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カルメラ迷宮
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ガゴンガゴンと鉄が鳴る。檻を叩いて鳴らす音だ。彼らはそれを合図にして新入りを迎え入れる歌を歌い始めた。
『巨塔の階段。左へ行くか、右へ行くか。穴に入れば奈落へ落ちる。綱を掴めば天へと昇る。死んでも生きても出口はひとつ。さあ。探せ、探せ』
男も女も歌った。皆、破けた衣服から覗く手足が、まるで棒のように痩せている。
シダンは新人ではなかった。しかしシダンのすぐ横に、自分の名前も言いたくないと付け上がる女がいた。
「お前は何をしてここに来た?」
「知らね。言いたか無いね」
彼女こそが新人だった。きつい物言いも、鋭い目付きもこの迷宮の中では恐るに足りない。大抵の新人がこうした敵意を剥き出しにしている。もしくは四六時中泣きじゃくるかのどちらかだ。
シダンと女は同じ牢屋の中に居た。四方を鉄格子に囲まれたそこは、初対面の二人だけで過ごすにも狭過ぎる。そして天井だけがやたらに高くて先が見えない。
この檻のことを迷宮の人間は『ネズミ檻』と呼んだ。ネズミが檻の間を潜って抜けられるみたいに、人間もこの檻からすぐにスルリと抜け出せる。
女は細身だが、そうでなくても軽々抜け出せた。
「女。外へは行かないほうがいい」
「うるさいね。親切のつもりかい」
行ってしまう女を見守るシダンだった。でも、たちまちシダンも檻の外に出た。女を追いかけていくのは彼女を引き止めようとしたからなのかもしれない。
ネズミ檻は巨塔のどこかにあって。どこへ行こうにも階段を使わなくてはならなかった。それは上に昇るのも下に降りるのも自由だ。
女は下に降りるようだったが、確かに獣の声は上からする。なのでシダンは彼女を引き止めることはやめておいた。『アレ』が気付かないうちに、もしかしたら出口を見つけられるかもしれない。急いで女の後を追う。
階段はいつも綺麗だ。ひとりふたりと見かけなくなる人間がいるのに、血の一滴も落ちていない。五角形のランタンが薄黄色に照らす道には、髪の毛すら一本も落ちていない。
「ねえ、アンタさ」
女がシダンに声をかけた。何日も何日も迷宮の巨塔を下ってからのことだ。
「出口を知ってるんなら教えておくれよ」
ようやく女は、このまま階段を降り続けても意味がないと分かったらしかった。
シダンは答えた。「いいぜ」と。すると階段を降りるのはやめて上へと戻っていく。
ランタンがチカチカと光ると『アレ』が近付いているサインだ。シダンは恐ろしい咆哮を聞きながらも、女を連れて階段を登った。女は不審がった。
「何の声だい?」
「オスタンが飯を食ってんだ」
「オスタン?」
「化け物さ」
耳を塞ぎたくなる大声。その息吹が階段内で上から下へと駆け巡る。生ぬるくて臭い息だ。だけどもう少ししたら何でもなくなる。
「女、怖いか? だったら先の泉の水を飲むと良い。俺もそろそろ喉が渇いた」
ちょうど右手に穴がある。そこに入れば下は池になっていて、シダンと女は透明な水の中にドボンと落ちた。
女は久しぶりの水に喜んで、体を浸からせたまま飲んだ。シダンもおよそ半月は何も食べたり飲んだりしていなかった。女と一緒にこの池に顔を突っ込んで飲んだ。
「グワオオオオ!!」
オスタンの咆哮を聞いたら、シダンは顔を上げて女は身を固まらせる。この獣の大声に怯えた二人は互いに肩を抱き合った。
「お前ら二人! そこで何をしている! 早く檻に戻れ! 食われるぞ!!」
知らない男が二人に呼びかける。
二人は知らない男に連れられて水から身を引き上げた。それから別の通路を行き、遥か頭上から垂れる綱に絡み付いて今度は上へと登った。
ガゴンガゴンと鉄が鳴る。男も女も低い声で歌っている。
