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女王の命は誰の手に?

馬車で出発

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 念入りな準備がされるニューリアン一向。未だ俺とマリウスが横並びになって奴らを遠目で眺めてる。俺には移動歌劇団の準備か何かかと思わせる。
 ふと女王が天気を気にするついでに、こっちに目線を向けた。そして遠慮気味に手を振った。
「結構可愛らしいですね」
 隣でマリウスが言うだけかと思ったら手を振り返してる。
「あんなにお綺麗な未亡人は珍しいですね」
「……珍獣か天然動物みたいに言ってるな」
「ははは」
 マリウスの乾いた笑いが届いた。特に否定はしないみたいだ。
 女王が手を振るのをやめたのは、槍使いガレロが話しかけたからだった。会話こそ聞こえないが、その二人の視線はこちら側へと向いた。女王が指まで差している。
 すると、ガレロがずんずんと歩いてくる。
「そろそろ出発するんじゃないですか? ではクロスさん、良い旅を!」
 マリウスは走って去っていく。その後ろ姿を見ていたら俺のもとに影が落とされた。ガレロの巨体な影の中にすっぽりおさまったみたいだ。
 振り返ると幅広の胸板があり、ギョロリと目玉が俺を見下ろしていた。
「……」
 しかし割れた顎が何もものを言わない。
「なんだよ」
 同行するならニューリアン兵士の指示に従え、とか。変な気を起こしたら即刻命はないぞ、とか。何か脅しに来たのかと思うだろ。
「……出発だ」
 ガレロの図体が扉みたいに開いて、女王のところへ行けと促された。それだけかよ!? とは、心の中で思った。

 そういえば。三頭の馬には三人の兵士が乗るんだったら、俺はまさか歩きで付き合わされるのか?
「でもまあ、どうせトボトボ行くんだから歩きでもいっか……」
「クロスフィル。何をぶつぶつ言っているの?」
 俺の小言は、他所行きのドレスを着た女王に拾われた。
 もうじき出発するというのにイアリングをまだ選んでいるらしかった。使用人が幾つかの小箱から順々に取り出して、持っていくものと置いていくものを選抜している。
「あの。出発だって、そこのデカ物から聞いたんですけど」
 本人にも聞こえていて、ガレロが鼻を鳴らしている。俺に「無意味な挑発はやめていただけますか」と言ったことのある女王はそれどころじゃなく。
「ええ、ちょっと待ってちょうだい」
 女の身支度に時間がかかるのはどこの国でも同じみたいだ。
「バカンスねぇ……」
 マリウスのアドバイスもあながち的を得ているかもしれないな。女王がこれから旅行に行くのと勘違いしている気がする。
 だったら俺も気を張ってる意味もないか。多少不真面目に過ごそうと思って、積荷するのを諦めた衣装箱の上に座ってみた。
「クロスフィル様。上着をお預かりいたします」
 近寄ってきた使用人に言われた。本来の職業を示すものは置いていけということだ。ニューリアン王国の日雇い護衛として身なりを整えられる。
 こっちは身包みを剥がされたが、女王は色々とあつらえ物が多い。
「そんなに着飾ってどうするんです? 結婚相手でも探すつもりですか?」
 イアリングが決まったらケープの色も変えたいわと言い出して、まだまだ時間がかかりそう。
「着飾ることは品位を保つのに必要なのよ。それにわたくしは既婚者ですわ」
「死別したらそれはもう一人になったと同じでしょう」
 すると俺の後頭部に罵声がかかった。「あなたね!!」と、拍車がかかったもので耳が痛い。それは女王のものじゃなく使用人から飛んだものだ。
「大丈夫よ。怒らないでいいわ」
 女王の方はそう諭す側。また腹を立ててみて欲しいくらいだが、服に気を取られてか怒りの弧線に触れなかった。それよりも冷静なお叱りが来た。
「夫のことは今後、他言しないこと。わかった?」
「それも護衛任務の内容ですか?」
 聞きながら俺は立たされ、衣装箱が回収される。積み込みを諦めたんだと思っていた荷物だが、小さな荷車を増やして持っていくんだそう。
「さあ急ぎましょう」
 準備が終わった女王が言う。
 全員、女王の支度が終わるのを待ちくたびれたことは咎めないみたいだ。ガレロが先頭の馬に乗る。残りの馬にも二人の兵士が跨った。やっぱり俺は歩くのか……と、思っていたら女王が俺に手の平を差し出していた。
「あなたの馬は無いの。先に馬車に乗ってちょうだい」
 差し出した手は俺の何かを掴むじゃなく、馬車の入り口へ向けて「どうぞ」と滑らせている。
「……はいはい」
 一日中歩くよりはマシだ。真っ赤で派手なリンゴみたいな馬車に乗るのは恥ずかしいけどな。
 馬車の扉付近に立って片手を差し出せば、女王は初めて驚いたみたいな顔をしてた。まさかエスコートもしないで先に乗れるわけないだろ。
「早く。あんたのせいで時間が押してるんです」
 そんな風に繕っているけど、本当は使用人たちが睨んでくるからでもある……。

