上 下
40 / 40

やっと会えたね。

しおりを挟む
 二人の結婚から、数年の月日が経った。

 利樹はいつまで経っても、まどかに夢中で、嫁離れ出来ない男と友人達からバカにされていた。

「そんな事では子供が生まれたら大変だぞ、女は子供が出来たら、女じゃ無くなるんだから」よくこういう事を言われるが、それなら子供なんか要らないと利樹は、ずっと思っていた。

 しかし、ついにその日はやって来てしまったのだった。

 産婆さんの家の廊下を、利樹は行ったり来たりウロウロしている。時折、床に座ったりするが、居心地が悪いようで、立ち上がり、またウロウロ……、これを繰り返している。

「あー、鬱陶しい!こういう時は、男はなにも出来ないんだから、どしっと構えておくものよ!」利樹の母は、彼をたしなめるように言った。

「う、ううう」襖の向こうで、まどかの息む声が聞こえる。その声を聞いて利樹は更に不安になったようだ。

「なあ、母さん、長すぎないか……、なんかあったんじゃ……、まどか、大丈夫かなぁ……」半べそを書いたような顔で母を見る利樹。母は、情けない男だと自分の息子に幻滅する思いであった。

「お前ねぇ、大変なのはまどかちゃんなんだから、生まれてくる子供とまどかちゃんを大黒柱として、どっしりして待ってやりなさい」

「でもなぁ……まどかぁ……」こんなことで、この子は本当に父親になれるのかと母は少し心配になってきた。

「おぎゃー」

 突然、赤ん坊の声が屋敷の中を響きわたる。元気で健康そうな泣き声。

「やったー!う、生まれたー!」利樹は両腕を振り上げて絶唱した。結構年齢のいった、産婆さんがゆっくりと障子を開ける。

「生まれたよ、元気な男の子だよ」彼女が言い終わるより先に、利樹は部屋に飛び込んだ。

「ま、まどか!大丈夫か!?」利樹にとっては、赤ん坊よりもまどかの事が心配のようだった。

 十月十日、自分のお腹の中で子を育てる母親と、生まれてから父親の自覚が芽生えてくる男との違いであろう。

 まどかは、赤ん坊を胸に抱き天使の微笑みを浮かべている。

「か、可愛いいなぁ~、よく頑張ったなぁ~」利樹の視線は、まどかの顔に注がれているようだった。

「パパが可愛いだって」まどかは、赤ん坊の頬にそっとキスをした。
 まだ赤ん坊に少し、嫉妬を感じる利樹。その様子を後ろから見ている母親は、呆れてため息をついていた。

「そ、そうだ、名前、名前はどうするかな!男らしい名前がいいかな……、大五郎とか!」こういうセンスは全くない男だった。

「名前はね、私、前から決めていたの……」まどかは、人差し指を赤ん坊の手に重ねる。 赤ん坊は、その指を精一杯の力で握りしめた。

「ムツキ……、睦樹くん……」まどかは噛みしめるようにその名前を口にした。

「ムツキ、ムツキか……、コンドウムツキ……、虐められるんじゃないか……その名前……」利樹はなんだか納得しかねる顔でまどかを見た。

「大丈夫よ。この子はね、本当に強い子なんだから……」なんだか、赤ん坊がニヤリと微笑んだような気がした。

「そっ、そうか……、まどかが、そう言うなら……、そうだな!近藤睦樹!いい名前だ!」利樹は、自分を納得させるように何度も、睦樹の名前を連呼した。
 その、様子をまどかは優しい瞳で見つめていた。

「ずっと一緒だよ。今度は私がちゃんと、貴方を守ってあげるからね」
そして、赤ん坊に向かって微笑みながら呟いた。

「やっと会えたね……、睦樹さん」

 外は、二人が出会ったあの日と同じように雨が降っていた。

                                 終わり

しおりを挟む
感想 3

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(3件)

如月涼夏
2020.09.23 如月涼夏

昌子ちゃんの出てくる話、教えてください。
このキャラクター、気に入りました(笑)

上条 樹
2020.09.23 上条 樹

「君の歌と僕の夢」という作品にも出てきますよ🎵

解除
アリス・シンセサス・サーティーン

面白かった。
ちょっと最後でキュンとなりました。
他の作品も拝見しますね!

上条 樹
2020.09.23 上条 樹

ありがとうございます❤️
大変励みになります🎵

解除
如月涼夏
2020.09.22 如月涼夏

所々に散りばめられた伏線が後になって判明していくのが面白かったです。

少し甘酸っぱくも悲しい話ですね。

最後に二人が再会出来て良かった。
また、他の作品も読んでみたいと思います。

上条 樹
2020.09.22 上条 樹

感想ありがとうございます。
大変励みになります。
この作品は、上条が久しぶりに書いた長編で思い入れのある作品です。
登場する篠原昌子というキャラクターは、他の作品にも登場しますので今後お楽しみに(笑)
「インテグレイト・オブ・ソード」という作品も投稿しておりますので、宜しくお願い致します❤️

解除

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

来世にご期待下さい!〜前世の許嫁が今世ではエリート社長になっていて私に対して冷たい……と思っていたのに、実は溺愛されていました!?〜

百崎千鶴
恋愛
「結婚してください……」 「……はい?」 「……あっ!?」  主人公の小日向恋幸(こひなたこゆき)は、23歳でプロデビューを果たした恋愛小説家である。  そんな彼女はある日、行きつけの喫茶店で偶然出会った32歳の男性・裕一郎(ゆういちろう)を一眼見た瞬間、雷に打たれたかのような衝撃を受けた。  ――……その裕一郎こそが、前世で結婚を誓った許嫁の生まれ変わりだったのだ。  初対面逆プロポーズから始まる2人の関係。  前世の記憶を持つ恋幸とは対照的に、裕一郎は前世について何も覚えておらず更には彼女に塩対応で、熱い想いは恋幸の一方通行……かと思いきや。  なんと裕一郎は、冷たい態度とは裏腹に恋幸を溺愛していた。その理由は、 「……貴女に夢の中で出会って、一目惚れしました。と、言ったら……気持ち悪いと、思いますか?」  そして、裕一郎がなかなか恋幸に手を出そうとしなかった驚きの『とある要因』とは――……?  これは、ハイスペックなスパダリの裕一郎と共に、少しずれた思考の恋幸が前世の『願望』を叶えるため奮闘するお話である。 (🌸だいたい1〜3日おきに1話更新中です) (🌸『※』マーク=年齢制限表現があります) ※2人の関係性・信頼の深め方重視のため、R-15〜18表現が入るまで話数と時間がかかります。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。