『巨塔の階段。左へ行くか、右へ行くか。穴に入れば奈落へ落ちる。綱を掴めば天へと昇る。死んでも生きても出口はひとつ。さあ。探せ、探せ』
また新人がこの迷宮の檻に入って来たようだ。
『巨塔の階段。左へ行くか、右へ行くか。穴に入れば奈落へ落ちる。綱を掴めば天へと昇る。死んでも生きても出口はひとつ。さあ。探せ、探せ』
男も女も歌った。皆、破けた衣服から覗く手足が、まるで棒のように痩せている。
シダンは新人ではなかった。しかしシダンのすぐ横に、自分の名前も言いたくないと付け上がる女がいた。
「お前は何をしてここに来た?」
「知らね。言いたか無いね」
彼女こそが新人だった。きつい物言いも、鋭い目付きもこの迷宮の中では恐るに足りない。大抵の新人がこうした敵意を剥き出しにしている。もしくは四六時中泣きじゃくるかのどちらかだ。
シダンと女は同じ牢屋の中に居た。四方を鉄格子に囲まれたそこは、初対面の二人だけで過ごすにも狭過ぎる。そして天井だけがやたらに高くて先が見えない。
この檻のことを迷宮の人間は『ネズミ檻』と呼んだ。ネズミが檻の間を潜って抜けられるみたいに、人間もこの檻からすぐにスルリと抜け出せる。
女は細身だが、そうでなくても軽々抜け出せた。
「女。外へは行かないほうがいい」
「うるさいね。親切のつもりかい」
行ってしまう女を見守るシダンだった。でも、たちまちシダンも檻の外に出た。女を追いかけていくのは彼女を引き止めようとしたからなのかもしれない。
ネズミ檻は巨塔のどこかにあって。どこへ行こうにも階段を使わなくてはならなかった。それは上に昇るのも下に降りるのも自由だ。
女は下に降りるようだったが、確かに獣の声は上からする。なのでシダンは彼女を引き止めることはやめておいた。『アレ』が気付かないうちに、もしかしたら出口を見つけられるかもしれない。急いで女の後を追う。
階段はいつも綺麗だ。ひとりふたりと見かけなくなる人間がいるのに、血の一滴も落ちていない。五角形のランタンが薄黄色に照らす道には、髪の毛すら一本も落ちていない。
「ねえ、アンタさ」
女がシダンに声をかけた。何日も何日も迷宮の巨塔を下ってからのことだ。
「出口を知ってるんなら教えておくれよ」
ようやく女は、このまま階段を降り続けても意味がないと分かったらしかった。
シダンは答えた。「いいぜ」と。すると階段を降りるのはやめて上へと戻っていく。
ランタンがチカチカと光ると『アレ』が近付いているサインだ。シダンは恐ろしい咆哮を聞きながらも、女を連れて階段を登った。女は不審がった。
「何の声だい?」
「オスタンが飯を食ってんだ」
「オスタン?」
「化け物さ」
耳を塞ぎたくなる大声。その息吹が階段内で上から下へと駆け巡る。生ぬるくて臭い息だ。だけどもう少ししたら何でもなくなる。
「女、怖いか? だったら先の泉の水を飲むと良い。俺もそろそろ喉が渇いた」
ちょうど右手に穴がある。そこに入れば下は池になっていて、シダンと女は透明な水の中にドボンと落ちた。
女は久しぶりの水に喜んで、体を浸からせたまま飲んだ。シダンもおよそ半月は何も食べたり飲んだりしていなかった。女と一緒にこの池に顔を突っ込んで飲んだ。
「グワオオオオ!!」
オスタンの咆哮を聞いたら、シダンは顔を上げて女は身を固まらせる。この獣の大声に怯えた二人は互いに肩を抱き合った。
「お前ら二人! そこで何をしている! 早く檻に戻れ! 食われるぞ!!」
知らない男が二人に呼びかける。
二人は知らない男に連れられて水から身を引き上げた。それから別の通路を行き、遥か頭上から垂れる綱に絡み付いて今度は上へと登った。
ガゴンガゴンと鉄が鳴る。男も女も低い声で歌っている。
『巨塔の階段。左へ行くか、右へ行くか。穴に入れば奈落へ落ちる。綱を掴めば天へと昇る。死んでも生きても出口はひとつ。さあ。探せ、探せ』
また新人がこの迷宮の檻に入って来たようだ。
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