 扉が外から閉められる。俺が窓を見ていると、遠くの木の下でこっちに手を振るマリウスが見えた。そういえば! またあの変な模様のバッジを付けられたんじゃないか!? けど上着は回収されたし、大丈夫そうか。
「うわっ!?」
 マリウスに気を取られていたら急にガレロの顔面が窓いっぱいに現れる。車内の女王の様子を確認し、俺への睨みを効かせたらどっかへ行った。「やあっ!」の合図で馬車がゴロゴロと動き出した。

「さっきのお話だけど。夫のことは他言しないで欲しいの」
 返事をしないで窓の外を眺めていたら女王は勝手に続ける。
「夫と死別したことはもちろん周知されています。だけどわたくしがニューリアン代表として出席するのですから、いつまでも亡き王の後ろ盾を使っていると思わたくないでしょう。夫の件で顔色を伺われるのは嫌なのです。分かった?」
「……」
 俺の気持ちにはひとつモヤモヤが出来ている。
「その『分かった?』って言うの、やめてもらえません? なんか手懐けられているみたいで心地悪いです」
 もちろん女王に言っているが。……俺はガレロと目を合わせている。窓の外でガレロの乗った馬が絶えず並行して動いてるんだ。前方不注意のまま、ずっと馬車の中の様子を伺っているみたい。
 一度、からかってガレロに手を振ってみたら、急に馬車を止めて「どうしました?」なんて真面目に扉を開けてくるもんだから、もう下手に挑発したりしない。
「手懐けられているとはどういうことでしょう?」
 俺の意識がそっちに向いていても、女王との会話は続けられている。
「……別に。何でもないです。あんたの夫のことは言わないし、俺から何か語ることなんて何もないですよ」
 何か喋る俺のことと女王の顔色が気になるみたいだな。覗き魔ガレロの前方不注意がいよいよ事故でも起こせばいい。そう思っていたら本当に低い木の枝葉に頭を引っ掛けた。
「ぶっ!!」
 思わず吹き出した。ざまあみろ。乗馬は大人しく馬と同じ方向を向いていれば良いんだ。
「何かあるの?」
 女王が腰を上げて窓に近づいた。香水が運ばれて、女王の黄金色の髪が俺の膝にはらりとかかる。俺はそれに何と思えばいいのか分からずに、さっと窓から遠のいた。
 一方ガレロは枝葉に引っかかったまま。後ろ方向へ景色と一緒に流されたからもう居ない。
「なんでもありませんよ。ただ大きな鳥が木にぶつかっただけです」
「まあ! ちゃんと前を見ていなかったのかしら?」
 その通りだと思って、鳥を探す女王の背後で笑いを堪えている俺だ。




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(((9話まで毎日投稿、以降は毎週[月火]2話更新

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