうねる海水なのか。分からないままに飛び込んでいた。
 直下するのは岩のない海水で、黄金色の髪が海に飲まれる波飛沫だけを見た気がする。




(((毎週[月火]の2話更新
(((次話は明日17時に投稿します

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