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女王の命は誰の手に?
道中−クロノスとリーデッヒ−
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ガタゴトと車輪を回す馬車。ニューリアンの市街地を抜けて南下している。このままトンネルを突き抜けるとカイロニア王国の領地に入ってしまう。
カイロニアはこの辺りの中心国になるために、各国へ道路や鉄道を開通させて便利にさせていた。
ネザリアへ向かうのにはどのルートで行くつもりなんだ……。多少は気になるけど、戦地に入って全滅したって俺には損もないから、いい。
馬車の中で会話は生まれない。女王はじっと目を伏せたまま。瞑るでも、よそ見するでもなく、ただ土産物の置物みたいに座ってた。
外は雨が降りだしている。そうだ……戦地でこの女王が襲われても良いが、死体を持っていかれるのは困る。そしてこの雨の中でひとりで運ぶと言うのは現実的じゃない……。
それぐらいのことを考えながら、パッカラパッカラと辛気臭く進んでいる。
予想していた道から外れて馬車が道を曲がった。まさかトンネルを迂回していくのかと考えたら海沿いの道を行くことになる。これはもうネザリアに着くのは何週間後なんだ。
そうこうしていると馬車の揺れがおさまった。止まったみたいだ。何事だと、ガレロの動きを探る俺に、女王が口を開いた。
「ここで乗り換えます」
「乗り換える?」
御者も指定席から降りたらしい。ガタンと馬車がひと揺れした。
「クロスフィル。話を合わせてくださいね」
「は?」
すると、扉が外から開かれる。
「やあ、こんにちは。テレシア」
知らない声と、知らない顔が覗いた。ガレロの調子が狂ったのかとも思ったが、それにしては随分と顎がシャープになりすぎだ。
誰? と、言うのが喉元まで出ていて、テレシア女王がこほんと咳払いをしている。俺に指示か警告を出したみたいだが、突然現れたその男にも何かが伝わったらしい。
「そうか! 手紙の君だな!?」
「て、手紙……?」
何だか分からない。とりあえず話の前に俺には馬車を降りろと言っている。
片手で傘を持つ男は馬車の中へ手を伸ばす。日焼けのしていない手首でしなやかな指先だが、その指の付け根は硬くなって盛り上がっている。何か武器を扱える手だと見える。
「お手をどうぞ」
「俺ですか」
男にエスコートされるのか。俺が?
話を合わせなさいと、伝えるためか。女王が静かに二回鼻を啜った。躊躇う俺に男はウインクを投げた。気持ち悪い……。
「……いや。自分で降りれる」
見知らぬ男の手なんて掴みたくない。押し通す形で俺が馬車から外に出る。
「なんだ? 反抗期かぁ?」
男が呆れ顔。一瞥したら雨宿りが出来る屋根を探す。外に出てみると案外雨は強まっているみたいだ。
乗り換えるっていうのは、馬車から自動車に乗ることらしい。看板を下ろした店先の屋根の中に入り、遠巻きに全体を見ていて分かった。
舗装道路に三台の自動車が並んでいた。防弾仕様の軍事車から部品を真似たもの。とはいえデザインで高級感を出している。これこそ現代の王族が乗るのに相応しい。馬車なんてものは論外で。
雨の中、さっきの男と女王のやり取りがギリギリ聞こえる。
「さあ、テレシア。足元に気を付けて」
「ありがとうございます」
「いえいえ。しかしあいにくの天気だというのに、あなたの美しさは増すばかりだ」
男の軽口で迎えられたテレシア女王。ひとつ傘の下におさまったら恋人っぽく見えて仕方がない。男も女も美形だから、まあまあ絵になった。
女王には愛人がいたのか。知らなかった。早逝した国王と仲が良かったと聞いていたし、暗殺に手をかけた夜にも弱音みたいなことを言っていたから、てっきり寂しい未亡人なのかと思ってた。
時間をかけて着飾っていたのも、こんなところで密会するのも、そのためか……。なんか嫌だな。
人の恋ほど見ていたくないものは無いだろ。
ぼんやり突っ立っていると、俺の居場所を見つけて男の方が手を上げた。
「おーい! クロノス君! 君も乗りなさいー!」
手招きをしてる。それは間違いなく俺の方に向いている。
「クロノス……?」
誰だ、それは。間違ってんだけど。
「クロノス、雨に濡れますよ」
