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女王の命は誰の手に?

個人的なお願い

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 冷静さを欠くことのない不動の女王。そんな印象を受けていたけど……へぇ。怒ることもあるのか……。
「見下してなんか無いですよ。俺が入れる隙はあるのかを確かめただけです。だからそんなに怒らないで。ね?」
 怒ったとしても荒立てない女王だ。人を呼んで皿を下げさせている。しかし後ろの兵士の中にはじっとしてられない男がいるらしいな。しつけの悪い飼い犬同様、悪に対してすぐに吠えてきた。
「貴様! 誰にものを言ってる!?」
 そんな野次は女王の手の甲で遮られてしまう。可哀想に……と、同情の意を込めて微笑んでやると、その犬はすぐに感情的になって暴れ出す。
「ガレロ」と、女王が名を告げると、兵士の中で特に目立っていた大男が動いた。おそらく護衛兵の主要人物なんだろう。そいつはバカ犬の男を担いでどっかへ行った。
 平和ボケしたこの国だ。兵士の質もそんなに良くないみたいだな。
「無意味な挑発はやめていただけますか」
「へいへい、すみません」
 俺がニコリと笑顔を作ったら、女王は冷ややかな目で見送った。それから残りのケーキを自ら掬って食べ始めた。
 意外にこの女には隙もありそうだ。俺はそう考えて密かに鼻を鳴らしている。ただし男の勘が言うだけなんで、あまり期待はしないでおく。

「ところで女王。昨夜の詳細について話されるって聞いてきたんですけど」
 言うと、女王は目を伏せたまま「そうですわね」と呟いた。
「……突飛な思いつきです」
「へえ? あまり思いつきで行動しない人かと思っていました」
「……」
 第一印象を悪くしたせいで嫌われちゃったみたい。俺を一瞥するのが、まるでゴミでも見るような目だった。特殊な性癖でも持っていない限り、ちょっとはショックを受けそうだ。俺は変わらずニコニコとしているが。
「あれ。また怒らせちゃいましたか」
「……」
「話す気分じゃなくなりました?」
 この俺が信用するに足らない人間だと分かってくれれば、女王が残虐な正確じゃない限り、このまま帰してもらえるだろう……。
「いいえ。賭けを始めたのはわたくしの方なので」
「……賭け? 王族の遊びですか?」
 女王は首を横に振る。
「個人的な願いです」
 すると、おもむろに近付いてきたボーイがテーブルのワインボトルを開ける。赤色の酒を女王のグラスに注ぐのと、飲まず食わずの俺のグラスにも新しく注いできた。話し合い成立の暁に乾杯でもしようっていうのか。
「クロスフィル」
 どこから手に入れたのか、女王は俺の名を呼んだ。
「わたくしは、理由があって今すぐ死ぬというわけにはいきません。ですからどうかわたくしを守って頂けないでしょうか。用が済み、殺されても良いとなった時までで構いません」
 さらさらと流れる水みたいに言う。
 暗殺者に対して、守ってもらえないか、って?
「守るっていうのは、護衛をしろってことですか?」
「はい」
 十分でもない数だが護衛兵ならいるだろ。なんで俺を護衛兵にする?
「すみません、仰っていることがよく分からないんですけど。……あ。さっきの衛兵が力不足だから、俺に穴埋めをしろって言ってます?」
 そういえばニューリアンの衛兵の中には女もいるみたいだ。その足りない火力になれってことか? どっちにしたって俺が引き受ける義理はないし、この国も俺に力を借りるメリットも無いはずだろ。
「死ねない理由があるって言いましたっけ? それは何ですか?」
「ここではお話できませんわ」
「用っていうのは?」
「それも。控えさせていただきます」
 メアネル家は秘密主義を守る一家だ。別に隠し事自体に疑問は抱かないが、人にものを頼むなら開示してくれなきゃ困るだろ。
「だったら断ります。俺はあなたの首を取って来いって言われてますんで」
 ふと、昨夜の言葉がよぎった。しかし覚えているのは俺だけじゃなかった。
「わたくしの命があなたの何になるのです?」
 俺が自分の頭の中で繰り返した言葉を、この朝のテーブルでも女王が全く同じ言葉で口にした。俺を不快にさせるって分かってわざと言ってる。
「……それ。どういう意味?」
 勝手に目と目が合う。
 英気が乏しく闘志も燃やしていない淡色の瞳じゃ、威圧されているとは言えない。しかし何でだろうな。何に自信があるのか、一向に相手の方から視線を切られることがなかった。
「わたくしを守る報酬が欲しいのでしたら、もっとあなたにとって良いものを差し上げますわ」
「報酬?」
「あなたのお父様よりも。遥かにあなたの力になるはずです」
「……」
 女王はワイングラスを持ち上げる。俺にも持つよう言って乾杯を向けるのかと思った。しかし少しグラスの中を覗いただけでテーブルに置いてしまった。
「まだ飲む気になれないわ」
 ボーイに言って、そのワインはグラスもボトルも下げられる。それからまた俺に目を合わせた。
「わたくしは昨夜の令嬢のように、あなたの道具にはなりません。情も、色目も、繕った笑顔も、向けていただかなくて結構。わかった?」
 静かに表情を変えない女王だったが、この時だけわずかに微笑を聞かせてきた。雲の影が落とされたわけでも無いのに、何か妙に寒風が肩のあたりを通っていく。
「ふ……はは……。はぁーあ。あんたは俺の母親ですか」
「あら。さっきの真面目なお顔の方が、わたくしの心を掴んでいましたのに。残念ね」
 言いながら女王は席を立つ。俺は椅子の背面に踏ん反り返ったまま女王を見ているだけにした。
「俺は俺のやりたいようにやりますんで」
 去り際に言ったが。女王は聞こえたか、聞こえなかったことにしたか。

 面倒なことになった……なんて思いつつ、しばらくこのテーブルに居座っている。客人が残っていることには気を使わずに、何人かで食事の片付けが進められていた。
 女王は気になることを残していった。俺の問題じゃないんで気にしなくても良いことだが。
「それ、どうすんの?」
 不意に言うとひとりのボーイと目が合う。しかし自分に話しかけられていると思いたくなかったのか自分の仕事に徹しようとした。そこで「そのワインを注いでたお前だよ」ともう一度突く。
「わ、私でしょうか……」
 気重そうにこっちを向いた。
「そう、お前。主人が『まだ飲む気になれない』って言ってただろ? 毒でも入ってんの?」
「えっ……」
 王室のシーツに黒ずみがあっても気にしない奴らなのに、女王の口に入るものまで管理できているとは思えない。しかしそのボーイはプルプルと震え出していた。
 他の奴から聞こうとしても、自分に話を振られたくないと言わんばかりに、早足でこの場から消えている。だったらこの男に吐いてもらうしかないよな。
「もう一回聞こうか? そのワイン、毒でも入ってんの?」



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