しかし女王もそう言った。二人で会話している間に俺の名前を間違えて覚えたのか。いや、男の方はまだしも、女王に至ってそこまでバカだったか? 聞こえないフリをすると、また話し声が届く。
「申し訳ございません、リーデッヒ」
「良いさ。まだ慣れないこともあるだろうからさ。彼の歩幅に付き合おう」
白もやが動く雨の中。俺は衝撃を受けている。
リーデッヒ……。その名前に聞き覚えがあるどころか、警戒人物として朝礼で取り上げられる名前だった。
ゲイン・リーデッヒ。そういえば、写真の顔と似ているかもしれない。まさかニューリアンで会うとは思わなかったんで、しっかりと写真を焼き付けてはいなかった。
カイロニア王国を負かしたアスタリカ軍隊の司令官を務める男だったか。それなら腕の白さも手のひらの厚みも理解できる。テレシア女王に付け入ろうとする姿勢もだ。
「クロノスくーん!!」
……テレシア女王を車の中に乗せた後、俺の戻りを待って車に乗らないでくれているのか。人当たりの良さを見せて、一体何を考えているのか……。
このまま俺が車に乗ったとして、車内で暗殺事件なんて起きれば……いや、起きるはずがない。
アスタリカ軍とセルジオ国軍では必ずアスタリカ軍の方が優勢だが、あちらは大きな戦争を終わらせたばかり。うちとやり合うまでには五十年は期間をかけたいはずだろう……。
これをきっかけに何か情報を掴めるか。……目立つ動きが逆に逆撫でする結果になりかねないか……。
「クロノス君? 聞こえているかーい?」
それに……ひたすら呼ばれてるんだけど。クロノスって本当に俺のこと? 誰? 微妙に実名と似ているから、本当に間違って覚えてしまってるんじゃないかとも思う。
ひとりの足が動いた。傘をさしていても、傘の方が小さいのかその人物が大きいのか。両肩を濡らしながら俺の目の前にやってきたのはガレロ大佐だった。「早く同行しろ」って言いに来たんだろうけど。俺にも言い分はある。
「クロノスって誰だよ。さっきから俺を見て違う奴の名前呼んでくるんだけど?」
実名で呼ばれるのも嫌だが、別人で呼ばれるのも嫌だ。
ガレロは黙ったまま俺を見下ろすばかり。
「……」
「……何なんだよ」
そのうち抱えられて運ばれるのかと思った。そうなる前にガレロの低い声が答えた。
「テレシア様の弟君だ」
(((新連載よろしくお願いします!
(((9話まで毎日投稿、以降は毎週[月火]2話更新
(((次話は明日17時に投稿します
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馬車の中で会話は生まれない。女王はじっと目を伏せたまま。瞑るでも、よそ見するでもなく、ただ土産物の置物みたいに座ってた。
外は雨が降りだしている。そうだ……戦地でこの女王が襲われても良いが、死体を持っていかれるのは困る。そしてこの雨の中でひとりで運ぶと言うのは現実的じゃない……。
それぐらいのことを考えながら、パッカラパッカラと辛気臭く進んでいる。
予想していた道から外れて馬車が道を曲がった。まさかトンネルを迂回していくのかと考えたら海沿いの道を行くことになる。これはもうネザリアに着くのは何週間後なんだ。
そうこうしていると馬車の揺れがおさまった。止まったみたいだ。何事だと、ガレロの動きを探る俺に、女王が口を開いた。
「ここで乗り換えます」
「乗り換える?」
御者も指定席から降りたらしい。ガタンと馬車がひと揺れした。
「クロスフィル。話を合わせてくださいね」
「は?」
すると、扉が外から開かれる。
「やあ、こんにちは。テレシア」
知らない声と、知らない顔が覗いた。ガレロの調子が狂ったのかとも思ったが、それにしては随分と顎がシャープになりすぎだ。
誰? と、言うのが喉元まで出ていて、テレシア女王がこほんと咳払いをしている。俺に指示か警告を出したみたいだが、突然現れたその男にも何かが伝わったらしい。
「そうか! 手紙の君だな!?」
「て、手紙……?」
何だか分からない。とりあえず話の前に俺には馬車を降りろと言っている。
片手で傘を持つ男は馬車の中へ手を伸ばす。日焼けのしていない手首でしなやかな指先だが、その指の付け根は硬くなって盛り上がっている。何か武器を扱える手だと見える。
「お手をどうぞ」
「俺ですか」
男にエスコートされるのか。俺が?
話を合わせなさいと、伝えるためか。女王が静かに二回鼻を啜った。躊躇う俺に男はウインクを投げた。気持ち悪い……。
「……いや。自分で降りれる」
見知らぬ男の手なんて掴みたくない。押し通す形で俺が馬車から外に出る。
「なんだ? 反抗期かぁ?」
男が呆れ顔。一瞥したら雨宿りが出来る屋根を探す。外に出てみると案外雨は強まっているみたいだ。
乗り換えるっていうのは、馬車から自動車に乗ることらしい。看板を下ろした店先の屋根の中に入り、遠巻きに全体を見ていて分かった。
舗装道路に三台の自動車が並んでいた。防弾仕様の軍事車から部品を真似たもの。とはいえデザインで高級感を出している。これこそ現代の王族が乗るのに相応しい。馬車なんてものは論外で。
雨の中、さっきの男と女王のやり取りがギリギリ聞こえる。
「さあ、テレシア。足元に気を付けて」
「ありがとうございます」
「いえいえ。しかしあいにくの天気だというのに、あなたの美しさは増すばかりだ」
男の軽口で迎えられたテレシア女王。ひとつ傘の下におさまったら恋人っぽく見えて仕方がない。男も女も美形だから、まあまあ絵になった。
女王には愛人がいたのか。知らなかった。早逝した国王と仲が良かったと聞いていたし、暗殺に手をかけた夜にも弱音みたいなことを言っていたから、てっきり寂しい未亡人なのかと思ってた。
時間をかけて着飾っていたのも、こんなところで密会するのも、そのためか……。なんか嫌だな。
人の恋ほど見ていたくないものは無いだろ。
ぼんやり突っ立っていると、俺の居場所を見つけて男の方が手を上げた。
「おーい! クロノス君! 君も乗りなさいー!」
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「クロノス……?」
誰だ、それは。間違ってんだけど。
「クロノス、雨に濡れますよ」
しかし女王もそう言った。二人で会話している間に俺の名前を間違えて覚えたのか。いや、男の方はまだしも、女王に至ってそこまでバカだったか? 聞こえないフリをすると、また話し声が届く。
「申し訳ございません、リーデッヒ」
「良いさ。まだ慣れないこともあるだろうからさ。彼の歩幅に付き合おう」
白もやが動く雨の中。俺は衝撃を受けている。
リーデッヒ……。その名前に聞き覚えがあるどころか、警戒人物として朝礼で取り上げられる名前だった。
ゲイン・リーデッヒ。そういえば、写真の顔と似ているかもしれない。まさかニューリアンで会うとは思わなかったんで、しっかりと写真を焼き付けてはいなかった。
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このまま俺が車に乗ったとして、車内で暗殺事件なんて起きれば……いや、起きるはずがない。
アスタリカ軍とセルジオ国軍では必ずアスタリカ軍の方が優勢だが、あちらは大きな戦争を終わらせたばかり。うちとやり合うまでには五十年は期間をかけたいはずだろう……。
これをきっかけに何か情報を掴めるか。……目立つ動きが逆に逆撫でする結果になりかねないか……。
「クロノス君? 聞こえているかーい?」
それに……ひたすら呼ばれてるんだけど。クロノスって本当に俺のこと? 誰? 微妙に実名と似ているから、本当に間違って覚えてしまってるんじゃないかとも思う。
ひとりの足が動いた。傘をさしていても、傘の方が小さいのかその人物が大きいのか。両肩を濡らしながら俺の目の前にやってきたのはガレロ大佐だった。「早く同行しろ」って言いに来たんだろうけど。俺にも言い分はある。
「クロノスって誰だよ。さっきから俺を見て違う奴の名前呼んでくるんだけど?」
実名で呼ばれるのも嫌だが、別人で呼ばれるのも嫌だ。
ガレロは黙ったまま俺を見下ろすばかり。
「……」
「……何なんだよ」
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